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115 音の速さの昆虫

関連小説の紹介 ※本作の最後に、小説へのリンクがあります。


★『…マジで消すよ? 俺の愧術がチートすぎて、クラスのヤツらを一方的に縛ったり消したりします!』


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女の子を緊縛して奴隷にする、嫌なヤツを消す、お金を出す…これ全て、異世界最強の、愧術…!



★『チートゴーレムに引きこもった俺は、急に美少女たちから懐かれはじめました。キスしながら一緒に風呂やベッドに入るって聞かないんです!』


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引きこもれば引きこもるほど、チヤホヤされる…チートゴーレムのお話!

 第二走者であるマニーは、山吹色の御髪(おぐし)と白くすべやかな手をなびかせながら、流麗なる走りを披露する。


 普通、走り方といえば身体を進行方向に向かって水平にして、両手を前後に振るのが一般的なんだけど……彼女は斜に構え、片手を翼のように流しながら走っていた。


 その独特の走法は、クラスの女子の前では黄色い声援を受けていたんだけど……いまの観客たちには不評だったのか、胴間声を浴びせられていた。



「なんだあのガキ、妙な走り方しやがって!」



「目立とうとしてんじゃねぇよっ!」



「ナメてんのかっ!? 盗賊なら、盗賊らしく走りやがれ!」



「ちょっとツラがいいからって、気取るんじゃねぇぞっ!」



「遊びでやってんじゃねぇぞっ! テメーみたいなのは、罠に引っかかっちまえ!」



 皮肉なことに、その観客たちの願いが届いてしまったのか、それからのマニーはさんざんだった。


 なにせ彼女は貴族。罠の解錠なんて一度もやったことがない。

 それでも器用なので、いくつかは外せていたんだけど……大半は引っかかっていた。


 しかも運がいいのか悪いのか、その罠も山芋みたいなネバネバした液体が噴出するやつで、彼女の美しい顔は見る影もないほどにベトベトになった。


 ネトーっとしているのでぜんぜん落ちない。

 とうとう身体にもまとわりつき、蜘蛛の糸のように彼女の自由を奪った。


 いけすかないと思っていた観客は大喜び。

 追い打ちをかけるように彼女にヤジを浴びせかけたんだ。


 スタート地点から近い距離のうちは『テレキネシス』で援護してあげられたんだけど、やがてそれも届かなくなってしまう。


 マニーの身体は嘲笑とともに遠ざかっていき、そして街の反対側を移動したあと、嘲笑とともに戻ってきた。


 その頃には例の走りもなりをひそめていて、それどころか普段の華麗さすら見る影もなくなっていた。


 巨大なモンスターに飲み込まれたけど消化されずに吐き出されたみたいに、全身白い液体まみれ。

 身体じゅうから糸を引く雫をいくつもぶら下げ、フリンジのようになっている。


 なかなか垂れ落ちずにブラブラと揺れるばかりのそれは、液体の粘度のほどを物語っていた。


 もうリタイヤしてもいいような有様だったけど、彼女はなんとかボクにタスキを渡そうと、亡者のようなフラつく足どりで近づいてくる。


 どうやら足元のコースラインだけを頼りにここまで来たようだ。

 顔は溶けたようにドロドロになっているので、前もまともに見えていないんだろう。


 ボクが「マニー!」と呼びかけると、ハッと顔をあげ、瞼をピクピク痙攣させはじめた。


 顔中に白い粘液がべっとりとへばりついているせいで、目もまともに開けられないようだ。

 それでもショボショボさせつつ瞼を開くと、長いまつげに絡みついた濁った雫が糸を引いた。


 ボクの姿を瞳に映した途端、強気を保っていたその顔が安堵したように緩み、そして泣くのを堪えるようにしわくちゃになる。


 だらしなく開いた口から粘塊がだらりとこぼれ落ち、アゴを伝った。



「うう……けほっ……あ、あんのうぅん……もう、やだぁ……」



 それは、完全に女の子の声だった。


 瞳は濡れるように潤み、そしてすがるようだったので、ボクはこんな時だというのにドキッとしてしまう。



「だ……大丈夫!? マニー!?」



 慌てて抱き寄せると、彼女はくたっとボクに身体を預けてきた。



「おっ……! 俺のことはいい……! それよりも、次はアンノウンが走る番だろう……!」



 それは、半分だけ男の子に戻ったような声だった。


 震える手で、タスキを差し出してくるマニー。

 もはや彼女の臓物といったほうが良さそうなそれは、主の身体に負けないくらい粘液まみれで、身体の一部のようにぺっとりと貼り付いている。


 ボクはそれを、剥がすようにして受け取った。



「わかった! ……ありがとう、マニーっ!」



 ボクらアンノウンチームは現在最下位。

 3位に大きく離されていて、もはや勝利は絶望的。


 だけどこんなになってまでタスキを繋いでくれたマニーの想いに、ボクは応えなきゃいけない。


 ボクがクレープをエサにして無理矢理参加させたのに、最後までやり遂げてくれた。

 ドロドロになったうえに、みんなに笑われ……貴族だった彼女にとっては耐え難いほどの屈辱だっただろう。


 それでもリタイヤせず、逃げ出さず、最後まで走りきって……ボクにタスキを繋いでくれたんだ……!


 彼女のがんばりに対して、ボクができることはひとつ、逆転すること……!

 なんとしても勝って、マニーの走りが無駄じゃなかったことを証明するんだ……!



「見ててね! 今から逆転してみせるから……!」



 ボクの宣誓に対し、マニーはいつものように鼻で笑ってくれた。

 男の子100パーセントの声で。



「……フッ、期待せずに待ってるぞ……!」



 彼女なりの精いっぱいの応援を受け、ボクは奮い立つ。



「よぉし、行くぞっ! サル! マニーをお願い!」



 サルは「ええっ!? アッシがッスか!?」と嫌そうだったけど、強く言うと渋々ながらもマニーの介抱を引き受けてくれた。



「じゃあ、行ってくるね!」



 ボクは身体を翻し、猛然と地を蹴る。

 大空から降り注ぐ、天の声を聞きながら。



『チーム「アンノウン」のアンカー、今ようやくスタートしました! しかしもう何をやっても無駄でしょう! すでに3位以上は街を半周しています! この差を覆すには、奇跡でも起きないかぎり……えっ』



 ボクはひとつめの宝箱を開け終え、次の宝箱へと襲いかかる。

 まわりは騒然となっていたけど、気にしている場合じゃない。


 いまはたとえ火事になっても、脇目もふらずに走るんだ……!



『えっ、えええっ!? えええええっ!? えええええええーーーーーっ!? なっ!? なんという速さでしょう!? す、スタートしてほんの一瞬で、ふたつの宝箱を開けてしまいましたっ!?』



「なっ、なんだぁ!? あのガキっ!?」



「とんでもねぇ足の速さだぞっ!?」



「ウソだろぉ!? 雷猿(ブリッツエイプ)より速いヤツが、この世にいるだなんて……!?」



「い、いや、雷猿より速いなんてもんじゃねぇ!? ありゃ人間じゃねぇ! もはや動物だろ!」



「瞬きしている間で、次の宝箱に着いちまうだなんて……!」



「い、いや……! 動物よりも速ぇ……! まっ、まるで突風みてぇだ……!」



 いや、これは動物だよ……! とボクは心の中で観客たちに返す。


 『マイクロインセクト』のスキル、『セフェノミア』……!


 『セフェノミア』はハエの一種で、世界最速の昆虫……!


 最速の動物といえば、地上では時速100キロを超えるチーターや、空中では時速300キロを超えるハヤブサがいる……!


 ミクロの世界になると、もっともっと速いのがいる。

 細菌のなかには、人間の身体を時速800キロで駆け巡るヤツがいるんだ……!


 しかし彼らであっても、『セフェノミア』には絶対に追いつけない……!


 なぜならば、生きとし生けるものの中で、唯一……!

 自らの身体能力だけで、音速を超えることができる生物だからだ……!


 『セフェノミア』のスキルは、その超速を得ることができる……!

 1ポイントだけじゃマッハは無理だけど、人間の領域くらいなら軽く超えることができるんだ……!



 ……シュウンッ!



 身体を切り裂いていく風がひと鳴りするだけで、宝箱と宝箱の間……目測で25メートル弱を移動する。


 瞬きしている間に、なんて誰かが言ってたから、瞬間移動しているように見えているのかもしれない。


 ボクはしゃがみこんで、いくつ目かの宝箱にとりかかる。


 まず、『クロスレイ』で中身を透視。

 中がどんな構造になっているのかわかれば、解除は簡単だ。


 『テレキネシス』や『ダークチョーカー』でそのものを無力化、あるいは箱の中で作動させてしまえばいいんだから……!



『はっ、速い速い速い! アンノウンチームのアンカー、恐るべき速さですっ! しかも速いのは移動だけではありません! 罠の解錠速度はそれ以上にすさまじい! 最速といわれる雷猿ですら3分かかるものを、わずか数秒……! 1分どころか、30秒もかからず開けてしまっています!』



「いやいやいや! おかしいだろ、アレっ!」



「なんであんなガキが、あんなあっさり罠を解除できるんだ!?」



「中にどんな罠が入ってるのか、すでに知ってるとしか思えねぇ速さだ……!」



「いや、それでもあんなにあっさり開けられるかよっ!? 中に何も入ってねぇとしか思えねぇ……!」



「もしかして、罠が全部壊れちまってるのか?」



「そ、そうだ! そうに違いねぇ! でなきゃ説明がつかねえよっ!」



「たしか罠が作動しなくたって、開けた宝箱は有効だってみなされるんだよな!?」



「そうだ! でも、あんなに罠が壊れてるだなんて……! クソッ、運のいいガキだぜっ!」



 ……子供の頃は、みんなから運がないと言われ、そして自分でもそう思っていた。

 運がないのは今も変わらないんだけど、まわりからは運が良いとよく言われるようになった。


 なんとも皮肉なものだなぁ、とボクは思う。


 なんてことを思っているうちに、周回は半分に到達する。

 先行していた大人たちの背中を、ついに捉えることができたんだ。

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