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140 亀との戦い

 陰日向を、みっつの四角い箱が、じり、じりと移動する。

 ちょっと見ただけではわからないほどのさりげなさ。


 『クロスレイ』のスキルを使っていなければ、見落としていたかもしれない。

 ボクは思った。


 ……木箱を被るのって、アリなんだ……!


 それで気がついた。

 木箱はまわりにたくさんあるんだけど、底が抜けて中に入れるようになっているのは、雷猿が被っているみっつだけということに。


 なるほど、雷猿は入れる木箱を事前に知っていて……いやむしろ、スタートの時からすでに入っていて、ああやってコソコソしながら不意打ちを狙うやり方なんだろう。


 ボクは壁と同化したまま、彼らに近づいてみる。

 すると、箱からひそひそ話が漏れ聞こえてきた。



「……悲鳴があったな」



「きっと、あのガキがまた何かやったのだろうな」



「そして、残るは我々だけとなった……だが、この競技では遅れはとらぬ」



「うむ、この木亀(もくがめ)の陣を破ったものは、いまだかつておらぬ……あのガキも同じように屠ってくれようぞ……」



 ……会話はなんだかカッコイイけど、窮屈そうな木箱に潜り込んでコソコソしている姿は実にカッコ悪かった。



「ところで、あのガキはどこにいるのだ?」



「それがわからぬのだ。見張りの者からの連絡が、先程からゼロになってしまった」



「ゼロ……? 見失ったということか?」



「どうやらそのようだ。最初は位置が来ていたのだが、途中でゼロになった」



「そんなはずはない……! (やぐら)は死角がないように配置しているのだぞ、見失うなどありえんだろうが!」



「声がでかい、兄者」



「し、しまった、俺としたことが……。でも、見失うとは……」



「でも、本当にそのようなのだ。ハンドサインがずっとゼロで来ておる」



 ……ハンドサイン?

 ボクは首だけを真上に傾けた。


 すると……軒下の向こうに見える、見張り台の上のスタッフが……あたりをキョロキョロと見回したあと、真下にいる雷猿たちに向かって、指でサインのようなものを送っていたんだ……!


 右手も左手も、人差し指と親指で輪っかを作っている。


 ゼロ、ゼロ……!


 超感覚スキルの『瞬間分析モーメント・アナライズ』のおかげで、ボクは瞬時に意味を理解した。


 あれは、座標だ……!

 この競技場をマス目に区切って、縦と横の座標を送っているんだ……!


 たとえばボクが縦4マス、横3マスの場所にいる場合は、左手の指を4本立て、右手の指を3本立てる……!

 そしてどこでもない場合は、ゼロ……!


 ……ボクはさらに連想する。

 ボクが初めて『木遁』を使って姿を消したとき、見張り台のお兄さんが大げさなまでに驚いていた理由を……!


 そうか……そうだったのか……!

 見張り台は審判がいるものだと思ってたけど、雷猿にとってはボクのいる位置を知るための、レーダーの役割でもあるのか……!


 ボクは身体の芯が、カッと熱くなるのを感じていた。


 ……どこまでも汚いヤツらなんだ……!

 こうなったらもう、遠慮はいらない……! 一気にやってやるっ!


 雷猿たちはちょうど、この裏路地にしては広めの十字路に出ようとしていた。

 暴れるのにちょうど良さそうだったので、ボクは壁を蹴って飛び出した。


 「あっ、いたっ!?」という空からの声を聞きながら、さらに大地を蹴って跳躍する。

 走り幅跳びの選手みたいに、空中を走りながら手をバッとかざすと、



 ……スポォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!



 シャンパンの栓が抜けるように、みっつの木箱が舞い上がった。

 炭酸の泡のようなざわめきが、周囲で弾ける。



「ああっ!? なんだアレっ!?」



「木箱だ! 空っぽの木箱だ!」



「なんであんなモンが飛び上がったんだ!?」



「わからん! あの下で何か起こってるのか!?」



 ボクの『テレキネシス』のスキルによって打ち上げられた木箱は、遠くでガランガランと音をたてていた。


 その中に隠れていた雷猿は、甲羅を失ったのに気づかない亀のようにじっと蹲ったまま。

 しかし、まわりが明るくなったのを不自然に思ったのか、ようやく顔をあげた。


 そして、見下ろしているボクに気づいた瞬間、



「……うっ……うわあっ!?」



「ガッ……ガキだっ!?」



「どっ、どうしてここにっ!?」



 3人ともひっくり返されたスッポンみたいになって、じたばたもがきはじめる。


 ボクは熟練の板前のような包丁さばきで、その首を切り落とした。



 ……シャッ!



 スッポンたちの喉仏に、紫色の線が走る。

 一本じゃ気が済まなかったので、顔めがけて二本、三本とつけ加えた。


 彼らは羽子板で惨敗したような顔になったけど、何も起こらない。

 ボクはすぐ真上にある櫓を見上げてみたんだけど……審判は見て見ぬフリをしていた。


 ……そういうことか。

 観客席から見えない以上、いくら雷猿がやられても旗をあげないようにと命令されているんだ。


 まったく……! どこまで卑怯であれば気が済むんだ……!


 ボクはさらにカッカしそうになったけど、あまりにもひどいやり方だったので、むしろ気持ちは冷めていった。


 ……ま……いっか。

 これは、「徹底的にやっていい」っていう、審判からのお墨付きだと思えばいいんだから……!


 気を取り直している間に、雷猿たちは立ち上がっていた。



「この……ガキィィィィ……!」



「ナメやがってぇぇぇぇ……!」



「許さねぇぞ、この野郎っ……!」



 いくら凄んでみても、落書きされた顔じゃぜんぜん迫力がない。



「……許さなかったら、どうするのさ?」



 ボクはちびた短剣を手で弄びながら尋ねた。



「こうするんだよっ!」



 即答とともに飛んでくる、みっつの大きなゲンコツ。

 せっかく女神さまからもらったボーナス武器があるってのに、素手だなんて……。


 パンチはみっつ同時……!

 そう見えるけど、ボクからすればちゃんと差があるし、どれも亀のようにノロい……!


 そしてボクには、『xカウンター』のスキルがあるっ……!

 かけてあるスキルポイントは3ポイント、そう、パンチの数と同じ……!


 これは『トリプルクロスカウンター』までもを可能にすることを意味するっ……!



 ……ドスドスドスッ……!



 ボクは旋風(かぜ)のようにパンチをかいくぐり、同時におかえしのボディーブローを稲妻のような速さで叩き込んでいた。

 受けた側からすると、ボクが3発の反撃を同時に繰り出したように見えているだろう。


 一応ちゃんと「パンチが早く届いた順」にお返しをしたつもりなんだけど……。


 でも、やっぱり彼らには伝わっていなかったようだ。

 飛び出させんばかりに目を剥いているのが、なによりの証拠。


 空振りした拳を宙に突き出したまま、えずくような呻き声を絞り出す猿たち。



「ぐ……うううっ!?」



「ぱ、パンチが……!?」



「み、見えなかった……!?」



 そして、揃って膝を折る。



「「「な、なんだ、このガキっ……!?」」」



 やられ様まで息ピッタリだ。さすが三つ子だけある。


 いつもだったらここで終わりにするんだけど、審判からのストップがないってことは、もっとやっていいってことだよね。


 ボクは挑発するように、刃こぼれした短剣を使って猿額(さるびたい)にラクガキをする。


 『負け』『負け』『負け』……。

 どっからどうみても負け組のできあがり。


 彼らは顔を見合わせあっている。

 少しの間の後、自分の額になにが書かれているのか悟ったようだ。



「……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」



 獣のような咆哮とともに立ち上がり、再び襲いかかってくる負け組たち。

 今度は素手じゃなく、ちゃんと剣を持って。



「猿だけあって、少しは進化したんだね」



 ボクは突きや振り払いをかわしながら、さらにからかった。

 すると彼らは本当のお猿になったみたいに顔を真っ赤にして、



「うがっ! うがっ! うがぁぁあぁぁぁーーーっ!!」



 もはや言語も忘れ、メチャクチャに剣を振り回し始めた。

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