119 サルの夢
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最初の競技である、『罠解除レース』は以下の順位で決着した。
1位 アンノウン
2位 盗賊ギルド
3位 エクスプローラーズ
4位 雷猿
かつてない波乱のレースだったようで、怒号がいつまでも鳴り止まない。
ハズレチケットの舞い散るなか、ボクらは退散するように控室へと戻った。
併設されたお風呂に真っ先に飛び込んでいくマニー。
「絶対に覗くなよ!」と何度も念押ししてからカーテンの向こうに消えていった。
ボクは長椅子に腰掛けたとたん、張り詰めていた気持ちが緩んでしまった。
身体じゅうが鉛になったみたいな、どっとした疲労に襲われ……とうとう耐えきれなくなり、倒れるように横になる。
街の外周がどのくらいかは知らないけど……たぶん、2キロくらいはあったような気がする。
そんな距離を全力で『セフェノミア』のスキルで駆け抜けたものだから、身体にかかる負荷はかなりのものだったんだろう。
全身の筋肉が燃えるように熱い。
特に脚がひどくて、焼死の悲鳴をあげるようにビクビク震えている。
……ボク、今日一日持つのかなぁ……。
傍で見ていたサルも、グッタリするボクをさすがに心配に思ったようだ。
そばにあったスツールに腰かけて、労るようにボクの背中をさすってくれた。
「……大丈夫ッスか? アンノウン?」
サルにやさしくされるなんて、生まれて初めてのような気がする。
「あ、ありがとう、サル。たぶん、平気……」
「まさか雷猿に勝つだなんて……まだ夢を見ているみたいッスよ。アンノウンって、すごいヤツだったんッスね……こんな力があるだなんて、どうして成人するまで隠してたんッスか?」
「隠してたわけじゃないんだ、成人したときに急にいろんなスキルが使えるようになっただけだよ」
「そうなんッスか……あまりにすごすぎて、アッシもゴンギルドのみんなも、アンノウンに何度も助けられてきたってのに……とても信じられなくて……」
「無理もないよ……だって学校にいた頃のボクは、本当になにもできなかったから……。でも今はみんなの力になれるのが、嬉しいんだ……」
「う、嬉しい、ッスか……!?」
急にサルは、素っ頓狂な声をあげた。
「実を言うと、ゴンギルドのメンバーはドキドキしてるんッス。いつアンノウンにイジメの仕返しをされるんだ、って……。キャルルと仲が良かった子が言ってたッス、アンノウンがキレた時、塔の壁を一瞬でへこませた、って……!」
ボクは自分ではすっかり忘れていたことを、サルの一言で思い出す。
そういえば……塔の3階の『力だめしの間』でキャルルがウサギに絡んだときに、怒ってそんなことをしたっけ……。
でもあれはボクがイジメられた仕返しじゃなくて、ウサギを守るためだったんだよね。
キャルルの取り巻きからは、そうは見えなかったんだろうか。
サルが驚いた理由もわかった。
いつ仕返しをしてくるんだろうと思っていた相手が、「力になれるのが嬉しい」なんて言ったからだ。
ボクは、素直な気持ちを口にする。
「……ボクは、昔のイジメの仕返しなんてしないよ。もう終わったことだしね。もちろん、いまイジメられたら別だけど……」
するとサルは、震え上がるように顔をブルブル左右に振った。
「と、とんでもないッスよ! いまのアンノウンをイジメるだなんて、ゴンとレツでも無理ッスよ!」
そして、急に肩を落とす。
「……でも、羨ましいッス。アッシにもアンノウンほどの力があれば……夢が叶ったかもしれないのに……」
「サルの夢って、なんなの?」
「最高の盗賊になることッス。アッシのオヤジも、そのまたオヤジも盗賊だったッスから、アッシも同じように立派な盗賊になりたかったッスよ……。でも、成人の儀式で与えられた職業は、『鍵師』だったッス……」
不意に、ザザーと水の流れる音がする。
見ると、控室を分断するカーテンの向こうで、マニーが水浴びをはじめたところだった。
シルエットは誰がどう見ても女体だったので、ボクはぎょっとなる。
しかしサルは気に留める様子もない。
うつむいたまま、心の底から染み出してきたような声で、ぽつぽつと言葉を紡いでいた。
「でも、あきらめきれなかったッス……。この『森羅三猿チャレンジ』に出られれば……そして雷猿さんたちに腕前を認められたら……たとえ『鍵師』でも『盗賊』としてやっていけるんじゃないか、って……。だからアッシにとっては、『太陽の塔』に登るよりも……この『ラッキー・ツー』にある塔の頂点に立ちたいんッス……!」
彼の言葉に、ボクは痺れた。
お調子者で、ゴンやレツに媚びへつらっていたばかりの彼にも、立派な夢があることに……!
そして、それをボクに打ち明けてくれたことが、なによりも嬉しかったんだ……!
ボクは身体の痛みも忘れて、椅子から飛び起きる。
サルの両手をガッと掴むと、驚いたように顔をあげたので、ボクは力いっぱい頷き返した。
「よぉし、やろうっ……! この『森羅三猿チャレンジ』……三人で絶対優勝しようっ! 雷猿たちに認められるんじゃなく……ギャフンといわせてやろうっ! そうすればサルは『最高の盗賊』になれるよねっ!?」
泡を飛ばす勢いのボクに、サルはたじろぐ。
「そ、そりゃ、優勝できれば有名になれるッスから、間違いなく『盗賊』として認められるっスけど……でも、ムリッスよ! さっきの競技はギリギリ勝てたッスけど……さすがに優勝まではムリッス! 絶対! だから、2位にでもなれれば……」
「2位なんてダメだよっ! サルがなりたいのは『最高の盗賊』なんだろっ!? なら、1位を目指さなきゃダメだっ! ボクも手伝うから、一緒にがんばろう! ねっ、いいよねっ!?」
「し、しかし……」
……シャッ! という小気味よい音とともにカーテンが開け放たれる。
そこには、すっかりいつもの端麗さを取り戻したマニーが立っていた。
「……アンノウンにそんな器用なこと、できるわけがないだろう。サル、お前の魂胆はお見通しだ。アンノウンを利用して2位になろうとしているのだろう? 雷猿に認められるのが目的ならば、2位でじゅうぶんだからな。だが、アンノウンは最初の競技で全力を出し切るほどのムチャをしているから、最後まで持たないと思ったのだろう? アンノウンを労っているように見えるが、本心は……そこそこの活躍で、2位になるまで持ってくれればいい……違うか?」
心まで洗い流したのか、マニーの言葉はいつも以上の切れ味を持って室内に響いた。
「うぐっ!」と喉を詰まらせるサル。
ボクは熱い気持ちに水を差されたような気がしていた。
「図星のようだな。……これでわかっただろう、アンノウン。恩返しをしてくれる猿など、おとぎ話の中にしかいないんだ。このサルはアンノウンを利用しようと……!」
「だから何だっていうの、マニー! サルは最高の盗賊になりたいと思っていて、ボクは協力したいと思っている……! だからボクはやる……それでいいじゃないか! それに、どのみちボクらは優勝を目指している……『キャルルルン』を救うために!」
ボクが遮るようにして叫ぶと、今度はマニーのほうが言葉を詰まらせる。
なにかを言い返しかけたけど、抑え込むように言葉を飲み下し、肩をすくめた。
「と、とにかく……サル。アンノウンはそんな小細工ができるほど、器用じゃないんだ。だから……好きなようにやらせてやってくれ……!」
そして話を打ち切るように背を向ける。
サルはなんだか気まずそうにしていたけど、たとえ利用されていたとしてもボクは気にしない。
力になれるのが嬉しいのに、マニーはなにをそんなに気にしているんだろう。
そうこうしているうちにスタッフが次の競技が始まると呼びに来たので、この話は終わりとなってしまった。