44 意外な妨害
飛び起きたウサギは、キスのショックのあまりベンチから転げ落ちていた。
わぁわぁと大騒ぎしながら這ってきて、ボクの足にひしっとしがみついてくる。
その声に、マニーも目覚めた。
彼女はまだまどろんでいて、キスマークだらけになったウサギを見るなり、ふふ、と笑みを浮かべる。
「そこまでキスされないと目覚めないだなんて……お姫様はずいぶんとお寝坊さんのようだ」
それがいつものキザったらしい微笑みではなく、大人の女性みたいな妖艶な笑みだったので、ボクは人知れずドキッとしてしまった。
ウサギは恥ずかしいのか、マニーの顔を直視せず、
『起こすなら、普通に起こして……』
とスケッチブックで顔を隠している。
マニーは取り出したリップを唇に塗りながら、ボクに尋ねてきた。
「それにしても、すっかり眠ってしまったようだ……アンノウン、いま何時だ?」
「えーっと、ボクが起きたとき、夕方4時の鐘が鳴ってたから……4時半くらいじゃないかな?」
「なんと……! もうそんな時間か! この4階に着いたときは昼前だったから、5時間も寝ていたことになるぞ!」
『お昼ゴハンも食べずに、眠っちゃったんだね……』
そういうウサギのお腹から、「キューン」と子犬の鳴き声のような音が聞こえる。
ウサギはまたスケッチブックで顔を隠した。
「ふふ、レディは腹の虫までキュートだ。……アンノウン、眠ってしまったが、今日はこのくらいにしないか? 観光階といわれる3階を抜けたあとは、モンスターや罠も本格的になるそうじゃないか。今日はしっかり休んで、4階の探索は明日にしよう」
マニーの提案に、ボクは全面的に賛成する。
まったくもって彼女の言うとおりだと思ったからだ。
4階から先は、プロの冒険者しかいない。
この『太陽の塔』を探索し、モンスターを倒し、宝箱を探すことを生業とした人たちの領域……!
その分、待ち受けるモンスターや罠も本格的になる。
今まではモンスターと戦っても、ケガすることもなかった。
罠も、ほとんどといっていいほど仕掛けられてなかった。
でもこれから先は、常に死がつきまとう領域。
一歩間違えればケガどころか、命まで落としかねない場所なんだ……!
そんな怖い場所だからといって、あきらめたりするつもりはこれっぽっちもない。
マニーもウサギも同じ想いのはず。
準備を万全に整えて、新たな気持ちで挑むんだ、と……!
そんなわけで、ボクらは今日の冒険を終了することにした。
手に入れた戦利品を確認してみる。
【鶏モモ肉】4個
【鶏ムネ肉】4個
【鶏ササミ肉】2個
【鶏セセリ肉】1個
【鶏卵】12個
レイジングチキンのドロップアイテム。ササミ肉は少しだけレア。
セセリ肉というのは首まわりの肉で、かなりの希少部位。
【レイジングシープの爪】10個
【羊バラ肉】6個
【羊毛】3個
【レイジングシープの角】1個
レイジングシープのドロップアイテム。
肉はクセのある味だけど、調理法によってはおいしく食べられる。
羊毛は服などの材料になり、角はかなりレア。
【グレムリンロワーの耳】5個
グレムリンロワーのドロップアイテム。
爪もあったんだけど拾わず、レアな耳だけを集めた。
【レイジングボアの爪】5個
【豚バラ肉】4個
【豚スペアリブ肉】2個
【豚のしっぽ】1個
レイジングボアのドロップアイテム。
バラ肉とスペアリブ肉は同じ部位なんだけど、スペアリブのほうには骨がついている。
豚のしっぽは幸運のお守りになると言われている。
【レイジングブルの爪】3個
【牛バラ肉】3個
【牛ロース肉】1個
【牛乳】3個
レイジングブルのドロップアイテム。牛ロース肉はちょっといい肉。
それに牛乳も手に入ったので、これでちゃんとしたパンが作れる……!
以上が今日の戦利品たち。
モンスター軍団のドロップアイテムは、本当はもっとたくさんあったんだけど、リュックに入りきれなかったのであきらめたんだ。
あと、ミノタウロスロワーは何も落とさなかったんだよね……。
せっかくの大金星なのに、ドロップアイテムがなかったのはちょっと残念。
でもまぁ、絶好調だった昨日とくらべても、数倍の収穫……!
これを換金したら、すごいことになるぞ……!
そう考えると、パンパンのリュックの重さも気にならない。
ボクとウサギとマニーは、意気揚々と塔を降り、市場へと向かった。
きのう戦利品を買ってもらった露店に、同じように持ち込んでみたんだけど……査定をしていたオジサンから、信じられない言葉が飛び出したんだ。
「これなら全部で……4千¥ってとこだな」
ボクは自分の耳を疑った。
「ええっ!? 昨日はこれよりずっと少なかったのに、8千¥だったよ!? なんで半分になるの!?」
オジサンは返事のかわりに、店の柱に貼ってある紙を指さす。
それは……ボクとウサギとマニーの人相書きだった。
「コレ、アンタらだろ? ちょっと前に冒険者ギルドからお達しがあったんだ。コイツらとは取引をするな、って……」
『冒険者ギルド』の単語を耳にした途端、アレルギーを起こしたみたいにマニーが反応する。
「くっ……冒険者ギルドのヤツら……! まさかこんな形で嫌がらせをしてくるとは……! 許せんっ……!」
「悪ぃね。冒険者ギルドのお達しとあらば、従うしかないんだ。逆らったりしたら、ウチも商売あがったりなんでね」
さして悪くもなさそうにオジサンは言う。
そして、ボクらの足元に視線を落としながら続けた。
「でも……俺も鬼じゃない。買い取り価格の10分の1の値段だったら、買い取ってやってもいい。さっき提示したのが、その値段だ」
……10分の1ということは、普通の買い取りだったら4万¥ってことか……。
しかし、ボクが答えを出すより早く、
「ふざけるなっ! 誰がそんな足元を見られまくりの取引などするかっ! 行くぞっ! アンノウン! ウサギ!」
マニーはぷりぷり怒って、肩をいからせ店を離れてしまった。
しょうがないので、ボクとウサギは後を追う。
それから市場じゅうの店を回ってみたんだけど、どこも同じような反応だった。
買い取り価格が10分の1なのはまだ良心的なほうで、酷い店では顔を見るなりシッシッと追い払われてしまった。
……モンスターのドロップアイテムというのは基本的に原材料で、職人が加工したあと商品として世に出回る。
肉とかはボクが料理に使うからいいんだけど、爪や角などは持っていても使いみちがないんだよね……。
ボクらは市場を歩きまわった挙句、結局、最初に持ち込んだ露店で買い取ってもらった。
4千¥を手に、夕暮れの大通りをトボトボと歩く。
これから、どうしよう……。
4千¥ぽっちじゃ宿に行っても、ひとり用の部屋しか借りられないよ……。
いくらなんでも、ひとり用の部屋に3人で泊まりたいだなんて言ったら、追い出されちゃうだろうなぁ……それ以前に宿にも冒険者ギルドのお達しが回っていて、泊めてもらえないかもしれない……。
これじゃ、野宿するしかないのかなぁ……。
でもこのあたりの野宿って、かなり危険らしいんだよなぁ……。
寝てたら、襲われたりするんだろうか……。
物を奪われたりするだけならまだしも、命まで奪われちゃったりしたらイヤだなぁ……。
ああっ、どうしよう……。
どうしたらいいんだろう……!?
こればっかりは、スキルじゃどうしようもないよ……!
ボクは途方に暮れかけたんだけど……ふと湧き上がるように、
キューン グゥー ミャーン
ユーモラスな三重奏を聴いたんだ。
ひとつは、ボクのお腹の音……残りのふたつは、両隣にいるウサギとマニーの音……。
ボクはなんだか、おかしくてたまらなくなる。
ボクがひとり笑っていると、ウサギも、マニーも笑いだす。
顔を見合わせせると、もっともっとおかしくなって……ボクらはゲラゲラと笑い続けた。
そうだ……ボクはひとりじゃない……。
ひとりじゃなかったんだ……!
いっしょになって、怒って、悩んでくれる、仲間がいる……。
ハラペコでも、お金がなくても……こうして笑ってくれる、仲間がいるんだ……!
アレコレ悩んでいても、しょうがない……!
とりあえずは、腹ごしらえだ……!
よぉし、ボクは腕を振るうぞ……!
みんなでいっぱい、おいしいごちそうを食べるために……!
※このお話以降、ステータスとスキルは変化時のみ記載するようにしました




