85 居合いの真髄
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女の子を緊縛して奴隷にする、嫌なヤツを消す、お金を出す…これ全て、異世界最強の、愧術…!
★『チートゴーレムに引きこもった俺は、急に美少女たちから懐かれはじめました。キスしながら一緒に風呂やベッドに入るって聞かないんです!』
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引きこもれば引きこもるほど、チヤホヤされる…チートゴーレムのお話!
「と……とんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁ…………ぁ………………ぁ……………………ぁ…………………………ぁ」
途中で嵐に巻き込まれたかのように、叫びに風鳴りが混ざる。
一秒が細かく刻まれ、スライスされた時の一片一片を、ボクだけが認識していた。
瞳孔が開いていく感覚までもが、ハッキリと感じ取れる。
視界は開け、魚眼のようにまあるく広がった。
眼下は、鳥の巣のようになっている。
仲間やクラスメイトたち、そして大人たちまでもが……エサを求める雛鳥のように限界まで口をあんぐりさせていた。
縦にも横にも歪んだユーモラスな顔で、ボクを見上げている。
ボクは大空を、そしてこの空間すべてを掌握する『鷲』になっていた。
もはや伝説のモンスターですらも、エサであるネズミのように感じる。
ここから急降下して、ブルーゲイルを『明鏡止水剣』で斬る……!
空からの一撃であれば、剣圧でクラスメイトに被害が及ぶこともないはず……!
ボクは視界の幕を降ろす。
暗闇のなかで、スカイダイビングの真っ最中のような音が、びゅうびゅう鳴っている。
……脳から伝った一滴の雫が、ゆっくりと垂れ落ち……。
ぴちょん……!
とお腹のあたりで波間となって広がった。
闇がゆらぎ、波紋を中心としてあたり一面が湖へと変わる。
どこまでもどこまでも続く、静かな湖。遮るものなど何もない。
みんなが立っていた場所が、蜃気楼のようにゆらゆらと揺れる。
そして……その渦中にあるものを、ボクは見た。
骸骨の騎士が、そこにいたんだ……!
骨格標本のように白く、骨でできた槍を持ち、見えない手綱を操るソイツが……!
がらんどうの眼窩で、ボクを見上げている。
ヤツには目玉がなかったけど、でも、わかったんだ。
たしかにボクを見ているのが……!
見えたぞ……! ブルーゲイル……! お前の正体……!
とばかりに睨み返してやると、パカッと、顎が外れそうな勢いで大きく開いた。
……ボクは、ムサシの言葉を思い出していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「へへっ、どーよ、お師匠様! 納刀はまだまだだけど、抜刀だけならだいぶ速くなっただろ!」
ウコギの生垣に囲まれた庭の真ん中で、ムサシはわんぱく坊主のようにひとさし指で鼻の下をこすっていた。
「うん。修行の成果が出てきたね。それに伴って、斬れ味も増してきている。でも、忘れちゃダメだよ。居合いは速さが重要ではあるんだけど、それだけじゃないってことに」
「またそれかよ……見えぬものを斬る、だろ?」
「うん。見えるものを斬るだけなら、『静水の型』でなくてもいい。『烈火の型』のほうが攻撃力はあるからね」
「うぅーん、言われたとおり無心になってやってっけど、よくわかんねぇーんだよなぁ……」
「じゃあ、やってみせようか」
ボクは、わらぶき屋根の軒下にある縁側に腰かけたまま、ムサシのすぐ横に立っている巻藁を見据えた。
「……ムサシ、巻藁の中にある木を、上から引っ張ってごらん」
「えっ? 巻藁の中の木って、地面に埋まってるから……引っこ抜けってことか?」
「いいから、上のほうを引っ張ってみて」
ムサシはいぶかしげに、巻き藁の上から飛び出している木を掴んだ。
ぐいと引っ張ると、木が途中からスッポ抜ける。
地面に埋まっているものとばかり思っていたムサシは、力加減を誤って後ろによろめいてしまった。
「わあっ!? なんだコレ!? 巻藁はなんともなってねぇのに、中の木だけがスッパリ斬れてるだなんて……!?」
「それが、見えぬものを斬る、ということだよ」
ムサシはオバケを見るような表情で、木の切断面とボクを交互に見ている。
「えええっ!? っていうかお師匠様、巻藁を見てただけだよな!? まさかその間に抜刀して納刀したのか!? それにこんなに離れてる巻藁を斬っちまうだなんて……それも中身だけ!?」
「居合いが速さを追求するのは、目で見えているものを斬るためじゃない。目で見えない世界へと刃を到達させ、目で見えないものを斬るためにあるんだ。そのためには、真の自分と向き合う必要がある」
わかったようなわからないような、微妙な表情を浮かべるムサシ。
「真の、自分と……? 敵とじゃなくてか?」
「うん。敵はどうあれ、それを見ているのは自分自身だ。だからこそ、見誤ることもある。邪念を捨て、真の自分と向き合った時、本当に斬るべきものが感じ取れるようになるんだ」
「真の自分と向き合った時、本当に斬るべきものが感じ取れるようになる……」
ムサシはボクの言葉を噛みしめるように、つぶやいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
回想から戻ったボクは、なおも大空を舞いながら首を捻っていた。
長いこと考えていたような気もするけど、時間は凍りついたままだ。
……あれ? なんか変だな。
ムサシから教えてもらったはずの極意なのに、なんでボクがムサシに教えてるんだろう?
まさかこんな時に、妄想しちゃうだなんて……。
いくら余裕があるからって、油断しすぎだよね……。
ボクは目を閉じたまま、眠気を覚ますように心の中で喝を入れる。
そんなことよりも、今は目の前……いや、瞼の向こうにいるアイツだ……!
待たせたな、ブルーゲイル……!
ようやくわかったよ、お前が一度、柱の下敷きになって死んだ理由が……!
偶然、本体である骸骨のお前を押しつぶしたんだ……!
だが、今度は運悪く、じゃない……!
お前を初めてまっぷたつにする者の姿……その空っぽの目に、しっかりと焼き付けておくがいいっ……!!
「 明 ・ 鏡 ・ 止 ・ 水 ……!」
無いはずのヤツの目が、大きく見開いたような気がした。
ボクもギョロリと見返した、その瞬間……!
固まった石膏がはじけ、中に埋まっていた人が動き出すかのように……時の奔流が勢いよく流れはじめたんだ……!
「 剣ぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーんっ!!!」
……ドッ!!!!!
プロミネンスのように、桜吹雪が渦を巻く。
振り払った剣の、扇状の軌跡にあわせてピンク色の間欠泉が噴出。
それは高波のようにまわりに広がって、みんなを桜の雪崩に飲み込んでいた。
ボクは残心のポーズのまま、ブルーゲイルのすぐ後ろにいた。
後ろ蹴りを受ける危険なポジションだったけど、なんともないのはヤツがもう生きていない証拠だ。
うず高く積もった花びらの山から、次々と顔が出てくる。
「ぷはあああっ!? なっ……なんだ、こりゃああっ!?!?」
「さ……桜の花びらじゃねぇかっ!?!?」
「なんでこんなとこに、こんなモノがあるんだよっ!?!? それも、こんなにたくさんっ!?!?」
「ぶ……ブルーゲイルだ!! ヤツが、ヤツが出したんだ!!」
「なんでだよっ!?!? なんでなんだよっ!?!?」
「そんなこと、わかるわけねぇだろっ!! わからねぇけど、そうとしか考えられねぇだろっ!! こんな芸当、人間にできるかよっ!! 神にも近いといわれる伝説のモンスターだけだっ!! ヤツらは自然すら味方につけてるそうだからな!!」
大人たちは、パニック症状に陥っているのか声の大きさがデタラメだ。
そんなに大きな声をださなくても聞こえるのに、もう叫びださんばかりに声を振り絞っている。
「お……おいっ!! み、見ろよっ!!」
「ぶ……ブルーゲイルが……!! ブルーゲイルがあっ!?!?」
「な、なんだなんだ、なんだアレっ!?!?」
「きひいいいっ!?!? なんだ!?!? なんだなんだ、なんなんだあああああっ!?!?」
さらなる異変。
ジャングルの真っ只中さながらに、猿のような発狂じみた悲鳴があちこちから飛び交った。
振り返ってみると……ブルーゲイルの全身から、真っ白い煙があがっていたんだ…………!




