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73 冒険者デビュー

 広場での装備作りを終えたボクらは、いよいよ『太陽の塔』へと向かった。


 ボク、ウサギ、マニー、キャルルの4人で塔のエレベータに乗る。

 行き先は4階……ここからが本当の『太陽の塔』といわれている最初の階だ。


 1階から3階まではさして強いモンスターも出ず、お宝もしょぼい。

 「観光階」なんて呼ばれてるくらいで、よそから来た観光客が冒険者気分を味わいに立ち寄って行くくらいお手軽なんだ。


 モンスターも『ゴブリンロワー』やら『グレムリンロワー』やらで、下層を意味する『ロワー』という名前がついている。たいした攻撃もしてこない。


 でも、4階からはそうはいかない。

 ゴブリンやグレムリンも、下層(ロワー)ではない本気のヤツらが出現する。


 狡猾で残忍で、ボクらを本気で殺そうとしてくるヤツらが……!


 でも、ボクは怖くなかった。

 『観光客』ではなく『冒険者』になれた嬉しさで、エレベーターに乗ってる最中もずっとワクワクが止まらなかったんだ。


 ……ガコオン!


 大きな揺れをもってエレベーターが止まる。

 ガラガラと音をたてて開く扉。


 出迎えてくれた大広間には、多くの本物の『冒険者』たちが集まっていたんだ……!


 1階のどこかのんびりしたものとは違う、ピリピリしたムードが流れこんでくる。



「ギルドのやつらが集会を開いているようだな」



 マニーは特に気後れする様子もなく、エレベーターを降りながら言う。


 武装した大人たちがいくつかのグループに分かれ、整列していた。

 リーダーらしき男の怒鳴り声が、あちこちから聞こえてくる。



「これ、みんな『冒険者ギルド』の人たちなの? すごい数だね……」



 ボクはほとんど無意識のうちに、『超感覚』の『思考』スキルを使って数を数えていた。

 大人たちは五百人ほどいた。



「いや、一番大きな集まりは『冒険者ギルド』だろうが、他のヤツらは別のギルドだろうな」



「えっ? ギルドって『冒険者ギルド』だけじゃねーの?」



 ボクとマニーの後ろにいたキャルルが桜の香りをふわりと漂わせながら、間に入ってくる。

 そのフェロモンにボクはドキリとしたけど、同じ女の子であるマニーはなんともない様子で頷き返していた。



「ああ、ギルドは『冒険者ギルド』以外にもたくさんある。いくつかあるギルドの中で最大シェアを誇っているのが『冒険者ギルド』というだけだ」



「知らなかった……」『知らなかった……』



 いつの間にかボクの横に並んでいたウサギと、揃って感心する。



「それが『冒険者ギルド』のヤツらの狡猾なところさ。まるで代名詞のような屋号を掲げ、3階から他のギルドを追い払って若い冒険者の卵を勧誘してるんだ。知らぬのも無理はないだろう。ほとんどの者は他にもギルドがあると知らず、ギルドといえば『冒険者ギルド』しかないと思って入ってしまう。4階に来たときに初めて、他のギルドがあるというのを知るんだ」



「そして知ったときには手遅れで、もう『冒険者ギルド』に入っちゃってるってワケね。……それ、チョーずるくね?」



「ああ。不正ではあるが、見逃されている。『冒険者ギルド』はこの街の(おさ)と深い仲だからな。現に俺たちも手配書を配られただろう? あんなことができるのも、この街の権力者と繋がっているからだ」



 マニーはギリッ、と歯を噛みしめる。



「俺は、そういう権力にモノをいわせたやり方を、子供の頃から嫌というほど見てきた……! 帝王学の一環として……!」



「ははぁ、マニーの『冒険者ギルド』嫌いは異常だと思ってたけど……ガキんちょの頃からのトラウマだったんだ」



 納得したようにうんうん頷くキャルル。ボクもつい頷いていた。


 きっとマニーは貴族の家の跡継ぎとして、身近な権力者である父親のいろんな不正や理不尽な行いを目の当たりにしてきたんだろう。

 そしていつしか『権力アレルギー』になっちゃったんだと思う。


 ふと、見慣れた顔ぶれで構成されたグループが目に入る。

 ゴンたちだ……ゴンを筆頭としたクラスメイトたちが、ひと固まりになっていた。


 仲間たちも気づいたようで、自然と足を止める。


 グループのリーダーであるゴンはボクらには気づいていない。

 踏み台の上で拳を振るい、クラストメイトたちに熱弁していた。



「いいか! 俺たちはあの3階のボスフロアを、『冒険者ギルド』のヤツらの力を借りずに突破したんだ! これは、近年でも例にない快挙らしい! だから自信を持て! 俺たちは強いんだ! 一流の冒険者になれる資格がじゅうぶんにあるということを!」



「だっさ……ナニ言ってんだか。アンノウンたちがボスフロアから出ていったあと、残ったドロップアイテムを拾い集めてただけのクセに……」



 キャルルがボソっと突っ込む。



「そのとき俺は思ったんだ! 組織は属するものではなく、立ち上げるものだと……! だから俺はギルドを立ち上げた! お前らとともに、これからも戦うために……! ギルド長はもちろん俺様で、副長はレツにやってもらう! お前らは現段階ではヒラ部員だ! 文句はないなっ!?」



 一段高いところから、クラスメイトたちを睨みまわすゴン。


 ゴンに逆らえるクラスメイトなんているはずもない。

 みんなは黙り込んだままだった。



「よぉし、異議がないということは決まりだな! 今日は我が『ゴンギルド』の、記念すべき旗揚げ初日となった……! だが浮かれるな! 『ゴンギルド』を一流のギルドにするために、ヒラであるお前らにはすべきことが山ほどあるんだ! まずは皆でクエストを受ける! 塔の外からの依頼であるクエストをこなせば、『ゴンギルド』の名前は自然と街へと轟き……ゆくゆくは『冒険者ギルド』をも超える、一大ギルドとなるんだ!」



 ゴンの演説で思い出した。

 そういえば、4階からはクエストができるようになるんだっけ……。


 この『太陽の塔』では、外では手に入らないドロップアイテムや宝がいっぱいある。

 冒険者なら自力で手に入れられるけど、外にいる人がそれらを欲しい場合は『クエスト』という形で依頼するんだ。


 ようは簡単にいうと、『おつかい』みたいなものかな。


 ゴンのリサイタルのような演説は続く。



「しかもこれから『駿馬節』を迎えるにあたり、馬のたてがみやしっぽの納品依頼が多数来ている! まさに稼ぎ時だ! この階にいる『レイジングホース』を狩って狩って狩りまくるぞ!」



 『駿馬節』……こっちの世界にある風習。

 この時期に生まれた馬は駿馬になるとかで、それにあやかった記念日のことだ。


 その日は街はお祭りとなる。

 馬のたてがみやしっぽで作った飾りであふれ、馬の形をしたパンが焼かれるんだ。


 記念日はもうちょっと先なんだけど、このくらいの時期からみんな準備を始める。

 ゴンの話から予想するに、レイジングホースのドロップアイテムである『たてがみや』『しっぽ』を納品するクエストがいっぱい来てるんだと思う。



「しかしっ! それですらこの『ゴンギルド』にとっては片手間でしかない! 俺たちの真の目的は、青白い『レイジングホース』を狩ることだっ!」



 いままでゴンの言葉に黙って耳を傾けていたクラスメイトたちが、にわかにざわめきはじめる。


 ボクも何のことだかわからなかった。

 同じような表情をしているウサギとキャルルと顔を見合わせたあと、揃ってマニーのほうを見る。


 ボクらの生き字引となった男の子みたいな女の子は、視線を察して教えてくれた。



「青白いレイジングホース……『ブルーゲイル』のことだな。伝説のレアモンスターだよ。駿馬節の時期になるとごく稀に現れるらしい。ソイツを倒すとこれまたごく稀に、鉄でできた(ひづめ)を落とすらしい」



 鉄でできた蹄……『蹄鉄(ていてつ)』のことだろうな、とボクは思う。


 こっちの世界には『蹄鉄』というものがない。

 どうやって馬の蹄を保護しているかというと、馬の足を布の袋で覆うことにより割れにくくしてるんだ。



「まぁ、それも言い伝えだがな。『ブルーゲイル』を見た者自体ほとんどいないし、倒したヤツに至ってはゼロだ。大昔に一度だけ、柱の下敷きにして倒したことがあるらしいが、それは討伐したというよりも事故による偶然だったそうだからな。『鉄の蹄』はもちろんドロップしなかったそうだが……」



 マニーはシニカルに笑って、肩をすくめる。



「『鉄の蹄』は国王が欲しがっているそうだから、駿馬節になると毎年のように王国から依頼が入るらしい。もし納品できればギルドの評判はうなぎのぼりだろうが……そんな言い伝えみたいなものをアテにするとは、実に愚かだな」



「でもゴンらしい脳筋っぷりじゃね?」



「それもそうだな、ハハハハハハ!」



 珍しく意見があったのか、笑い合うマニーとキャルル。


 『ブルーゲイル』という名前がカッコよかったので、ボクはその伝説の馬に興味を抱いていた。

 ウサギはさっそくスケッチブックに起こしている。


 ウサギの描いた『ブルーゲイル』……それはカッコイイというよりも美しかった。

 そしてボクはさらに興味をそそられる。


 ああ……なんだかますます気になってきた……!

 『ブルーゲイル』……ひと目でいいから見てみたいなぁ……!


 なんてことを考え、ボンヤリしてしまった。

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