57 気迫のアンノウン
「ボクは……負けないぞぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
叫びながら、高く振り上げた刀を素振りのように振り下ろし、構えをとる。
一喝を受け、ビクンと震えるモンスター。
見下ろしている大人たちも「ひぃっ」と腰を抜かしていた。
ボクは、燃えそうなほど熱くなった身体で、ゆっくりと歩み出る。
一歩進むたび、モンスターたちはそのぶん後ろにさがった。
「……どうしたぁっ!? かかってこいっ!! いますぐ、あの世に送ってやるっ!!」
怒鳴りつけてやると、さらに後退するモンスターたち。
怯えるようなヒソヒソ声が、後頭部のあたりから聞こえた。
「……お、おい、見ろよ……モンスターどもが、押されてやがる……!?」
「ウソだろぉ!? モンスターは恐れを知らないんじゃなかったのかよ!?」
「ああ、そのはずだ……! モンスターってのは人間を爪で八つ裂きにし、牙で食らいつくことだけを考えているようなヤツらなのに……!」
「それに、数ではまだモンスターのほうが圧倒的に有利だろ!? まだ、何百匹も残ってる……! それなのになんで……!?」
「た……たったひとりのガキの迫力に、完全にビビっちまったってことか……!? あんなにいるのに、だらしがねぇな……!」
「……そういうお前も、情けねぇ声出してたじゃねぇか!」
「そ、そういうお前だって! 女みてぇな声でひっくり返ってただろ!」
「ううっ……な、情けねぇ話だが……ビビっちまった……! 殺されるかと思ったんだよぉ……!」
「実は、俺も……! アンノウンの声を聞いた瞬間、血が凍っちまった……!」
「う……うちのボスより怖ぇんじゃねぇのか……? 末恐ろしいガキだぜ……!」
ヒビの入った切っ先を向けたまま、ボクはモンスターたちにじりじりと迫っていく。
しかし、反発する磁石のように、距離は縮まらない。
いい加減焦れてしまったので、ボクは肺いっぱいに息を吸い込んだあと、
「喝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーつ!!!!!」
竜の火炎放射のように、熱い怒声を吐き出した。
直後、
「ギャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
一目散に逃げ出しはじめるモンスターたち。
ゴブリンロワー、レイジングチキン、レイジングシープ、グレムリンロワー。
獰猛なレイジングボアやレイジングブルまで、ボクに背を向けたんだ……!
ボクはモンスターの表情というのは、2種類しかないと思っていた。
人間に襲いかかるときの恐ろしい顔と、死ぬときの苦痛に歪む顔。
しかしこの時、ボクは3つめの表情を確かに見たんだ……。
恐怖に青ざめ、これでもかと引きつるヤツらの顔を……!
モンスターたちは潮が引くように離れていく。
襲いかかってきた時とは比較にならない猛スピードで、あっという間に小さくなっていった。
石のシャッターの向こうに逃げ込み、最果ての壁に激突する勢いで張り付く。
まるで災害にでも遭っているかのように、身を寄せ合って震えはじめるモンスターたち。
怪物というより草食動物みたいになった彼らに、ボクの闘志も音をたててしぼんでいった。
緊張の糸が切れたようになって、どっとした疲労感が身体を包む。
手にしていた刀を、いつのまにか地面に取り落としていた。
……カランカラン……。
もはやモンスターの脅威はなくなってしまったので、別にどうでもいい。
床を打つ金属の音色が、ボクの耳に虚しく響く。
このままブッ倒れたい気持ちでいっぱいだったが、そういうわけにもいかない。
まだ、やることが残ってるんだ……!
ボクはモンスターに背を向け、トボトボとボスフロアの入口がある壁へと向かう。
壁に手をついて、見上げると……遥か上空に、不安そうに覗き込む大人たちの顔があった。
縄梯子を降ろしてくれると助かるんだけど……多分、お願いしても無駄だろうなぁ……。
やれやれ、しょうがない……。
ボクは溜息をつきながら、錬金術の隆起陣を描く。
壁に向かって投げかけると、
……ボコッ、ボコッ! ボコボコボコッ……!
壁にイボのような突起が、いくつも現れる。
ボクは疲れた身体を引きずるように、突起に手をかけた。
そして、よいしょ……と伸び上がる。
突起を手がかり、足がかりにして壁を登っていく。
……たしか、他の世界にはこういうスポーツがあるんだよね。
えっと、なんだっけ……『ボルダリング』っていうんだったかな……。
……なんか、変な名前……。
ボクは自分で考えた名前だというのに、フッと笑ってしまった。
そうこうしているうちに、頂上までたどり着く。
見下ろしていた大人たちは、いつのまにかいなくなっていた。
ボスフロアの入口のほうを見やると、モンスターさながらに悲鳴をあげながら逃げ惑っているところだった。
……なんで、逃げてるんだろう……?
まぁいいか、と思いつつ踵を返す。
風が吹き上げてくるほどの高さから、ボクが戦っていたフロアを見下ろした。
頭がちょっとボーッとしてるけど……なんとか気を確かに持って、『ダークチョーカー』を使う。
まずボスフロアに置き去りにした、小麦粉の詰まった風呂敷の結び目を解く。
風呂敷を広げたあと、『テレキネシス』を使って床に散らばっている卵や牛乳を集めた。
再び『ダークチョーカー』で風呂敷を結んだあと、『テレキネシス』で浮かせて手元まで運ぶ。
大量の小麦粉と卵と牛乳で、風呂敷は100キロをこえていたけど……『テレキネシス』にポイントを振っておいたおかげで、なんと引き寄せられた。
風呂敷を担ごうかなと思ったんだけど、クタクタの今だと潰されちゃうかと思い、そのままテレキネシスで運んだ。
ボスフロアを出ると、いつもは冒険者ギルドの人たちがいるはずなのに……今は誰もいなくてガランとしていた。
危険色の横断幕の下をくぐり、手頃な部屋を探す。
ちょうどいい行き止まりの部屋があったので、そこに風呂敷をどっかりと降ろした。
……よし、これで、パン作りの準備が整った……!
で、でも……もう、身体が思うように動かない……!
ちょっとだけ、ちょっとだけ休もう……!
ボクは部屋の隅にもたれかかると、ずりずりと崩れ落ちる。
ああ、よく見たら、身体じゅう血だらけだ……どっちみちこんなんじゃ、パンなんて作れないよ……。
……だったら……!
ボクは自分の血を使って、床に降臨陣を描いた。
そしてスキルウインドウを開き、『生産妖精』に3ポイントほど振る。
降臨の呪文を唱えると、
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーいっ!!!」
作りすぎのポップコーンみたいに、大量の小人たちが飛び出した。
『生産妖精』のスキルポイントは4ポイントだから、40人近い小人たちが呼び出されたことになる。
幼稚園の遠足みたいに賑やかな彼らに向かって、ボクは言った。
「……みんな、パン作りをしてほしいんだ。材料や道具はぜんぶあの風呂敷のなかに入ってるからね。整形までやってくれれば、発酵と焼くのはボクがやるから……お願い」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーいっ!!!」
今にも死にそうなボクとは対照的な、元気いっぱいの返事をしてくれる小人たち。
公園の遊具で遊ぶように、わらわらと風呂敷に向かっていく。
んしょ、んしょと風呂敷によじ登り、力をあわせて結び目をほどいていた。
風呂敷がほどけると、しがみついていた小人たちはタンポポの綿毛みたいに舞い散る。
彼らの作業風景はいちいち微笑ましくて、ボクは少しだけ癒されたような気がした。




