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46 ホンモノのパン、作ります!

 ボクはマニーやウサギのように袖まくりをしてから、パン作りを開始する。


 えーっと、まずはバターだ。

 バターを準備しよう。


 レイジングブルを倒してゲットした牛乳。

 水風船のように薄い皮膜に包まれているそれを、大きなボールに移した。


 包丁で膜を切り裂いて、中の牛乳を取り出す。

 波打つ純白の液体に向かって、『錬金術』の抽出陣を描いた。


 陣が牛乳に吸い込まれていくと、波紋が広がる。

 そして、しばらくすると……ぷかっ、と白いカタマリが浮いてきた。


 そのカタマリをそっと取り出し、皿に移す。


 よし、まずは生クリームができた……!


 ボクは再び抽出陣を描き、純白のクリームに向かって投げかける。

 すると……レモン色の物体が、生クリームをかきわけるようにして現れた。


 その、ポテトサラダみたいなヤツを別のボウルに移し、塩をかけてかきまぜる。

 指ですくって、ちょっと味見。


 うん、おいしい……!

 これは間違いなく、バターだ……!


 やっぱり、ホンモノのパン作りにはバターは欠かせないよね。

 じゃあ、次は……同じくらい重要な材料、『酵母』を作ろう。


 ボクはボウルに残っている牛乳に、小麦粉を加える。

 ながらでスキルツリーを開き、『錬金術』の『風薬』に残った1ポイントを振った。


 そして、再び『錬金術』の陣を描く。


 今度は抽出陣ではなく……習得したばかりの『風薬』の陣。

 これは陣を受けた物体だけを、時間経過させることができる。


 食べ物にかけた場合は、発酵や熟成を促すことができるんだ……!


 牛乳がプクプクと泡立ち、独特の甘い匂いがたちこめる。

 ヨーグルトみたいな物体が分離してきたので、すくいあげて別のボウルに移した。


 すかさず寄ってくるマニーとウサギ。



「……なんだ、この物体は?」『なんだか、おいしそう……』



 ふたりは好奇心いっぱいの子猫みたいに、できたての酵母をいろんな方向から凝視している。



「それが今朝言った『酵母』だよ。それがパンをふっくらさせてくれるんだ」



「ちょっと、舐めてみていいか?」『いい?』



「いいけど、おいしくないよ?」



「そうか……」『そうなんだ……』



 ふたりは急に興味を失い、肩を落として持ち場に戻っていった。


 ふたりともよっぽど、お腹が空いているみたいだ。

 まぁ、ボクもそうなんだけど……早いとこパンを完成させよう。


 酵母の入っているボウルに、小麦粉や卵や油などを加えていると……ちょうどいいタイミングで、ウサギが石器の器を運んできてくれた。

 中にはもうもうと湯気をたてるお湯が入っている。



「ありがとう、ウサギ。もう少しで次にやることができるから、もうちょっとだけ待ってて」



 ボクがそう言うと、素直に頷くウサギ。

 わずかな時間にもスケッチブックを取り出し、なにやら描きはじめた。


 その間にボクは、お湯をボウルに加えてかきまぜる。

 生地に粘り気がでてきたところで、こね台に移した。



「よし、ウサギ、手伝って。この生地をこねて、パン生地を作るんだ」



 ウサギはスケッチブックをしまい、ボクの隣に並んだ。

 粘土で遊ぶように、生地をこね始める。



「おい、アンノウン、こっちもひとまずオーケーだ。あとは焼き窯の温度があがるのを待つだけだ」



 マニーも合流してくれたので、ボクらは3人でこね台に並んで、生地をこねこねした。


 ちょっと生地の量が多くて大変だったので、手伝いとして『生産妖精』を召喚。

 現れた4人の小人たちも加わって、7人がかりでパン生地を作った。


 やがて……手のひらサイズの丸パンが、いくつもできあがる。


 こね台の上に整列した、白ネズミのようなパンたち。

 それに向かって、ボクは風薬陣を投げかけた。



「……見た目には、何の変化もないようだが……いったい何をしたんだ?」



 間違い探しのようにパンを覗き込む、マニーとウサギ。



「パンを発酵させたんだ。これで生地に混ぜた酵母からガスが出て、パンがふっくらするんだ」



「料理のことはよくわからんが、もう食べ……いや、もう焼けるんだろう?」『まだかな、まだかな』



 お腹の音が止まらないマニーとウサギ。

 このままだと生地のまま食べちゃいそうな勢いだったから、ボクは急いで生地を焼き窯に入れた。


 窯の奥には、燃え盛る焚き火があって……西日のような強いオレンジ色の光と、むせかえるような熱風を放っていた。


 そう……この窯の中で対流し、すべてを包み込むような強い熱こそが……バター、酵母に続く、ホンモノのパン作りには欠かせないモノなんだ……!


 ボクは大成功の予感を感じながら焼き窯のフタを閉じ、額の汗を拭った。



「ど……どのくらいで焼きあがるんだ?」『まだかな、まだかな』



 もう待ちきれない様子で、貧乏ゆすりをしているマニーとウサギ。



「早く焼けるように、生地を小さめにしておいたから……5分くらいかな」



 ボクは窯の横にあった、砂時計のひとつをひっくり返しながら答える。


 パン屋には焼き時間を計るための砂時計があるんだけど、このパン屋……『キャルルルン』には大きさの違う砂時計が4つあった。


 おそらくいちばん小さいやつが5分で、あとは10分、15分、20分だろう。

 焼き窯を使ってパンを作るのは初めてなので、まずは5分で様子を見て、焼き時間を調節していこう。


 ウサギとマニーが砂時計の前で応援していたせいか、思ったより早く砂は落ちきった。

 一応、5分経ったようなので……ボクは窯のフタを開けてみる。


 すると……焼きたての香ばしいパンの香りがむわぁぁっと、厨房じゅうに……いや、店中に……いやいや、この家じゅうに広がったんだ……!


 ボクを押しのけるようにして、窯の前に殺到するマニーとウサギ。

 焼きたてのパンを目にした瞬間、



「うわぁぁぁぁ……!」



 心の底から滲み出したような、歓喜の声をあげた。

 ふたりはまるで、ルビーの宝石箱を開けたかのように赤い照り返しをうけ、うっとりしている。



「焼きたてのパンなら、我が家に仕える一流のコックが焼いたものを、毎朝のように食していたが……どれもひらべったくて、くすんでいて、まるで河原の石のようであったのに……! 今、ここにあるパンはどうだ……!? ふっくらしていて、キツネ色で……まるで、黄金のようにキラキラ輝いているではないか……!」



『まるで、しゃぼん玉みたい……!』



 独自の解釈を述べながら、取り憑かれたように釜に吸い込まれていくマニーとウサギ。

 焚き火を前にした寒がりの猫みたいなふたりに、ボクはあわてて後ろから引き剥がす。



「ちょ……! ふたりとも落ち着いて! そんなに近づいたら、髪の毛が焦げちゃうよ!? ボクがパンを取るから、もう少しだけ待ってて!」



 焼身自殺を図るようなふたりをなんとか説得して、厨房の端に整列させたあと、ボクは釜からパンを掻き出して、皿の上に並べた。



「はいどうぞ! 熱いから気をつけ……」



 注意が終わるより早く、ふたりはパンにかぶりついていた。



「アヒュッ!?」『熱い!?』



 ああ、言わんこっちゃない、と思っていると……、



「「でっ……でもっ……! おいひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 ウサギとマニーはバターンと倒れるなり、厨房の床を転がりはじめた。

 いくら美味しいからって……それに厨房の床がいくらキレイだからって、なにも転がらなくても……。


 ボクは呆れながらも、丸まったリスのような小麦色のロールパンを、ひょいと口に放りこむ。


 直後、口の中に雄大な小麦畑が広がった。



「おいっ……!! しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 ボクはウサギとマニーと一緒になって、厨房の床で悶絶する。



「ちょ……ちょっと! アンタたち、誰っ!?」



 不意に、水を差すような声が割り込んできた。



「ああーっ!? アンノウン!? それに、ウサギ、マニー!? 人んちの厨房で、何やってんだよっ!?!?」



 責めるようなその声に、ボクらはピタリと転がるのをやめる。


 おそるおそる見上げた、その頭上には……下着が見えそうなくらい短いスカートを穿いた、ふたりの女の子……。


 キャルルとそのお姉さんが、まるでゴキブリを見つけたような目で、立っていたんだ……!

□■□■スキルツリー■□■□


今回は『風薬』に1ポイントを割り振りました。

未使用ポイントはありません。


括弧内の数値は、すでに割り振っているポイントです。


●錬金術

 風錬

  (1) LV1  … 抽出

  (1) LV2  … 風薬

  (0) LV3  … 旋風

 火錬

  (1) LV1  … 変形

  (0) LV2  … 火薬

  (0) LV3  … 噴火

 地錬

  (1) LV1  … 隆起

  (0) LV2  … 地薬

  (0) LV3  … 地震

 水錬

  (1) LV1  … 陥没

  (0) LV2  … 水薬

  (0) LV3  … 奔流

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