87 蹄鉄の行く末
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……シュッ!
中指とひとさし指で挟んだ蹄鉄を投げ放つと、U字型のそれはブーメランのようにクルクルと回った。
どうやら、『暗器』スキルはこんな時でも活躍してくれるらしい。
大人たちの垣根、そのわずかな隙間にぶつかることもなく、ある人物の胸にボスッと当たる。
驚きとともに割れた人垣の向こうには、『ゴンギルド』のリーダーがいた。
「テメェ……なんのつもりだ……?」
ゴンは蹄鉄を握りしめ、うつむいたまま唸っている。
深い影を落としているその顔。
顎からはしきりに赤い雫がつたい落ち、足元に血だまりを作っていた。
彼のケガはひどかったけど、目は死んでいない。
闇に潜む野獣のような眼光で、ボクを睨み殺そうとしている。
あれは、ゴンが本気で怒ったときの顔だ。
そしてボクに対して、初めてする顔でもある。
弱っちかったボクが、初めてゴンの本気を引き出したんだ……!
しかし皮肉なもので、ボクは争うつもりなんてこれっぽっちもなかった。
「それは『ゴンギルド』結成の、ボクからのお祝いだよ」
ボクは心の底から言った。
だって、ボクはギルドに所属してないから、蹄鉄を納品して得られる名声なんてどうでもいい。
それに、お金もそんなにいらない。
今のボクは、生きていくために必要な食べ物をほとんどドロップアイテムでまかなっている。
装備も自分で作れるし、寝る所は『キャルルルン』がある。
ようは、お金の使いみちがないんだ。
もっと言うと、この世界で売られているモノに魅力を感じてないとも言える。
だから……蹄鉄は名誉やお金に変えるんじゃなくて、クラスメイトにあげることにした。
この蹄鉄で幸せになれるなら、そのほうがいいと思ったんだ。
しかし……ゴンはケガして苛立っているのか、手負いの熊のような大声で怒鳴り返してきた。
「結成祝いだとぉ……ふっざけんなよぉっ!? この俺様をコケにしやがって……! テメェ……何様のつもりだっ!? テメェにかけてもらう情けなんて、これっぽっちも……!」
ゴンは蹄鉄を投げ返そうと振りかぶったんだけど、その腕がガッと掴まれる。
見ると……そこにはレツが立っていた。
レツは闇のような黒いマントを羽織っていて、隙間から腕だけ出している。
影のように伸びたその手は、軽く押さえているように見えるのに、ゴンの太い腕がびくともしていない。
ボクは、強烈な違和感を覚えていた。
あれ、なぜだろう……?
レツがいることを、すっかり忘れていた……!
ゴンとレツといえばクラスでも最強コンビで、よくつるんでいるのを見かける。
それは成人してからも変わらなかったんだけど、『ゴンギルド』になってからはゴンばかりが目立って、レツの存在感がぜんぜんなかった。
なぜかは、よくわからないけど……とにかくボクはそう感じたんだ。
レツはゴンの激情とは真逆の、落ち着き払った態度で言った。
「……いいじゃねぇか、ゴン。くれるっていうんなら、もらっとこうぜ……」
それは穏やかなのにゾッとするような、不気味な声だった。
ゴンは何もかもが信じられない様子で、「ハアッ!?」と息を吐く。
「レツ……!? お前、正気か!? 相手はあのアンノウンだぞ!? 下級生の女にもナメられイジめられてたようなヤツに、コケにされて悔しくねぇのかよ!?」
「……ゴン、アンノウンの顔つきを見てわかんねぇか……? ヤツはもう以前のヤツじゃねぇ……。あの戦いぶりを見ただろう、もう女に泣かされてたアンノウンとは別人だ……。むしろ、正気に戻るのはお前のほうなんじゃねぇのか……? お前は、『ゴンギルド』のリーダーなんだろ……? みんなを養わなくちゃいけねぇんじゃねぇのか……?」
ゴンはレツの忠告が終わるや否や、ギロリ……! とギルドメンバーを睥睨する。
クラスメイトたちは鬼を前にした村人のように、「ヒイッ」と小さく呻いて身を寄せ合っていた。
ハッ、と吐き捨てるゴン。
「アイツの情けなんざ、俺は受け取らねぇ……! だからこれは、貸しだ……! 行くぞっ! お前らっ!!」
そしてボクのほうを一瞥もせずに、肩を怒らせ歩きだす。
音もなくその後に続くレツと、たまにボクのほうに振り返り、機嫌を伺うように会釈するクラスメイトたち。
レツ以外はみんな血を流していて、引きずるような血の跡を残していた。
ボクは素早くスキルウインドウを開く。
『ブルーゲイル』をやっつけてレベルアップしたのか、スキルポイントがさらに増えていた。
それはさておき、白魔法ツリーの『リムーブ』と『エクステンション』に1ポイントずつ振る。
『リムーブ』は毒などの状態異常を治すスキルで、『エクステンション』は白魔法の効果範囲を拡大させるスキル。
今回は後者が必要だったんだ。
『エクステンション』がない場合、『キュア』や『リムーブ』は被術者に触れていないと効果を発揮しない。
だけど……『エクステンション』があれば離れた相手を、しかも広範囲にいる複数の対象を治すことができるようになるんだ……!
ボクはこっそりと、『ゴンギルド』のメンバーの背中に向かって『キュア』を唱える。
すると、派手な光にピカーッと照らされた。
「あ~あ」とシラけきった様子でボクから離れていこうとする大人たちも、何事かと注目するほどの閃光。
クラスメイトたちの身体に輝きが収束されていくと、そこにはケガ人などひとりもいなくなっていた。
当人たちも、目撃していた大人たちも、タヌキとキツネに同時にほっぺたをつままれているかのような表情をしている。
ボクの背後から、呆れ声が近づいてきた。
「あーあ、せっかくの激レアアイテムをゴンたちにやっちゃうなんて……!」
「そのうえ、ケガまで治してやるとは、お人好しにも程があるだろう……!」
フグみたいに頬を膨らませているキャルルと、頭痛のようにオデコを押さえて大げさに頭を振っているマニー。
みんなが笑顔になっているイラストを向けてくるウサギ。
ウサギ以外は、ボクの判断に否定的なようだ。
「……以前から不思議だったんだが、アンノウン……なぜ、そこまでしてやるんだ?」
「そーそー、ずっとアンノウンをいじめてきたんだよ? それにウチの言った通り、アイツラぜんっぜん感謝しないっしょ? いくらやっても無駄だって!」
ボクはふたりの不満を聞きながら、クラスメイトたちのほうを見る。
みんなはまだ立ち止まったまま、身体をチェックしあっていた。
不思議そうだったけど、ケガが治って嬉しそうだった。
「……いままで、ずっとみんなの力になりたいっていう気持ちだけはあったんだ。でも、成人する前は何をやってもダメだったから、気持ちだけが空回りして、してあげたことがぜんぶ裏目に出て……むしろ嫌われちゃってた。でも、今はちゃんとしてあげられるから、それが嬉しいのかもしれない……」
ふたりに答えていたつもりだったんだけど、いつの間にかボクは自分の気持ちを再認識していた。
ボクは、みんなが笑顔になってくれればそれでいいんだと。
その笑顔がボクに向けられなかったとしても、それは別にかまわないんだと。
自分はいくら嫌われ、嘲られたってかまわない。
いくら苦しい目にあわされたって、いくらでも耐えてみせる。
でも、仲間が……ウサギやマニーやキャルル……そしてクラスメイトたちが苦しんでいる姿は、見たくないんだ。
なんでだろう……なぜかはわからないけど、そう思う。
ウサギが世界一の画家になり……マニーが理想の世界を創り……キャルルが世界一のパン屋さんになる……。
そして『ゴンギルド』が『冒険者ギルド』を超えるギルドになる……。
そのためであれば、ボクは協力を惜しまないだろう。
みんなが立派になってくれれば……それでいいんだ……!
「だから感謝なんていらない……! みんなが幸せになってくれるのなら……!」
ボクは間違いないとばかりに、クラスメイトたちに向かって力強くつぶやく。
そして、またしても気づいてしまう。
レツの背中から放たれる、強烈な違和感に。
『イーグル』でズームする、死神のような背中。
自然と開いたステータスウインドウに、ボクの満たされた気持ちが、いっきに凍りついたんだ……!




