54 一発大逆転のアイデア
『瞬間分析』が発動したボクの脳内に、バチバチと電流のような刺激が駆け巡る。
外に並んでいるお客さんは、数千人規模……!
いま店頭に並んでいるパンだけじゃ、とても足りない……!
こっちの世界じゃ、並んで物を買うなんてすごく珍しいことなんだ。
それだけみんなは、この店のパンを強く求めているということになる。
だから長い列もガマンしてくれてるんだけど……待たされた挙句、パンが手に入らないとわかったら、どういう行動に出るかわからない……!
最悪、何千人もの暴徒に店がメチャクチャにされちゃうかもしれないんだ……!
でも、キャルルやルルンやウサギ、頭がいいはずのマニーまでも、その考えには至っていない。
みんなは目の前のお客さんの相手をするだけで、いっぱいいっぱいのようだ。
こうなったら……ボクが先回りして、なんとかするしかないっ……!
だってこれはボクが作ったパンで、ボクの作戦で集めてきたお客さんなんだから……!
それにいまはピンチでもあるけど、チャンスでもあるんだ。
並んだお客さん全員にパンを食べてもらえれば、絶対に満足してもらえる。
そうすれば、『キャルルルン』にもリピーターができて……今後も安泰、大繁盛間違いなしなんだっ!
よぉし、ならばやることはひとつ……パンをいっぱい作るしかないっ……!!
まずは材料だ。
たしか小麦粉とかは倉庫いっぱいあったから、それがあればなんとかなるはず。
でも、牛乳と卵がもうない……!
どこかから調達してこなきゃ……!
買うのは無理だ。
毒が入っていると信じられているから、店じゃ売っていないんだ。
ってことは……モンスターを倒して手に入れるしかない。
牛乳をドロップするのは『レイジングブル』で、卵をドロップするのは『レイジングチキン』だ。
1匹狩っても、手に入る量はたかが知れてる。
探しまわって狩ってたんじゃ、とても間に合わない……どこか、まとめて狩れる場所じゃないと……!
それに、問題はまだある。
作る時間だ。
生地をこねて発酵させるまでだったら、『生産妖精』や『風薬』を使えば時間短縮できる。
だけど……焼き時間だけはどうにもならない……!
『キャルルルン』の窯は小さいから、火の回りも早いんだけど……一度に焼ける数がたかが知れてる。
今から焼いたとしても、並んでいるお客さん全員分のパンができる頃には真夜中になっちゃうよ……!
ああっ……ダメだあっ……!
問題だらけじゃないか……!
ボクの集中力をかき乱すように、ひっきりなしに行き交いする仲間たち。
「アンノウンも手伝ってよ!」と怒鳴られ、思考が途切れてしまった。
もう……!
こっちはそれどころじゃない……それどころじゃないんだよ……!
ボクは頭を掻きむしる。
どう考えても、絶望的……!
お客さんを笑顔にしたくてパンを作ったのに……最後に待っているのは、お客さんたちの怒り顔……!?
そして、その先にあるのは……キャルルやルルンの泣き顔……!
……ダメだっ……! そんなのダメだ……!
ボクは、焦燥感にかりたてられる。
でも、なぜなんだろう……ウサギが塔でキャルルにいじめられた時もそうだった。
ボクは……ボク自身はどんな目にあわされても、なんとも思わないのに……仲間の悲しむ顔は、身体が引き裂かれるような思いになるんだ……!
なぜかはわからない……なぜかはわからないけど……とにかくキャルルやルルンを悲しませるわけにはいかないんだっ……!
考えろ……考えるんだ……!
このピンチをなんとかするための、アイデアを……!
なにか……なにかあるはずなんだ……!
どんな強敵にも、どんな絶望にも、立ち向かうきっかけとなる綻びが……!
だってボクは……『リバイバー』なんだから……!
……不意に、不気味な視線を感じる。
たしかに今ボクは、手伝わないからってキャルルやルルンから睨まれている。
でも、そんな普通の視線じゃないんだ。
まるで……こことは違う世界からやって来て、身体の奥底まで見通されるような……背筋がぞわぞわするような、不気味な目玉が……視界の隅で浮いているような……!
この感覚、前にもどこかで……?
思い出そうとした瞬間、脳内を走っていた電流がぶつかり合い、ショートしたように爆ぜた。
……そ、そうだっ……!
あそこだっ……! あそこに行けば……!
ボクは嫌な感覚も忘れ、弾かれたように厨房を飛び出す。
背後から呼び止められたけど、無視して居住スペースへと走った。
寝室のベッドから大きなシーツをひっぺがし、倉庫へと向かう。
積まれた小麦粉の袋とパン作りの道具を、広げたシーツの上に乗せて風呂敷のようにつつみこむ。
それを、背負ってみると……ずっしりとした感覚がのしかかってきた。
お……重っ……!?
た、たしか、ひとつ10キログラムの袋が、10個だから……100キロ!?
で……でも……動けないほどじゃない……!
いままでのボクなら、2個背負っただけでもヒィヒィ言ってたのに……なんとかなる……!
ボクは行商のおばあちゃんみたいになりながら、『キャルルルン』の裏口から外に出た。
店からのびる行列をたどるように、向かった先は『太陽の塔』。
ちょうど塔の入口あたりが行列の最後尾だったんだけど、人が人を呼んでさらに長くなっているところだった。
ううっ、どんどん人が増えていってる……!
こりゃ、急がないと……!
ボクはえっちらおっちらと塔に入り、ひとりでエレベーターに乗った。
まわりにいる大人たちは、大荷物を持っているボクを好奇の目で見ていたけど、気にしてる場合じゃない。
目指すは、3階……!
そう、ボスフロアだっ……!
3階に着いたボクは、『ゴブリンロワーの巣窟』、そして『力だめしの間』を抜ける。
冒険者ギルドの大人たちが、大荷物のボクを見てヒソヒソ話をしていたけど、もう何を言われても気にしない。
『注意! ここから先、3階のボスが待ち構えています!』
一日ぶりに再会した、危険色の横断幕。
幕の前の下でたむろする冒険者ギルドの大人たちは、「コイツ、なんでまた来たんだ?」みたいな表情でボクを見ていた。
ボクは目も合わせず、黙々とボスフロアへと足を踏み入れる。
エレベーターになっている床の上で、ドッカリと風呂敷を降ろしたあと……ひと息つく間もなく、錬金術の陣を描いた。
……ズズンッ!
『隆起』陣を受けた石の床が、全体的に一段高く盛り上がる。
これで、かなりの重量になったはずだ。
ボクの立っている石の床が、ゴゴゴゴと音をたてて沈みはじめる。
……狙いはこうだ。
このボスフロアは、エレベーターに乗っている人数が多ければ多いほど、より多くのモンスターがボスとして出てくる。
たぶんこれは人数を数えているわけじゃなくて、重さで判断していると思うんだ。
だから、『隆起』陣でエレベーターを重くしてやれば……ボクひとりしかいなくても、たくさんのモンスターを呼び出すことができるはず。
そして……現れたモンスター軍団の中から、『レイジングブル』と『レイジングチキン』だけを集中して倒す……!
そうすれば、短時間で多くの牛乳や卵が得られるはず……!
本当は、またムサシを呼び出したいところなんだけど……『英霊降臨』のスキルはいまだクールダウン中だ。
だからボクひとりで、あのモンスター軍団を相手にしなくちゃいけない……!
……果たして、ボクにできるんだろうか?
いいや、できる……! ボクなら、できるはずだ……!
ムサシの師匠だった、ボクなら……!
そこではたと気づく。
大勢のモンスターを相手にするのであれば、格闘ではなく剣術のほうがいいはずだと。
ボクは錬金術の『抽出』陣を描き、エレベーターの床めがけて投げかけた。
抽出した鉄に向かって、さらに『変形』陣を与える。
……よし、できた……!
ボクの、新たなる武器が……!
【鉄の刀】(戦闘力+14)
ボクはしゃがみこんで、出来たばかりの刀を拾いあげる。
……ゴゴン!
それとほぼ同時に、エレベーターは最深部に到着した。




