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月下のスズランは耳を澄ませる  作者: 森江みな
旧九条邸の秘密
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第四話

「あの、九条様。屋敷内を自由に見て回ってもよろしいでしょうか?」

 時刻はまだ20時半を回ったところだった。晩餐を終えた僕たちは、遠路はるばる来た客人もいたことから今日は各自休むということになった。

「ああ、自由に見て構わない。」

 主人はあっさりと千景の申し出を許可した。今の九条邸に引っ越してからもう二年以上経っており、そもそも価値のあるものは旧九条邸には残っていないからだろう。

「真白君、一緒に探検しよう。」

 僕は千景に手を引かれて、主人と客人たちが向かった2階へと続く階段とは真逆の方を行った。

            

 始めに見つけた扉を開いてみると、そこは小ホールだった。僕と千景は田辺さんから借りたランタンを手に取り、何か4階の扉を開ける手がかりになるものがないかを調べていく。するとホールの壁に何枚か写真が飾られていることに気付いた。

「九条源七だ。」

千景は一枚の写真の前で止まった。40半ばの男性の写真だ。

「千景さんは先代の若いころを知っているの?」

僕が純粋に疑問をぶつけると、千景は慌てたように首を横に振った

「ち、違うよ。源七さんは超有名だから、誰でも知ってるの!」

 僕はその反応を少し不思議に思ったが、特に聞き返すこともしなかった。

 小ホールに何もないことが分かった僕らは次の部屋に向かうことにした。すると、千景がふと思い出したように尋ねた。

「そういえば、真白君はどうして九条家にいるの?」

 きっと多くの人が抱くだろう質問に僕は困った。なんたって一番それを不思議に思っているのは僕自身なんだから。

「僕もよくわからないんだ。たぶん、陸玖様の気まぐれだと思う。」

だから、こう答えざるを得なかった。苦笑しながら千景を見ると、僕はその暗い表情にどきりとした。

「千景さん?」

 声をかけると、いつもの柔らかい笑顔で、

「ねえ、そろそろ眠くなっちゃったし、寝室に戻ろうか?」

といったので僕は安心した。


カチャ。

客室がある二階に向かうため、1階の廊下を歩いていると、僕の鼓膜が震えた。

「調理室の方から音がする。誰か起きているのかな。」

時刻は22時頃だったと思う。

「聞こえた?あ、田辺さんだ、きっと。真白君このランタン返しといて。」

たしかに、田辺さんだったら明日の朝食の支度をしている可能性がある。

「分かった。おやすみなさい。」

僕は千景からランタンを受け取ると、一人調理室の方へ向かった。


 調理室の扉を開くと中は真っ暗だった。だから、いるのは田辺さんじゃないかもしれないと僕は思った。

カチャ。

やはり音が聞こえる。

僕は音の方へ向かって、ランタンをかざした。

「潮見様、何をされているんですか?」

戸棚を漁っていたのは潮見だった。その手には包丁が握られていた。

「ああ、真白君。ただ宝探しをしていただけだよ。なにか見つけた?」

にこりと笑う潮見。

「いえ、僕たちは何も。では失礼します。」

僕は何か嫌な空気を感じ取り、その場から立ち去ろうとした。

「真白君、」

潮見に肩を掴まれた。

「な、なんですか?」

「少しだけ付き合ってよ。」

 潮見は僕のランタンの光を消した。途端にあたりは真っ暗になった。すると潮見の手が僕の腹部を這ってきた。ぞわりと、鳥肌が立つのを感じた。

「離してください!」

潮見からは、ふわりとアルコールの香りがした。

「やめ、やめろ!」

僕はとっさに手に持っていたランタンを振り回した。

バキッ。

ランタンは潮見の鼻にあたったようで潮見は顔押さえて怯んだ。

その隙に、僕はランタンを置いたまま、調理室から這い出た。そして途中足がもつれながらも廊下を駆け抜け、部屋に転がり込んだ。手探りで鍵を閉め、その場にへたり込んだ。

 ふと気配を感じ視線を上げると、カウチで新聞を読みながら、くつろいでいた主人が目を見開いていた。すっかり、コネクティングルームであったことを失念していたのだ。血の気が引くのを感じた。

「うるさい。何時だと思っている。」

僕は肺に酸素を取り入れるのが精いっぱいですぐに言葉を発することはできなかった。

「なんだ、幽霊でも見たか?」

青ざめた僕の様子を見て、主人は手に持っていた新聞をたたんでテーブルに置いた。

僕は、何度か深呼吸をして呼吸を整えた。

待てよ、幽霊……?

僕は晩餐会の時に感じていた違和感の正体に気付いた。

「幽霊はいるんですか?」

「どういう意味だ?」

真面目に問う僕に主人は怪訝そうな顔をする。

「僕、4階の部屋の奥から物音を聞いたんです。」

この屋敷についてすぐ、4階の扉の前に立った時に確かに金属音を、何かが転がるような音を聞いた。

「さあな。あの部屋は祖父が自分で鍵をかけて以来誰も立ち入っていない。なにか物が落ちて転がっただけだろう。」

「そう、ですよね……。」

確かにそうかもしれないが、僕はあの音が自然に生じた音には到底思えなかった。

「お前、怪我しているのか?」

 主人の視線は僕の手に向けられていた。ふと、自分の手元を見てみると、右手の甲が赤く腫れていた。先ほどランタンで潮見を殴った時に勢い余って壁にぶつけてしまったときのものだ。慌てて、左手で甲を隠した。

「ちょっと探索しているときにぶつけてしまいました。お騒がせして申し訳ありませんでした。では、おやすみなさい。」

僕は、ぺこりと主人に頭を下げると、隣の部屋に続く扉を通り、寝室のベッドに倒れこんだ。

その瞬間どっと疲れが押し寄せるようだった。


 隣の部屋で主人の新聞をめくる音を聞きながら、僕は眠りについた。



次の日、あわただしい足音と共に、部屋のドアが叩かれた。

「陸玖様大変です。」

 いつも朝起こしに来てくれる梨沙さんがいないため、僕は田辺さんの扉を叩く音で目を覚ました。ダッシュボードの時計を見ると朝の7時だった。

 急いで服を着替え、1階に降りると調理室に客人たちが集まっていた。

 その足元には、潮見一郎が倒れていた。潮見の周りには赤い水たまりができていた。

「こりゃ腹部を一突きだねえ。」

水瀬は顎を触りながら、まじまじと潮見の死体を見た。

「このランタン、真白君と千景が昨日持っていたものじゃないか?」

倒れた潮見のすぐそばに、ガラス部分が砕けたランタンを見つけ佐久間が千景に問う。

「そうです。昨日、探索を終えた後に真白君がランタンをもって調理室に……」

 その場の視線が僕に集まった。はじめはその意味が分からなかったが、すぐ僕が疑われていることに気付いた。

「ち、違うんです、昨日僕部屋に戻るときに調理室から物音がして、それで、田辺さんだと思って、でも違って、そしたら潮見様が僕の手を引いて――それで、」

 僕は昨日のことを思い出して言葉を詰まらせた。言葉が震えて、手の指先が冷たくなっていくのを感じた。

「そういえば潮見さんって酔った勢いで子供に暴行しようとして捕まったことありましたよね。結局不起訴になったらしいですけど。」

水瀬が思い出したように言った。

皆の視線が僕に向かう。

「大丈夫だよ、真白君、正当防衛だし」

ぽんと置かれた水瀬の手と、潮見の手が重なって見えた。

その手を注視したら、ぐにゃりと視界が歪んだ。


九条源七、ランタンの光、包丁、田辺さん

4階の扉、梨沙さん、ワイングラス、死体

小屋、エリク王、蒸した鶏、

知らない人たち、知らない手……


意識を手離すとき主人の僕の名を叫ぶ声を聞こえた気がした。


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