115 音の速さの昆虫
関連小説の紹介 ※本作の最後に、小説へのリンクがあります。
★『…マジで消すよ? 俺の愧術がチートすぎて、クラスのヤツらを一方的に縛ったり消したりします!』
https://ncode.syosetu.com/n3047es/
女の子を緊縛して奴隷にする、嫌なヤツを消す、お金を出す…これ全て、異世界最強の、愧術…!
★『チートゴーレムに引きこもった俺は、急に美少女たちから懐かれはじめました。キスしながら一緒に風呂やベッドに入るって聞かないんです!』
https://ncode.syosetu.com/n0930eq/
引きこもれば引きこもるほど、チヤホヤされる…チートゴーレムのお話!
第二走者であるマニーは、山吹色の御髪と白くすべやかな手をなびかせながら、流麗なる走りを披露する。
普通、走り方といえば身体を進行方向に向かって水平にして、両手を前後に振るのが一般的なんだけど……彼女は斜に構え、片手を翼のように流しながら走っていた。
その独特の走法は、クラスの女子の前では黄色い声援を受けていたんだけど……いまの観客たちには不評だったのか、胴間声を浴びせられていた。
「なんだあのガキ、妙な走り方しやがって!」
「目立とうとしてんじゃねぇよっ!」
「ナメてんのかっ!? 盗賊なら、盗賊らしく走りやがれ!」
「ちょっとツラがいいからって、気取るんじゃねぇぞっ!」
「遊びでやってんじゃねぇぞっ! テメーみたいなのは、罠に引っかかっちまえ!」
皮肉なことに、その観客たちの願いが届いてしまったのか、それからのマニーはさんざんだった。
なにせ彼女は貴族。罠の解錠なんて一度もやったことがない。
それでも器用なので、いくつかは外せていたんだけど……大半は引っかかっていた。
しかも運がいいのか悪いのか、その罠も山芋みたいなネバネバした液体が噴出するやつで、彼女の美しい顔は見る影もないほどにベトベトになった。
ネトーっとしているのでぜんぜん落ちない。
とうとう身体にもまとわりつき、蜘蛛の糸のように彼女の自由を奪った。
いけすかないと思っていた観客は大喜び。
追い打ちをかけるように彼女にヤジを浴びせかけたんだ。
スタート地点から近い距離のうちは『テレキネシス』で援護してあげられたんだけど、やがてそれも届かなくなってしまう。
マニーの身体は嘲笑とともに遠ざかっていき、そして街の反対側を移動したあと、嘲笑とともに戻ってきた。
その頃には例の走りもなりをひそめていて、それどころか普段の華麗さすら見る影もなくなっていた。
巨大なモンスターに飲み込まれたけど消化されずに吐き出されたみたいに、全身白い液体まみれ。
身体じゅうから糸を引く雫をいくつもぶら下げ、フリンジのようになっている。
なかなか垂れ落ちずにブラブラと揺れるばかりのそれは、液体の粘度のほどを物語っていた。
もうリタイヤしてもいいような有様だったけど、彼女はなんとかボクにタスキを渡そうと、亡者のようなフラつく足どりで近づいてくる。
どうやら足元のコースラインだけを頼りにここまで来たようだ。
顔は溶けたようにドロドロになっているので、前もまともに見えていないんだろう。
ボクが「マニー!」と呼びかけると、ハッと顔をあげ、瞼をピクピク痙攣させはじめた。
顔中に白い粘液がべっとりとへばりついているせいで、目もまともに開けられないようだ。
それでもショボショボさせつつ瞼を開くと、長いまつげに絡みついた濁った雫が糸を引いた。
ボクの姿を瞳に映した途端、強気を保っていたその顔が安堵したように緩み、そして泣くのを堪えるようにしわくちゃになる。
だらしなく開いた口から粘塊がだらりとこぼれ落ち、アゴを伝った。
「うう……けほっ……あ、あんのうぅん……もう、やだぁ……」
それは、完全に女の子の声だった。
瞳は濡れるように潤み、そしてすがるようだったので、ボクはこんな時だというのにドキッとしてしまう。
「だ……大丈夫!? マニー!?」
慌てて抱き寄せると、彼女はくたっとボクに身体を預けてきた。
「おっ……! 俺のことはいい……! それよりも、次はアンノウンが走る番だろう……!」
それは、半分だけ男の子に戻ったような声だった。
震える手で、タスキを差し出してくるマニー。
もはや彼女の臓物といったほうが良さそうなそれは、主の身体に負けないくらい粘液まみれで、身体の一部のようにぺっとりと貼り付いている。
ボクはそれを、剥がすようにして受け取った。
「わかった! ……ありがとう、マニーっ!」
ボクらアンノウンチームは現在最下位。
3位に大きく離されていて、もはや勝利は絶望的。
だけどこんなになってまでタスキを繋いでくれたマニーの想いに、ボクは応えなきゃいけない。
ボクがクレープをエサにして無理矢理参加させたのに、最後までやり遂げてくれた。
ドロドロになったうえに、みんなに笑われ……貴族だった彼女にとっては耐え難いほどの屈辱だっただろう。
それでもリタイヤせず、逃げ出さず、最後まで走りきって……ボクにタスキを繋いでくれたんだ……!
彼女のがんばりに対して、ボクができることはひとつ、逆転すること……!
なんとしても勝って、マニーの走りが無駄じゃなかったことを証明するんだ……!
「見ててね! 今から逆転してみせるから……!」
ボクの宣誓に対し、マニーはいつものように鼻で笑ってくれた。
男の子100パーセントの声で。
「……フッ、期待せずに待ってるぞ……!」
彼女なりの精いっぱいの応援を受け、ボクは奮い立つ。
「よぉし、行くぞっ! サル! マニーをお願い!」
サルは「ええっ!? アッシがッスか!?」と嫌そうだったけど、強く言うと渋々ながらもマニーの介抱を引き受けてくれた。
「じゃあ、行ってくるね!」
ボクは身体を翻し、猛然と地を蹴る。
大空から降り注ぐ、天の声を聞きながら。
『チーム「アンノウン」のアンカー、今ようやくスタートしました! しかしもう何をやっても無駄でしょう! すでに3位以上は街を半周しています! この差を覆すには、奇跡でも起きないかぎり……えっ』
ボクはひとつめの宝箱を開け終え、次の宝箱へと襲いかかる。
まわりは騒然となっていたけど、気にしている場合じゃない。
いまはたとえ火事になっても、脇目もふらずに走るんだ……!
『えっ、えええっ!? えええええっ!? えええええええーーーーーっ!? なっ!? なんという速さでしょう!? す、スタートしてほんの一瞬で、ふたつの宝箱を開けてしまいましたっ!?』
「なっ、なんだぁ!? あのガキっ!?」
「とんでもねぇ足の速さだぞっ!?」
「ウソだろぉ!? 雷猿より速いヤツが、この世にいるだなんて……!?」
「い、いや、雷猿より速いなんてもんじゃねぇ!? ありゃ人間じゃねぇ! もはや動物だろ!」
「瞬きしている間で、次の宝箱に着いちまうだなんて……!」
「い、いや……! 動物よりも速ぇ……! まっ、まるで突風みてぇだ……!」
いや、これは動物だよ……! とボクは心の中で観客たちに返す。
『マイクロインセクト』のスキル、『セフェノミア』……!
『セフェノミア』はハエの一種で、世界最速の昆虫……!
最速の動物といえば、地上では時速100キロを超えるチーターや、空中では時速300キロを超えるハヤブサがいる……!
ミクロの世界になると、もっともっと速いのがいる。
細菌のなかには、人間の身体を時速800キロで駆け巡るヤツがいるんだ……!
しかし彼らであっても、『セフェノミア』には絶対に追いつけない……!
なぜならば、生きとし生けるものの中で、唯一……!
自らの身体能力だけで、音速を超えることができる生物だからだ……!
『セフェノミア』のスキルは、その超速を得ることができる……!
1ポイントだけじゃマッハは無理だけど、人間の領域くらいなら軽く超えることができるんだ……!
……シュウンッ!
身体を切り裂いていく風がひと鳴りするだけで、宝箱と宝箱の間……目測で25メートル弱を移動する。
瞬きしている間に、なんて誰かが言ってたから、瞬間移動しているように見えているのかもしれない。
ボクはしゃがみこんで、いくつ目かの宝箱にとりかかる。
まず、『クロスレイ』で中身を透視。
中がどんな構造になっているのかわかれば、解除は簡単だ。
『テレキネシス』や『ダークチョーカー』でそのものを無力化、あるいは箱の中で作動させてしまえばいいんだから……!
『はっ、速い速い速い! アンノウンチームのアンカー、恐るべき速さですっ! しかも速いのは移動だけではありません! 罠の解錠速度はそれ以上にすさまじい! 最速といわれる雷猿ですら3分かかるものを、わずか数秒……! 1分どころか、30秒もかからず開けてしまっています!』
「いやいやいや! おかしいだろ、アレっ!」
「なんであんなガキが、あんなあっさり罠を解除できるんだ!?」
「中にどんな罠が入ってるのか、すでに知ってるとしか思えねぇ速さだ……!」
「いや、それでもあんなにあっさり開けられるかよっ!? 中に何も入ってねぇとしか思えねぇ……!」
「もしかして、罠が全部壊れちまってるのか?」
「そ、そうだ! そうに違いねぇ! でなきゃ説明がつかねえよっ!」
「たしか罠が作動しなくたって、開けた宝箱は有効だってみなされるんだよな!?」
「そうだ! でも、あんなに罠が壊れてるだなんて……! クソッ、運のいいガキだぜっ!」
……子供の頃は、みんなから運がないと言われ、そして自分でもそう思っていた。
運がないのは今も変わらないんだけど、まわりからは運が良いとよく言われるようになった。
なんとも皮肉なものだなぁ、とボクは思う。
なんてことを思っているうちに、周回は半分に到達する。
先行していた大人たちの背中を、ついに捉えることができたんだ。