151 溺れる猿
ボクはもぐらたたきのように、水面から出てくる頭を踏んづけて沈める。
「ぶわあっ!? なっ、なんだ!? なんなんだ、なんだなんだぁっ!?」
「し、沈むっ……!? ぐわっ、ぷああっ!?」
「ま、またっ!? な、なんでだっ!? なんでだあっ!?」
両手をバタバタさせて、水しぶきをあげて暴れる大人たち。
9人もいるから大忙しだ。
水面に立っているボクの姿は、誰にも見えていないようだ。
……ボクはまず『隠形術』の『水遁』を使って、姿を水面と同化させた。
『水遁』っていうと池の中とかに隠れて、水面から竹筒を出しているようなイメージがあるんだけど……優秀な忍者はさらに水と同化して、敵がもぐってきてもわからないようにするんだ。
すごく優秀な忍者は、水蜘蛛という水の上を歩ける道具を使っている最中でも、水面と同化することができるんだ。
でも、水蜘蛛なんてあるわけがないから……ボクはあるもので代用した。
それは、大人たちの頭……!
彼らの頭の上を浮石のように飛び移って、さも水の上を歩いているかのようにしたんだ……!
本当は『遁走術』の『隔世走り』のスキルポイントが高ければ、水の上も歩くことができるようになるんだけど……。
浮石作戦を試しにやってみたらうまくいったので、スキルポイントを使わずにすんだ。
カッパの群れの池に飛び込んだかのように、浮き沈みを繰り返す妨害チームの横を、スイスイと泳いで通り過ぎていくマニーとサル。
「……おい、サル、もしかしてアンノウンが足を引っ張ってるんじゃないか? ちょっと潜って確かめてみてくれ」
「がってんッス!」
大きく息を吸って水中に潜っていくサル。しばらくして「ぷはっ!」と出てくると、
「い……いないッス! 水の中にはアンノウンどころか、誰も……!」
「……なんだと?」
いぶかしげに顔を見合わせるふたりに、ボクは叫びかけた。
「マニー、サルっ! ボクはあとから追いつくから、とにかく先に行って!」
ふたりはハッとなってあたりを見回していたけど、『水遁』で隠れているボクの姿を見つけることはできなかった。
「なにがなんだが、よくわからんが……ともかく妨害チームが溺れているのは、アンノウンの仕業とみて間違いなさそうだな。よし……先に行こうサル」
「うっす!」
ボクは蓮の上のカエルのように雷猿たちの頭を行き来しながら、泳ぎ去る仲間たちを見送る。
足元にいる彼らも、それに気づいたようだ。
「あっぷ……! く……くそっ! ガキどもが先に行ったぞ!?」
「ぷああっ! くそっ……お、追いかけろっ!」
「……うぷっ! で、でも兄者、あのガキ……アンノウンのほうは……!?」
「ぷはぁぁぁっ! か、構わん! この競技は、ひとりでもリタイヤさせればいいんだ! やつらを沈めるぞ!」
「うっぷ……あっぷ……! ぷはあっ! わ、わかった!」
自分たちが絶賛沈んでいる真っ最中だというのに、バシャバシャをもがいて追いかけようとする雷猿たち。
まるでカナヅチの人みたいで、観客席からも同情の声が漏れた。
「お、おい、見ろよ……雷猿たち、溺れてるのに泳ぎはじめたぞ……!?」
「あれ、泳ぎって言えるのか? ジタバタしてるだけじゃねぇか……!
「なんか……池に落ちた猫みたいで、すげえカッコ悪ぃ……!」
「……まだ5メートルも泳いでねぇってのに、あの苦しそうな顔、見てみろよ……!」
「あれじゃ、守衛に捕まって水責めの拷問にあってる、ドジな盗賊じゃねぇか……!」
……もしボクが40キロの重りを背負っていなければ、こうはいかなかったかもしれない。
踏んづけてもあまり沈まず、もしかしたら見えない足首を掴まれていたかもしれない。
でも……80キロ以上ともなると問答無用。
軽く上に片足を乗せるだけで、
……ゴツッ!
まるで漬物石で殴ったような衝撃を与えて……、
ゴボゴボゴボゴボゴボゴッ……!
有無をいわさず、水底近くまで一気に沈めることができるんだ……!
「ぷはああっ!? し、死ぬっ、もう死ぬぅぅぅぅ!?」
と叫んだところで、数秒後にはまた、
……ゴツッ!
これの繰り返し。
徹底的にやるって決めたボクだけど、これにはさすがに罪悪感を覚えた。
なんだかまるで……水から這い上がろうとするアリを、指で弾いて沈めてるみたいなんだもん。
しかし、そうこうしているうちにマニーとサルがお堀を1周して戻ってきた。
ふたりとも、かなり辛そうだ。
それはそうかもしれない。
だって服を着たまま泳いでるんだもん。
ベテランの盗賊だって2周すれば死にそうになるっていうから、ふたりに4周は無理なんじゃ……!?
仮にできたとしても、このあとも休憩ナシで、ぶっ続けて屋根の上で走らなくちゃいけない。
それも、無限の衛兵を相手にしながら……!
ボクは飛び跳ねながら考える。
いくら踏んづけても、足元からはもう強気なセリフは聞こえてこない。
「ゲコッ!? ゲボッ!? ゲロッ!?」とか死にかけのカエルの合奏みたいなのが奏でられるのみ。
……う~ん、『ダークチョーカー』でふたりを引っ張ってあげるってのはどうだろう。
でも、お堀の角を曲がるとふたりの姿は見えなくなっちゃって、『クロスレイ』も併用しなくちゃならなくなるし……。
だいいち、お堀の反対側にいったら、遠すぎて『ダークチョーカー』だと届かないかもしれない。
MPを多めに消費すれば、それもカバーできるだろうけど、いまの状況だとやりたくないなぁ……。
なにか、楽ちんでMP消費も少なくて、見た目にもスマートな手助けの仕方、ないかなぁ……?
妨害チームが暴れるあまり、大きな波紋が小さな波となってあたりに広がっている。
それをぼんやりと見つめていたボクの頭に、電球がパッと閃いた。
……そうだ!
『アレ』があった……!
ボクは思い立つなり、高くジャンプして、
……ザッ……ブーンッ!!
水の中に飛び込んだ。
ボコボコと泡をたてて沈んでいきながら、スキルウインドウを開く。
ずっと手付かずだった『あの』スキルに1ポイントを振った。
水底から上を見上げると、よしずから漏れるようなキラキラした陽光と、なおももがいているアリのようなシルエットが。
「ゲボッ!? も、もう……し、死……!」
「あっ……あれっ!?」
「きゅ……急に……急に、なんともなくなったぞ……!?」
「さっきまで、頭を石のハンマーで殴られてるみたいだったのに、それがなくなった……!」
「た、助かった……! 俺たち、助かったんだ……!」
「や……やった! 生きてる、生きてるよ俺たち……!」
まるで嵐の遭難から生還した漂流者のように、チームごとに抱き合って喜びを分かち合っている。
しかし……真っ先に我に返ったのは、やっぱり雷猿たちだった。
「よし……! あのガキどもを追うぞっ!」
「な、なあ、兄者……本当に大丈夫なのか?」
「もしかしたら、あのガキどもに手出しをしたから、あんなことになったんじゃ……」
「バカを言うな! あのガキどもは神の子だとでもいうのか!? 手出しをしたら、天罰が下るとでも……!」
「い、いや、そこまでは言っていない。でも、あのガキ……アンノウンの姿がいまだに見えないのも、おかしいとは思わないか?」
「フン! どうせおおかた、重りに耐えきれなくなったに違いない! 今頃は我らのすぐ足元にでも沈んでおるころだわ!」
「正解」とボクは心の中でつぶやく。
「お前たち、あんなガキ1匹に、なにをビクビクしておる!? 我らは、雷猿……! 『女神に愛された猿』なんだぞっ……!」
リーダーである兄に鼓舞され、弟たちも意地を取り戻したようだ。
「おおーっ!」と気合のかけ声とともに、太い腕をスクリューのようにグルングルン回して泳ぎだす。
……彼らはあっというまに遠ざかっていく。
伝説の盗賊だけあって、泳ぎの腕前もかなりのもののようだ。
でも、マニーたちに追いつかせるわけにはいかない……!
ボクは足の爪先をトントンと立てて、取ったばかりのスキルを発動することにした。
今はやりの追放モノを書いてみました!
★『駄犬』と呼ばれパーティも職場も追放されたオッサン、『金狼』となって勇者一族に牙を剥く!
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追放されたオッサンが、冒険者として、商売人として、勇者一族を見返す話です!
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