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第一稿

とりあえず、最初に思ったこと。


今まで書き出し祭りで塾講師ものって見たことないし、ラノベでもまぁ見かけない。

なら、それで勝負してみよう。

 俺はただ、職務をこなす。


 キュッキュと音を立てるホワイトボードマーカー、嗅ぎ慣れたシンナーの匂い。

 科目こそ違えどいつもと同じだ。換骨奪胎。使い込み、すり減らし、削り出した俺の型に、今回の内容を落とし込むだけでいい。

 お題目を書き終えて、振り向く。余剰などありませんとばかり、必要最小限の教室には四つの机がL字に並んでいた。そこに座る中学生たちの、無味乾燥な視線を受けるのが俺だ。


「それで今日の内容だけど、金田さん、なんて書いてある?」

「えっと、不定詞です」

「ありがとう。じゃあ、どんな意味だと思う?」


 いい子を地で行く金田が真面目なことに無茶振りに悩み出すのを眺めつつ、目の端で天才肌の竹澤が飽き始める頃合いを見極める。

 ちなみに、この発問に意味はない。ただ、学習塾『埼進セミナー』のアルバイトとして、ここの型にはまってやっているだけ。


「まぁ、難しいよな。じゃあ、解説に入るけど--」


 竹澤の方に身体を向けつつ話すことで、彼の注意を引き戻す。


 そう、型通りだ。

 新出単元のお題目を述べ、その言葉の意味を考えさせ、簡潔な解説を。問題演習の時間を確保できればできるほど、それは優秀な授業となる。


 ……ただ、不定詞に関しては『簡潔』に少しスパイスを足す必要があるかもしれない。


「じゃあ、英語でどういう形をとるのかは話したけど、不定詞の難しいところはここからだ。ねぇ、関くん。不定詞の意味って、いくつあると思う」


 生意気盛りの関は、気持ち悪くニヤニヤとしながら答えた。


「五つ」


 お前、指が五本だから五にしたんじゃあるまいなとは、手を広げてみせる関には絶対言わない。


「残念、ハズレ。正解は三つで、だから不定詞を勉強する上で、君らに求められることは『意味の見分け方』だ」


 自然にできるようになったボードペンの色分けでもって、要点を書いていく。怠け者の佐々木さんを視線で急かしながら、板書を作っていく。

 名詞的用法、副詞的用法、形容詞的用法。

 今日はどうせ時間の都合で行っても副詞的用法止まりだが。何事も最初が肝心。積み木は下から積むものだし、プロットなしで作劇ができるのは天才だけだ。

 これから大事なことを話すぞと、一度生徒たちを睥睨してから言う。


「不定詞は、位置を大事にするんだ」


 ニュアンスで取れだとか、曖昧な教え方をするのは性に合わなかった。

 若者よ、君らも俺と同じに、型にはまるがいいさ。


 ◇◆◇


「さようなら!」


 時刻は十時を回ったところ。最後の生徒が帰りの挨拶をすると、校舎のあちこちからまばらに「さようなら」が返る。一年目の新人などは露骨に疲れが見えていて、逆に一部の人は生徒よりも元気いっぱいだったりする。俺は、どっち付かずの疲れない音量。

 雑居ビルの四階にこの校舎はあるわけだが、その出入り口の目の前にあるエレベータへ生徒が消えたのだろう。元気印付きのうちの一人、室長の指示が飛ぶ。


「じゃあいつも通り、よろしく」


 その一言で、ピリッと空気が変わる。生徒が帰った後の室長の声は明らかな苛立ちの風味があって、けれど多分本人は気づいてないからタチが悪い。

 そんでもって、今日は輪をかけて機嫌が悪かった。ちょうど彼のデスクが見える教室の片付けをしているもんだから、キーボードへの八つ当たりの音が聞こえる。いつもスタッフ二人体制なのに、今日は加賀先生が週休日だからか。可哀想だとは思っても飛び火は勘弁。

 他のアルバイト講師と違って授業延長をしなかった俺は事務作業の時間がたっぷりあった。手早く机の上の消しかすをまとめて、いつも通りとやらを終わらせに行く。


「林先生、授業報告、お願いします」

「おぉ、人好ひとよし君。相変わらず早いな」


『成績向上100%』といううちのキャッチコピーのステッカーを貼り付けたノートPCから、万年イライラ室長こと林先生が顔を上げる。相変わらず、神経質そうな顔立ちだ。

 彼の横に立った俺は、授業記録帳を手渡す。実施予定のカリキュラムや実際の進度、宿題、生徒個々人についてのレビューを記すもので、室長はこれを元にアルバイトへ授業指示を出し、あるいは保護者との面談資料とする。

 見るからに忙しそうな彼でもこの時間は大事にしていて、今も俺の記述を指で追いながら確かめている。

 そして、いつも通りツッコミが来た。


「進度がだいぶ遅れてるけど。今は九月で、不定詞は八月の範囲でしょ。今日も副詞的用法まで行けなかったみたいだし」

「僕は代講なのでなんとも言えませんが」


 むしろ知ったことか。


「あのクラスの能力から言えばカリキュラム通りの進行は厳しいです。学校の進度からも遅れていませんし、文法演習授業を試験対策に入れ込めば追い付きます」

「あぁ、うん。確かにそうか……」


 パラパラとページをめくり、巻末にのり付けされたカリキュラムと睨めっこする。程なくして彼は、ぱんっと記録帳を閉じて俺に返した。


「ま、次期室長の人好君がそういうならそうなんでしょ」

「嫌ですよ、次期室長なんて」

「なんで」

「林先生を見てたら誰でも嫌になります」


 誰だって、こんな不機嫌を撒き散らす恐怖の大王にはなりたくないだろう。

 そんな俺の気持ちなんていざ知らず、室長は豪快にあっはっはと笑った。


「でも、君も来年からはスタッフになるんだろう? スタッフにとって授業は最低限のノルマ、校舎運営こそ本当の仕事なんだから、覚悟しなきゃいけないぞ」

「……まぁ、そうですね」

「あぁ、あと。今後スタッフになる人間としての話なら」

「何ですか?」

「君はもう少し、生徒に興味を持った方がいい」

「はぁ……」


 俺をひよっこの時から育て上げてくれた人のクマのできた目が、まっすぐに俺を見つめているのだから。きっとそれは真実なのだと思った。どうでもよかった。

 会話が一度途切れたものだから、別の教室から顔をのぞかせて様子を伺う講師がいる。それで、僕と室長は適当に話を切り上げた。

 中小企業であるところの我が塾に講師室など存在しないからと、室長のデスクの後ろに置かせてもらっていた鞄を取り上げ、帰り支度を済ませる。


「おっ、人好。もう上がるのか?」

「あぁ、報告も終わったし」


 交通ICを利用したタイムカードを打刻しようとして、声がかかる。

 元気印の二人目だった。すらっと細身のパンツにバーテンダーみたいなベストの似合う彼は、相沢。俺の数少ない、大学四年の同期だ。


「相変わらず早いなぁ。ちゃんと仕事してるのかぁ?」

「お前こそ、授業終わってから雑談ばかりしてるから遅いんだろう」

「いやぁ、あれも授業さ」

「言っとけ」


 人の良さそうな笑みを浮かべる相沢は、その見た目通りの会話力お化けで、生徒がいれば必ず誰かと話しているようなやつだ。当然、俺との距離も近い。


「なぁ、ちょっと待っててくれよ。飯食いに行こう」

「やだよ。酒なんて飲みたくない」

「げっ、なぜ飲みの誘いだとバレた」

「お前が飯食いに行って酒を飲まないことがあるか」


 鼻で笑いつつ言ってやると、相沢は大仰にぎょっとして。舌をちらりと出しつつ自分の頭をコツンと叩いてみせた。

 テヘペロってか。気持ち悪いから本当にやめてほしい。


 ◇◆◇


 秋の夜ほど形容しがたいものもない。まだ上着を着るには暑くて、Yシャツの袖をまくろうとは思わないくらいに涼しいのだから。ベッドタウンであるところのこの街は、深夜と呼ぶのを迷うこの時間でもすでに閑散としていた。

 僕は特にやることもないし、明日の大学は全休だしと、のったらのったら歩く。じゃあなんで相沢との飲みを断ったかと言えば、単純に感情として嫌だったからだ。

 相沢が……ではなく、将来の話をしたくなかった。

 互いに大学四年生。しかし大学は違うから、そう頻繁に会うわけではなく。生徒の前ではもちろん、踏み入った話なんてできない。

 とすると、飲みにでもいけば将来を話すのは確実だろう。


「情けないもんなぁ」


 俺は、来年も『埼進セミナー』で働き続ける。アルバイトから社員へと拾い上げられて。

 なぜその進路を取ったのかといえば、惰性だった。なんなら、もう二年くらい、惰性でこのバイトを続けているのだと思う。

 ならば惰性から抜け出せばよかったと、アイツに言われた。うるさい、他にやりたいことがないんだから放っておけ。積極的に生きられない俺が、消極的に生きて何が悪い。


 歩道にはぐれた、アスファルトの一欠片を蹴っ飛ばし。俺は今日も決まりきった帰路を行く。

 規則的に立ち並ぶ街灯と街灯とを、歩いて結ぶように。昔、星と星とを指で結んだ偉人変人と違うのは、そこになんの意味も込めていないことだけ。

 やがて見えてくる、そのまま漫画にでも出てきそうな安アパートの前に――


 何かいた。


「にゃーん」

「は?」


 猫なんて、可愛げのあるものじゃなかった。JKである。JKが、俺のアパートの階段の一番下に膝を抱えて座り込んで、目の前に立った俺に「にゃーん」と言った。

 いやもしかしたら、一部のオタクやなんかには需要があるかもわからないが。俺にとっては最悪だ。


「捨て猫だにゃん? 拾ってにゃん?」

「…………千坂、お前何してんだ」

「おっ、流石せんせっ。わかってくれた!」

「そりゃ、二年じゃ人は変わらない」


 だってこいつは、俺の元生徒なのだから。少人数制のうちの塾に個別希望で入塾してきて、俺が担当した生徒。

 彼女は、塾を卒業した後で一度顔を出しに来た時にも着ていた、高校の制服だった。臙脂色のスカートに、羊皮紙みたいな色のブラウス。首元に赤いリボンが映えていて、亜麻色のショートカットがツンツンと。

 できれば見間違いであって欲しかったのだが、俺のことを「せんせっ」と短く呼ぶやつを、俺は一人しか知らない。

 せっかちで溌剌とした千坂が、なぜか俺の家の前にいる。


「家、教えたっけ」

「ううん。せんせ、こっちの方に帰るのは知ってたから、苗字珍しいから見つけられるかなって」

「そんな暇人かストーカーみたいなこと……」

「むうっ、失礼な! 紛うことなき暇人です」

「いや、誇るなよ」


 彼女はなぜか自慢げに、腰に手をあて胸を張るけど。悲しいほどに胸はない。違う。意味がわからない。


「とにかく、早く帰れ。親御さんが心配するだろう」

「いえ、それは困ります。とても困ります」

「なんでだよ」

「いやぁ、はは。なんといいますかぁ」


 お帰りくださいと手で示してやっても、千坂はその場で動く気配がない。照れたように頭を撫で、襟足をいじる。そして、言い淀む。


「……」

「……」


 いや、早く帰れ。

 しかし彼女に触れればセクハラと言われかねないし、でも階段を塞がれては家に上がれないし。いい加減、俺が焦れた頃。


 千坂は、いきなし立ち上がった。


「いいでしょう! 教えてあげましょう」

「いや、聞いてないが」

「せいぜい、聞いて驚いてください」


 辟易とする。おそらく露骨に表情にまで出している俺を押しとどめるように。


「私、家出してきたんですっ!」


 千坂は眼前にピースサインを突きつけて、言い放ちやがった。

というわけで、第一稿です。


塾講師ものとしてのアピールポイントで最初に思いついたのは、授業。授業風景を通じて主人公のキャラクターを提示したいなぁ、と。

その上で、じゃあ塾講師を最も効率よく攻撃できるのは何者かと考えれば、それは間違いなく生徒です。生徒がより、主人公にとっての刺激になるよう、主人公は生徒から距離を置くように設定されました。

この辺りで、『人好』という名前を設定します。えぇ、嫌がらせですとも。あとは、この名前のギャップがあった方が、書き出し祭りにおいて記憶に残せるかなと。


そんな人嫌いの人好くんですが、どうにかして彼に生徒をぶつけないといけない。

結果、性癖として浜さんの中にあった同棲という構図が出てきました。


ここまでの話を時系列にきちんと沿って提示しようとしたのがこれ。

千坂は元気な方面で印象つけておきたかったものの、終盤しか出番がないので。ウザいくらいのポジティブになってたり。



こいつがボツになったのは、我ながら起伏の少なさを感じたこと、登場人物が多すぎること。そして、パンチがないこと。

『女子高生を拾う。そして、髭を剃る。』なんで作品があるくらい、家出少女との同棲っていうのは意外性を失っていたのです。悲しい。

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