69 リバイバーのキス
ボクが寝室前の廊下で立ち尽くしていると、浴室からルルンとキャルルが出てきた。
ふたりとも身体にバスタオル一枚巻いているだけなので、全身からはほこほこと湯気があがっている。
それはいいんだけど……彼女たちはいつも風呂あがりはバスタオル一枚。
そんな肌も露わな格好のまま寝室でくつろいで、そのまま寝ちゃうもんだからボクは目のやり場に困りっぱなしなんだ。
「あーさっぱりしたぁー」「あ、アンノウンじゃん」
ほとんど裸みたいな姉妹が近づいてくる。
ボクは身体をずらして寝室への扉を譲ろうとしたんだけど、すっと寄ってきたルルンが行く手を塞ぐように壁にドンと手を付いてきたんだ。
これは、『壁ドン』……!
男の子が好きな女の子にする行為……!
って、これもボクが考えた妄想なんだけどね。
こっちの世界じゃ『壁ドン』なんて言葉、誰も知らない……。
なんてことを思っていると、石鹸の香りがむせかえるほどに近くにあった。
バスタオルごしの豊かな胸が押し当てられ、ノーメイクの顔が降ってくる。
ルルンの顔が、こんなに近くに……。
キャルルのお姉さんだけあって、やっぱり美人だ……それに、メイクしてない今のほうがずっとキレイなのに……なんてノンキなことを思っていると、
「んむっ!?」
ルルンはそうするのが当たり前のような自然な動きで、ボクの唇を塞いだ。
隣から「お、お姉ちゃん!?」とキャルルの素っ頓狂な声がする。
ルルンの唇は、夏の日差しをたっぷり浴びた桃のようにみずみずしかった。
あたたかいそれは、すぐに甘くとろけていく。
焼いた桃にバニラアイスを添えたスイーツのように、口の中でアイスがとろけ、桃と渾然一体になるような感覚……。
どこまでも甘く、どこまでも柔らか。
それなのに、背筋がゾクゾクする。
女の子とキスをするのはこれで二度目だったけど、やっぱり、気持ちいい……。
ボクは抵抗せず、されるがままになっていると、
「んっ……んっ……んんっ……」
ルルンはボクの唇を、チュバチュバと音がするくらいに貪りはじめた。
全てを味わい尽くすかのように、深く舌を差し入れてくる。
ちょっと戸惑ったけど、ボクも舌で応じる。
蛇の交尾のように、ボクとルルンの舌が絡み合った瞬間、
……どくんっ! ……どくんどくんっ!
脈動とともに、ルルンの感情が流れ込んできたんだ……!
『や、やばいやばいやばいっ……! やばぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーいっ!! アンノウンのキス……マジヤバいんっすけどぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!?!?』
『アンノウンって奥手っぽかったから、大人のキスでメロメロにしてやろうと思ってたけど……だ、ダメっ! こ、こっちが……こっちがメロメロになっちゃうよぉぉぉ……!!』
『あぁん、もう……! そんなこと、もうどうでもいい……!! アンノウン……! 好きっ……好きっ……大好きっ! ずっと、ずっとこのままでいたい……! アンノウンの唾液……飲みたい……! アンノウンの舌……もっともっと感じたい……!!』
ボクはルルンの心の声を聞きながら、お互いのステータスウインドウが開くのを感じていた。
キャルルの時と、同じだ……。
そっか、今までしたことなかったから、知らなかったけど……キスすると、お互いのステータスウインドウが見れるようになるんだ……。
キャルルの時は死にかけだったから、それどころじゃなかったけど……今はじっくり眺めるだけの余裕がある。
ふと、ボクの経験値がグングンとあがっているのに気づいた。
コンマ1秒を刻むかのように、ものすぐい勢いで経験値が増えていってる。
ああ、そういうことか……。とボクは気づいた。
塔のなかで死にかけたときも、いつの間にか1レベル上がってたけど、それはキャルルとキスしたからだったのか……。
キスすると経験値がもらえるだなんて……知らなかったなぁ……。
ボクのレベルがひとつ上がると同時に、スキルウインドウに変化が起こる。
ボクのスキルツリーの中にあった『料理』のスキルが、まるでコピーするみたいにルルンのスキルツリーに現れたんだ。
その直後……ルルンの職業が『モデル』から『パン屋』に変わった……!
……!? これって、どういうこと……!?
ねぇ、ルルン? ルルン……!?
「んーっ、んんーっ、んーっ」
ルルンはボクの呼びかけが聞こえていないのか、それともキスに夢中でそれどころじゃないのか、赤ちゃんみたいにボクの舌をチュウチュウと吸っていた。
モヤがかかったように目をトロンとさせ、別世界にトリップしているような彼女とは対照的に……ボクの意識はどんどんハッキリしていく。
そうか……わかったぞ!
これも……キャルルの時と同じなんだ……!
キャルルは『白魔法』を元々使えたわけじゃなかったんだ……!
『白魔法』はボクが使えるスキル……それがキスしたことによって、キャルルも使えるようになったんだ……!
でも、キスで他の人にスキルを与えることができるなんて、聞いたことがないぞ……!?
ってことは……もしかしてこれも、リバイバーのスキル……!?
そうだ……そうに違いない……!
『蛞』がステータスウインドウを詳細にするスキルということは……。
『蝸』『蛭』のどちらかが、ステータスウインドウを電光掲示板みたいに操ることができて……。
残った一方が、キスによってスキルを与えることができるんだ……!
わかった……ついにわかったぞ……!
謎だらけのリバイバーのスキルの正体が……!
ボクの顔に覆いかぶさっていたギャルが、不意に離れていく。
「も……もう……ダメ……アンノウンのキス……しん……じゃう……」
頭上に星が見えそうなくらいに、クラクラと揺れるルルン。
うわごとのような台詞を残したあと、そのままバッターン! と後ろに倒れてしまった。
「お……お姉ちゃん!? お姉ちゃん!? しっかりして!」
キャルルに抱き起こされたルルンは、ビクンビクンと痙攣していた。
「きっ……キスだけなのに……こ……こんなに気持ちいいだなんて……は……はじめてぇ……」
服従する犬みたいなあられもないポーズで、肢体を震わせているルルン。
それを見下ろしていたボクは、なんだか嫌な予感がしていた。
この場合だと、いっしょになって介抱してあげるべきなんだろうけど……。
キスしたあとの反応が、キャルルと同じなんだったら……このあとは、もしかして……。
その予想はすぐに的中する。
ルルンはボクのズボンの裾を、ゾンビのようにガッと掴んできたんだ。
「ごめん……ごめんなさぁい、アンノウゥゥゥン。許して、許してぇぇぇ……!」
紅潮した頬と潤んだ瞳で、叱られた子供のようにボクを見上げるルルン。
「ゆ、許すって、なにを……?」
「アンノウンを大人のキスでメロメロにしてやるだなんて……大それたことを思ってごめんなさぁぁぁぁぁぁい……!」
「そ、そう。そんなこと、別に気にしなくても……」
しかしルルンは、己を責めるかのようにブルブルっ、と髪を左右に振り乱した。
「いやっ……いやぁ……! 気にしないだなんて、言わないでぇ……! お願い……お願いだからぁ……!」
よくわからないけど、ルルンの中でなにかがあったようだ。
保健所に連れて行かれるペットのように、ボクの下半身にひしっとすがりついて離してくれない。
「アンノウン……! なんでもするから、お願い……! 捨てないでぇ……捨てないでぇ……!」
「す、捨てるだなんて……! もともとルルンはボクのモノでもなんでもないじゃないか……!」
言ってから「しまった」と後悔する。
キスした直後のキャルルも、しばらくの間は独自の世界を作り上げていたからだ。
あの時のキャルルは否定すれば否定するほど、どんどん取り乱していった。
だからこの場合……事実関係はともかく、正しい答えは「捨てないよ」だったんだ……!
なんて気づいた頃にはもう遅かった。
廊下に舞う、バスタオルと一糸まとわぬ裸体。
やわらかいクッションのような谷間に、ボクの顔は挟まっていた。
「うぎゃああああああああーーーーーーーーーーーーんっ!! やだっやだっやだぁぁぁぁぁぁあああああああああああーーーーーー!! いやだぁぁぁっぁぁぁぁああああああああああああああああああああーっ!! もともとボクのモノじゃないだなんて……!! ひどすぎる、ひどすぎるよぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!! アンノウンから捨てられたら、死んじゃう! 死んじゃうんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
『キャルルルン』を揺らす、ギャルの大絶叫。
キャルル、マニー、ウサギの三人がかりで引き剥がされるまで、それは続いた。




