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BIG Seven  作者: PV=
第一章 国家構築
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第十一話 主と従と狂気

お待たせしました、本日最初の更新です。この後20分後に本編二話目(第十二話)、その20分後に資料、さらに10分後に本編三話目(第十三話)を投稿します。年末は...場合によりますが31日に一話、元旦に一話(+資料)を目処にしておこうと思います。

第一章 国家構築

第三編 源高明

第三話


「村上帝の治世は基本的には悪くは無い、と言ったところであった」


研究によれば、もしも承平天慶の乱のうち片方でも長引くようなことがあったり、死者が続発するようなことがあれば戦費が嵩んで朝廷の予算を圧迫していたと予測されている。財政の倹約に務めて耐え忍ばねばならなかったかもしれないわけだ」


この戦費をある程度回収することが出来たのもまた、高明の功績だと伝えられている。火車に使われる火薬、その原材料を全て自国で賄うと共に製造に携わった人々から税の一部を免除し、購買を奨励して経済の活性化を図ったんだ」


これは一つの賭けだった。当然多くの貴族から反対の声が出たし、失敗すれば彼は失脚も有り得た。だが彼は期限を三年間と定めた上で見事にその費用を回収して見せた」


異常だ、異常だとしか言いようがない。経済成長の概念が無いどころか、倹約が是とされていたのに彼は定期市を利用して経済を循環させ、利益を膨れ上がらせてしまった。生まれる時代が明治、あるいは産業革命期であれば彼は名高い財政家として歴史に刻まれたのではないのかな...」


とにかく、これらの結果から彼は下層階級を含む幅広い層から支持を受けた。忠平の息子達三人と一応は連携して政治を行っていたのも大きい」


だがそのような指導力のある人間には当然嫉妬もつきもので...実際何度か身辺を嗅ぎ回られたと愚痴を零したという伝承もある。まぁ、安和の変を考えると不満を持つ人間はこの時期から一定数いたとしてもおかしくはない、かもね」


「先程言った通り少なくとも表面上はそれなりに安定していた、天暦の治。だがそれも村上帝の崩御と共に終わりを告げ、新たなる帝が擁立される...冷泉天皇、かの方は現在では精神の病を患っていたのではないかと考えられている。」

































-康保4年(967年) 8月中旬 平安京-


 にこにこと微笑んでいる陛下。


 現代でも十分に通用するほどのイケメンっぷりを発揮しているが、その目はあまりにも...純粋過ぎた。気の病を抱えているのだ。視線が痛々しくて見ていられない。


 皇位の継承順位であれば当然このお方が第一位である。だからこそ無理を押して実頼や師尹が践祚させたわけだし、私もそれをバックアップしたのだが...うーん、人臣の乱れが酷すぎだ。“史実”通りに行けばこのままわずか二年で譲位して頂くことになるだろう。そうなると次なる天皇を決めなくてはいけないのだが、ここで対立が明確なものとなる。


 “史実”と同じように師輔との関係を密として彼の娘を妻として迎え入れ、誕生した女の子を為平親王殿下の中宮とした。まだアレルギー(恋愛への抵抗)は残っているようで割り切れていないし、円満な家庭を築けている自信もないのだが...それでも表面上は次期天皇最有力候補の方の舅となった。殿下とは良好な関係を作れていると思いたいけどね...問題は、これを藤原氏がどう思ったかということである。


 未だに陛下の御子は産まれない...“史実”通りに花山天皇が誕生されるとしても譲位してから践祚までに間に合わないのだ...ことを考えると、中宮の生まれかつ長男が天皇の位を継ぐべきだ、そのような方がいなければ天皇になるのは同母の兄弟の中で最年長の弟だ、と公言している私は面倒な奴だろう。そしてそんな私が自身の娘を中宮に入れたのだ。前世(菅原道真)の反省としてきちんと自分が次世代を見据えて権力を握ると同時に法を無視する輩の好き勝手にはさせないという意志を暗に示した訳だが、当然ながらこれが気に入らない人間もそれなりにいる。実頼は理解を示した上になんと七年前に亡くなった師輔の後継のようなことまでやってくれているのだが...師尹とは決定的に亀裂が入った。裏で何かこそこそと企んでいるようだ。諜報部隊を動かしても中々尻尾が掴めないので相当念入りに隠蔽しているのだろう、厄介極まりない。このままズルズルといけば三年後には実頼も死期が近づいてくるし、菅原氏、橘氏との関係を密にすると同時に警戒をしっかりしておかないとな...

































955年には正三位を、61年には従二位を受けていた高明は、冷泉帝の即位後まもなく左大臣としてその手腕を存分に振るうこととなる」


ここで宮中の勢力を確認しておこうか。最上位職である関白は高明寄りの実頼、左大臣に高明、右大臣は師尹と来ており、基本的にこの左右大臣二人を中心とした派閥が出来ていたとされている。高明派の人間には淡路島沖の海戦の時に部下であった小野好古、師尹派の人間には師輔の長男である伊尹が主なところとして挙げられる。この二つの派閥の抗争は次期天皇を誰にするのか? という問題を抱えたことで激化していくこととなった」


高明が擁立したのは当然、自らの甥であり娘の夫でもある為平親王。対して師尹が擁立したのはその為平親王の同母弟である守平親王。明らかに藤原氏以外の勢力とそれに同調する存在を排除する腹積もりだった訳だ」


当然これは高明派を刺激する。この辺りは大鏡にも詳しく載っているから是非とも見て欲しい。えーっと、一番いいのはこれだ。細かい背景まで注釈があるからこれを貸してあげるよ」


さて、他氏族の排斥を図った師尹派についてだが、返り討ちにされた時平の件があったためか訓戒とも読み取れる和歌をこの時期に残している」


『ならざらば 饑き(おみ)も 羽を並ぶ 御酒に()ひねば 父子も耐へまじ』...直訳すると『作物が出来なければ飢えた民草は団結するとは言うものの、酒に酔わなければ親族が死ぬのにも耐えられない』となる。中世温暖期に移行しつつあったため飢饉が少しずつ減少していたものの、飢える民の多さを嘆いたものだと解釈出来るが酔ふ(ゑう)という言葉を使わず、()()()本来から若干外れた意味である癈ふ(しう)を使ったことから二重の意味を持つと推測できる」


()()臣を()()()()臣、つまり左大臣、()()()、つまり右大臣、()()()()()()()()()()()との重複、()()()()()()()()。こう置き換えると...『策実らぬ時は右大臣たる私に全てを押し付けよ。そして左大臣と妥協せねば藤原氏族の存亡に関わる』という隠れたもう一つの意味が見えてくる。つまり、これは高明を失脚させられなかった時に取れる次善策を示したものだ」


「民衆にも、帝にも、そして朝廷内の多くにも協力者あるいは支持者が存在していた彼を陥れようととしたら...取れる方法は少ない。それにリスクも大きい。結論から言うのであれば、安和の変は最初から成功する可能性はゼロだった、そのはずだった。」

































-安和2年(969年) 1月下旬 平安京-


 やっと捉えた。連中、私の功績を利用してマッチポンプだと騒ぐつもりだったな。それも裏取引までしてこちらの使用人に偽の証言をさせ、さらに証拠まで捏造する気だったのか...彼方に消えかけていた嫌な記憶を刺激されたようで不快感しかない。イライラさせられる。


 その上、9年前に内裏が火事になった時に三種の神器の一つである八咫鏡の形代が焼失しかけたのを何とか持ち出して被害を免れたことですら掘り返して来て、実は私が火を放って起こした自作自演だとデマを流布するようだったからな...ため息をつくと幸せが逃げると言われるが、とんでもない、幸せが逃げるからため息をつくのだろう。ここ数日の報告で何回出たことやら...まぁ、幸いにもこちらが感づいたことはバレていないようだ。あとは泳がせて一網打尽にするとしようか。


 木簡に政策や注文をしたためつつどうやって検挙するか考えていると、どす黒い雪雲が山脈を越え、遠雷が響き始めた。雪が降るかと思ったが、これは雹になりそうだな...まだまだ間氷期まで時間がかかる、「科学研究所」の農学分野担当である「生業所(なりはひどころ)」を分離して令外扱いから正式な省にした方が良いかもしれない。そうだな、名前は「農務省」とでもしてみるか。出来ることなら農具の規格統一もしたいが、こちらは国家の暴力装置たる軍がきちんと中央集権化されていない以上今は難しいか...綺麗に見せる必要はあるが、綺麗事だけで国は動かないのだ。










-安和2年(969年) 3月下旬 平安京-


『............』


『何を躊躇しておる、早う沙汰を下しなされ()()()殿()


分かっちゃいるさ。お前(師尹)は私と相容れない政策と信条を持つ不倶戴天の政敵。私を陥れ、自らが権力を握ろうと画策した人間だ。だがな、その目を...その澄みきった目を、私は直視出来ない。


仲成や時平の時とは違う。全てを背負うことを覚悟し、いかなる罪をも受け入れる目だ。状況証拠で言えばグルは他にもいることは分かってる、だが徹底して隠し通しやがった。“オモイカネ”すら当初は全く気がつけないほどに...


〔失敗しました、次善の策を練りプロセスを最適化します〕


と、今まで聞いたことない程焦ったような、それでいて悔しがっているような口調で言ってきた時には驚いた。兆候は掴んでいたようだが100%の確証には至っていなかったらしい。諜報員の報告書からようやく確信を得られたとのことだった。いや、歴史の修正力的にもあるだろう。そう漠然と思っていたがそんなの気が付かなかったぞ...


ともかく、そうやって計画が詳らかになったのが2ヶ月前のこと。そこから様子見に徹していたが半月前になってぱったりと師尹の手の人間以外は全く動きを見せなくなった。見えなくなったのではなく、手を引いたようなのだ。派閥を集めて歌会をし、そこで何かしらがあったのは分かっているのだが...いや、それはもはやどうでもいいことか。


『右大臣、沙汰についてだが...其方は隠岐国へ』


『ふん、それで済むなら安いものだ。おそらくは()()()()()()()()()というのが末路だろう。恥辱に塗れた人生の終わりを迎えるのは御免被る』


私の言葉を遮って言い放つと、どかりと胡座をかいて懐から杯を取り出した。


『願わくは責任を持って護送されることを望む。今生の別れに酒を注いでくれ』


『...分かった』


沙汰が下るまでは家で謹慎だったのでその時に持ち出したのだろう。既に杯に毒が塗られていないのは確認済みだ、部下を呼んで持ってこさせる。


『...今思えば私は、色々と誤解をしていたのかもしれぬ。だが、既に弓引き抗った以上は何も言わん。いつまで生きておられるか分からないが...貴方に今後の国政を委ねよう、未来を導いて下され』


注ぎ終わると()()()()()()()()()()、そのまま飲み干した。待て、()()()()()()()()()...?


〔......!! 警告、毒を仰いだ可能性があります!〕


馬鹿な! そんな余裕など...いや、指にでも塗っていたのか!?


『おい、謹慎中に何か変わったことはなかったか!』


監視していた部下に問うと顔を青ざめさせて


『確か...先日ふぐをお召しに...』


と答えた。くそっ、その時に毒のある部位を調達していたのか...?


『ふ、ふ、お、驚いた...という、顔、だ、な...これで全ては、お、しまいだ...後は、頼む、ぞ...』


馬鹿野郎! お前が死んでも何もならんのだ!


葛城大臣(橘逸勢)北野方(菅原道真)...あ、のおふた方、が我ら(藤原氏)の栄華へのみ、ちを...絶った...あ、なたにその面影を重ね、恨みもしたが...もう、いいのだ...日ノ本、を...発展さ、せるには貴方のようなにん、げ、んが必要だとようや、く理解した...』


最後の力を振り絞ってきっと睨むと、師尹はさらに告げた。


『貴方は...たぶ、ん純粋過ぎる...自分で、は分かっていな、いのだろうが...清濁併、せ呑む術をもっ、と知らねば...』


そこまで話してようやく目を細め、ふっと笑う。


『これか、らも皇位を巡る争いはお、こる...次代のものた、ちには...それを防ぐだけの力と知恵を...つけさせてやってください』


全ては、この国(皇国)のために。


そう言って、右大臣(師尹の阿呆)は事切れた。


毒を飲んで死んだとは思えない程澄み切った目のままだった。



耐えきれない。


―もっと別の道はあったんじゃないのか?



どこかで、風が囁いた。




耐えきれない。耐えきれない。





―目の前の一人を救えずして、何が「この国を変える」なのか?






陽炎が、そう嗤った気がした。







耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない。耐えきれない...

































その記憶を最後に、私の意識は暫く途絶えることになる。


































幕切れは唐突だった」


昌泰の乱を彷彿とさせるような手口で高明を排除しようとした師尹だったが、行動にうつそうとした所で即座に見抜かれ、隠岐島へ流されることが告げられた。だがその場で師尹は毒を飲んで今際の際に忠告を遺し、それによって衝撃を受けた高明は人事不省に陥る。これも大鏡、「師尹の死」に詳しいね。ただ、古来からフグ毒を使ったと言われているけれど文献を参照する限りでは実はそうではないんじゃないかとも言われている。原因不明ってやつだね、唯一の事実はその時、師尹はそこで死んだということだけだ」


高明が覚醒するまでにかかったのはおよそ二日間。太政大臣である実頼がその分を負担したが、老いて衰えていた彼にはわずかな間とはいえど大変だったんだろう。この時の影響があったのかは定かではないが、結局は冬を越せず亡くなったんだ」


「戦略的には政争に勝ち、自らの影響力を確固としたものの、師尹の今際の言葉が応えたのだろう、目覚めた高明はそれ以前とはまるで別人のようになってしまっていたと伝わっている。それでは、この安和の変以降の...彼の晩年について語るとしようか。」

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