二夜目
睡眠不足でぼんやりしながら、一日をやり過ごした。奇妙な電話のことは誰にも話さなかった。いざ話そうとすると、なんだか嘘くさく思えて、うまく説明する自信がなかったからだ。
今日は早く寝ようと10時には横になったが、なかなか寝付けなかった。眠いはずなのに、気が昂ぶっている。時計を見るともう12時になっていた。早く寝ようとすればするほど焦りで眠れない。
何度も時計を見てしまう。
12時30分
一旦起き上がってトイレに行った。枕を高くして横向きに転がった。
1時
少し水を飲んだ。ベッドの上で深呼吸して目を瞑った。
1時30分
起き上がり上着を着て玄関に行き、靴を履いたが、やはり引き返した。
1時40分
居間に行ってテレビをつけた。
1時50分
家の電話が鳴った。
1時52分
家から外に出た。
玄関のドアを閉めると、電話の音は聞こえなくなった。深夜の静けさが耳を打つ。それでも気持ちが落ち着いたわけではなかった。当てもなく歩き出した。財布も何も持って来なかったけど、コンビニに行こうと思いついて足を速めた。
携帯は電源を切って部屋に放置してある。
自分の部屋にいたくなかった。だんだんその気持ちが強まって抑えられなくなった。緊張が続いたせいで具合が悪い。恐怖心とイラつきが高まって、いまや息苦しいほどだ。昨晩、部屋の窓ガラスに映ったものを思い出すと、なんとも言えないぞっとした気持ちになる。
なんとなく、ショーウインドーやガラス窓の多い道を避けて歩いていたら、家の近所だというのに、迷ってしまった。引き返したほうが賢いとは思った。けど、できるだけ早く、明るくて他人のいる場所に行きたかった。
時計がないので確認できないが、もうそろそろ、昨晩、電話がかかってきた時間帯ではないだろうか。
いつのまにか駅裏に来ていた。踏み切りを超えて駅前のほうへ向かう。駅前は街灯で明るいし、コンビニがある。
しかし、見覚えのない広場に出たところで、勘違いしていたことに気づく。
駅舎だと思っていたのは倉庫だった。暗いせいもあって、似た道をそれと見間違えていたようで、思っていたのとは、まったく違う場所だった。
街灯のない広場だった。真っ暗で心細い。さすがに引き返そうとしたが、微かな音が聞こえた。
音のするほうへと歩く。リズミカルな音楽だった。祭りでもあるのか、誰かが音楽を流して騒いでいるのか。
広場を通り抜けて、建物の角を曲がると、急に明るい場所に出た。賑やかな音楽もはっきりと耳に届く。まっすぐ伸びた大通りに、街灯が等間隔で並ぶ。街灯に取り付けられたスピーカーから、音楽が流れ、無人の夜道に響き渡っている。
深夜だが、何かのイベントがあるのかもしれない。道に人影はないが、賑わっている雰囲気、さざめき声が、どこか遠く、ひっそりした空気の向こうから聞こえてくる。
人の気配にほっとして、歩いていくと、開かれた巨大な鉄柵に辿り着いた。奥にはテーマパークの入り口のようなゲートが見える。ような、というかそこは本当に遊園地だった。
ゲートには誰もいなかった。
「深夜の遊園地、無料開園」勝手にイベント名を思い浮かべながら、ゲートを通り抜けた。
全てのアトラクションが動いているわけではなかった。入ってすぐの売店も閉まっている。入口から見て左右は薄暗く、アトラクションの輪郭が暗闇に浮かんで見えるだけだ。正面はライトで照らされて、人の声もそちらから聞こえてくる。動いているアトラクションに人が集中しているのだろう。音楽の合間に、ジェットコースターのごおっという騒音や、歓声が聞こえる。
広いテーマパークで、案内看板も何もないが、明るい道を進めばイベントの中心部に行けるのは間違いないだろう。迷う心配はない。ライトの届かない奥は真っ暗で足を向ける気にもなれない。
中央広場らしき場所に辿り着いた。ひときわ、きらびやかにライトアップされたメリーゴーランドに近づいて眺めた。一周してみたが係員はいなかった。乗っている客もいない。
柱の陰から現れては、すれ違って視界の端へ消えていく、無人の木馬と次々に目が合うだけだ。
夜空に山や円弧を描く、ジェットコースターのシルエットを背景に、音楽に合わせて木馬と馬車が回り続ける。
「あれ?」
――ジェットコースターは動いていない。
それに他の客が一人も見当たらない。話し声や歓声は聞こえるのに。
今だって、ざわざわとした笑い混じりの話し声が――スピーカーから――聞こえる。
注意してよく聞いてみれば、ジェットコースターの騒音も、さざめきも、全てスピーカーを通したものだった。まさか、今ここにいるのは俺だけ? 深夜の遊園地に一人きりと気づいた。明るい照明も、楽しげな音楽も、途端に不気味に感じられて、どっと汗をかく。奇妙さに気付いた途端、スピーカーから聞こえていた音楽がぷつんと切れた。同時に人のさざめきも消える。
メリーゴーランドの音だけになった。哀愁を感じさせる寂しげなメロディーだ。
携帯の着信音が響いた。
嘘だ。
上着のポケットから、振動が伝わってくる。
家に置いてきたはずなのに、無意識にポケットに入れてきたのか。
走って逃げよう。ここから離れよう。携帯は叩きつけて壊してしまえ――
「わたしメリーさん。あなたのうしろにいるの」
スピーカーから。大音量だった。
耳障りなハウリングが長く響いてから、ぶつっと切れた。




