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48 みんなでパン、作ります!

「う゛う゛う゛~、お゛い゛し゛い゛よ゛ぉ~……お゛い゛し゛い゛よ゛ぉぉぉ~」



 仰向けに寝そべり、嗚咽を漏らしながら、パンをむしゃむしゃ食べるキャルル。



『おいしいね、おいしいね』



 キャルルを抱きかかえながら、パンを食べさせてあげているウサギ。


 大きな赤ちゃんと、小さなお母さんみたいな妙な光景。

 幼児退行してしまったキャルルに、激怒していたルルンもすっかり毒気を抜かれていた。



「こんなキャルル、初めて見た……。ねぇキャルル、マジでそんなにうまいの?」



「う゛う゛う゛……る゛る゛ん゛お゛ね゛え゛ち゛ゃん゛……ま゛し゛……や゛は゛い゛よ゛ぉ……」



 まだ半信半疑な様子のルルンに、マニーが最後のひとつが乗ったパン皿を差し出す。



「……キミも食べてみるといい。この味を知らずに生きていくのは、人生の損失ともいえる味だ」



「で、でも、毒が……」



「……このパンには、たしかに卵や牛乳が使われている。それらは毒といわれてきて、俺たちもそれを信じて生きてきた……が、アンノウンの料理を食してでまかせだと知った。俺は昨日の夜から、ウサギは昨日の昼から食べているが、ふたりとも何ともない。さぁ、キミも真実を知るんだ」



「る゛る゛ん゛お゛ね゛え゛ち゛ゃん゛も゛た゛へ゛な゛よ゛ぉぉぉ~」



 妹からも勧められて、ルルンは覚悟を決めたようだ。

 皿から最後のパンを取り、ごくりっ、と喉を鳴らしたあと……目をきつく閉じる。


 そして、苦い薬を飲む子供のように、一気に口に放りこんだんだ……!


 直後、本当に毒を飲んだかのようにひっくり返るルルン。


 真正面にいたボクは、彼女のエプロンごしのミニスカートが大きく翻るのを目撃しそうになったんだけど……あと少しというところで、マニーがかざしたパン皿で視界を遮られてしまった。


 ……くっ!


 ボクは恨めしいような、助かったような、複雑な気分になる。


 厨房の床にバタンと倒れこんだルルンは、



「うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 絶叫したあと、身体の底から沸き上がってきた感情に突き動かされるようにゴロンゴロン転がりはじめる。

 まるで、全身で美味しさを表現しようとしているかのように。


 ボクの料理を食べた人って、みんなこうなっちゃうみたい。

 ボクもそうだから、わかるんだけど……なんというか、衝撃がすごいんだ。


 音に例えると、いままでの食べ物がただのオナラだとすると……ボクの作った食べ物は、フルオーケストラの演奏のように、もうまったく別次元。


 舌に乗せた瞬間から、ぜんぜん違うとわかる……!

 脳が、身体全体が……人間の本能が歓喜してしまうような味なんだ……!


 そう、これは人を愛する喜びにも似ている……!

 愛おしさのあまり、思わずパンに頬ずりしちゃいそうになるんだ……!


 なんだかパンが恋しくなっていると、突如ルルンが四ツ足で這ってきて、潤んだ瞳でボクを見上げた。

 その顔は、情熱的な求愛をする動物さながらに赤く染まっている。



「ね、ねぇねぇねぇっ!? も、もっとないの!? もっとないのっ!? こんなんじゃ全然足りない! もっと食べたい! もっと食べたいよぉ! なんでもするから! なんでもするからぁ! あのパン、食べさせてぇ! お願い! お願いしますぅ!」



 禁断症状が出たみたいに、ボクにすがりつくルルン。

 いつの間にかキャルルも側にいて、ふたりしてボクの足に抱きついてきた。



「お゛ね゛か゛い゛し゛ま゛す゛ぅ……! も゛っと゛、も゛っと゛た゛へ゛さ゛せ゛てぇ……!」


「どうか、どうか……ウチら姉妹にあの素晴らしいパンをもういちど……! アンノウン……アンノウンくん……アンノウンさまぁ……!」



 滝のように涙をダラダラ流すキャルル、大粒の涙をポロポロとこぼすルルン。

 そんな顔がじりじりと這い上がってきたので、ボクは生命の危機を感じ、たまらず頷いてしまった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからボクは、ウサギとマニー、4人の生産妖精、そこにキャルルとルルンを加えた9人でパン作りをした。


 9人がかりともなるとかなり賑やかだ。

 でも厨房自体は広かったので、作業効率が落ちることもない。



「ああっ、こんな大勢でパン作るのって、マジごぶさた!」



「昔は大勢いたのか?」



「うん、ウチが流行ってたときは従業員もいたから、このくらい賑やかだったんだよね~!」



「ふふっ、ルルンお姉ちゃん、マジあがってる!」



「あったり前じゃん! あんなうまいパンが食べられるんだから、マジテンションあがるって!」



「じゃあ……せっかくだから作り方を教えようか?」



「えっ、マジで? いいの!?」



「うん。もしよかったら、お店にも出してよ」



「ま……マジでっ!? ちょ、キャルル! アンノウンって超いーヤツじゃん!?」



「さ……サンキュー、アンノウン! ウチ、アンタのことちょっと誤解してたかも!? ギューッてしたげる、ほら、ギューって!」



「じゃあウチも! ギューッ!」



「わあっ!? うわっぷ!?」



「おい、何やってんだ!」



『そんなに抱きついちゃダメーっ!』



「きゃははははは! アンノウン、ガン照れしちゃってる! キャルルが女慣れしてないって言ってたけど、マジなんだ! かわいー!」



「わーわー! ごしゅじんさま、かわいー!」



 ボクらはわいわい大騒ぎしながら、パン作りをした。


 教えたレシピはボクが最初に作ったのと基本的には変わらなかったんだけど、『バター』と『酵母』の作り方だけは、錬金術を使わない方法を教えてあげた。


 別のやり方……いわゆる一般的な料理の手順を教えてあげたんだ。


 錬金術を使わない方法だと、時間がかかっちゃうんだけどしょうがない。

 キャルルとルルンはふたり揃ってメモを取りながら、熱心にボクのレシピを聞いていた。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 焼き窯をフル回転させ、山のようにできあがったパンで、ボクらはパンパーティをした。


 メニューはパンしかなかったんだけど、焼きたてのパンは何もつけなくても美味しくて、ボクらはひたすらパンだけをむしゃむしゃと食べまくった。



「はぁ……まさか、パンだけで腹いっぱいになるとは……」



 うっとりした表情で、お腹をさするマニー。



『パンがこんなにおいしい食べ物だなんて、知らなかった……本当に、雲みたい……』



 スケッチブックに、空に浮かぶパンとみんなを描いているウサギ。



「ああ……マジ幸せ……ウサギっちの絵みたいに、空にふわふわ浮いてるみたい……パンでおなかいっぱいになるのが、こんなにキモチイイだなんて……マジヤバい……クセになりそう……」



 椅子の背もたれに身体をあずけ、夢見心地のキャルル。



「ヤバい……マジヤバすぎるよ、アンノウン……。こんなすごいの、初めて……こんなの知っちゃったら、もう……普通のじゃ満足できなくなっちゃうよぉ……」



 満腹のけだるさからか、放心状態のルルン。


 ボクを挟むようにして座る姉妹は、色っぽい流し目をボクに向けていた。

 ふたりとも、味を反芻するかのように血色のいい唇をしきりに舐めていて……妙に艶めかしい。



「ふふっ、キャルル……次は、アンノウンを食べちゃおっか……?」



「それ、マジいいかも……ふたりでペロッ、て……!」



 えっ……!? た、食べるって、どういう意味……!?

 両隣の姉妹を交互にキョロキョロ見つめていると、顔を寄せてきたのでボクは縮こまってしまった。


 左右から、むせかえるフェロモンのような香りに挟み撃ちにされる。

 剥きたての果実のような、ふたつのうるツヤが……ボクの頬に触れようとした瞬間、



「……オホンッ! 夜も遅いし、そろそろ失礼しようか!」



『ありがとうございましたー!』



 マニーとウサギがボクの座っていた椅子を引いたせいで、姉妹から遠ざけられてしまった。

 続けざまに両脇をがしっと掴まれて、強引に立たされてしまう。


 なぜかマニーとウサギは不機嫌そうだった。

 ボクがいなくなったせいで、顔を見合わせる形となった姉妹は……小悪魔のような笑みを浮かべている。



「ジョーダンだって、マジで食べたりしないって。……ま、味見くらいはするかもしれないけど」



「そうそう。だからそんなにムキになんなって」



 大人の女性のような余裕を見せつけるキャルルとルルン。



「む……ムキになってなどいない!」『なってません!』



 駄々っ子のように余裕のなさそうなウサギとマニー。


 そんな対照的な2組の間に、ボクは板挟みになっている。


 なんだかよくわかんないけど……悪いムードになっちゃってる?


 こういう場合は第三者であるボクが何かを言って、場をおさめるべきなんだろうけど……こんな局面には縁がなかったので、何も思いつかない。


 睨み合う両者。

 さっきまで和やかで、賑やかだった厨房は……ウソのように険悪で、静まりかえっている。


 ボクはガマン比べのように口をつぐんだまま、誰でもいいから何か言ってほしいと願うばかり。


 やがて……沈黙を先に破ってくれたのは、ギャル姉妹だった。



「まーまー、慌てんなって、もうちょっとゆっくりしてけばいいじゃん」



「そうそう。何だったら、今日は泊まっていきなよ」



 キャルルのお姉さんは、まるで文無しのボクらの懐を知っているかのように……ありがたい提案をしてくれた。

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