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65 空とぶパン

 『太陽の塔』にあいた壁の大穴から、ボクとキャルルは地上の喧騒を睨み据えていた。


 パン屋『キャルルルン』のまわりには、暴徒と化した人たちが波のように押し寄せている。

 壁をドンドン叩いたり、屋根の上に登ったり……今にも押しつぶしそうだ。


 その様子を見ていてたまらなくなったのか、キャルルはボクにすがる。



「お願い……アンノウン……! 『キャルルルン』を……! お姉ちゃんを……! ウチを助けて……! もう頼れるのは、アンノウンしかいないのっ……!」



 キャルルはボクより背が高いので、ボクを見下ろす形になる。

 うつむいた瞬間、溺れそうなほどに潤んだ瞳から大粒の涙がこぼれた。


 ボクは指先で彼女の頬をなぞり、真珠のような粒を拭い去る。



「泣かないで、キャルル……。大丈夫、ボクに任せて。今すぐ、パンを届けにいこう……!」



「で……でも、どうやって……? 普通にやってたら、間に合わないんだよ……?」



 不安でしょうがないのか、何度も瞬きをするキャルル。

 そのたびに涙があふれ出し、とめどなく頬を濡らしている。



「これだ……! これを使えば……すぐに届けられる……!」



 ボクはそう言いながら、部屋の隅から飛んできたベッドシーツをキャッチした。

 風に乗って飛んできたように見えるけど、『テレキネシス』で引き寄せたんだ。


 このシーツは、ボクが『キャルルルン』から風呂敷代わりに持ち出したもの。

 これとボクのスキルを組み合わせれば、高速の移動手段になるんだ……!



「し……シーツ? それをどうするの? そんな布切れでパンを届けるなんて、できっこないよ……!」



 えぐえぐと嗚咽をもらしながら、キャルルはボクを揺さぶる。



「まあまあ落ちついて……これを、こうするんだ」



 ボクはシーツを背中に羽織るようにすると、下側の隅を足首に結びつけ、上側の隅を両手で握った。


 そしてスキルウインドウを開く。

 『忍術』の『遁走術』ツリーにある、『音無し』と『地降り傘』に1ポイントずつ振った。


 『遁走術』……潜入するための移動手段や、敵から逃げるための体術を集めたもの。

 敵と戦うためにも使えるけど、忍者の基本は隠密と暗殺。


 武士は敵に背を向けることを恥とするけど、忍者は敵から見つかることを恥とする。

 敵の目をくらまし、逃げ、見失ったところを不意討ちする……それが彼らの戦い方なんだ。


 まず『音無し』のスキルは『遁走術』の基本中の基本。

 移動時の足音や息遣い、衣擦れの音までもを消すことができるんだ。


 そして『地降り傘』……これが今回必要なスキルなんだ……!

 さっそく、使ってみよう……!



「キャルル、ボクに抱きついて。しっかりとだよ」



 ボクが何やらやりはじめたので、キャルルは何かあると察してくれたようだ。

 素直に頷いて、ボクにしがみついてくる。


 身長差があるので、ボクの顔はキャルルの胸に埋もれてしまう。

 キャルルの胸は、相変わらずふっくらしてて……甘いパンの香りがした。



「そのまま掴まっててね。何があっても離しちゃダメだよ」



「くすん。わかった。でも……なにをするの?」



 すすりあげならが尋ねてくるキャルルに向って、ボクは答えた。



「こうするんだっ……!」



 ボクは床を思いっきり蹴って、壁の穴から外めがけて跳躍する。


 大空にはばたく鳥のように飛び出したまではよかったんだけど……すぐに重たい放物線とともに落下をはじめるボクとキャルル。


 ごうごうという音と、遥か下にある大地がすさまじいスピードで迫ってくる。



「ええええええええっ!? なになになになになになになになにっ!?!? きゃあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 キャルルは最初、何が起こったのかわからない様子だったけど……終わりなき落下の感覚に大声をあげはじめた。



「いやっ、いやっ、いやああああああああああああーーーーーっ!! 死にたくないっ!! まだ死にたくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー……あ……あれ?」



 ふと感じた浮遊感に、キャルルの絶叫が途切れる。

 猛然と迫ってきていた地上が、スローで巻き戻すように離れてく。


 そう……ボクらは風を受け、浮いていたんだ……!

 『地降り傘』によって……!


 『地降り傘』は、大きな布などを背中側にはおって、高いところから安全に降りることができるスキル。

 まるで木から木へと飛び移るムササビのように滑空することができるので、『ムササビの術』とも呼ばれる。


 文明の発達した異世界では『パラシュート』なんて呼ばれる降下専用の道具があるんだけど、忍者はたった一枚の布きれだけで、同じことができるんだ……!


 吹き上げる風によって、ボクらは飛び降りた所よりも高い位置まで飛び上がっていた。



「う……うそ……!? うそうそうそうそうそ……うっそぉぉぉぉぉっ!?!? お、落ちてたと思ったら……!? と、飛んでる……!? なんでなんでなんでなんでっ!? なんで飛んでるのぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!?!?」



 こわごわと地上を覗き込みながら、めくるめく驚きに叫びまくるキャルル。



「驚くのはまだ早いよ、キャルル! これで、パンを届けるんだ!」



「ええええええええっ!? まさかまさかまさかまさか、空からパンを届けようっていうの!? マジマジマジマジマジッ……!? まじでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」



 キャルルはもうパニック状態だった。

 瞳孔は開きっぱなしで、声はもう枯れているのに叫ぶのをやめない。


 そして……隣でプカプカしているモノを目撃した瞬間、息を止めたかと思うと、



「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!? う……浮いてるっ!? パンが……パンが浮いてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」



 そう……!

 ボクは『地降り傘』で飛び降りると同時に……『テレキネシス』で焼きたてのパンたちを引き連れていたんだ……!


 これが、ボクの狙っていたこと……!

 1万2千個ものパンを、いちどに素早く運ぶための……一発逆転の秘策……!


 『テレキネシス』のスキルは、術者から離れれば離れるほど力が弱まる。

 塔から『キャルルルン』まではだいぶ距離があるから、いまのボクの『テレキネシス』では、途中でパンが墜落しちゃうと思ったんだ。


 だったら……パンにあわせてボクも移動すればいい。

 ボクがパンと一緒に飛べば、『テレキネシス』で一気にパンを運べる……そう考えたんだ……!


 これはまさに、ふたつのスキルの合せ技……!

 『忍術』と『超能力』を同時に使うことができる、ボクだけができる技なんだ……!



「ななな……なんでなんでなんで……なんでぇ……!? なんでパンが、空に浮いちゃってるのぉ……!?」



 夢の中にいるかのようなキャルルに、ボクは言った。



「ボクの焼いたパンを食べたとき、雲みたいだってキャルルは言ったよね。雲みたいなパンだったら、大空に浮かんでもおかしくないんじゃない?」



「そ……そっか……! アンノウンのパンって、ホントに雲だったんだ……! なら、空に浮かんでても、おかしくない……! おかしくないよね……!」



 混乱に満ちていてキャルルの表情が、この青空のように晴れわたり、いつもの明るさを取り戻す。



「そう……! この雲のパンを、みんなの手元にとどけよう……! いくよっ! キャルル!」



「……うんっ!」



 元気な返事とともに、ボクはシーツを操って風に乗る。


 ボクとキャルル、そしてたくさんのパンはスイスイと泳ぐように空を飛び……あっという間に『キャルルルン』の上空に着いた。

□■□■スキルツリー■□■□


今回は『音無し』と『地降り傘』に1ポイントずつ割り振りました。

未使用ポイントが3あります。


括弧内の数値は、すでに割り振っているポイントです。


●忍術

 遁走術

  (1) LV1  … 音無し

  (1) LV2  … 地降り傘

  (0) LV3  … 隔世走り

 暗器術

  (0) LV1  … 操具

  (0) LV2  … 埋伏

  (0) LV3  … 誂達

 房中術

  (0) LV1  … 口印

  (0) LV2  … 綺弄

  (0) LV3  … 淫紋

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