125 驚異の雷猿
関連小説の紹介 ※本作の最後に、小説へのリンクがあります。
★『…マジで消すよ? 俺の愧術がチートすぎて、クラスのヤツらを一方的に縛ったり消したりします!』
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女の子を緊縛して奴隷にする、嫌なヤツを消す、お金を出す…これ全て、異世界最強の、愧術…!
★『ゲーマーおっさん、ゴーレムに引きこもる…でもソレ、実はスーパーロボットですよ!?』
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引きこもれば引きこもるほど、チヤホヤされる…チートゴーレムのお話!
ボクはあんまり背が高くない。というか、低いほうだ。
クラスで整列するときは、いちばん前がサルで、次がボク。
だから、男子では2番目にチビということになる。
ちなみに女子も含めると、いちばん前はウサギになる。
だから、クラスでは3番目にチビということになる。
……下から数えて3番め……ボクの成績に比べたらいいほうだけど、だからといって、いいことなんてなかった。
レツに筆箱なんかを取り上げられ、高い高いとやられるだけで、もう大人と子供みたいな有様だった。
「返してよ!」と必死になって手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねるボクを、みんなは腹を抱えて見ているんだ。
……ボクにとっては、いいことなんてなかった。
女の子のマニーに頭をポンポンされるくらいだし、キャルルに至っては、抱き寄せられると胸に顔が埋まってしまうんだ。
……いや、成人してからは……いいこともなくもなかったか。
整列したとき、ボクの前にはいつもサルがいた。
彼はいつも猫背だったんだけど、この時ばかりは腰に手を当てて背筋をしゃんと伸ばし、どうだと言わんばかりに胸を張っていたんだ。
その表情は「背の高さがクラスで最下位」、というより「背の低さがクラスでいちばん」、みたいに実に誇らしげだった。
今なら、少しはわかる気がする。
この小回りのきく身体のありがたさが。
わずかな隙間に潜り込み、アーチのように股下をくぐれる、この身体が……!
大人たちを翻弄し、呆然とさせ、慌てさせる、この身体が……!
この身体があれば、ボクはどこへだって行ける……!
そんな気がした。
『チームアンノウンのリーダー、速い速い速いっ! 南大橋を突破し、衛兵の数は増しているのですが、ものともしませんっ! まるで流れるような勢いで大通りを邁進しています!』
ボクが川の流れとなれたのには、理由があった。
相手がいくら数で有利であっても、ボクを捕まえるのは初めてだということ。
でもボクのほうは、そんな初めての相手をすでに何百という数、いなしてきた。
それはわずか数分の間だったけど、もはや埋めようのない経験の差となってしまったのだ。
なりたての衛兵と、伝説の大泥棒……どちらが勝つかは言うまでもない。
そして、さらに気づいたんだ。
人間の動きには、多くの予兆があるということに。
しかし、わざわざ全身に注意を払う必要はない。
人間の動きの前触れというのは、肩から上に集約される。
まず目線。どこを狙っているのかがわかる。
たとえば殴ろうとしている時、人はその先を常に目で捉える。
そして肩のわずかな動き。
たとえば殴ろうとしている時は腕を引くので、その前に肩の筋肉が引き絞る弦のように張る。
飛びかかろうとする場合は、肩が下がるんだ。
それらは普通の人間からすれば、ほんの一瞬で、わずかな変化でしかない。
しかしボクにとっては、
「これから君の頬に向かって、右手でフックのパンチをしますから、よけないでね! 特にしゃがんだりするとビックリするから、しゃがんじゃダメだよ!」
と大声で叫んでからやっているようなもの。
逆にやかましくなるくらいの行動宣言なんだ……!
ちなみになんだけど、よその世界はこんなに甘くはない。
たとえば『必殺技』というものが存在する、第95世界……。
『格闘家』と呼ばれる人たちが大勢いて、相手を叩きのめすことを商売としている彼らは、その予兆を利用して、わざとフェイントをかけてきたりするんだ。
パンチをすると見せかけて、相手が上半身のガードを固めた瞬間、脚に向かって強烈なローキックを放ったりする。
プロの格闘家同士の読み合いは、幾重にも折り重なり張り巡らされている複雑なものなんだけど、この世界ではその上澄みすら存在していない。
だって……衛兵たちの動きはあまりにも単純で、退屈なものだったから……。
捕まったら終わりだという緊張感あふれる状況のなかでも、ボクは身体さばきの間じゅう、こんなどうでもいいことを考えられるんだから……!
『アンノウンチームのリーダー、ついに十字路にさしかかりました! ここには実際の街にはない、門が存在しています! 十字の中心を囲むように、東西南北に四つの門が存在していて、中には「巨兵」が何人も待ち構えているのです!』
もはやただの人だかりと化したものを抜けると、視界が一気に開ける。
直線のストレートの向こうに、3階建ての家くらいの高さのゲートが見えた。
その奥には、巨人たちの群れ。
鴨居に頭がつっかえそうなほどの威丈夫たちが、待ち構えていたんだ……!
『南大橋では川に投げ飛ばしていましたが、もはや川はありません! それにあの人数相手では、ひとりを投げ飛ばしている間に捕まってしまいます! さあ、アンノウンチームのリーダー、どうやってこの最大の難所を突破するのでしょうか!?』
ボクは風を、さらには街中を駆け巡るアナウンスすらも、ふたつに割って進んでいた。
ごうごうとした耳鳴りのなかで、お姉さんの言葉が遠くで響いている。
そういえば、ヤジが全然ないな……とふと思い、観客席をチラ見する。
するとみんな立ち上がっていた。
汗で湿った拳を握りしめ、つんのめりそうな体勢で、見逃さないように必死だ。
ごくりっ、と喉を鳴らす音が聴こえてきそうなほどに、誰もが無言で視線を注いでいる。
瞬きを許さないほどの緊張感のなか、彼らの瞳に映っていたのは……まぎれもない、疾駆するボクだった。
みんなが、ボクに注目している……!
己が賭けたチームを応援することも忘れ、敵チームを罵ることも忘れ、ただひたすらに……!
自分の賭けたお金の行く末より、ボクがあの門をどう突破するのかのほうが、気になっているんだ……!
……これは、チャンス……!
ここでみんなの予想外のことをして、度肝を抜ければ……心を引き寄せることができるはず……!
しかしその効果のほどは、ほんのちょっぴりかもしれない。
心がボクに向かって動いたとしても、ほんの数ミリかもしれない。
雷猿神話という盤石の石の上に落とされた、たった一滴の雫かもしれないんだ。
だけど……ボクはやるっ!
ウソとインチキにまみれた、このカジノを支配する幻想を打ち破るまでっ……!
門の中でひしめきあう、地獄の鬼のようなヤツらを、ボクはキッ! と睨みすえる。
そして、気づいた。
巨像のような隙間から見える、門の向こうの通りが……分厚い木板によって塞がれていくのを。
一瞬なにがなんだかわからなかったけど、『イーグル』のスキルで焦点を合わせてみたら、すぐにわかった。
……十字路の北側にある門が、閉じられようとしている……!?
いや、北側だけじゃない。西側と東側の門も、同じように塞がれようとしている。
開いているのは、ボクが向かっている南門だけ。
ということは、このまま飛び込んだ場合、袋小路じゃないか……!
そして、さらなる事実に気づく。
「ボクが来る前に閉めきらないと」と、死にもの狂いの表情で、門戸を押していたのは……他でもない、あの雷猿たちだったんだ……!
どうして雷猿が、あんな所に……!?
川に落ちたはずなのに……!?
這い上がったうえに、ボクを追い抜いて先回りするだなんて……どんなに急いだって、不可能なハズ……!
……いや、それが可能なヤツは、ふたりほど心あたりがある。
まずはボク。ボクが妨害のない所を走ることができれば、人混みをかきわけて進む、もうひとりのボクを追い抜くことなんてカンタンだ。
だって、『セフェノミア』のスキルを使えばいいだけなんだから。
そして、もうひとりは……『太陽の塔』でボクに襲いかかってきた、黒ずくめのヤツ……!
ヤツならば、『セフェノミア』のスキルを使っても、なんら不思議じゃない……!
ボクの心に、どろりとした黒い影が落ちた。
……まさか、雷猿の正体って……!
しかし、その考えは途中で打ち切らなくてはならなかった。
だって……ボクは……。
今まさに……みんなの度肝を……えぐり抜いていたからだ。