表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下のスズランは耳を澄ませる  作者: 森江みな
旧九条邸の秘密
6/8

第五話

「陸玖様、真白様がお目覚めです。」

田辺さんの声が聞こえる。

瞼を開けると、その小さな隙間から光が差し込んできて視神経を刺激する。

「うっ……」

その痛みに僕は顔を歪め、身をよじらせて顔をそらした。

「田辺、カーテンを閉めてくれ。」

カーテンクリップの滑る音がして、光が遮られた。普段であれば室内ではあまり光を眩しく感じることはないのだが、起き抜けなど明暗の差を感じるときにも痛みを感じることがあるのだ。徐々に痛みが引いていく。僕は涙が滲んだ眼をゆっくり開け、二回瞬きした。目頭に溜まっていた滴がベッドクロスにこぼれた。

ぼんやりとした視界がピントを合っていく。僕は自分の寝室のベッドに寝ていたようだ。

「大丈夫か。」

 声がする方に首を向けると、ベッドの傍らに主人が立っていた。その途端に、先刻までの出来事が僕の脳内を駆け巡った。僕はいま潮見殺しの犯人だと思われているのだ。

 ふと、手元に違和感を覚え、目をやると右手の甲に包帯が巻かれていた。

 そうだ、昨日手当せずに眠ってしまったから……。

「真白。」

主人は僕のつむじあたりに手を乗せると、屈んで僕と視線を合わせた。主人のまっすぐな瞳に僕が写っている。

「怖い思いをさせて悪かった。今後は何かあれば必ず俺に言え。わかったな。」

そういって乗せられた手が僕の髪を撫でるのを感じた。

引き取られてまだ半年しかたっていない僕を、主人は信じてくれている。

「……はい。」

じわりと浮かんだ涙が零れないよう、僕はぐっと耐えた。


 ♢

ベッドに身を預け、全身の力を抜いて、耳を澄ませる。

「これビッグスキャンダルだよね? 大事な時期なのに勘弁してほしいよ。」

「お前がいると碌なことが起きない。」

「ええ、俺のこと疑ってるわけじゃないよな。」

これは、外の廊下から聞こえるのは主人と水瀬のやり取りだ。


もっと遠くまで。


「あ、明子か。こちらは問題ないぞ、そっちはどうだ?土産は、そうだな。定番のものがいい。マトリョーシカとか紅茶もいいな。いやウォッカは好まん。ああ。またかけなおす。」

 僕の三つ隣の寝室は、佐久間の部屋。電話で誰かと話しているようだ。

 ♢

まもなくして警察が到着し、現場検証と事情聴取が始まった。

「同じ人がたくさんいる……。」

全く同じ作業着を着用した人間がぞろぞろと屋敷内に立ち入ってきたことに僕は驚き思わずつぶやいた。僕は、田辺さんの影にそろそろと隠れた。

「真白様、あの方たちは警察ですよ。」

田辺さんが僕の手の平に「警察」と指で書いてくれた。

警察……警察……

僕の頭の中でその言葉を探す。その中で【刑事課の一匹狼】という小説がヒットした。田辺さんが休憩中に読んでいたものをこっそり読ませてもらったのだ。

「『お縄でい。お縄でい。』と叫びながら犯人をロープで縛って、馬で市中引きずり回す人たちですね。恐ろしいです。」

ぶるりと震える僕に、水瀬はブハっと噴き出していた。主人は顔をしかめ、田辺さんをちらりと見た。

「ま、真白様、あの話はフィクションですよ。警察は犯人を見つけて、捕まえてくださるのです。」

田辺さんは笑顔だったけれど、頬に垂れた汗をハンカチで拭っていた。

 ♢


「捜査一課の間宮敬一郎(まみやけいいちろう)です。」

作業服の集団の中、一人だけスーツを着て現れた若い刑事に僕たちは話を聞かれることになった。主人と客人たちはどかりと客間のカウチに腰を下ろした。刑事を前に物怖じした態度をとる物は誰もいない。間宮さんの笑顔が引きつっていたのを僕は見逃さなかった。

「では、最後に犯人を見かけたのはそちらの少年で、犯行推定時刻には皆さん各自自室で休まれており、お互いのアリバイを立証できる人は誰もいない、ということですね。」

その場のものはみな黙って頷いた。

その時ふと、疑問が思い浮かんだ。

そもそもなぜ、あんな時間に潮見は調理室の戸棚を漁っていたのか。

その理由が、現場に隠れているかもしれない。


僕は目をつぶると大きく息を吸って空気で肺を満たしてから、吐き出す。

もう少し、もっと遠くまで。

「潮見のズボンに何かが入っているぞ?」

「なんだ?雑誌の切り抜きか?」

「調理室の戸棚に……」

調理室で現場検証をしている職員たちの声が耳に届いた。何か重要なことを話している気がする。

しかし、誰かに肩を叩かれたことにより僕の意識は客間に引き戻された。

「真白くん、大丈夫?」

目を開くと、千景が僕を覗き込んでいた。

「大丈夫です。僕、お手洗いに行ってきます。」

部屋を出たとき、佐久間の制止する声が聞こえた。振り返ると、千景も部屋を抜け出して僕についてきていた。

「刑事さんの話、退屈だよねえ。どこ行くの? 」

「ちょっと調理室へ。」

いいね、と千景はニコっと笑う。僕たちは、走って調理室に向かった。

 そろりと調理室に忍び込むと、もう潮見の死体はなくなっていて代わりに、倒れていた位置にテープのようなものでマークされていた。

僕が近くにいた作業員に声をかけようとしたとき、ちらりと胸元のネームタグが目に入った。【東間】と書かれている。

「あの、トウマさん。」

「ん?」

隣の千景が振り返った。同時に、その作業員も僕の声に振り向き、自分が呼ばれたことに気付いた。

「僕は東間(あずま)だよ。それに駄目だよ、入ってきたら。」

東間は僕と千景は廊下に押し出した。しかし、僕は抵抗して東間の方へ体をねじらせる。

「すみません、東間さん。昨日、ここで潮見様を見かけたとき潮見様は戸棚の下の方を漁っていたように見えました。それはなんででしょう。」

東間はやりやれといった顔をすると、しゃがんで僕と視線を合わせると、ジャンパーの中から透明の袋に入った紙切れを見せてくれた。

「それは分からないが、潮見のポケットからこれを見つけたんだ。」

それは雑誌の記事の端切れだった。

「おお、懐かしいな。」

新たな声が急に加わり、驚いて振り返ると、佐久間が記事を覗き込んでいた。

「それは私と源七が家を次いで間もないころ一緒にインタビューされたときの記事じゃないか。たしか【昭和の経済界の双竜】なんて言われての。」

懐かしそうに話す佐久間の後ろには、主人と水瀬、そして間宮がこちらへ歩いてくるのが見えた。

「この記事に九条源七さんが【大事なものは調理場などの戸棚の中にこっそり隠す癖がある】って書いているんですよ。 」

 なるほど。潮見は源七が4階の鍵を開ける手がかりを、調理室の戸棚に隠したと考えて昨晩この場所を探索していたのだ。

 主人たちは、間宮に言われて4階の開かずの間に向かうところだったらしい。僕と千景もその後ろをついていくことにした。


 間宮は何度かドアノブを回したり押したりしたが、その程度では開かないことを理解し、主人の方を向いた。

「この扉は本当に開かないのですか?失礼ですが、実はあなたが鍵を持っていて、潮見殺人の手がかりをこの中に隠しているということはありませんか?」

 間宮の遠慮のない質問に主人は首を横に振った。

「意味のない質問だな。ノー以外の答えがあるのか?」

もっともな意見に間宮は黙った。

 扉は、見た目は木製だが、押してみると固くて冷たい。叩いてみると、何かキーンと響く音がするため、中は金属でできていることが分かる。鍵穴がないから、閉めれば自動的に施錠される仕組みなのかもしれない。

「執事の田辺さんはこの部屋に入ったことがおありですよね?」

「ええ、あります。ただ、使用人ですらこの部屋を開けるには源七さまが中から開錠しなければなりませんでした。どのように開錠されているのかは私にもわかりません。」

 この場にいても、手がかりはなさそうだと判断し僕たちは休憩を取ることとなった。

 時刻はやっと正午を回ったところだった。今日は一日がいやに長く感じる。僕たちは、警察に見張られ居心地の悪さを感じながらも田辺さんが作ってくれたサンドイッチとスープで何とか疲れを癒そうとしていた。

「あの、家に電話していいですか?」

「わしも取引先からのメールが溜まっているんだ。仕事が滞ってしまう。」

不満を漏らす客人たちの申し出を間宮は拒んだ。

「だめです。あなたたちは重要参考人なんですから、勝手なことをされては困ります。」

うんざりとした空気に田辺さんが苦笑する。

「僕シャワー浴びてもいいですか?昨日、真白君と探検した後すぐに寝てしまって。朝も、寝起きですぐ1階に呼ばれたので入れず仕舞いだったんです。」

「あ、僕もです。」

次々と出てくる申し出に間宮は大きくため息をついた。

「分かりました。皆様の寝室は捜索させていただき、怪しいものはなかったのでお部屋に戻っていただいて結構です。しかし、1階と3階以上は捜索中ですので立ち入らないでくださいね。」

 主人と田辺さんはさらに間宮と話をするため客間に残り、残りは一度自室に戻ることになった。

 2階には寝室が5つあり、一番北側が田辺さん、南に向かって主人・僕、千景、水瀬、佐久間の寝室となっており、佐久間の寝室のすぐ横に1階と3階に続く階段がある。

「真白君、お風呂入ったら僕の部屋でゲームしよう。」

千景はそう言うと鍵を開けて寝室に入っていた。

 ベッドルームに入ると、大きなため息が自然と漏れた。僕は、ジャケットをソファに投げ捨てるとベッドに倒れこむ。

 ああ、だめだ。シャワーを浴びなくては。

 僕はクローゼットから着替えと、丁寧にたたまれたタオルを引っ張り出してふらふらとバスルームに入った。

 壁を隔てた千景の部屋から、シャワーの音が聞こえた。

 ジャグジーの線を閉めて熱いお湯を溜める。皮膚が薄いためか、お湯に入るとすぐ赤くなってしまうのだが、僕はお湯につかるのだが大好きだった。足の指先からゆっくりと入り肩を沈めると天国にも昇るような感覚がした。

 髪を乾かして、苦労しながら服を身に着けると僕は、千景の部屋をノックした。「どうぞ。」と中から声がしたのでドアを開けると、千景もちょうどシャワーを終えたところだったらしく、髪がまだ少し湿っていた。

 それから、千景の部屋でゲームをした。僕は集中すると目が霞んでしまい中々千景に勝つことができなかったが、初めてしたテレビゲームに様々な感動を覚えた。

 空も白んできたころ、急に廊下をバタバタ走る音がして、千景の部屋がドンドンと叩かれた。

ドアを開けると、主人と、間宮さんと水瀬さんがいた。

「二人とも無事か!」

 僕と千景が呑気にゲームをして遊んでいたことに大人たちは肩をなでおろしたようだった。


間宮は僕たちの方に歩み寄り千景の肩に手を乗せると、

「落ち着いて聞いてほしい。君のお祖父さんが亡くなった。」

と言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ