64 押し寄せる人々
キャルルはしばらくボクを胸に抱いて落ち着いたのか、ぐいと身体を押し離してきた。
「あ、アンノウン、もうなんともないんっしょ? ま……まったく、いい加減離れてよ、まったく……。キモ……いわけじゃないけど、もう、まったく……」
「まったく」を連発しながら、ボクに背を向けるキャルル。
……よくわかんないけど、いつもの彼女に戻ったようだ。
ちょっと理不尽な気もするけど、まぁいいか。
ボクは気をとりなおして立ち上がる。
すると、身体がとても軽いことに気づいた。
戦いの連続で、身体のあちこちが錆びた機械みたいになってたのに……もうなんともない。
これも、キャルルの白魔法のおかげなんだろうか。
ボクは自分の身体を見回して、ケガがすっかり治っていることを確認する。
アザと切り傷、背中に至っては爆風を受けてひどいものだったのに、まるで元からなんともなかったみたいにキレイだ。
自分のステータスウインドウを開いて、さらに確認してみる。
おおっ……! HPも、ちゃんと全快になってる……!
10を切っていたはずのHPは、最大の330まで戻っていた。
……あれ? いつのまにかレベルが1あがってる……。
……なんでだろう? ボス部屋を出てから、敵を倒したわけでもないのに……。
おかしいのはそれだけじゃなかった。
さらにスキルウインドウの違和感にも気づく。
よく見てみると……ふたつほどスキルが増えていたんだ。
ひとつめは、『忍術』。
『第6世界』のスキルだ。
そしてもうひとつは、『白魔法』。
ボクが考えた……って、ええっ!?
『白魔法』のスキルツリーを見て、ボクは内なる叫びをあげる。
『白魔法』の『キュア』には、すでに1ポイントが振られていたんだ……!
どうして……?
ボクはこのスキルを見るのも初めてなのに、なんですでに1ポイントが振られてるんだ……!?
そ……そうだ……!
これと同じ違和感を、ボクは以前にも感じたことがある……!
アイツだ……! アイツと戦ったときだ……!
『リバイバー』のスキルに勝手にスキルポイントが振られたのと、同じ感覚……!
「……ああーっ!?」
大変なことを思い出し、ボクは大声で叫んでいた。
そういえば、すっかり忘れてた……!
ボクを襲った、アイツのことを……!
背中を向けていたキャルルが、びっくりして振り向く。
「ちょ……急に大声出すんじゃねぇーよ! びっくりするじゃ……!」
「キャルル! アイツは!? アイツはどこに行ったの!?」
ボクはキャルルに詰め寄り、ガッと肩を掴んだ。
もうこのくらいのスキンシップなら、彼女は嫌がらなくなっていた。
「アイツ? アイツって誰?」
「アイツだよ! えっと……黒ずくめで、壁や天井に張り付いてるヤツ!」
ボクは懸命にアイツの特徴を説明する。
しかしキャルルはキョトンとしたあと、ぷっと吹き出していた。
「きゃははははは! アンノウンってば、ゴキブリが怖いんだ! お姉ちゃんみたい! 普段はずっとヤバいモンスターを相手にしてるくせに、ゴキブリが怖いだなんて……超ウケるー!」
いや、ゴキブリじゃないんだけど……。と言いかけて、ボクは口をつぐむ。
爆風を受けてからのボクは、長いこと戦闘不能状態だった。
ボクにトドメを刺そうと思えば、いつでもできたはずなのに……。
しかし今、ボクはこうして生きている。
ということは……ヤツはもう、どこかに行ってしまったんだろうか。
念のため、部屋の中を見回してみる。
やっぱり、アイツの姿はどこにもない。
いちおう隣の部屋も覗いてみたんだけど、大量のパンがあるだけだった。
ほかほか湯気をたてているパンたち。
まだ温かいということは、ボクが戦闘不能になってそれほど時間は経ってないんだろう。
でも……なんでアイツはボクに襲いかかっておきながら、途中でいなくなっちゃったんだろう?
もしかしたら、アイツは元からいなくて……ボクが見た白昼夢だったのかなぁ?
そう思い込みたかったんだけど、そういうわけにはいかなかった。
だって……ヤツと戦った部屋の床と壁は、ヤツの『錬金術』の陥没陣を受けて大穴があいていたからだ。
床の穴は下の階まで繋がってるし、壁の穴に至っては外まで貫通……青空が見えている。
時折強い風が吹き込んできて、キャルルの髪を揺らしていた。
……ああ、そうか。
ボクが生死の境をさまよっていたとき、ずっと風鳴りの音がしてたんだけど……それは空耳なんかじゃなくて、ホンモノの風が吹き込んでいたからなのか。
ボクはお月さまみたいにぽっかりあいた壁の穴まで歩いていく。
ここは3階だけど、『太陽の塔』の1フロアは天井が高いから、かなりの高所だ。
パノラマで広がる青空の下には、山々と畑、そしてふもとの街が広がっている。
視線を街はずれへと移すと……ある建物の前に、アリンコみたいに大勢の人がたかっているのが見えた。
なんだろう、アレ……?
ボクは『ミュータント』のスキルのひとつ、『イーグル』を使って拡大してみる。
「あああーーーっ!?!?」
そしてボクはまた、大声をあげていた。
建物の前には、ルルンとマニーとウサギがいて……大勢の人たちから、吊し上げをくらっていたんだ……!
さらに『ミュータント』のスキル、『ドルフィン』を使って聞き耳を立てる。
『……おい! さっさとパンを売れよっ!』
『す、すみません! も、もう、パンがなくて……! 売り切れなんです!』
『ふざけんなよっ! こっちは何時間待ったと思ってんだよっ!?』
『ないんだったら、新しく作ればいいだけだろうが!』
『そ、それが……材料が盗まれてしまったので、もうなくって……!』
『そんなこと知るかよっ! なんとかしろよっ! 俺たちはあのパンが食いてぇんだっ!』
『そうだそうだ! いくらでも待つ! いくらでも払うぞ! だからさっさと作れ!』
『それが、牛……肝心の材料が手に入らないので、すぐにというわけには……!』
『カケラだけ食わせて夢中にさせたクセに、作れないってどういうことだよ!?』
『わかったぞ! 食べたくてたまらなくさせといて、値段をつりあげる気だな!?』
『そういうことか! きっと店の奥にはパンが隠してあるに違いないぜ!』
『かまわねぇ! 店をブッ壊してでもパンを奪うんだ!』
『ちょ……やめろっ! 落ち着け! もうどこにもパンはないんだ!』
集まった人たちに、もみくちゃにされるルルンとマニー。
背の低いウサギはすっかり人混みに埋もれていて、『やめてぇ!』とスケッチブックだけを懸命に掲げている。
ボクの隣にいたキャルルも、アリに囲まれた砂糖菓子の家のような『キャルルルン』を見て、「あっ」と声をあげていた。
「そうだ……! 忘れてた……! 『キャルルルン』のパンが品切れになったから、お姉ちゃんたちが客をなだめてたんだった……! ああっ! みんな暴れてる……! このままじゃ、店が壊されちゃうよ……!」
青い顔でボクを見つめるキャルル。
いつも斜に構えたような彼女にしては珍しい、今にも泣きそうな表情で。
「お、お願い……! アンノウン……! なんとかして……! 『キャルルルン』を助けて……! あの店は、お姉ちゃんの夢……! ううん、ウチの夢でもあるんだ……! 借金だらけの今、店を壊されちゃったら二度とパン屋さんができなくなっちゃうよぉ……!」
ボクは、キャルルをまっすぐ見つめ返しながら言う。
「大丈夫、ボクに任せて。パンはもう焼けてるから、今すぐ下にいるお客さんたちに届けよう」
しかしキャルルは、瞳をうるうるさせながら首を左右に振った。
「で……でも! 今から届けてたんじゃ、間に合わない……! 塔を降りる頃には、『キャルルルン』はメチャクチャになってるよ……!」
「普通のやり方だったら、そうかもしれない……だけど、ボクのやり方は違う……! ボクに任せて、キャルル……! 『キャルルルン』は絶対に潰させやしない……!」
『キャルルルン』復活まで、あと一歩という所まできた。
しかしこのままでは、暴徒と化した客たちによって店が潰されてしまうかもしれない。
最後の最後におとずれた、最大のピンチ……!
でも……ボクは慌てなかった。
だって……この窮地を脱する手だては、すでにボクの中にあったから……!
■□■□パラメーター□■□■(現在の階数:4階)
□■□■スキルツリー■□■□
今回は『キュア』に1ポイントを割り振られました。
未使用ポイントが5あります。
括弧内の数値は、すでに割り振っているポイントです。
●彩魔法
灰
(0) LV1 … フリントストーン
(0) LV2 … プラシーボ
(0) LV3 … ウイッシュ
白
(1) LV1 … キュア
(0) LV2 … リムーブ
(0) LV3 … エクステンション
●忍術
遁走術
(0) LV1 … 音無し
(0) LV2 … 地降り傘
(0) LV3 … 隔世走り
暗器術
(0) LV1 … 操具
(0) LV2 … 埋伏
(0) LV3 … 誂達
房中術
(0) LV1 … 口印
(0) LV2 … 綺弄
(0) LV3 … 淫紋




