53 一発逆転のアイデア
パンの詰まったバスケットを抱え、再び街へと飛び出していくキャルルとマニー。
厨房へと駆け込み、パン焼きの準備をはじめるルルンとウサギ。
そして、ボクはというと……『試食作戦』とは別に、もうひとつの作戦の準備をはじめる。
店を出て、街なかの街路樹を回って落ちている木切れを集めてきて、工作をする。
といってもたいしたものじゃなくて、錬金術の変形陣で木切れを変形させて、平べったい板と長い棒を作ったあと、それらをさらに変形陣でくっつけ合わせただけだ。
準備のほうは、ひとまずこれでよしとしよう。
作業を終えたボクは、キャルルとマニーの状況はどうなっているかと大通りのほうへと向かう。
すると……とんでもないことになっていた。
まるで毒ガスでもまかれたみたいに、大通りでは多くの人たちが倒れていたんだ。
しかしよく見ると、倒れている人たちが浮かべている表情は苦悶ではなく、至福。
そして、
「おいしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?」
魂の雄叫びとともに、砂浴びをするイノシシみたいに地面を転がりまくっていた。
絶叫を聞きつけた人たちが、何だ何だと集まってくる。
さらにできる人だかり。あんぐりと開いたままの口に、すかさずキャルルとマニーがちぎったパンを放りこんでいく。
「おいっ……!? しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?」
ドミノ倒しのように、バタバタと倒れていく人だかり。
大通りはもはやパニック状態。
パンの美味しさのあまり、阿鼻叫喚の渦に包まれていた。
その光景に、ボクは思わずガッツポーズしてしまう。
よし……! 試食作戦は、予想以上の効果をあげている……!
あとはもうひとつの作戦で、ダメ押しをするんだ……!
ボクは疾風のように店に駆け戻った。
ちょうどいいタイミングで、焼きたてのパンのニオイが漂ってきている。
さっき作った、木を組み合わせて作ったアイテムを持ち上げ、厨房の中にゴトゴトと持ち込む。
「……ちょ、なに!? アンノウン!? そんなでっかいの……なにするつもり!?」
厨房にいたルルンは驚きのあまり、トレイを落としてしまっていた。
なにも乗っていなかったのが不幸中の幸いだ。
「これは、木で作った巨大うちわ……! 見てて、こうやって使うんだ……!」
ボクは、タタミふたつ分くらいあるベニヤ板につけた木の柄をつかむと、店の入口に向かって振り下ろした。
……ぶわあああっ……!
突風が起き、厨房の熱気が店の外へと逃げていく。
「……なにやってんの、ソレ……?」
奇行を目の当たりにしたかのように、キョトンとしているルルン。
同じく厨房にいるウサギはもう慣れっこなのか、何も言わずに見守ってくれている。
「ニオイだよ! 焼きたてのパンのニオイを外に出してるんだ! これで……通りがかった人にアピールするっ!」
焼きたてのパンって、すっごくいいニオイがするんだよね。
だから、それを外に出してやれば、最高のアピールになるはず。
これが……ボクが考えていたもうひとつの手、『パタパタ作戦』っ……!
ボクが巨大うちわで扇ぎ始めてからというもの、店の前を通り過ぎようとしていた人たちがピタリと足を止め……鼻をヒクヒクさせはじめた。
そして……光に吸い寄せられる蛾のように、ふらふらと店に近づいてくる。
ショーウインドウの前にできた人だかりに向かって、ボクは叫んだ。
「さぁさぁ! ふっくらで、美味しいパンがあるよ! 普通の店にはない、すっごく美味しいパンだよっ! いらっしゃい、いらっしゃーい!」
手招きするようにうちわを動かすと、ぞろぞろと店の中に入ってくる人たち。
並べられたツヤツヤのパンに、ほぉ……と感心するような声をあげている。
「これは……なかなか美味しそうなパンじゃないか」
「夕食のパンはもう買っちゃったけど……ひとつだけ買ってみようか?」
「そうだね、これひとつください」
お金を払うカウンターに持って行かれたのは、たったひとつのパンだった。
でも、それでも……大きな進歩……!
借金取りしかいなかったパン屋に、お客さんが来て、買ってくれたんだ……!
記念すべき出来事のはずなのに、店主のルルンはまるで他人事みたいにポカンとしている。
「……ルルン? ルルンっ!? お客さんだよ!?」
ボクが呼びかけると、ルルンは居眠りを叱られたみたいに飛び上がった。
「……あうっ!? あっ……ああっ……! ひひひ、久しぶりのお客さんだから……つ、ついボーッとしちゃった! ……あ、ありがとうございます!」
お金を受け取り、パンを紙袋に包んで渡すルルン。
ひとつ売れたおかげで、他の人も買ってみようか、という気になったのか……パンを手にした人たちが、次々と並びはじめる。
「あああっ……!? し、信じらんない……!? また、こんなにお客さんが来てくれるなんて……!? か、開店以来だよっ! ウサギっち、ちょっと頬をつねってみて! ……いててててて!」
かがみ込んだルルンは、ウサギからほっぺたを引っ張り伸ばされていた。
まだ夢だと思っているのか、すっかり浮き足だっている。
「……ちょっとルルン! そんなことしてる場合じゃないよ! お客さんの相手をしなきゃ!」
「そ、そうだった! ふ、ふたつお買上げですね、あ、ありがとうございまーすっ!」
なんだか心配だったので、ボクは扇ぐのをやめて会計カウンターの手伝いにまわった。
ルルンがお金を受け取ったあと、ボクがパンを紙袋に包んでお客さんに渡す。
流れ作業のように無心になってやっていたんだけど、いつまでたっても列が途切れることがない。
なんか変だな……と思い顔をあげると、いつの間にか、カウンターに並ぶお客さんの列が、店の外まで……いいや、うねりにうねって、ショーウインドウの外にある通りの向こうまで続いているのが見えた。
「……ええっ!?」
ボクは蜃気楼でも見ているのかと、思わず目を剥いてしまった。
遠くのほうには、マニーとキャルルの姿が。
彼女らは人混みで熱気あふれる通りを疾走し、オアシスを求める旅人のように店に転がりこんできた。
「はぁ、はぁ、はぁ……! ちょ……マジヤバいって! もう何百人……いや、何千人も並んでるよっ!?」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……! それも、どんどん増え続けている……! 噂が噂を呼んでいるんだ……! このままだと、街の外まで行列ができてしまうぞ!」
「「「えええええーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」」」
ボク、ルルン、ウサギは揃って大声をあげる。
ルルンとウサギは嬉しい悲鳴のようだったけど、ボクは違った。
だってこのままじゃ、どう考えてもさばききれない……!
これは早いとこ手を考えないと、とんでもないことになっちゃうぞ……!
窮地を予測したボクの頭が、フル回転をはじめる。
パッシブスキル……『瞬間分析』が発動したんだ……!




