70 新たなる仲間はもちろん…
次の日。
パンの焼けるいい匂いで目覚めたボクは、ウサギとマニーとともに厨房へと降りた。
そこには、いつもの明るいキャルルと、そしてちょっとはにかんだようなルルン。
そして……意外な人物がいたんだ。
「あら……キミは、アンノウン君」
お店と厨房を忙しそうに行ったり来たりしていた女性は、ボクに気づくと足を止めた。
見るもの全てを癒やすようなやさしい表情、質素な灰色のローブ。
すぐ食べられちゃいそうな草食動物みたいに、おっとりした感じだけど……肉食動物すら恐れて逃げ出しちゃいそうなくらいの、神聖なオーラをまとっている……。
ボクを大人にしてくれた、憧れの女性……!
「せ……聖堂主様が、どうしてここに?」
自然に話しかけたつもりが、声がうわずってしまう。
聖堂主様はローブごしでもわかる大きな胸に手を当て、こうおっしゃった。
「女神に選ばれしパン屋に、ご奉仕に来たの」
昨日の空飛ぶパンを見て、みんなは神の奇跡だと勘違いした。
それは女神様につかえる聖堂主様も例外ではなかったようだ。
さらにルルンが教えてくれる。
「ホントは聖堂のヤツらが大勢手伝いに来たんだけどさぁ、あんまりウジャウジャいると邪魔だからアリマ以外は追い返したんだ」
アリマというのは多分、聖堂主様の名前だろう。
「はい。お邪魔になるのは本意ではありません。わたくしは『雲のパン』を多くの方々に召し上がっていただくために、お手伝いさせていただくことが目的ですから」
「なんだ、それならレシピを教えてあげよっ……ヴッ!?」
ボクの提案は、ルルンの肘打ちによって遮られてしまった。
「バカっ! ……あ、いや、ごめん、ウソ。えっと……とにかく、レシピは誰にも教えないでよ? 教えちゃったら、あっという間にマネされちゃうから……お願いよ?」
ルルンはそっと耳打ちしてくる。
ボクの顔色を伺うような、なんとも歯切れの悪い怒り方だった。
そういえばボクは、『キャルルルン』の経営難を救うためにパンのレシピを教えてあげたんだっけ……。
ボクは少し考えてから、ささやき返す。
「……わかった。しばらくは誰にも教えない。でもルルン、新しいパンのレシピも考えてね? 『料理』のスキルがあるんだから、いろいろ思いつけるはずだよ」
するとルルンは目を丸くした。
今はすっぴんじゃないので、昨晩より目が大きく見える。暗闇の猫みたいにまんまるだ。
「えっ……なんでアンノウン、『料理』のスキルを持ってること知ってんの? 気がついたら、急に増えてたんだ……。あっ、そうそう! それでさ、それでさ、それで急にパン作りがうまくなったんだよね! まだアンノウンほどじゃないけど、たくさん作れるようになっちった!」
ルルンは話しているうちに嬉しくなったのか、子供のように無邪気な顔になる。
あんまり細かいことは気にしない性格のようだ。
「よかったね、ルルン」とボクが言うと、ルルンは「えへへへへー!」と満面の笑顔を浮かべた。
ボクとルルンの間に、弾力のある風船が割り込んでくる。
ぽよんとした感触で頬を押され、ボクは後ずさった。
「……お姉ちゃん! まだパン作ってる最中でしょ!? それにアンノウン、お姉ちゃんの邪魔すんじゃねぇーよ!」
キャルルだった。胸と同じくらいに頬をプクーっと膨らませている。
「あっ、ごめんキャルル。じゃあ、ボクらも手伝うよ」
ボクらは朝の仕込みを手伝ったあと、みんなで焼きたてのパンで朝食をとった。
聖堂主様……アリマは『雲のパン』を食べるのは初めてだったらしく、ひと口食べたとたん椅子から転げ落ち、
「おっ……おおっ! おおおお……! おおおおおおっ……!! かっ、神よ……!!」
天に召されるように床に倒れたまま、はらはらと涙をあふれさせていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝食を食べたあと、ボクらは塔の探索を行うために『キャルルルン』をあとにした。
昨日はあんなに人が押し寄せていた店のまわりは、ウソのように静かだ。
といっても静かなだけで、人は大勢いた。
誰もが羨望のまなざしを向け、店に向かって祈りを捧げている。
昨日の空とぶパン事件以来、『キャルルルン』は聖堂にも並ぶほどの神聖スポットになったんだ。
パンは完全予約制となり、ひとり1個。
値段は心付けということになり、とんでもない額を納めていく人もいる。
手に入らないからといって、暴動を起こす者はいない。
それは神に背く行為だと思い込んでいるからだ。
借金取りも取り立てができなくなった。
そんなことをしたら、あっという間にまわりにいる人たちから袋叩きにされてしまうからだ。
でも……すでに借金を返せるだけの売り上げはあがったらしい。
たった1日で、『キャルルルン』は長年苦しめられていたものから解放されたんだ。
ボクは足どりも軽く大通りを進み、『太陽の塔』へと向かう。
仲間たちの表情も明るい。ウサギ、マニー、そしてキャルル。
「……あれ?」と思ったボクは足を止めた。
「あの、キャルル……ボクらと一緒に来て大丈夫なの? パン屋のほうは……?」
するとキャルルは、髪が渦を巻くほど大きく頷き返してくれた。
「うん! 店にはアリマがいるしね! だからウチは仕入れ担当! ほら、卵とか牛乳って、市場じゃ手に入んないじゃん?」
そういえばそうか。
卵や牛乳は毒が入っていると信じられているから、売っちゃいけない決まりになってるんだ。
「だからアンノウンと一緒に行って、塔で材料を仕入れようと思って……別にいいっしょ?」
仲間が増える分には別にかまわない。ボクは即答した。
「もちろん! キャルルは白魔法が使えるから、頼りになりそうだし……! そうだ! 塔に行く前に……キャルルの装備を作ってあげるよ!」
ボクらは行き先を変更。
塔ではなくて、いつも装備を作っていた広場へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この広場に来るのは一日ぶりだったけど、目まぐるしい出来事だらけだったのでなんとなく懐かしく感じる。
ちょっとホッとひと息ついたあと、ボクは装備づくりの準備を始めた。
まず、キャルルの装備を作ろう。
魔法使いだから、武器は剣とかじゃなくて……やっぱり杖だよね。
ボクは広場に生えている杉の木から、枝を何本か折って材料として調達する。
葉っぱがついたままのソレを束ねあわせ、錬金術の『変形』陣をかける。
すると……伸びる蔓のようにお互いが絡み合い、一本に編み上がった。
さらに錬金術の『風化』陣をかけ、枝をいい感じに加齢させる。
ヒジから手首くらいまでの長さの小杖が完成した。
「よし……できた!」
【杉の小杖】
精神+3
知力+5
信心+5
杉の木の枝には知力、すなわち攻撃魔法の威力を高める能力があり……杉の葉っぱには信心、補助魔法の威力を高める能力がある。
だから杖として使うなら、葉っぱがついたまんまの枝でもいいんだけど……そのままだと見た目も良くないし、また耐久性もないから、束ねて『変形』させて補強したんだ。
それに樹木というのは種類によって異なる能力が秘められてるんだけど、若い樹木は未熟なせいか、ぜんぜん能力を発揮してくれない。
なので『風化』させて樹齢を重ねさせて、魔力アップの効果を引き出したんだ。
「こんなしょぼい木切れで、ホントにホントにステータスがあがんの?」
杖を受け取ったキャルルは半信半疑な様子だったが、ステータスウインドウを開いて、
「あっ……マジだ!? マジで知力とか信心があがってる……すっごーい!」
驚いた様子で虚空を見つめていた。
ちなみに開いたステータスウインドウはその人にしか見えない。
キャルルのステータスが見たければ、ボクはボクでウインドウを開く必要があるんだ。
ボクもなんとなく気になったので、キャルルのステータスを開いてみる。
ウサギとマニーもキャルルを凝視していたので、たぶん同じように気になっているんだろう。
キャルルのステータスウインドウには、なぜか『信心』の項目がふたつあった。
女神への信心 12
アンノウンへの信心 120
……ボクはなんともいえない気持ちになった。




