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シュート・ザ・ムーン  作者: 字書きHEAVEN
1/8

Op

「ぶはぁ」

 ターミナル駅を過ぎて二駅、終電間際を逃すまいと混み合う電車を降りて階段を下り、改札を抜けた時、軽い解放感に田嶋冴子たじまさえこは一息ついた。

 鞄から取り出したスマホのディスプレイを見る。午前零時過ぎ。

 一瞬の解放感は不快な重力に置き換わる。

 重力は瞼を落とし、ついでに肩も落ちた。

 半目の冴子の脳内では努めて冷静に、灰色の計算式が睡眠時間を弾き出す。

(……やめよ)

 滅入る気持ちも溜め息と共に吐き出した。

 サラリーマン気質というやつだろうか。

(なんかこう、過労過労の毎日をぶっ壊してくれるヒーローっていないかなぁ)

 現実逃避っぽい思考に陥るのもお手の物だ。

 ついでに残暑も思考から追い出す。

 駅の改札から続いていたまばらな足音も一つ二つと減り、辺りは夜のさざめきと冴子のヒールが出すかつかつとした音だけとなった。

 羽虫のたかる街灯が中途半端な光量で鈍く瞬く。月明かりの他には光源の乏しい夜道だ。

 自然と視線は落ち、足元を確かめるような歩みになる。

 突如、

 ――ガッ!

「ふぁっ?」

 冴子の眼鏡が生じた火花を反射する。

 金属バットでアスファルトを叩いたような音に驚き視線を上げると、二つ先の街頭の下、地面から白煙が上がっていた。

(え、え、何?)

 困惑する。花火でも撃ちこまれたのだろうか。それにあの音は? テロ?

 ビビりながらも冴子がその場から逃げださなかったのは、足がすくんでいたとか、腰が抜けていたとか、好奇心が勝っていたからとか、そういった物語めいた事情ではなかった。

 悲しいかな、単純に過労気味で判断力が低下していたのである。

 胡乱気な表情で歩みを進め、冴子はそれを見下ろす。

「なにこれ……」

 地面から何かが突き立っていた。

 ガラスのような透明感の、正体不明の三角錐。

 まるで適当に投げたサイコロが角のところで立ったまま奇跡的に止まってしまったかのような、謎のコミカルさを湛えている。

「なにこれ……」

 もう一度呟く。謎だ。謎すぎる。謎ついでに手が伸びた。

 指先には硬い感触と微かな熱。

 そのまま三角錐を引っ張ってみると、なんともあっさりとそれは引っこ抜けてしまう。

 アスファルトに埋まっていた物体エックスの全容は、やや歪な六面体だった。

 半透明の立体の中心には、黒点のような球体が見える。

 角度を変えてみると、表面で月明かりが乱反射した。

 何だろうか。ものすごくキラキラしている。

 首を傾げる冴子はしばらく手の中でそれを弄んだ後、ふと気付く。

 なんか、やけに周囲が明るい。物体エックスの照り返しも眩しすぎるような気がする。

 不意に空を見上げた。

「ええ――?」

 銀縁眼鏡のレンズに映った月は二つ。レンズ一枚ごとに二つだ。

 先ほどまで黄色い月と、もう一つ。やや小さな青ざめた月が中天にはあった。

 あまりの事態に瞬きも忘れて固まること数分。

 池の鯉みたいに口をぱくぱくさせながら冴子はいそいそとスマホを取り出す。

 こんな時、反射的にSNSを開いてしまうのは現代人ゆえだろうか。

 その反響は、一言で言えば『爆上げ』だった。

 知人友人有名人の興奮した投稿に、ありえないような速度でレスがつき、伸びていく。

 ぼんやりとその様を眺めている間にも端末のバイブレーションは止まない。

 次々と各種アラートが鳴り響く。

 緊急地震速報だか、津波注意報だか、Jアラートだかがディスプレイを踊り回り、付近の民家からも、どこぞ遠くにある拡声機からも甲高い音、野太い音が響き始めた。

 終わるのだろうか、日常。来るのだろうか、アンゴルモア。

 日常をぶっ壊して欲しいと思ってはいたけれど、なんだか今は世界がヤバイ。

「……はぁ」

 冴子は息を吐く。一つ心当たりがあった。

 この状況はあれだ。あれに似ている。

 ――すなわち、退屈な教室にテロリストが乱入してくる例の妄想に酷似している!

「……転職しよ」

 冴子は結論した。

 自分は疲れているのだと。

 だが、この夢のような事態は続く。続いていく。

 そう、極めて現実的に。

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