138 徹底抗戦
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★『歩くハーレム…キモいと陰口をたたかれるオッサンでしたが、ちょっと本気を出したらそう呼ばれるようになりました!』
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『……先程の白兵合戦は、協議の結果やり直しとなりました。再度の競技に際し、オッズの変更はありません……』
花の香りのように漂ってくるお姉さんのアナウンスを聴きながら、ボクは路地裏の片隅にいた。
結局、『白兵合戦』もやり直しになっちゃったんだけど、ボクにとっては予想済みのことだったので、さしたるショックもなかった。
そんなことよりも……控室でマニーの教えてくれた作戦が、ボクにとっては何よりも力になったんだ。
サクラをなんとかして、観客たちの目を覚まさせる方法……それは、
「……アンノウン、お前がしていたことを、ひたすら続けることだ……!」
マニーの声が、ボクの頭の中で響いた。
「ボクがしていたことを、続ける?」
「そうだ。お前はその常人離れした技能で、どの競技も圧倒的な大差をつけて勝利している。今後の競技でもそれを続けて、皆の心を掴むんだ」
「それは、ボクもそうしてるつもりなんだけど……サクラがいるんじゃ、いくらやっても無駄なんじゃ……?」
「……お前は、あるサクラの心を大きく動かしたじゃないか」
「えっ? ボクがサクラの心を動かした……?」
「そう。すでに取って代わられてしまったが、この『森羅三猿チャレンジ』において、最も影響力の大きかったサクラを味方につけたじゃないか……!」
『……オッズの変更はありませんが、競技に使用する街の範囲とスタート地点、そしてルールが変更となります。まず、競技範囲は……』
マニーとお姉さんの声が入れ替わるようにして、ボクの脳裏に染み込んでくる。
……そう、この競技において、最も影響力のあるサクラ……!
それは、実況のお姉さん……!
『投石合戦』のやり直しで、ボクが絶望的な状況をあっさりひっくり返した途端、実況のお姉さんがショックのあまりボクを応援しだしたんだ。
お姉さんは、頭をかきむしりながら叫んでいた。
「あの子のすることに驚いちゃダメだって言われてるのに……!」って。
あの一言は、自分がサクラであることを白状しているようなものだ。
彼女はけっきょく、カジノのスタッフによって強制降板させられちゃったけど……ボクの洗脳解除のやり方は間違っていなかったんだ……!
圧倒的な力を見せつけてやれば、たとえサクラであっても味方をしてくれる……!
そのことを、マニーはボクに教えてくれたんだ……!
ボクはちょっと不安になってたけど、マニーのおかげで目が覚めた。
しかも、マニーはボクの肩を掴んで、こうも言ってくれたんだ。
「徹底的にやるんだ。アンノウン……! やり直すのがバカバカしくなるくらい、サクラが異議を挟む余地もなくなるくらい、完膚なきまでに雷猿を叩きのめしてやるんだ……!」
ボクは、彼女のアドバイスに従うことにした。
この再度の『白兵合戦』で、頭に石をぶつけて気絶させる以上のことをやって、雷猿たちをやっつけてやるんだ……!
となると、変更されたルール内容が気になってくるんだけど……やり直しに際し、以下の2点が変更になった。
使う競技場は街全体ではなく、街の裏路地の一区画。
その裏路地は大きな通りに囲まれてるんだけど、そこに出てしまったらリングアウトとみなされ、失格となる。
また、塀を乗り越えるのはOKだけど、屋根の上にはあがってはいけない。
……ようは、この『白兵合戦』で期待される戦い方……物陰に隠れ、背後から忍び寄って奇襲するというのをやらせたいんだろう。
そしてその戦い方であれば、雷猿はボクに勝てると思っているんだろう。
自分たちが勝てるようにルール変更する……それがヤツらのやり方なんだ。
でも……どんなことをしたって、ボクには絶対に勝てないってことを、思い知らせてやるぞっ……!
ボクは改めて決意を固めながら、チビた刃先の木剣を握りしめる。
『それでは白兵合戦、スタートです』
そして、音もなく走り出した。
路地はどこも、大人がやっとすれ違えるくらい狭かったから、『セフェノミア』は使わない。
かわりに『忍術』の『音無し』のスキルを全開にする。
これは忍者にとっての基本中の基本である、音をたてない行動が可能になるんだ。
地を蹴る音も、衣擦れの音も、息遣いすらも消えうせたボクの身体。
聴力を鋭敏にする『ドルフィン』のスキルがなければ、音で察知するのは不可能なほどの静音化。
並の人間では、いくら耳を澄ましたところで、絶対に捉えることはできない……!
さらに『クロスレイ』のスキルも併用。
これで壁を透視すれば、曲がり角で待ち伏せているヤツや、木箱の陰で息を潜めているヤツも、手にとるようにわかる……!
ちょうど塀の向こうに、3人ひと組となった盗賊ギルドのヤツらを発見した。
全方位を用心深く見回し、這うような姿勢の低さで、物陰を選ぶように素早く移動している。
ボクは台所をチョロチョロしているネズミを冷蔵庫から見下ろす、ネコのような気分になっていた。
当人たちはこれなら見つからない、これなら奇襲を受けないと思っているようだけど……こっちからは丸見え……!
いつでも飛びかかって食べてください、って言ってるようなものなのに……!
ボクは背面飛びで塀の屋根を転がり、上空から襲いかかる。
降りざまにまとめて三人分、首を掻っ切った。
……ヒュッ! シャッ!
無音で着地しながら、ボクは「しまった」と反省する。
ああ、風切り音がしちゃった……まだまだ修行が足りないな……。
目の前には、首筋に走った違和感を、手で押さえている大人たち。
ふと、ひとりが気づいた。
「……あっ、おい!? お前、斬られてるぞ!?」
「えっ? 何だって? ああっ!? そういうお前こそ!」
「ええっ!? もしかして全員、やられちまったのか!?」
「ばかな!? 誰もいないはずなのに……いたぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?」
ボクが傍らにいることにようやく気づき、揃って腰を抜かしている。
いつまで経ってもアナウンスがないので、櫓のほうを見上げてみると……旗をあげるはずの審判スタッフと、バッチリ目が合った。
ボクより少し年上そうなお兄さんは、なにが起こったのかわからない様子で、目をまん丸にしている。
「……あの、勝負ついたんだけど……」
とボクが促してようやく、ハッと我に返って旗をあげてくれた。
それに気づいたのか、実況のお姉さんが『あっ』と声をあげる。
『いま、旗があがりました。盗賊ギルドがアンノウンチームを倒したようです』
ボクが「ええっ!?」と抗議の声をあげると、お兄さんはわたわたと旗を持ち替えていた。
『あ、間違いだったようです。アンノウンチームが盗賊ギルドを倒したようです』
……ちなみに旗は2種類あげるんだ。
左手が倒したチームの旗で、右手が倒されたチームの旗。
審判のお兄さんは慌てるあまり、持つ旗の左右を間違っちゃったようだ。
観客席はドォッ! と湧いていたんだけど、誤審とわかるとすぐに消沈した。
「……なんだよなんだよぉ! ぬか喜びさせやがってぇ!」
「やっとあのガキがやられたのかと思ったのによぉ!」
「でも、あのガキがあっさりやられちゃつまらねぇよなぁ!」
「そうそう! やっぱり雷猿にやってもらわねぇと!」
「おおーいっ! たのむぞ雷猿―っ! あのクソガキをボッコボコにしてやってくれーっ!」
……今回、ボクは最初に盗賊ギルドをやった。
次は、エクスプローラーズをやるつもりだ。
いつも最初に狙っている雷猿を、今回は最後に残すことにした。
なぜならば、もちろん……ヤツらをボッコボコにするため……!