121 大いなる洗脳
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鳴り止まぬ雷猿コールのなか、ボクの頭上でスコアボードが置き換えられていく。
1位 50ポイント 雷猿
2位 30ポイント アンノウン
3位 20ポイント 盗賊ギルド
3位 20ポイント エクスプローラーズ
……突っ込みたいところは山ほどあったけど、今のボクはこの一言に尽きた。
ずるい……!
これじゃあ、いくら競技に勝ったところで絶対に逆転されちゃうじゃないか……!
それになんで、なんでみんな疑問に思わないんだ……!?
いくら雷猿がオーナーの正体を隠してるからって、こんなあからさまなインチキに気づかないだなんて……!
ボクは声を大にして叫びたかった。
しかしすべてが敵であるこの状況では、戦いに敗れた落武者同然。
なにを訴えたところで、聞き入れてはもらえないだろう。
そしてボクは、観客たちの狂気のヤジに気づく。
「ひゃはははははは! どうだ! 思い知ったかクソガキ!」
「最後の最後に勝つ……! これが大人ってモンなんだよ!」
「やっぱり『女神に愛された猿』は無敵だ! 俺たちの想像のはるか上を行くぜ!」
「おうよ! これが俺たちの雷猿だ!」
そして思い知らされた。
観客たちはイカサマに気づくどころか、奇跡だと信じて疑わないことを……!
もはや雷猿はこの『ラッキー・ツー』において、完全なるカリスマとして不動の地位を築いているんだ……!
彼らのすることは、絶対……! このカジノでは神様同然……!
『ラッキー・ワン』のゴールドも『ケルパーの神に愛された男』と呼ばれていたけど、その比じゃない……!
女神に愛された、盗賊たちの神様なんだ……!
歓声に手を振り返す、体操選手のような引き締まった身体の向こうに……ボクは後光を見た気がした。
『……おいみんな、目を覚ませっ……!!!』
直後、ハウリングを起こすほどの絶叫が鼓膜をつんざく。
びっくりした拍子に、雷猿がまとう光輪は消え去った。
カジノ全体の注目を奪い返したのは……アナウンスのお姉さんを押しのけるようにして、『神の泱声』で訴えるマニーだった……!
やっぱり……! マニーは……マニーだけは、このカジノの異常さに気づいていたんだ……!
そして人一倍、曲がったことが嫌いな彼女は……ガマンできなくなったんだ……!
ステージジャックを止めようと、『神の泱声』に殺到するカジノのスタッフたち。
ボクは邪魔させるもんかとその間に割って入り、押し合いへし合いしながらマニーに向かって叫んだ。
「続けて! マニーっ! このカジノの異常さを伝えて……! みんなの目を覚まさせるんだっ!」
マニーはウムと頷き、装置のパイプを力強く掴む。
そして意を決するように大きく息を吸い込んだあと、炎を吐くかのようにカッと大口を開け、
『……あんな色情狂の女が、女神なわけがないだろうっ!! あれじゃ「女神の選択」どころか……「雌犬の選択」だっ!!!』
迸る汗、そして熱い吐息とともに魂のシャウトを轟かせた。
ソニックブームのような高音とともに放たれたそれは、まさに『少女の主張』……!
しかし、しかししかし、しかしっ……!
そんなことを、わざわざアナウンスジャックしてまで、訴えかけなくても……!
ボクはずっこけそうになり、通せんぼは突破されてしまう。
マニーは取り押さえられながらもなお、「ビッチが、ビッチが……!」とうわごとのように叫んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ボクらは控室でスタッフから厳重注意されたあと、今度やったら失格、という条件つきで競技への復帰を許された。
それはちょっとしたアクシデントだったけど、ボクの目を覚ますにはじゅうぶんだった。
あの集団催眠みたいな歓声に、危うく取り込まれるところだった……マニーが叫んでくれなければ、いまごろボクも雷猿を崇めていたかもしれない。
間違いない……。これは、完全なる洗脳……!
『マインドコントロール』の一種だ……!
サイキックなどのスキルとは違うけど、狙った価値観を植え付けるという意味では同じだ。
人間は生まれたときはまっさらの脳を持っているけど、外部情報を得ることによって自分の価値観に置き換え、自我というものを形成していく。
たとえば、Aさんという人にやさしくされると「Aさんは良い人」という価値観が生まれる。
逆に嫌なことをされると「Aさんは悪い人」という価値観になる。
ようは価値観というのは、Aさんに何かをされた「経験」によって生み出されるもの。
もしその「経験」を誘導することができれば、狙った価値観を植え付けることができる……それが「洗脳」なんだ。
やり方はそれほど難しくない。
以下の状況を作り出せばいいだけだ。
一、 沢山の選択肢を与えるが同じ結論になるようにする
⇒ 複数のチームがあるが、優勝は常に雷猿
二、刷り込みたい価値を短い単語にして繰り返し聞かせる
⇒ 雷猿コール
三、密室に閉じ込めて外からの情報を遮断する
⇒ カジノという名の、広大なる密室
四、緊張と緩和を繰り返させる
⇒ ギャンブルには緊張と緩和がつきもの
五、自己否定を埋める
⇒ 盗賊という職業を、雷猿というヒーローによって正当化
こうして考えてみると、雷猿の異常なまでの人気は自然発生したものではなく、意図的に作り上げられたものだとわかる。
しかし、そうとわかれば怖くない……!
「洗脳」であれば、それを解くことだってできるからだ……!
いや、正しくは……『ラッキー・ツー』という洗脳の舞台装置を利用して、新たなる価値観を植え付けてやればいいんだ……!
雷猿を観客たちの前で叩きのめしてやれば、おのずと価値観は揺らぎ、変わっていく。
「なにをやっても1位」だった雷猿を、「なにをやっても2位以下」にしてやればいい……!
こうして考えると、実にシンプル……! 絶望する必要がないくらいに……!
だってボクはもともと、彼らを1位から引きずり下ろすためにここに来たんだから……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の競技のため、再び競技場にやってきたボクは、真っ先に上空にある配当表を確認した。
総合順位予想『アンノウン』 単勝オッズ
1位 200,000倍
2位 200倍
3位 2倍
4位 1倍
第1競技『罠解除リレー』における『アンノウン』 単勝オッズ
1位 200倍
2位 20倍
3位 2倍
4位 1倍
第2競技『街中競争』における『アンノウン』 単勝オッズ
1位 20倍
2位 2倍
3位 1.5倍
4位 1倍
えっと、次は……『街中競争』っていうのをやるのか。
いや、そんなことよりも、倍率がだいぶ渋くなってる……!
たぶん、前の競技でボクが1位を取ったから大慌てで変えたんだろう。
それでも1位で20倍だなんて、取らせない自信でもあるんだろうか。
でも、次も絶対に取ってやるぞ……!
雷猿の公然インチキを暴く前に、まず観客を正気に戻さなくちゃいけないんだから……!
ボクは次の競技、『街中競争』に意識を集中する。
ルールはこうだ。
街の入り口である南門からスタートし、街の北門にあるゴールにいちはやくたどり着いたチームが勝利となる。
こう聞くとただの中距離走に聞こえるけど、いくつかルールがある。
街の外壁より外に出てはならず、出た場合その選手は失格となる。
街の中であればどこを行き来してもよく、家屋の中に入ってもよいが、屋根にだけは登ってはならない。
屋根に登った選手は失格となる。
街中には衛兵がおり、その衛兵に取り押さえられてしまった場合は失格となる。
取り押さえられるまでは、抵抗してもかまわない。
他のチームの行動を、故意に妨害するような行為をしてはならない。
ゴールするのはチーム中の1名でよい。
チームメイト2名が失格となっていても、順位はすべて1名のゴール順によって決定される。
……街中でやる鬼ごっこみたいなものなのかな、とボクは思った。
この競技において、作戦はふた通りが考えられる。
ひとつはチーム全体で行動し、揃ってゴールを目指す。
この作戦は頭数が多いので衛兵に対抗しやすいメリットがあるけど、一網打尽にされちゃうデメリットがある。
もうひとつはチームがバラバラとなって行動し、めいめいでゴールを目指す。
メリットとデメリットは団体行動の場合と逆だ。
ボクら『アンノウンチーム』はマニーとサルと協議の結果、ひとまず固まって行動することにした。
もし誰かが衛兵に捕まりそうになった場合、助けずに先に進む、という約束つきで。
そしてスタートラインに並ぶ、総勢12名の選手たち。
アンノウンチームを中心にして両隣に雷猿が陣取り、さらに盗賊ギルドとチームエクスプローラーズのメンバーが居並ぶ。
……この時、ボクは気づいておくべきだったんだ……。
雷猿のメンバーがなぜ3人一緒ではなく、分かれてボクらの隣にいたのかを……!
『第2競技「街中競争」はどのチームが勝利を手にするのでしょうか!? 先のレースで大番狂わせがあった以上、目が離せませんっ! 各チーム、スタートの準備ができたようです! それでは、いきますよぉ? ……よぉーい、スタートっ!!』
アナウンスの合図の元、一斉に地を蹴る猿たち。
ボクもそうしたつもりだった。
いや、マニーもサルもそうだったようだ。
しかし……3人とも急に足がもつれたかのように、前のめりになってしまう。
激しくバランスを崩すなかで、ボクは見たんだ……!
わざとらしく脚を横に伸ばし、ストレッチのフリをする雷猿の姿を……!