表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/152

141 居合い烈蹴斬

「うがああっ! うおおおっ! ぎゃあああーーーっ!!」



「ぐわっ! ぐわっ! どぐわぁぁぁぁぁーっ!!」



「おぎゃあ! うぎゃあっ! せぎゃぁぁぁぁぁぁーーーっ!」



 血が沸騰したように全身を真っ赤っ赤にし、気が触れたような雄叫びとともに剣をぶん回す雷猿たち。


 3人ともボクを狙っているはずなのに、いまだカスりもしていない。

 打ち据えるのはまわりの家々や地面。


 たまに振り抜いた拍子に、兄弟の頭をパカンと叩いていたけど、謝ることも責めることもしていない。

 頭に血が昇りすぎていて、ボク以外は目に入っていないようだ。


 ムサシの『剣道三倍段』の理論からすると、ボクは彼らの3倍……いや3人いるから9倍の段位を持っていないと、勝負にならない。


 だけどどうやら、ボクはそれを持ち合わせていたようだ。

 彼らの剣はパンチと同じく大振りなので、すごくかわしやすい。


 いわゆる『テレフォンパンチ』というやつだ。

 振り下ろす前から「今からここに攻撃しますよ~」と電話で教えてくれているほどの、ゆったりとした予備動作。


 しかもフェイントとかじゃなくて、必ずそこに振り下ろしてくれるので、単純に同じ場所にいなければいいだけの話。



 ……シャッ! シャッ! シャッ!



 ボクは熟練のペンキ職人のように、彼らを紫色に塗りつぶしていく。


 もう徹底的にやると決めたので、ひとりを前蹴りで遠くに吹っ飛ばし、もうひとりを壁に投げ飛ばして叩きつけて、しばらく戦闘不能にする。


 残ったひとりのまわりをグルグル回って、彫刻にスプレー塗装でもするみたいに、前面どころか背中までもを念入りに塗装。


 それを3人分繰り返したんだけど、一向に旗はあがらない。

 審判たちは「あわわわわ……」と心配そうに覗き込むばかり。


 もう何回、彼らの主人の命を奪っただろうか。


 伝説の盗賊と呼ばれた彼らは、今では見る影もなく……血まみれになったみたいに全身紫。

 これじゃ『女神に愛された猿』というより『ぶどうに生まれ変わった猿』だ。


 ……たぶんボクが斬られるまで、この茶番は続くんだろう。

 ちょっとでも雷猿の剣がカスったら、審判たちはすぐさまボクの敗北を喧伝するんだろう。


 でも……それで本当にいいんだね?

 ここで止めに入らないということは、ボクは次のステップに行くよ?


 そうなったらもう、見て見ぬフリはできないよ?

 いや、正確には……見ることすらできなくなるんだ……!


 ボクはついに、心の中にあるスイッチを……さらに深く倒した。

 『徹底的スイッチ』が、二段階目に入る……!



「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」



 原始人のように木刀を振り上げて向かってくるヤツらを、ボクはダッシュジャンプで迎え撃つ。



 ……バッ……!



 砂塵とともに跳ね、フィギュアスケートのアクセルのように、身体を空中回転させる。

 独楽(コマ)のように軸足はピンと伸ばしたまま、片足を折り曲げ、ためを作る。


 ……コレを使うのも、久しぶりだっ……!



「 (レッ) (シュウ) (ザン) ッッッ……!!」



 シュパァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーンッ!!



 繰り広げられた風圧が、迫りくる者たちの勢いを殺し、押し返す。

 グンッ、とノックバックする獣たち。


 その眼前を、抜き身の刃のような脚線が通り過ぎ、真空の刃をつくりだしていく。


 空を切り裂き、全方位を一閃。

 しかし、何の変化ももたらさない。この瞬間はまだ。


 軸足で着地し、靴のソールを効かせて地面を抉りつつ止まる。

 蹴り足を再び折り曲げ、空手の残心のようなポーズを決めた瞬間、



 ……ドンッ……!! グワッシャァァァァァァァァァァァァァァーーーーーンッ!!!



 時限爆弾が炸裂したように、あたりが粉々に爆散する。

 木片が花の嵐となって、渦を巻いて散り去っていく。


 櫓を支えていた柱が斜めにずれ、鋭い切り口を残したまま、今まさに切り倒される大樹のように斜めに傾いた。

 倒壊に巻き込まれる男たちの悲鳴が、あちこちで飛び交う。


 そしてついに、白日の元に晒された、忘我に開眼する紫の猿たち。

 あれほど振り回していた木刀は、持ち手を残して塵となっていた。


 開けた視界の遥か向こうで居並ぶ、驚愕に開口する大人たち。

 誰もが口につっかえ棒を突っ込まれたかのように、限界までアゴを開いている。



「……いっ、いいっ!? 家が爆発したっ!?」



「ああっ、見ろっ! 雷猿とガキがいるっ!」



「いったい、何が起こったってんだ!?」



「そうか! これはカジノ側が用意した演出だ! 因縁の対決がよく見えるように、家ごと吹っ飛ばしたんだ!」



「なるほどぉ! たしかによく見えるようになったぜ! いままでも邪魔な障害物を取り除くことはあったが……家ごと吹っ飛ばすなんてのは初めてだぜ!」



「くぅ~っ! カジノも味なことやってくれるじゃねぇか! こりゃ盛り上がるぜぇ!」



「しかし、なにをやったらあそこまで破壊できるんだ? まわりの家をあんなに粉々にしちまうだなんて……しかも、審判のやつらまで巻き込んじまうだなんて……」



 ボクは心の中で、観客の疑問に答える。


 これは、必殺技の『烈蹴斬』に、五輪書の『居合い』を加えたもの……!

 『烈蹴斬』はモンスターの首を跳ね飛ばすほどの鋭い蹴りだから、居合いの極意が応用できると思ったんだ……!


 これぞ、『居合い烈蹴斬』……!

 複数のスキルを扱うボクだからこそできる、オリジナルの必殺技なんだ……!


 こうして家や見張り台を破壊してやれば、もはやインチキは通用しない……!

 見えないことをいいことに、やりたい放題だった茶番はこれで終わりだ……!


 もっと手っ取り早い方法として、雷猿たちの首を跳ね飛ばすことも、やろうと思えば簡単にできた。

 でも、あえてやらなかった。彼らを殺すつもりはなかったしね。


 それよりも……みんなが見ている前で、ボコボコにしたかったんだ……!


 突然の大爆発にスタッフは大騒ぎしていたけど、観客席はどこも大盛り上がり。



「いいぞーっ! 白兵合戦はいつもほとんど見えなくてつまんなかったが、今回は楽しめそうだぜーっ!」



「雷猿が勝つのはわかりきってることだけど、こうして見れるってのはサイコーだぜ!」



「でもよ、なんであのガキは何ともなってないのに、雷猿たちは身体じゅうが紫色になってんだ?」



「そんなの知るかよっ! でももしかすると、雷猿の新しい必殺技かもしれねぇぜ!」



「あっ! なるほどぉーっ、そうかぁ! ってことはさっきの爆発はカジノ側じゃなくて、雷猿たちがやったってことかぁーっ!」



「ああ、間違いなくそうだろうな! カジノ側が仕掛けたんだったら、身内の審判を巻き込むようなことはしねぇ! 雷猿だったらあのくらいのことはやってのけるだろうし、それに、いけすかない審判どもを巻き込むくらいのことはするだろうぜ!



「おおおーっ! いいぞ雷猿っ! その新しい必殺技で、ガキを吹っ飛ばしちまえーーーっ!!」



「すげえすげえすげえっ! あんな大爆発、魔法を使ったって無理だっ! さすがは俺たちの雷猿だぜっ!」



「アンタ最高だっ! 最強だっ! 俺たちはどこまでもついていくぜっ! せぇーのっ! 雷猿! 雷猿! 雷猿! 雷猿っ!!」



「雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!! 雷猿!!!」



 いつも以上に盛大なコールを受け、雷猿たちはハッと我に返る。

 迷子のように、見通しのよくなった裏路地をグルグルと見回していた。


 最初は3人とも信じられない様子だったけど、やがて観客に動揺を悟られないように押し隠し、さもこれが自分たちが放った必殺技であるかのように、手を振り返しはじめた。


 ……そしてゆっくりと、ボクに向き直る。

 さらに強力な女神の贈り物である、槍を構えて……!


 『剣道三倍段』が……18倍になった瞬間だった……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★新作小説
『駄犬』と呼ばれパーティも職場も追放されたオッサン、『金狼』となって勇者一族に牙を剥く!!
追放されたオッサンが、冒険者として、商売人として、勇者一族を見返す話です!


★クリックして、この小説を応援していただけると助かります!
小説家になろう 勝手にランキング
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=369162275&s script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ