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52 キャルルルン、新装開店!

 キャルルとルルンは、紐みたいなビキニだけを身体にまとわせていた。

 僅かにある白い布は、双丘の頂上だけを冠雪のように覆い、小股の限界にまで切り込んでいる。


 角度によっては「穿いてるよ」と言われなければ、全裸に見えてしまうほどの……水着かどうかも疑わしい、極限まで無駄が省かれた薄布……!


 少し動くだけで、その……たわわに実った果実みたいなのが、もげ落ちそうなくらいに揺れていたので、ボクは直視できなかった。


 視線を落とすと、自分の身体を抱き、もじもじと太ももをこすりあわせるウサギの姿が。


 彼女は子供用のワンピースみたいな水着だ。

 どこから持ってきたんだろう? と思っていると、



「ウサギっち、ウチが小学生のころ着てたヤツがピッタリでよかったね! マジ似合ってるよ!」



「うふふ、ウサギっち、かーわいい!」



 年の離れた妹のように、ウサギを抱きしめるキャルルとルルンのやりとりで理解した。

 ウサギは顔をリンゴみたいに赤くしていて、酸素の足りない魚みたいに口をぱくぱくさせている。


 ボクの視線に気づくと、『あんまり、見ないで……』とスケッチブックで身体を隠していた。

 正面に視線のやり場をなくしたボクは、隣にいるマニーのほうを見る。


 マニーは信じられないといった様子で、ワナワナ震えていた。



「……おいっ! なんだその格好は!? ふしだらにも程があるぞ!?」



「うっせーな、お前もやんだよ。ほら、海パン」



 キャルルから投げてよこされた海パンは、これまた布の面積が少なそうなヤツ。

 マニーが指でつまんで広げてみると……オバケが額に着けている三角形の鉢巻みたいだった。


 おぞましそうに、ヒィッと絶叫するマニー。



「おっ……おおお、俺にこれを着ろというのかっ!?」



「今日はこれからみんなで、『キャルルルン』の宣伝をやんだよ。ウチらはこのボディで男の客を集めるから、マニーはそれ着て女の客を集めてくんの」



「誰がやるかっ!」



 無理もない即答だった。

 女の子のマニーがこんなのを着て街を歩いてたら、とんでもないことになっちゃう。



「ええっ、いーじゃんそのくらい! 減るもんじゃあるまいし!」



「い・や・だ! 百歩譲って宣伝は手伝ってやってもいいが、普通にやらせろ!」



「フツーじゃつまんねーんだよ! 気取ってんじゃねぇ男女(おとこおんな)!」



「それは言うなといったのに、また言ったな!? このアバズレめ!」



 「う~っ」と唸りあうキャルルとマニー。

 ふたりをなだめるように、ルルンが割って入る。



「まーまー、いーじゃんキャルル。マニーは最初は着替えナシってことで。そのかわり、女の客の集まりが悪かったら着てもらえばいいっしょ。マニー、アンタ学校じゃモテモテだったんっしょ? だったら女の10人や20人、引っ掛けてくるのはワケないよね? ……それともお坊ちゃんは、学校以外じゃムリかなぁ?」



「くっ……! 俺をバカにするな! その10倍は連れてきてやる!」



 ルルンに乗せられているような気もするけど、マニーは水着免除と引き換えに、女性客を大勢勧誘してくることを承諾していた。


 でも、そうなると……残るのはボクだ。

 まさかボクがかわりに、あの水着を着ろって言われるんじゃ……。



「あの……ボクはなにをすればいいの?」



 ちょっと不安になりつつも尋ねてみると、ルルンから大したことなさそうに手をパタパタと振り返される。



「アンノウンは水着はいいよ。アンタが肌を見せてもぜんぜん客引きになりそうにない……っていうかむしろ逃げられちゃうと思うから、まぁ……雑用でもやってて」



 そう言われて、ボクはホッとしたんだけど……ほんの少しだけ残念な気持ちになった。


 そりゃ、まぁ……ボクは容姿は良いほうじゃないけど……そこまで酷いかなぁ?

 なんで増えたのか理由はわからないけど、一応これでも魅力は『15』……素のマニーやキャルルと3しか違わないのに……。



「……ほら、ボーッとしてんなって! まずはこのビラ、街中で配ってきて!」



 心の中でぼやいていると、ルルンからずっしりとした紙の束を渡された。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ボクはルルン以外のメンバーと街の大通りへと出て、ビラ配りを始める。



「さぁさぁ、いらっしゃ~い! パン屋『キャルルルン』が新装開店っ! マジヤバい新製品もあるから、ぜひ買ってって~!」



 ピチピチの身体を惜しげもなく晒しながら、見とれている男たちの襟元にチラシを突っ込んでいくキャルル。



「おお、翼のない天使……決して枯れることのない花……! お嬢さんのような美しい方にこそ、『キャルルルン』のパンはふさわしい……!」



 芝居がかった動きと、王子様のように優雅な振る舞いでビラを差し出すマニー。

 女性たちは老若を問わず、舞踏会の誘いを受けたかのようにうっとりと受け取っていた。


 そして、あっという間にはけていくふたりのビラ。


 さ、さすがだ……!

 さすが2大リア充グループのリーダーだけある……!


 その見事な手腕に、ボクはただただ見とれてしまっていた。


 だって、ボクのほうはというと……あまりにもビラを受け取ってもらえないので、もう立ち尽くすしかなかったからだ。


 さらにウサギはというと、道行く人々の流れについていけず、アワアワとするばかり。

 ビラを差し出していいのかな、どうしようかな、と迷っている間に人の波に揉まれてキリキリ舞いになっている。


 とうとう躓いてしまい、往来の真ん中でべちょっと転んでいた。


 ボクはウサギを助け起こし、一緒になって散らばったチラシを拾い集める。


 そうこうしているうちに、キャルルとマニーは手持ちのチラシを全部配り終えてしまったようだ。



「アンノウンにウサギっち、なにやってんの! ほら、ウチが配ってやっから貸して貸して!」



「ふたりとも、一枚も配れてないじゃないか。しょうがない……俺も手伝おう」



 結局、チラシはぜんぶキャルルとマニーに配ってもらった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 たくさんチラシをまいたんだ、きっと今ごろ大勢のお客さんが来てくれているはず……!


 ボクらは意気揚々と『キャルルルン』に戻る。

 でも、迎えてくれたのは……閑古鳥と、暗い表情のルルンだけだった。


 店内にぴっちりと並べられたパンは、まるで食品サンプルみたいにひとつも減っていない。



「おい……お前ら、ちゃんとチラシ配ったのかよ!?」



 ボクらを見るなり、ルルンはヒステリックに怒鳴り散らしてきた。



「ちゃんと配ったよ! あんだけチラシを配ったのに……ひとりも客が来てないだなんて……!?」



「信じられん……! 受け取るときは『絶対行きます!』と言っていたのに……! 誰も来ていないというのか……!?」



 キツネにつままれたようなキャルルとマニー。


 無理もない、ふたりが配ったチラシは男女ともにすすんで受け取ってくれた。

 全員とはいかないけど、半分くらいは来てくれそうな反応だったのに……!


 ボクは険悪な雰囲気なりつつある店内で、思案にくれる。


 なぜ……誰も来てくれないんだろう。


 店まで来てくれれば……そしてひと目でいいからこのパンを見てくれれば……絶対に食べたくなるのに……。


 そして、ひと口でも食べてくれれば……絶対にこのパンの虜になるのに……!


 ひと口でも……!? そ……そうかっ!!


 ボクは店の入口にある、パンを入れる用のバスケットを取り、その中に商品のパンを詰め込んだ。



「おい、なにやってんだよアンノウン!?」



 苛立ったようなルルンに、ボクは言い返す。



「……試食だ! 試食をさせてみればいいんだよ!」



「「「し……試食?」」」『ししょく?』



 ハモリながら聞き返してくる、ルルン、キャルル、マニー。

 小首をかしげながらスケッチブックを掲げるウサギ。



「あっ、そっか……こっちの世界じゃ、試食なんてないんだよね……!」



 試食。売りたい商品を少しだけ食べてもらうこと。

 それで美味しいと思ったら、お客さんは買ってくれるんだ。


 チラシよりもお金はかかるかもしれないけど、異世界ではあたりまえの……強力なピーアール方法なんだ……!



「マニーとキャルルはこのバスケットを持って、また大通りに行って! それでパンをひと口サイズにちぎって、通行人に食べさせてあげるんだ!」



「ええっ、どういうこと!? タダで食べさせろってこと!?」



「タダだと!? そんなことをしたら、いち(エンダー)にもならん……逆に損をしてしまうじゃないか!」



 聞き間違いのような表情のキャルル。

 ありえないといった表情のマニー。



「いいから、ボクの言うとおりにして! 食べさせるのはひと口だけだよ!」



 ボクは問答無用とばかりに、パンの詰まったバスケットをマニーとキャルルに渡す。



「ルルンとウサギはパンを焼いて!」



「ええっ!? パンを!? まだ一個も売れてねぇのに、なんで新しいのを焼かなきゃいけねーんだよっ!?」



『お店がパンでいっぱいになっちゃうよ!?』



 何言ってんのコイツ、みたいなルルン。

 パンに埋もれて苦しそうにしているボクらのイラストを向けてくるウサギ。



「いいから……! みんな、ボクを信じて……! ボクの言うとおりにすれば、お客さんがたくさん来るはずなんだ……!」



 ボクはこみあげてきた熱いものを、そのまま口に出すように訴えた。


 すると……いぶかしげだったみんなの表情が、あたたかいお湯に溶けるように緩んでいったんだ。



「……フッ、そうか……! アンノウンがそこまで言うなら、やろう……!」



 いつものキザな余裕を取り戻し、髪をかきあげるマニー。



「やっぱり……アンノウンってば、変わった……! そんな風に言われると、いつもは超ムカついてたのに……今は、なんかイイ……! よぉし、ウチもやるっ!」



「ふふっ、わかったよ、ボーヤ……! パンのレシピを教えてくれたときと同じ……ボーヤを信じてみるよ……!」



 顔だけじゃなく、身体全体で頷き返してくれるキャルルとルルン。

 大きな胸がこぼれ落ちそうなくらいに、ぶるんっ! と揺れる。



『えい、えい、おーっ!』



 頭の上にスケッチブックを掲げるウサギ。

 それを見たみんなは、



「えい、えい、おおーーーっ!!」



 天を衝くように高く、拳を掲げてくれたんだ……!

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