49 ギャルの家に、泊まります!
キャルルのお姉さん、ルルンはエプロンのポケットに手を突っ込んで、何かを取り出す。
「これ、アンタらっしょ?」
そう言いながら広げられた紙に、ボクは見覚えがあった。
ボクら3人とは取引しないように書かれた手配書だ。
同じものが、市場の露店にそこかしこに貼ってあったけど……まさか、こんなパン屋にまで……。
「それは、冒険者ギルドの……!」
「そー。アンタらと話してるうちに思い出したんだ。冒険者ギルドに目をつけられるなんて、アンタらいったい何やったの?」
疑うような視線をちろりと向けてくるルルン。
ボクは弁解しようとしたんだけど、それよりも先にキャルルが割って入った。
「待って、ルルンお姉ちゃん。アンノウンたちは別に悪いことはしてないの。塔で冒険者ギルドの勧誘があったんだけど、アンノウンたちはそれを断っちゃって……」
「ああ、そゆこと。冒険者ギルドに勧誘されたんだ、スゴイじゃん。加入すれば将来安泰なのに……なんで断っちゃったの?」
もったいない、みたいに目を見開くルルン。
ボクは理由を説明しようとしたんだけど、今度はマニーが割って入ってくる。
「それについては、俺から説明しよう」
マニーは冒険者ギルドがいかにこの世界にとって害悪かを、滔々と語った。
その説明はかなり上手だったので、ボクまでつい聞き入ってしまう。
「ふぅーん。アンタらも、いろいろ考えてんだねぇ。まあでも、逆らったらいろいろ大変っしょ。冒険者ギルドの嫌がらせは、ウチもいろいろ聞いてるし」
『戦利品も、安い値段でしか買ってくれなかったんです……』
しょんぼりと、スケッチブックを向けるウサギ。
「そうなんだ……さっそくやられたんだね。ウチみたいに客がこない店にも配られてるってことは、このあたりの店は全滅っしょ。どーせ宿もどこも泊めてくれないはずだから、ウチに泊まっていきなって」
「あ、部屋なら心配しなくていーよ。従業員用の部屋があっから」
姉の提案を受け、キャルルがすかさず付け加えた。
ボクとウサギとマニーは、顔を見合わせる。
「……せっかくだから、泊めてもらおっか? どうせお金もないし……」
『わたしは、どちらでも……』
「お……俺はあまり、気が進まん……」
「どうして?」
「こんな淫獣みたいな女どもと、一夜をともにするなど……」
背後から、「おい! 聞こえてるし!」と姉妹のツッコミが入る。
「誰がおめーみたいなナル男に手ェ出すかよ!」
「出すならアンノウンに決まってんじゃん、ねー?」
マニーはバッ! と金髪を翻して姉妹のほうを向いた。
「……だからこそ嫌なのだっ! 俺の目が黒いうちは、アンノ……い、いや、例え誰であっても、結婚前にふしだらなことをするのは許さんぞっ!」
「ふしだらって……いまどきガキでもヤルことヤッてんじゃん。オメー古すぎんだよ、化石かよ」
「へぇ~……マニーって案外、おカタいヤツだったんだ……まぁ、ウチらは別にいいけどぉ? 勝手に野宿でもなんでもすればぁ?」
「……くっ!」
痛いところを突かれたように、胸を押さえるマニー。
どうやら、ふしだらと野宿を天秤にかけているようだ。
彼女はしばらく苦悩するように頭を抱え、長い髪をかきむしっていたけど、
「い……いくら貴族の名を捨てたとはいえ……の、野宿というのは耐え難い屈辱……! 仕方ない……ひ、ひと晩だけ、厄介になろう……! そ、そのかわり……ひとつだけ条件がある……!」
幽霊みたいにうなだれるマニーに、姉妹は「ハァ?」と眉を八の字にしていた。
「マニー、アンタなに言ってんの? 条件出せる立場じゃないと思うんですけどー?」
「ガチでその通りなんだけど、まぁ、その条件とやらを言ってみな? 聞くだけは聞いてやんよ」
マニーは、震える声で言う。
「ぜ……全員……! お前ら姉妹も含めて、全員……! 同じ部屋で寝るんだ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
居住スペースに案内されたボクらは、従業員用の部屋に通される。
そこは巨大なベッドがひとつだけデンとある大部屋で、女子寮みたいにかわいらしく飾られていた。
メイクは女の命といわんばかりに、壁際にはベッドに負けないくらい大きなドレッサーがしつらえられている。
「いい部屋っしょ? ぶっちゃけ、従業員って女しか雇わなかったから、ココに入った男って……アンノウンとマニー、アンタらが初めてなんだよね」
「ベッドが大きいのひとつだけなのは、ルルンお姉ちゃんのこだわりなんだ。従業員全員が、ひとつのベッドに寝て仲良くなれますように、って」
そんな姉妹の何気ない説明すらも、ボクの体温を急上昇させる。
だって……ボクは初めてだったんだ……!
女の子の部屋に入るだなんて……!
この部屋に入っただけで、前の住人であろう女の子たちの残り香がかすかに鼻をくすぐって、甘酸っぱい気持ちになってしまったんだ……!
嗅覚を鋭敏にする『エレファント』のスキルを使いたい誘惑にかられた。
でもそれをしたら、正気を保っていられないと思ってやめたんだ。
それと……ルルンはとんでもない勘違いをしてる。
マニーは男の子みたいな見た目だけど、本当は男の子じゃない……!
しつこいほどに繰り返してきたことだけど、正真正銘の女の子なんだ……!
その事実がまた、ボクの脈を乱れさせる。
そうだ、よく考えたら……! いや、よく考えなくても……男はボクひとり……!?
ひとつ屋根の下にいるのは構わなかったんだけど、まさか部屋まで同じになっちゃうとは……!
それに……それに……ベッドまで同じだなんて……!?
い……いったいボク……これからどうなっちゃうの……!?
ボクの緊張をよそに、女性陣はキャッキャとはしゃぎあっている。
「しっかし、マニーってばお堅いかと思たら、同じ部屋で寝たいだなんて……チョー大胆じゃん」
「うふふ、ウチらをどーするつもりなんだろうね?」
「どうもせんわ! ふしだらなことをする者が出ないように、監視するために同室にしただけだ!」
「またまたぁ、かわいいカオして肉食系なんだからぁ」
「さっ……触るなっ!」
「あっ、ウサギっちってば、赤くなってる! ふふふ、こっちもかーわいい!」
姉妹の大きな胸に抱かれている、マニーとウサギ。
パンよりもやわらかそうな胸に、ふたりの少女の顔が挟み込まれている。
その様を眺めていたボクは、鼻筋に熱いものを感じていた。
こ……このままここに泊まって、本当に大丈夫なのかなぁ……?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
湯船に浸かったボクは、ほぅ、と大きな溜息をつく。
『キャルルルン』の居住スペースにある浴室は、従業員も利用するのかすごく大きかった。
小さなプールくらいある浴槽にボクひとりなので、まるで貸し切り気分だ。
……それにしても、今日も一日いろいろあった。
昨日もいろいろあったけど、今日は輪をかけて激動だった気がする。
基本的には楽しいことばかりだったけど、冒険者ギルドという新たな頭痛のタネが生まれてしまった。
もしかしたら明日以降も、いろんな嫌がらせをされるかもしれない。
いや、だからって負けるもんか。
こうやってボクらに宿を提供して、助けてくれる人もいるんだ。
でも、そうなると逆に……このパン屋のほうが心配だなぁ。
冒険者ギルドの指示を無視していることになるから、この店にも嫌がらせが及ぶかもしれない。
ただでさえ客のいないこのパン屋がそんなことをされたら、本当に潰れちゃうかもしれない……。
なんとかボクに、できることはないかなぁ……?
思案にくれていると、ふとカラカラと浴室の戸が開く音がした。
……あれ? 誰かが入ってきたのかな?
ボクは入口のほうに注意を向ける。
湯けむりの中、ひたひたと近づいてくる足音。
それも、ひとつじゃない、ふたり分……?
そして現れる、ふたつのシルエット。
その正体がわかった途端、ボクは飛び上がりそうになった。
素っ裸にタオルを一枚張り付かせただけの……キャルルとルルンだったんだ……!




