バルド城占拠(2)
オルシア本国の東に位置する要塞、バルド城。バール川を天然の堀とし、2つの小高い丘の狭間に築かれている。オルシアと中原を隔てる山脈の僅かな切れ目に高々と聳え立ち、カラニア、エニスに睨みを効かせていた。それはまさに、オルシアの盾と呼ぶに相応しい堅城だった。
そのバルド城の一室には今、現在の主である反乱軍の首脳が一堂に会していた。
(18人、か)
よくもこれだけ集まったものだ、とボールスは感心していた。数だけでなく、顔ぶれもそうそうたるものだ。
ワルド家のオーリン、ハーヴス家のギリウスを筆頭に、トラバ家のメネラオス、ロート家のガヘリス、ランテル家の小シーワード、ロッシュ家のサームとギーヴ、ペリノア家のライアン、リメル家のペレウス、ペルセウス兄弟、サラミス家のアイアス、クローディア家のネロ、モーガン家のウェイン、ヨスア家のミレウス、フォロール家のユージーン、ダブリット家のハーラン、そしてナリア家のボールス。すべて、オルシア帝国を支える貴族の子弟や若手の将軍たちである。さらに城内にはセルウィウス及びセルスの妻子もおり、女子どものことゆえ直接的な武力としては何の役にも立たないが、反乱軍の精神的支柱として大きな役割を果たしていた。
彼らが反乱に参加した理由は様々だ。オーリンやギリウスは幼なじみのセルスを助けるために反乱を計画した。ガヘリスや小シーワードは親族がセルス軍に加わっているために処罰されることを嫌い、謀反に加わった。アイアスやネロはセルスに心酔しているため、計画に乗った。またハーランは父への反感から、周囲を驚かせながらも反乱軍に身を投じた。
ボールスが反乱に参加したのは、父の無念を晴らすためだった。計画が持ち上がった時にはまだ父は存命だったが、セルス軍に出血を強い、進軍を遅らせるために寡兵でエニアンを死守せよなど、死ねと言っているも同然の命令だ。他の武将ならいざ知らず、実直でかつ息子ボールスを深く愛しているボルドフの生還は絶望的といえた。故に、ボールスはオーリンらの謀反に加わったのだ。
ボールスが父の仇を討とうとするだろうというサーリアの予想は当たっていたが、対象は真逆だった。たしかに父ボルドフはセルス軍との戦いで命を落とした。しかしそれはあくまで戦場でのことであり、可能性は高くないとはいえ逆にセルスが死ぬこともあり得た以上、責める筋合いはない。むしろ、父に最低限の兵力すら与えず、捨て駒として無謀な戦を強いたサイアン及びサーリアこそ仇だと言える。これがボールスの考えだった。
バルド城の占拠は呆気ないほど容易かった。
ハーランら「討伐軍」はオーリンらの「反乱軍」と死傷者の出ない形ばかりの戦闘を行い、これを敗走させた。追撃をかけ、十分にウルヴァーンから離れたところで両軍は一体となった。さらに小シーワードらを「討伐」しにいったユージーンとも合流し、バルド城を目指した。
セルス軍がエニスを制圧したことを知り戦々恐々としていた城主は、援軍を名乗る一軍を嬉々として迎え入れた。帝都方向から来た軍勢であり、指揮官全員が帝国貴族、さらに司令官がサイアン派筆頭ハウロスの息子とあれば、疑いを挟む方が不思議というものである。その夜は、盛大に宴が催された。
だがその夜、「援軍」は突如として牙を剥いた。安心して寝入っていた城主を捕らえ、呆然とする城兵たちを尻目に要所を制圧していった。カラニア、エニス方面から来た軍勢の一部も、ロッシュ家のギーヴやクローディア家のネロらに率いられてボールスたちに呼応した。
指揮官を捕らえられ、圧倒的に優勢な反乱軍に取り囲まれ、城兵たちはなすすべもなく投降した。城主だけは降伏を拒否し、首をはねられた。
こうして反乱軍は無傷で要衝バルド城を手中にした。
現在、反乱軍は元からの城兵も含めて1000台の戦車と1万8000の歩兵を有している。戦車兵も歩兵も皆、オルシア帝国正規軍である。これだけの戦力でバルド城に立て籠れば、そう簡単に落とされることはないだろう。セルスにも既に使者を派遣した。反乱軍の功績によりセルス軍はバルド城を無傷どころか戦力を増強させて通過することができる。まずはエニス、次いでバルド城でセルス軍に出血を強い、稼いだ時間で集めた大軍をぶつけるというサイアン派の戦略は根底から覆されることとなった。
(必ずや、父上の仇をこの手で討つ…!)
ボールスは改めて心に誓った。
「ほう、オーリンにギリウスにメネラオスが首謀者か」
バルド城からの使者の報告を聞き、セルスは身を乗り出した。オーリン・ワルドとギリウス・ハーヴス、メネラオス・トラバはセルスと同年齢、少年時代からの親友である。
「オスワン、ギルム。聞いたか。卿らの息子たちが大功を立てたぞ」
そしてまた、オーリンはオスワンの、ギリウスはギルムの嫡男である。
「恐れ入りまする」
重厚な2人の宿将は静かに頭を下げた。しかし、顔には誇らしげな表情を浮かべていた。
「それにしても、ハーランがこちらについたことには驚いたな」
セルスもまた、ハーランはサイアン派だと思い込んでいた。ハウロスとハーランの不和は耳にしていたが、まさかそこまで決定的に対立しているとは思っていなかった。
(まあ、間諜として潜り込んでいるということはあり得ないだろう)
ハーランは父に似て一本気な若者である。ハウロスとの対立も、配偶者を巡る問題に端を発している。武将としては有能だが、諜者としてこれほど役に立たない男もいないだろう。仮にサーリアらによって送り込まれたのだとしても、抜け目ないオーリンやギリウスのこと、すぐに見破るであろう。その彼らが味方として受け入れているのだから、信頼できる。
「これで、相当に楽になりましたな」
シーワード・ランテルが言った。彼もまた、同名の息子が反乱軍に加わっているため、誇らしげだ。この他、ペリノア家のラモラク、ロート家のガヘリス、ロッシュ家のファルハードらも親族の無事とその功績を知り、嬉しそうな表情を浮かべていた。
セルスはこの機会を活かすべく、出発の準備を進めていた。だがもう一方の勢力もまた、失態を取り戻すべく行動を開始していた。