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オルシア帝国の動乱  作者: 北の旅人
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バルド城の戦い

3日後、ハウロス軍はバルド城の前にたどり着いた。ハウロスは城内に降伏を勧告する矢文を送ったが、反乱軍はこの最後通帳を蹴った。ハウロスは直ちに総攻撃の命令を下した。


多数の攻城兵器を用い、大軍を活用した人海戦術で攻め寄せる。矢が空を覆い、石が城壁を穿つ。歩兵たちが梯子を掛け、破城鎚が城門を殴り、攻城塔が城壁に迫る。


守備側も負けてはいなかった。矢を射、岩や丸太を投げ落とし、煮え湯を浴びせかける。斧で梯子を叩き切り、迫り来る敵兵を槍で突き殺す。城壁の下にはハウロス軍将兵の死体が満ち、至るところで破壊された攻城兵器が燃え、あるいは無惨に崩れ落ちていた。両脇の丘に設けられた砦とよく連携し、反乱軍はハウロス軍の猛攻を跳ね返していた。


「どうも、腑に落ちんな」


ハウロスは呟いた。敵の反撃が激しすぎるのである。元からの城兵やエニス、カラニアに駐屯していた軍の一部が加わったとはいえ、反乱軍の数は2万を大きくは超えないだろう。8万5000の兵で決して不足はしていないはずなのだ。だがバルド城の反撃は予想以上に激しく、夥しい死者を出しつつも未だ突破口を開けていない。


「もしや、セルスの援軍が到着しているのか…?」


「まさか、そのようなことは…」


ハウロスの呟きに、幕僚のバリザード・テルニアの顔が曇る。


「しかしセルス殿下、いやセルスは機動力を活かして戦略的あるいは戦術的優位を確保するような戦い方を得意とする武将だ。あり得ないことではないぞ」


「では何故、籠城を続けているのでしょうか?セルス軍が到着しているならば、戦力の優劣は逆転します。であれば、野戦に…」


言いかけて、バリザードはあっと声をあげた。


「もしや、あえて籠城して我々を損耗させるつもりでしょうか!?」


援軍の到着を隠して籠城し、ハウロス軍に攻撃させる。ハウロス軍が十分に出血したところで秘匿していた大軍を繰り出し、粉砕する。バリザードが危惧したのは、そのような作戦だ。


「ありうるな。これ以上の損害が出る前に一度引き上げるとするか」


ハウロスは各隊に伝令を派遣するとともに、角笛と太鼓で引き上げの合図を出した。


「大元帥閣下!ハウロス閣下!」


叫びながら駆けてきたのは、快速の一人乗り戦車を駆る伝令の兵だ。その鬼気迫る声と表情に、ハウロスは嫌な予感がした。同時に、それまで気づかなかったことが不思議なほどの地響きを感じた。


「大元帥閣下!ルクルス将軍からの伝令です!右方向より、正体不明の軍勢が迫ってきます!」


「大元帥閣下!」


反対側からも別の伝令が駆けてきた。


「左方向より、謎の軍勢が!」


ハウロスの目には、立ち上る砂塵が映った。


「塵高くして鋭き者は車の来たるなり、か」


ハウロスは兵法書の一節を呟いた。では、敵は戦車部隊だろうか。既にハウロスは、左右から迫る軍勢を敵と見なしていた。味方であれば、事前に連絡を寄越さないなどありえないことだ。


その間にも、砂塵はハウロス軍に近づいてくる。ハウロスは両翼のルクルス・コルネオとアルカード・ルッツの部隊に迎撃の準備を命じ、同時にパルケス及びバリザードの弟バルザム率いる戦車部隊を動かした。さらに本隊から弩兵部隊を急行させる。ルクルスとアルカードの部隊はそれぞれ6000の重装歩兵が盾を並べ、長槍を構える。


オルシア重装歩兵。兜と胸甲に身を固め、長槍と長方形の大盾で武装し、密集して方陣を構成する歩兵たち。セリオン帝の征服戦争では、その高い攻撃力と防御力を存分に活かして他の6国の軽装歩兵を中心とした軍隊を粉砕し、帝国創建に大いに貢献した。


戦車による突撃は絶大な破壊力を持っているが、オルシア重装歩兵の槍衾の前にはいささか力不足だ。戦車を引くのは馬であり、馬は尖ったものに向かうことを極端に嫌う。速度と突撃力を減じた戦車は攻撃力が大幅に落ちるのだ。また、戦車に乗る兵もわざわざ串刺しになりたい者などいない。


だが敵が近づいてくるにつれ、ハウロスの眉間の皺は深くなった。


「戦車、ではないな」


「騎兵ですな」


「ああ。だが…」


ハウロスは信じられぬものを見たといったように、目を擦った。


騎兵。それはこの時代の中原にはあまり見られない兵科である。元来が農耕民族である中原の民には乗馬の習慣がなく、古代より戦場では4頭の馬が引き3人の兵士が乗り組む二輪戦車が用いられてきた。騎兵を主戦力とする北方や西方の遊牧民の存在はよく知られており、幾度となく刃を交えることもしてきたが、中原の民はこれを野蛮人の風習であるとして取り入れることをしなかった。


ハウロスもまた、西方の遊牧民との戦いで騎兵と遭遇してはいた。しかし、今目の前に広がる光景はハウロスの想像を絶するものだった。


「なんだあの数は…?」


敵騎兵の数は、これまで戦ってきた小規模な遊牧民の数を遥かに超えていた。左右それぞれで数千はいるだろう。角笛の響きが心を揺るがし、馬蹄の轟きと蛮声は原始的な恐怖を呼び覚ます。


その騎兵たちが、一斉に矢を放った。空は夜の帳が降りたかと見間違う程に黒く覆われ、数千の死が矢の形をとりハウロス軍に襲いかかる。


だが、やはりオルシア重装歩兵の防御力は伊達ではなかった。飛来する矢を盾で防ぎ、長槍で弾く。運悪く隙間から矢が当たってしまった兵もいたが、それはごく僅かであった。


騎兵たちは正面からの攻撃では効果が薄いことを悟ると、重装歩兵部隊の右側面に走った。訓練されたオルシア重装歩兵といえど、騎兵の機動力についていくことはできず、方向転換もままならぬうちに矢に倒れる兵が増えていった。


その時、パルケス率いる戦車部隊がルクルス隊の救援に駆けつけた。バルザムもまた、アルカード隊の元にたどり着く。


だが、騎兵の機動力は戦車部隊を遥かに上回っていた。速度はもちろん、小回りも効く彼らは戦車隊から放たれる矢を巧みに避け、死角から反撃してくる。騎兵たちの狙いは恐ろしく正確で、御者や戦車兵は次々と叩き落とされ、馬を討たれた戦車があちこちで横転する。


「弩隊!騎兵を討て!」


戦場の喧騒に負けじとハウロスが叫ぶ。


弩。機械仕掛けの弓というべき武器である。特にオルシア帝国の弩は優れた技術力により威力は他国の弩を遥かに上回り、通常の弓とは比較にならなかった。また弓と比べて扱いが簡単であり、徴集した農民でも短期間の訓練で扱うことができるという利点もあった。唯一、速射性においては弓に劣るがオルシア帝国軍は大量の弩兵に交代で発射させ、弓兵と組み合わせて運用することでこれを補っていた。


「駄目です!味方に当たります!」


弩兵部隊の指揮官が叫んだ。騎兵たちは弩兵の出現に気づいたのか、戦車を間に挟む位置に移動していた。


「小癪な!」


ハウロスは舌打ちした。


「パルケスは何をしている…」


パルケスはハウロス同様、セリオン帝以来の宿将であり、戦車部隊の指揮を得意とする将だ。敵戦車部隊と戦って敗れたことは数えるほどしかなく、歩兵部隊の突破には無類の力を発揮してきた。それゆえ、ハウロスも精鋭の戦車部隊の指揮を委ねたのである。


だが現実には、戦車部隊は押される一方だった。機敏に動き回る騎兵の射る矢は的確に戦車兵や馬を屠り、混乱に陥った戦車部隊は反撃どころではなかった。


「戦車部隊、こちらに向かってきます!」


士官たちが悲鳴をあげた。騎兵に追いたてられた戦車が味方の戦列に向かって駆けてきたのだ。


(まずい…!)


防御のためには槍衾を作り、後ろから矢を射ねばならない。だがそれでは味方に当たってしまう。


その一瞬の迷いが命取りとなった。戦車部隊はあっという間に歩兵の戦列に到達し、それを追って騎兵が斬り込んできた。訓練されたオルシア帝国軍といえどこれには耐えられず、戦列は瞬く間に崩壊した。


「城門が開いたぞ!」


「敵だ!反乱軍だ!」


見れば、戦車部隊を先頭として反乱軍が続々と城門から出てくる。戦車部隊は矢を放ちながら突撃を敢行し、重装歩兵部隊は一斉に槍を投げた後、抜刀して斬り込んできた。まず西方の徴集兵が逃げ出し、重装歩兵にも恐慌が伝染していった。各隊の指揮官や士官たちが必死にまとめようとするが、一度崩れた軍勢は脆い。もはや挽回することはできなかった。


(これは…敗けだ…)


敗北を認めざるを得なかった。そして敗れた以上、すべきことは1つだった。


「伝令!諸将に伝えよ!退却だ!可能な限り隊列を整えて退け!」


伝令を務める快速の一人乗り戦車が方々に散った。敗軍の将にできること。それは自軍の被害をできるだけ抑えることだった。そのためにハウロスは、自ら殿を務めるつもりだった。


「大元帥閣下!」


声のした方を見ると、戦車に乗った武将が近づいてきた。エンホー・ズノットだ。


「閣下!お退きください!殿はそれがしが務めます!」


「ならぬ!卿は退け!若い命を無為に捨てることはない。ここは老骨に任せよ!」


「なりませぬ!」


エンホーは引かなかった。


「それがしなどより、閣下の方が陛下にとって大事なお方。軍にとっても閣下の方が重要な存在です!それがし1人いようがいまいが大局に影響はありませんが、閣下は我が軍の司令官です。命の軽重は比べ物にもなりません!」


ハウロスは絶句した。たしかにエンホーの言うとおりだ。エンホーは優秀ではあっても一武将に過ぎず、対してハウロスは帝国大元帥、サイアン派陣営における重要性には大きな開きがあった。だが敗軍の殿という最も危険な役目を部下に託すのは気が重かった。


「閣下!迷っている時間はございません。お退きください」


「…わかった。エンホー、武運を祈る」


武運も何もあったものか、とハウロスは思う。だが他にかける言葉も見つからなかった。


「閣下も、ご無事で」


エンホーは戦車を駆り、自分の部隊へと戻っていた。ハウロスは軍をまとめ、退却を始めた。一部とはいえ、なんとか秩序だった退却の形を保つことができたのは、ハウロスら宿将たちの手腕のおかけだった。


こうして「バルド城の戦い」はサイアン派の敗北に終わった。セルス軍は1000兵を失ったが、一方のハウロス軍は壊滅した殿部隊をはじめ、2万もの損害を出していた。指揮官の中では殿を務めたエンホー・ズノット、戦車部隊の指揮を執ったパルケス・エターナとバルザム・テルニアが戦死した。特にパルケスの死は痛かった。ただでさえ少ない宿将が失われたことで、ハウロスの負担はさらに増し、戦略的にも戦術的にも選択肢が減ることになろう。


(次は負けられぬ)


ハウロスの思いは悲壮だ。彼個人としては、戦死した方がむしろ楽だったかもしれない。眉間の皺はさらに深くなり、ハウロスは1日にして10歳も老け込んだかのようであった。




戦には、敗者がいれば勝者がいる。バルド城は今、戦勝に沸き上がっていた。

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