143 徹底、開始…!
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★『歩くハーレム…キモいと陰口をたたかれるオッサンでしたが、ちょっと本気を出したらそう呼ばれるようになりました!』
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雷を怖がる子供のように、頭を押さえて蹲る3匹の猿たち。
どの頭も、タンコブだらけでデコボコになっている。
這いつくばる伝説の盗賊たちに、観客たちもショックを隠しきれない。
「ら、雷猿が、揃って膝をつくだなんて……!」
「今まであったか!? こんなこと!?」
「いやっ、は、初めてだ……! しかも、あんなガキにやられるだなんて……!
「完全に、一方的だったぞ!? あの雷猿が、手も足も出ないだなんて……!」
「い、いやっ、そんなはずはねぇ! 雷猿はきっと手加減してるんだ!」
「そ、そうだな! そうに違いねぇ! でなきゃ、説明がつかねぇ!」
「おおいっ! 雷猿っ! 遊びは終わりだっ! 本気でやってくれっ!」
「そうだっ! あのガキに、本物の盗賊ってヤツを、見せてやってくれっ!」
声援を受け、地獄の底から這い上がるように、立ち上がる雷猿たち。
腰にさしていた木刀……『女神の長剣』を引き抜く。
そしてそれを肩に担ぐように構えたあと、あいている片手をパーの形にしてボクに向かって突き出した。
まるで、歌舞伎の見栄を切るかのように。
「待ってました!」とばかりに沸く観客席。
「で、出たあっ! 雷神剣の構え!」
「な、なんだそれ?」
「お前、知らねぇのかよ!? ああやって剣を肩に担いで、敵から見えないようにするんだ!」
「そうそう! そっから振り下ろされる一撃は、誰もかわせねぇ! どっから打ち込まれたのかもわからずに、頭をカチ割られちまうんだ!」
「繰り出される太刀筋が迅雷のごとき速さだから、ついた名前が雷神剣ってワケだ……!」
「俺たちの雷猿が、やっと本気になってくれたようだぜ……!」
ボクは観客たちの説明を聞いてやっと、雷猿たちの変な構えの意味を理解する。
あの今にも畑を耕しそうな構えで、そんなに速い剣が振れるもんなのかなぁ……
まぁ、見た目はどうあれ、要は『居合い』みたいなもんだろう。
敵に刃を見せず、一気に勝負を決めるやり方だ。
でも、そういうことなら……同じ土俵で相手をしてあげたほうがいいかな。
ボクはすぐ近くにある瓦礫の山から、1メートルくらいの長さの木材を拾い上げた。
構えることはせず、腰に携える。
「見ろよ、あのガキ! 剣で雷猿とやりあうつもりだぜ!」
「しかも、今にも折れそうな、細くてしょぼい木切れだぞ! もっと太いヤツを取ればいいのに……あんなんじゃ痛くねぇだろうし、受太刀すらできねぇぞ!」
「それに、取っただけで構えてねぇ……! 腰に下げただけだぞ!?」
「この状況で、なに悠長なことやってんだ!?」
「きっと、剣の使い方ってのを知らねぇんだろうぜ!」
ヤジを背にしながら、ボクは三匹の暴れ猿と対峙する。
彼らはいつもの三角の包囲網で、じり、じり、と距離をせばめてきていた。
ボクは、心の中で苦笑する。
……うーん、それにしても、スキだらけだ……。
どこでも好きな所に打ち込み放題。まるで練習用のカカシみたいだ。
でも、グッと我慢した。
だって『雷神剣』というヤツを、まずはこの目で見てみたかったから。
構えは変だけど、名前からするに、もしかしたらすごい技なのかもしれない。
そう思ってボクは油断せず、全神経を集中した。
より集中するために瞼を閉じ、視界を遮断する。
もし彼らの居合が達人クラスを超えていて、神業クラスだったとしたら、見てからじゃよけられない。
だから、気配を察するんだ。抜刀の前に先んじて漏れる、わずかな殺気を……!
あれほど賑やかだった場内が、水を打ったように静まり返っていた。
勝負は一瞬だと、誰もが理解しているんだ。
おしゃべりなんてしてたら世紀の一瞬を見逃してしまうと、誰もが思っているんだ。
張り詰めた緊張に、あたりの空気まで引き締まる。
ささやくような風にまざって、誰かの、ごくり……! と喉を鳴らす音が聴こえてきた。
この時のボクは、まだ知らなかった。
数秒後、度肝を抜かれることになるだなんて……!
まさか、まさかまさか……!
雷猿たちが、あんなとんでもないことをしてくるだなんて……!
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーい!!!」
ボクはビックリして、目を見開いてしまった。
そして見てしまったんだ……お魚くわえたドロボウ猫を追い回す魚屋のように、向かってくる雷猿たちを……!
……ええっ!? 居合いなのに、斬る前に声を出すのっ!?
それじゃまるで、時代劇のやられ役じゃないか……!
「これで終わりだっ、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーいっ!!!」
……今確かに「これで終わりだ死ね」って言ってた。
そんな長台詞のあと出す居合いなんて、聞いたことないよ……!
「 雷! 神!! 剣ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
そしてまだ終わりじゃなかった! まさかの技名まで!
しかもたっぷり、溜めを作って……!
……あっ、もしかしてこれ、フェイント?
抜刀すると見せかけて、かわした先を斬りつけるとか?
しかし居合いというには非常にゆったりとした木刀が、ボクに向かって振り下ろされているところだった。
ボクは少しがっかりした気持ちで、ひらりと身体を翻す。
……スカッ!
むなしく空を切る雷神剣。
……ざわっ! と木立がざわめくような音とともに、客席が波打つ。
ウェーブのように、一斉に立ち上がる観客たち。
「なっ、なにぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「あ、あの剣を、かわしやがった……!?」
「ら、雷神剣を、見切るだなんて……そんな……!?」
「嘘だろっ!? 後ろからも打ち込んでるんだぞっ!?」
「それも、踊るみてぇにヒラリとかわしやがった!」
「ぐ、偶然だろっ!? そうに違いねぇっ!」
ボクはもういいや、と思って抜刀する。
……ゴス! ガス! ゴツッ!
一瞬三撃。
驚愕のまま固まっていた雷猿たちが、鼻の穴の中に爆竹を突っ込まれ……それが爆ぜたみたいな衝撃とともにのけぞる。
一拍おいて、
……ドッ!
と鼻血が噴出する。
木切れを振りきり、残心のポーズをとるボクの足元に、折り重なるようにして倒れた。
「ぐっ……!? ぐわああああーーーーーっ!?」
「は、鼻が、鼻がぁぁぁぁぁぁーーーっ!」
「折れた!? 折れたぁっ!? いでぇ、いでぇよぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!?」
鼻を押さえたまま、のたうちまわるイタズラ猿たち。
ボクの回避の話題で持ちきりだった客席は、新たな燃料にさらに激しく沸き立つ。
「えっ……ええええええええええええええええええええええええええええっ!?!?!?」
「なっ……なんだっ!?」
「な、なにが、起こったんだ……!?」
「あのガキ、いつのまにあの木切れを抜いてたんだ!?」
「いや、ぜんぜん見えなかった! 気がついたら振り終えてて……雷猿たちの鼻が、ひん曲がってたんだ!」
「ま、まさかあのガキがやったのか!?」
「そんなわけねえだろっ! 3人分の鼻を一瞬でへし折るだなんて、人間技じゃねぇよっ!」
「ら……雷猿っ! ま、負けるなっ! 立てっ! 立ってくれぇ!」
「そ、そうだっ! この競技は女神の武器で斬られない限り、負けはねぇんだっ! 立てっ! 立つんだぁ!」
「雷猿! 雷猿! 雷猿! 雷猿っ! らいぇぇぇぇぇぇぇーーーーーんっ!!」
雷猿コールに突き上げられるようにして立ち上がる、血まみれの猿たち。
「うっ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
今度は素手で向かってきたので、ボクは木切れを放り捨てる。
……ドスッ! ドスッ! ドスッ!
大振りのパンチをかいくぐり、カウンターのボディーブローを叩き込んだ。
「ぐっ……!? ぐえええええっ!?」
怪鳥のような呻きと胃液を撒き散らし、再び崩れ落ちる。
こんな調子で、今回は徹底的にやるつもりだったけど……実はひとつだけ自制していることがあるんだ。
それは、ダウン攻撃。倒れて無防備になっているところには攻撃しないということ。
だってそれをやっちゃうと、完全にイジメになっちゃうから……。
と、決めてたんだけど、
「ぐおおおっ! あ、兄者! ワシが押さえているうちに、早くっ!」
足元で苦しんでいた雷猿のひとりが、ボクの足首を掴んできたので、
……ガスッ……!
その時だけは容赦なく、顔面にサッカーボールキックを叩き込んでやった。