141 居合い烈蹴斬
「うがああっ! うおおおっ! ぎゃあああーーーっ!!」
「ぐわっ! ぐわっ! どぐわぁぁぁぁぁーっ!!」
「おぎゃあ! うぎゃあっ! せぎゃぁぁぁぁぁぁーーーっ!」
血が沸騰したように全身を真っ赤っ赤にし、気が触れたような雄叫びとともに剣をぶん回す雷猿たち。
3人ともボクを狙っているはずなのに、いまだカスりもしていない。
打ち据えるのはまわりの家々や地面。
たまに振り抜いた拍子に、兄弟の頭をパカンと叩いていたけど、謝ることも責めることもしていない。
頭に血が昇りすぎていて、ボク以外は目に入っていないようだ。
ムサシの『剣道三倍段』の理論からすると、ボクは彼らの3倍……いや3人いるから9倍の段位を持っていないと、勝負にならない。
だけどどうやら、ボクはそれを持ち合わせていたようだ。
彼らの剣はパンチと同じく大振りなので、すごくかわしやすい。
いわゆる『テレフォンパンチ』というやつだ。
振り下ろす前から「今からここに攻撃しますよ~」と電話で教えてくれているほどの、ゆったりとした予備動作。
しかもフェイントとかじゃなくて、必ずそこに振り下ろしてくれるので、単純に同じ場所にいなければいいだけの話。
……シャッ! シャッ! シャッ!
ボクは熟練のペンキ職人のように、彼らを紫色に塗りつぶしていく。
もう徹底的にやると決めたので、ひとりを前蹴りで遠くに吹っ飛ばし、もうひとりを壁に投げ飛ばして叩きつけて、しばらく戦闘不能にする。
残ったひとりのまわりをグルグル回って、彫刻にスプレー塗装でもするみたいに、前面どころか背中までもを念入りに塗装。
それを3人分繰り返したんだけど、一向に旗はあがらない。
審判たちは「あわわわわ……」と心配そうに覗き込むばかり。
もう何回、彼らの主人の命を奪っただろうか。
伝説の盗賊と呼ばれた彼らは、今では見る影もなく……血まみれになったみたいに全身紫。
これじゃ『女神に愛された猿』というより『ぶどうに生まれ変わった猿』だ。
……たぶんボクが斬られるまで、この茶番は続くんだろう。
ちょっとでも雷猿の剣がカスったら、審判たちはすぐさまボクの敗北を喧伝するんだろう。
でも……それで本当にいいんだね?
ここで止めに入らないということは、ボクは次のステップに行くよ?
そうなったらもう、見て見ぬフリはできないよ?
いや、正確には……見ることすらできなくなるんだ……!
ボクはついに、心の中にあるスイッチを……さらに深く倒した。
『徹底的スイッチ』が、二段階目に入る……!
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」
原始人のように木刀を振り上げて向かってくるヤツらを、ボクはダッシュジャンプで迎え撃つ。
……バッ……!
砂塵とともに跳ね、フィギュアスケートのアクセルのように、身体を空中回転させる。
独楽のように軸足はピンと伸ばしたまま、片足を折り曲げ、ためを作る。
……コレを使うのも、久しぶりだっ……!
「 烈 蹴 斬 ッッッ……!!」
シュパァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーンッ!!
繰り広げられた風圧が、迫りくる者たちの勢いを殺し、押し返す。
グンッ、とノックバックする獣たち。
その眼前を、抜き身の刃のような脚線が通り過ぎ、真空の刃をつくりだしていく。
空を切り裂き、全方位を一閃。
しかし、何の変化ももたらさない。この瞬間はまだ。
軸足で着地し、靴のソールを効かせて地面を抉りつつ止まる。
蹴り足を再び折り曲げ、空手の残心のようなポーズを決めた瞬間、
……ドンッ……!! グワッシャァァァァァァァァァァァァァァーーーーーンッ!!!
時限爆弾が炸裂したように、あたりが粉々に爆散する。
木片が花の嵐となって、渦を巻いて散り去っていく。
櫓を支えていた柱が斜めにずれ、鋭い切り口を残したまま、今まさに切り倒される大樹のように斜めに傾いた。
倒壊に巻き込まれる男たちの悲鳴が、あちこちで飛び交う。
そしてついに、白日の元に晒された、忘我に開眼する紫の猿たち。
あれほど振り回していた木刀は、持ち手を残して塵となっていた。
開けた視界の遥か向こうで居並ぶ、驚愕に開口する大人たち。
誰もが口につっかえ棒を突っ込まれたかのように、限界までアゴを開いている。
「……いっ、いいっ!? 家が爆発したっ!?」
「ああっ、見ろっ! 雷猿とガキがいるっ!」
「いったい、何が起こったってんだ!?」
「そうか! これはカジノ側が用意した演出だ! 因縁の対決がよく見えるように、家ごと吹っ飛ばしたんだ!」
「なるほどぉ! たしかによく見えるようになったぜ! いままでも邪魔な障害物を取り除くことはあったが……家ごと吹っ飛ばすなんてのは初めてだぜ!」
「くぅ~っ! カジノも味なことやってくれるじゃねぇか! こりゃ盛り上がるぜぇ!」
「しかし、なにをやったらあそこまで破壊できるんだ? まわりの家をあんなに粉々にしちまうだなんて……しかも、審判のやつらまで巻き込んじまうだなんて……」
ボクは心の中で、観客の疑問に答える。
これは、必殺技の『烈蹴斬』に、五輪書の『居合い』を加えたもの……!
『烈蹴斬』はモンスターの首を跳ね飛ばすほどの鋭い蹴りだから、居合いの極意が応用できると思ったんだ……!
これぞ、『居合い烈蹴斬』……!
複数のスキルを扱うボクだからこそできる、オリジナルの必殺技なんだ……!
こうして家や見張り台を破壊してやれば、もはやインチキは通用しない……!
見えないことをいいことに、やりたい放題だった茶番はこれで終わりだ……!
もっと手っ取り早い方法として、雷猿たちの首を跳ね飛ばすことも、やろうと思えば簡単にできた。
でも、あえてやらなかった。彼らを殺すつもりはなかったしね。
それよりも……みんなが見ている前で、ボコボコにしたかったんだ……!
突然の大爆発にスタッフは大騒ぎしていたけど、観客席はどこも大盛り上がり。
「いいぞーっ! 白兵合戦はいつもほとんど見えなくてつまんなかったが、今回は楽しめそうだぜーっ!」
「雷猿が勝つのはわかりきってることだけど、こうして見れるってのはサイコーだぜ!」
「でもよ、なんであのガキは何ともなってないのに、雷猿たちは身体じゅうが紫色になってんだ?」
「そんなの知るかよっ! でももしかすると、雷猿の新しい必殺技かもしれねぇぜ!」
「あっ! なるほどぉーっ、そうかぁ! ってことはさっきの爆発はカジノ側じゃなくて、雷猿たちがやったってことかぁーっ!」
「ああ、間違いなくそうだろうな! カジノ側が仕掛けたんだったら、身内の審判を巻き込むようなことはしねぇ! 雷猿だったらあのくらいのことはやってのけるだろうし、それに、いけすかない審判どもを巻き込むくらいのことはするだろうぜ!
「おおおーっ! いいぞ雷猿っ! その新しい必殺技で、ガキを吹っ飛ばしちまえーーーっ!!」
「すげえすげえすげえっ! あんな大爆発、魔法を使ったって無理だっ! さすがは俺たちの雷猿だぜっ!」
「アンタ最高だっ! 最強だっ! 俺たちはどこまでもついていくぜっ! せぇーのっ! 雷猿! 雷猿! 雷猿! 雷猿っ!!」
「雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!!」
いつも以上に盛大なコールを受け、雷猿たちはハッと我に返る。
迷子のように、見通しのよくなった裏路地をグルグルと見回していた。
最初は3人とも信じられない様子だったけど、やがて観客に動揺を悟られないように押し隠し、さもこれが自分たちが放った必殺技であるかのように、手を振り返しはじめた。
……そしてゆっくりと、ボクに向き直る。
さらに強力な女神の贈り物である、槍を構えて……!
『剣道三倍段』が……18倍になった瞬間だった……!