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45 キャルルの秘密

「よぉし、じゃあ、パン屋を探そう!」



 ボクはバンザイするように拳を掲げ、張り切ってウサギとマニーに言った。

 ふたりは仲良しの犬と猫みたいに、揃って首を傾げる。


 『パン屋さん?』とパンの絵とともにスケッチブックを向けてくるウサギ。


 「パン屋なら、すぐそこにあるじゃないか」と露店を指さすマニー。



「いや、露店のパン屋じゃなくて、ちゃんとしたお店のパン屋がいいんだ。なぜかっていうと、焼き窯を貸してもらおうと思って」



「焼き窯を貸してもらう、だと?」



「うん。今朝約束したでしょ? ホンモノのパンを食べさせてあげる、って!」



 そうだ、そうなんだ。

 落ち込んでいるこんな時こそ、焼きたてのパンを食べるんだ。


 あったかくて、ふっくらしてて、もちもちのパン。

 それを頬張ればきっと、みんなはもっと笑顔になるはず。


 ボクはハラペコだったけど、意気揚々と歩きだす。

 途中の露店でパン作りの材料を買って、パン屋探しを始めたんだ。


 ……でも、現実はそう甘くはなかった。

 パン屋を尋ねてみても、夕方はお客さんでいっぱいで……窯を貸してほしいとお願いしても、全然相手にされなかった。


 まぁ、無理もないか……。

 焼き窯といえば、パン屋の心臓部でもある。


 それを見ず知らずの人間が貸してほしいだなんて言っても、迷惑なだけだろう。


 でも、ボクはあきらめなかった。

 なるべくお客さんの少ない、ヒマそうなパン屋を求めて街外れをさまよう。


 すると……一軒のさびれたパン屋を見つけた。


 『キャルルルン』という看板が掲げられた、パン屋にしては変わった名前の店。

 大きなショーウインドウから覗く店内は、がらんとした暗い影を落としている。



「客どころか、夕陽にも見放されたような店だな」



 マニーの容赦ない評価を聞きながら、ボクは店の両開きの扉を開いた。


 扉につけられた鈴が、カランカランと鳴る。

 その音で、店の奥から店員が出てくるのを期待したんだけど……誰も出てこない。



「……あのー、誰かいるー?」



 ボクは店内のいちばん奥のほうにある、厨房に向かって呼びかける。

 でも……返事はなかった。


 『留守なのかな?』とウサギ。


 「施錠もせずに留守にするとは、不用心だな……」とマニー。


 「うーん、店の外には開店の札があったから……誰かいると思うんだけどなぁ……」とボク。


 それからもう少しだけ待ってみたんだけど、誰も出てこなくて……誰かが帰ってくる様子もなかった。


 待っている最中、ボクはふと思い立つ。

 両手を耳のうしろに当て、よく聴こえるようにと聴覚に全神経を集中させてみた。



 ……キィィィィンッ……!



 金属音のような耳鳴りとともに、世界が広がる。


 『ミュータント』のスキル、『ドルフィン』。

 これは、イルカ並の聴力を得ることができるスキル。


 イルカの聴力というのは、音の伝わりやすい水中で発揮されるものなんだけど、それを地上でも発揮できるようになるんだ……!


 聴こえる……!

 聴こえるぞ……!


 すぐ側にいるマニーとウサギの、とくん、とくん、という心音……!

 店の屋根の上にいる猫の、ひた、ひた、という足音……!


 店の窓ガラスの向こう……外の通りにいる、おばさんふたりのひそひそ話まで……!



「あら、珍しい……あの店にお客さんが入ってるわよ」



「もう潰れたと思ったのに……まだやってたのねぇ」



「一時期は若者向けのパン屋さんってことで、流行ってたみたいだけど……」



「すぐに飽きられちゃったでしょ、市場のパンとたいして変わらないから、みんな市場で買うようになっちゃったのよねぇ」



「あ、もしかしたらあの子たち、借金取りなんじゃない?」



「いつもはコワモテの男の人だけど……今日はずいぶん可愛らしい子たちねぇ」



 おばさんたちの声を遮るように、ボクは頭の向きを変えた。

 店の奥のほうに、意識を集中しなおす。


 厨房から壁を隔てた先にある、居住スペース。

 そこに、微かな息遣いを感じた。



「……借金取り、もう帰った?」



「いや、油断ならないし……あきらめて帰ったと見せかけて、まだいるかもしれねーし」



 部屋の片隅で、ふたりの若い女性がささやきあっている。

 ひとりの女性の声は、どこかで聞いたことがあるような気がした。



「……ここのところ、毎日だね……。ごめん、キャルル」



「ルルンお姉ちゃん、それ言いっこナシだって。パン屋やるの、お姉ちゃんの夢だったじゃん。そのためだったら全然ヘーキだって」



 キャルルって……もしかして、あのキャルル?

 普段は人を食ったようなソプラノ声なのに、家族にはこんなにやさしい声になるんだ……。



「でも、パンもすっかり売れねーし……キャルルにも苦労かけちまって……」



「それも言いっこナシ。ウチ言ったじゃん、『太陽の塔』を冒険すれば、じゃんじゃん稼げて借金なんてすぐ返せるから、って」



「でも、『太陽の塔』を冒険って……危なくねーの?」



「へーきへーき、クラスメイトのゴンとかレツを利用して、うまくやってるから。あとアンノウンっていう変なヤツがいんの。今まではワケのわかんないコトばっかやってるキモいヤツだったんだけど……なんかね、メッチャクチャ強いの。アイツ、なんか女の子と手を繋いだこともなさそうだから……ウチだったらイチコロにできそうなんだよね。アンノウンを利用したら、塔の頂上まで行けるかもしれない」



「そっか……塔の頂上まで行くの、キャルルの夢だったもんね」



「……うん! 塔の上から、雲を持って帰るんだ! それをお姉ちゃんにパンにしてもらう!」



「フッ……アンタってば、雲みたいにフワフワのパンを食べたい、って、ずっと子供の頃から言ってるもんね……」



「もう、笑うんじゃねぇーよ!」



「しっ、キャルル、静かに……!」



 ……ボクは、集中していた意識を断ち切った。



「おい、アンノウン、なにをやっているんだ? これだけ待っても誰も出てこないんだ。ここはあきらめて、別の店を探そう」



 ボクはマニーの呼びかけを無視し、厨房の中へと歩みを進める。



「おい、アンノウン? 勝手に入っていいのか?」



『見つかったら、怒られちゃうよ?』



 マニーとウサギは心配そうな表情で、こちらを見つめていた。

 ボクはふたりを安心させるために、深く頷く。



「……ここで、パンを作る。この店の人にも、ホンモノのパンを食べさせてあげたいんだ」



 すると、マニーとウサギは顔を見合わせあったあと、やれやれと厨房に入ってくる。



「まったく、しょうがないな……俺も空腹なんだ、さっさと作ろう」



『お手伝いさせて!』



 袖捲りをして、細腕を見せつけるふたり。

 予想外の行動だったので、ボクは面食らってしまった。



「あの、ふたりとも入ってこなくても……。怒られるかもしれないんだよ? だから、ボクひとりで……」



「ホンモノのパンは、俺を唸らせるんだろう? だったら、怒られる心配もない……店のヤツに食べさせれば、怒る気など消え失せるはずだからな。となると後は、時間との勝負だ。さぁ、見つかる前にパンを完成させるぞ」



『わたしも、はやく唸りたい!』



 ウサギのスケッチブックには、揃ってハーモニーを奏でるボクらの絵が描かれていた。

 唸っているというより、歌っているみたいだ。



「よ……よぉし、じゃあ、やろうか……! マニーは焼き窯に火を入れて! ウサギは別のカマドで、お湯を沸かして! その間にボクはパン生地を作るから!」



 マニーとウサギは頷き返すと、自分の持ち場へと散っていく。

 ボクは厨房の真ん中にある、こね台に陣取って、リュックから材料を取り出して並べた。


 厨房は隅々までピカピカで、綺麗だった。

 でも、パンの香りはあまりしない。


 ……きっと、昔は毎日のようにパンを焼いていたんだろうけど、お客が来なくなって、数日おきにしかパンを焼かなくなったんだろうな……。


 ボクは嗅覚を鋭敏にする、『ミュータント』の『エレファント』スキルを使いながら、そんなことを考えていた。

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