145 白兵合戦、今度こそ決着…!
『……雷猿チーム、全員が競技範囲の外へと出ました。これにより、白兵合戦は決着となります。着順は、1位がアンノウンチーム、2位が雷猿チーム、3位が……』
静まり返った広大なカジノ内に、淡々とした実況お姉さんの言葉が広まっていく。
それは波紋のようになって、観客たちの口を開かせた。
「ら、雷猿が……」
「に、逃げた……?」
「それも、ザコみたいな情けない悲鳴をあげて……」
「押し出されたわけじゃなくて、自分から、競技範囲の外に出るだなんて……!」
「いちばん……白兵合戦でいちばん、格好悪い負け方じゃねぇか……!」
もはや伝説の盗賊を擁護する者はいない。
いや、したくてもできないんだろう。
だって……それがボクの狙いだったから……!
『次のステップ』に入ったボクは、雷猿たちをトコトン痛めつけた。
観客たちの声援がある以上、雷猿たちはどんなにやられても立ち上がり、ボクに向かっていかなくちゃならない。
でも……途中で悟ったはずだ。
ボクには絶対に勝てないって……!
だんだん彼らの攻撃はやぶれかぶれになっていった。
そして最後のほうは、身体はボロボロになって、心にはあきらめムードが漂っていた。
女神の武器で斬ってほしそうだったけど、ボクはそれをしなかった。
そんな綺麗な負け方をさせるつもりはなかったので、早々に武器を捨てたんだ。
ボクが武器で斬りつけなかった場合、決着はみっつほど考えられる。
ひとつめは、気絶して戦闘不能になること。
しかしボクはそれを許さなかった。
雷猿は戦いの最中に何度もノビてたけど、点穴で叩き起こしてやったから。
そしてふたつ目は、雷猿たちが持っている武器でお互いの身体を斬り合って、自殺を計ること。
でも彼らはプライドが高いから、自殺なんてしないだろう。
多分、戦っている最中にウッカリ身体に剣が触れた、とか言って事故に見せかけてリタイヤしていたに違いない。
しかし……それもあらかじめ予想しておいて、できなくしておいた。
戦いが観客に公になる前に、斬って斬って斬りまくって、全身をペイントしてやったんだ……!
その最中、審判はずっと見て見ぬフリをしていたけど、ボクにとっては逆に好都合だった。
なぜならば、全身をペイントしておけば、その上から斬っても塗料がついたかどうかわからないから……!
紫色に染まった雷猿たちを見て、観客たちが斬られまくった後だと気付くかなと思ったんだけど、それは杞憂に終わった。
伝説の盗賊が全身を塗りつぶされるまで斬られていただなんて、観客達は想像もしなかったようだ。
現に、家を爆発させる必殺技を出した後遺症だと誤解していた。
そして、敗北するための最後の方法……それは、戦闘範囲の外に出ること。
しかしその範囲は街の一区画を丸ごとという広範囲なので、ボクの攻撃で吹っ飛ばされた拍子に転がり出る、なんてことはありえない。
だから……雷猿が負けるためには、ひとつしか手段がなかったんだ。
自分の意志で、戦闘範囲の外に逃げる……!
完全なる敵前逃亡をするしかなかったんだ……!
試合放棄をする伝説の盗賊たちを目の当たりにしたら、観客たちはどう思うだろう。
それでもなお、彼らを無敵だと信じるだろうか?
いいや……きっと目が醒めるはず……!
洗脳は解け……『女神に愛された猿』は、『まやかしの女神と共謀している猿』だって、気付くはずなんだ……!
「や……やっぱり……! やっぱり、あのガキは只者じゃなかったんだ……!」
「そ……そうだそうだ! 実は俺も、そうなんじゃないかと思ってたんだ!」
「い、いやっ……! 慌てるな! あれはただの偶然……!」
「偶然!? そんなワケねえだろうが! さんざん見てきただろうが! 雷猿たちがボコられるのを!」
「あっ……あれは……! きっとわざとだ! 盛り上げるために、雷猿たちはわざとやられて……!」
「おい! お前もいい加減目を覚ませって! あれがわざとに見えたか!? 雷猿はみっともねぇ悲鳴をあげながら逃げたんだぞ!? もうボコられたくないからって、自分から外に出たんだぞ!?」
観客席はついに、半数以上がボクの味方……。
いや正確には、半数以上が雷猿の化けの皮に、気づいたみたいだ……!
熱心に雷猿を応援していたサクラも、数人は手のひらを返して雷猿批判を始めている。
よしっ……! この調子だ……!
この調子で、全員の目を覚まさせるんだ……!
そうすれば『森羅三猿チャレンジ』で、優勝できるっ……!
このカジノの盾をもらえるんだ……!
あと少し、あと少しだっ……!
ボクは瓦礫の中でひとり立ち尽くし、嬉しさを噛み締めていると、
「……やったな、アンノウン」
マニーがやってきて、ボクの頭を撫でてくれた。
「アンノウン! 血まみれッスよ!? どっかケガしてるんじゃないんッスか!?」
サルにそう言われて、ボクの身体と拳は、真っ赤に染まっていることに気づいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
控室に戻って着替えたボクは、お風呂に入って血を洗い流した。
ぼんやりとかけ湯をしていると、今更ながらに一抹の不安がよぎる。
……あの時はよくやったと思ったけど……よく考えたら、ちょっとやりすぎちゃったかなぁ……。
外傷だけならともかく、骨とか折っちゃったし……。
3人とも立ち上がることもできなくて、タンカで運ばれてったし……。
今頃は控室にこもって、必死になって治癒魔法をかけていることだろう。
でもこの世界の魔法はどれもおまじないだから、すぐに治るなんてことはない。
完全に治るまでには、何ヶ月という時を必要とするはずだ。
となると……最悪、競技続行不可能と判断されて、雷猿たちは棄権するかもしれない。
その場合、『森羅三猿チャレンジ』はどうなっちゃうんだろう……。
ボクが彼らに、白魔法の『キュア』をかけてあげれば一瞬で全治するけど……。
たぶん控室に近づくことすら許してもらえないだろうなぁ……。
……なんてことをずっと考えていたんだけど、それは杞憂に終わることとなった。
いや、それどころか……とんでもないことに気付かされることになったんだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
総合順位の確認と、次の競技のための『女神の選択』に向けてステージにあがったボクは、信じられないものを目の当たりにしていた。
なんと……!
雷猿たちは身体じゅうを包帯でグルグル巻きにしていたんだけど、ピンピンしていたんだ……!
ステージの上で、復活のバク宙なんかを披露する始末。
これには観客たちも大いに盛り上がった。
「すっ……すっげぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!?!?」
「あんなにボロボロだった雷猿が、復活しやがった……!?」
「ちょっと前まで、足腰立たねぇくらいだったのに……!」
「そうだ……! そうだった……! この人間離れしたタフネスさこそが、雷猿がヒーローであるゆえんなんだ……!」
「もしかして……わざとやられてたってのも、あながち間違いじゃねぇかもしれねぇな!」
「だ、だから言っただろう!? 雷猿は不死身だって! 何度でも蘇るって!」
「いいぞーっ! 雷猿っ! それっ! 雷猿! 雷猿!! 雷猿っ!!」
足元から沸騰する雷猿コールに、ボクはつい歯噛みをしてしまった。
なんだか……不屈の闘志で立ち上がったヒーローみたいな扱いになっちゃってる。
いや、そんなことよりも……どうして彼らはこの短い間に回復できたんだろう?
実は、すごいヒーリング能力があるとか……?
いや、それだったら外傷も治るはずだろうし……。
思考を巡らせはじめたボクは、すぐにハッとなった。
もしかして……別人?
替え玉であることを隠すために、包帯でグルグル巻きにしているのかも……!?
ボクは予想を確かめるために、ステージの最前で手を振り返している雷猿たちに向かって、『クロスレイ』の視線を向けた。
すると……薄布一枚を隔てた向こうにあったのは……猿山のボス猿のような、いかつい雷猿の顔……!
3人ともソックリなのも、相変わらずだった……!
それは驚きの事実だったけど、ボクはさらなる驚異に愕然としてしまった。
外傷まで、キレイに治ってる……!?
曲がった鼻どころか、折れた歯まですっかり元通りになっているだなんて……!?
そして連鎖的に思い出していた。
街中競争での、彼らの異常なまでの身体能力を……!
大通りを一直線に走るボクを、裏道から追い抜くという、驚異的な素早さを……!
そ、そうか……! そうだったのか……!
やっぱり、彼らは只者じゃなかったんだ……!
きっと……ボクと同じ、この世界にはない技能を操る人間なんだ……!
じゃあ彼らは、いったい何者なんだ……!?
その答えは、すぐに明らかになった。
彼らを凝視していたことにより、彼らのステータスウインドウが開いたからだ。
そこにはなんと、『盗賊』ではない、真の職業が書いてあったんだ……!
今はやりの追放モノを書いてみました!
★『駄犬』と呼ばれパーティも職場も追放されたオッサン、『金狼』となって勇者一族に牙を剥く!
https://ncode.syosetu.com/n2902ey/
追放されたオッサンが、冒険者として、商売人として、勇者一族を見返す話です!