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小麦の短編集

預言者

作者: 小麦

「はぁ、どうすればいいんだ……」

 一人の男が公園で佇んでいた。彼の名は旗野朋也はたのともや。今年で入社三年目の会社員である。彼が悩んでいるのは一つ、このところ彼の業績がめっきり上がらなくなったことだ。入社当初こそ彼はめきめきと頭角を現し、課長まで上り詰めた有能なサラリーマンだった。しかし、課長になってからの彼はあまりいい成績が上がらなくなった。どうも彼は人の下で働いている方が向いているらしく、自分から動く仕事があまり得意ではなかったようなのである。おかげで成績の落ちた彼はあんまり業績が落ちるようならクビにするぞ、と脅されて今に至る、という訳だ。

「おにーさん、どうしたの」

 そんなことを思い出していた時だった。彼の前にウサギのような姿をした小さなマスコットキャラが現れたのだ。一点違うところがあるとすれば、それはそのウサギの色が水色で、見るからに本物のウサギではないと分かる点だろうか。

「……別に何でもないよ。君には関係のない事だ」

 そう言って帰ろうとした旗野を、

「おにーさん、仕事のことで悩んでるんでしょ。僕には分かるよ」

そのマスコットはそんな風に返した。旗野は思わず立ち止まる。

「お前に、何が分かるって言うんだい?」

「全部分かるよ。おにーさんが入社したばっかりの頃すごく有能だったとか、今課長になってるのに人を仕切るのが苦手なせいで仕事をクビになりかけてるとか、おにーさんが彼女と今別れるかどうかの瀬戸際、とかね」

「……」

 何故かは知らないがこのマスコットの言うことは全て当たっていた。確かに旗野は今一歳年下の彼女と付き合っていて、その彼女とのすれ違いが続いてやや不仲になっていた。旗野の仕事が忙しく、時間が取れないというのが少し前までの理由であったのだが、今ではそれはクビになる寸前であるのが彼女にばれてしまったのも理由の一つとなっている。

「おにーさん、少しお話しない?」

「……別にいいよ」

 何故だか知らないが、旗野は反射的にそう答えていた。何でも知っているこのマスコットが気持ち悪いとも思ったが、それ以上に旗野はこの奇妙な生き物に興味をそそられたのである。そして、疑問に思いながらも彼は先ほどまで座っていたベンチに少年を座らせると、この子供に今の自分の身の上を全て話してしまっていた。

「ねえ、おにーさん。預言って知ってる?」

 マスコットは旗野の話をすべて聞くと、そう聞いてきた。

「予言? あの、未来が見える力みたいなやつのことかい?」

「違うよ。僕が言ってるのは神様がくれたお告げの方。ほら、例えばキリスト教なら救世主メシア、イスラム教ならナシーとかがそれを伝えるとされているんだ。いわゆる預言者ってやつだね」

「……ふーん、で、お前はそこらの宗教団体みたいに俺に何か買わせようっていうクチかい?」

 途端に旗野は顔色を変える。彼はあまり宗教とかそう言った話が好きではないのである。そんな風に疑い始めた旗野をマスコットは静止する。

「まあまあ落ち着いてよ。預言っていうのは基本的には神様が人々を正しい方向へと導くものだとされているんだ。でも、この世に神様なんてものは存在しない。僕たちを導くのは自分自身の力さ。本当に神様がいるのだとしたら、もっと都合よく助けてくれるだろうし、神に祈っただけで勉強やら仕事ができるようになったらおにーさんだってここまで困ってないでしょ?」

「……ああ、全くその通りだよ」

 旗野はウサギの言葉に機嫌を良くした。

「でも、僕たちは人の未来の姿を呼び出すことで、その人の運命を導く手助けをすることができる。それが今僕が言おうとした預言者さ。自分自身の言葉なら信じられるでしょ? そうそう、別にお金なんて取らないよ。一応対価はもらうけどね」

「何だか胡散臭いけど、本当にそんなことできるのかい?」

 もちろん、こんな奇妙な生き物の言うことだ、旗野も信じたわけではない。しかし、なぜだかこいつが嘘をついているようにも思えなかったのだ。

「もちろん。僕はこれでも預言者を呼び出すもの(プロフェシー・コーリング)っていう名前がついてるんだ。一応これが仕事だからね」

「……変な仕事もあったもんだね」

「僕みたいな人間でもないのに言葉を話す生き物はね、大抵が気味悪がられて敬遠されてしまうんだ。だから、困ってる人間に近づいて手助けすることでしか存在価値を見出すことができないんだよ。これは生まれた時から僕たちが持っている定め、運命なのさ。そんなこと信じたくないけどね」

「お前も大変なんだね……」

 旗野はついこんなことを口走っていた。自分の相談をしていたはずなのに、いつの間にかウサギへの同情へと変わっていたのだ。

「で、おにーさんはどうする? 僕の力を借りてみるかい?」

 ウサギはそう呼びかける。

「……ああ、頼んでもいいかい?」

 旗野はもう疑問に思うこともなく、そのウサギにすべてを委ねた。

「了解」

 瞬間、ウサギは無機質的な声でそう言うと、いきなりその体が淡く輝き始めた。

「な、何だ、何が起きた?」

「気にしなくていいよ。これはおにーさんの未来の姿、おにーさんにとっての預言者を呼び出すときの儀式みたいなものさ。別にこのまま爆発して死ぬとか、そんな危ないことにはならないから」

「って言われても……」

 しかし、その輝きはさらに激しさを増すばかりで、男は眩しさのあまり目を開けていられなくなってギュッと目をつぶった。そして今度はその光とともに辺り一帯につんざくすさまじい音が耳に入ってきた。旗野はさらに耳もふさいだ。

(何もないってのは結構怖いもんなんだな……)

 旗野はそう思う。音もない、光もない。まさにそこにあるのは自分の感覚だけの無の世界。周りが何が起きているのかすら分からないのはなかなか恐怖するところである。そして、そんな状態が五分位したころだった。

(おにーさん、呼び出したよ)

 突然、頭の中にこんな声が響いた。

(えっ、何だ、何が起きた?)

(僕は未来のおにーさんを呼び出せるんだよ。今さらテレパシーが使えたって別に疑問に思うことじゃないでしょ)

(それもそうか……)

 そう言われて旗野は思い出す。最初に会ったとき、このマスコットは自分の今の状況を言い当てていたことに。旗野は耳をふさいでいた手を取り、つぶっていた眼を開いた。

「話せるのは一分間だから気を付けてね」

「これが……未来の俺……だっていうのかい?」

 旗野が首をかしげるのも無理のない話である。そこにいたのは目がうつろで何に対しても無気力な初老の老人の姿だったからである。とその時、その老人が口をゆっくりと開き始めた。

「……過去の……哀れな俺よ。あいつに、あいつに騙されたんだ。あいつにあんなことを頼まなければ、こんなことにはならなかった」

「あいつ、あいつっていうのは誰なんだい?」

「今の俺は、そいつのせいでこうなってしまった。確かに、あいつのおかげで未来の俺がどんな姿になっているのかは分かった。しかし、私はその代わりにあいつに一生かかっても取り戻せないあるものを奪われてしまったのだ」

 だから、あいつって誰のことだい? そう思って旗野が聞こうとしたとき、その初老の老人の姿が揺らぎ始めた。どうやらもう時間が来たらしい。

「この場で言っても無駄だと分かっているが、過去の哀れな俺よ、もしこの映像を見……たら全……力で、逃……げ……」

 ろ、という声が聞こえるか聞こえないかくらいで、老人の姿は消えた。

「あいつって、誰だ……?」

「さて、これで僕は約束を守った。じゃあ、今度は僕がおにーさんに欲しいものを言うよ」

「あ、ああ。いったい何が欲しいんだい?」

 すると、今まで動かなかったマスコットの顔が急に何かを含んだような笑みへと変わった。

「僕が欲しいのはね、おにーさんの記憶さ」

「俺の……記憶?」

 旗野は聞き返す。

「うん、別に大したものじゃないでしょ?」

「ま、待ってくれよ! 何で俺の記憶なんか……」

 旗野はあわててウサギに聞き返す。

「簡単な話だよ。おにーさんは今、未来の自分を見た。だからおにーさんのその分の時間、過去の記憶を僕がもらうんだよ。ね、単純でしょ」

 しかし、ウサギは別に問題ないだろう、という風に言った。

「そ、そんな……、そんなの嫌に決まって……」

「おにーさんが嫌でも、おにーさんはもう僕の能力を使って未来を見たでしょ。これはもう対等な交換条件として成立してるんだよ。これは口約束とはいえ、立派な契約だよ」

「そ、そんなの聞いてな……」

 なおも反論しようとする旗野に、ウサギはやれやれといった様子で首を横に振った。

「どうして人間って、合意した後にすぐに自分の発言を取り消そうとするのかな。最初に僕は大したものはとらない、ってちゃんと言ってるのに」

「だって、大したものが何かなんて、お前、言わなかったじゃないか!」

 旗野は精一杯反論するが、

「だって、おにーさんそんなこと聞かなかったでしょ?」

ウサギはあっさりとそう返した。

「なっ……!」

「聞かれなかった事に答える必要なんて、どこにもないでしょ。だから答えなかった。他に理由が必要だっていうなら、逆に答えてほしいくらいさ」

「ひ、卑怯だ! お前に、お前には心ってものがないのか!」

あまりのウサギの勝手な言い訳に、旗野はそう叫ぶ。

「あるよ? 一応僕、こんな姿してても悪魔の使い魔だから。だから自分に都合のいいことだけ話して、おにーさんを騙したんだよ。人間はどうしてだか過去の記憶を大切にしたがる。でも、僕たちにはエネルギーにする以外に必要のないものさ。おにーさんたちで言う食べ物みたいなものかな。だから大したことのないものだって言って、おにーさんを騙したんだよ。これでおにーさんを満足させる答えになったかな」

「なら、自分の記憶をエネルギーにすれば……」

 旗野はなおも食い下がるが、

「今悪魔の世界ではね、深刻な食糧不足、つまり記憶がほとんどないんだ。みんな前の日に食べた夕食の中身さえ覚えてない。どういうことかは分からないけど、こっちの世界も大変なのさ」

「でも、今まで俺達の世界に悪魔が来たって話は……」

 ウサギのような悪魔の使い魔は面倒だな、という様子で説明を始めた。

「……少し前までは人間の世界には手出ししない協定が出ていたからね。それでもちらほらこっちに来て記憶を回収していった悪魔の使い魔はいたみたいだけど。結局回収するのはおにーさん達人間の記憶でしょ? だから、その時に同時に記憶を回収しちゃえば、人々の記憶に悪魔っていう存在が残ることはないってわけさ。で、それに気付いた悪魔の親玉が記憶を回収してエネルギーにするためなら人間の世界に降りてもいい、っていう風に法律を変えたんだよ」

「そ、そんな……」

 旗野は絶望すると同時にこれがさっきの初老の自分が言っていたことだったのか、と納得する。言われてみれば、さっきの老人は大体旗野の年齢を二倍したくらいの年齢の人物だった。つまり、今までの記憶を奪うのに、ウサギとしてもそれなりの対価は払ったのだ。

「さあ、もういいでしょ? 僕におにーさんの今までの記憶、全部くれないかな?」

「……そんなの」

「?」

「そんなの、嫌に決まってるだろう!」

 しかし、それはそれ、これはこれである。旗野としてはそんな交換条件なんて死んでもごめんだ。ウサギに背を向けて、あわてて逃げ出した。

「はぁ、やっかいなことになったもんだ」

 公園から出て行った旗野を目で追ったウサギも、そのまま公園から姿を消した。



「はぁ、はぁ……」

 旗野は逃げた。どのくらい逃げたのかは分からないが、この場所が一体どこであるか分からないくらい遠くへと逃げた。

「ここまで来れば、あいつも追ってこないだろう。まったく、自分の記憶渡してたまるもんかって話だ。そもそも、何であいつは本当の事を俺に言わなかったんだ。そしたら……」

「おにーさんは断ったでしょ? 悪魔って言うのは、人を騙さないと本来の目的は達成できないって知ってるから、だから騙すんだよ。そんなの、悪魔の世界じゃ常識だよ?」

「う、うわぁ!」

いきなり目の前に現れた悪魔の使い、それはあまりに突然すぎて、旗野を動けなくさせるにはうってつけの方法だった。

「だから逃げても無駄だろうって君の未来の姿も言ってたでしょ。預言者の言うことは素直に聞いておくものだよ?」

「ど、どうして……」

「僕はテレパシーも使えるんだよ? 今さらテレポートしたって不思議じゃないでしょ?」

「そ、そんな……」

 何でもありの悪魔にもはやなすすべのない旗野。

「分かったでしょ? おにーさんが僕から逃げられる確率は、ただの1%もありはしないんだよ。さあ、分かったら早く……」

「……華経」

「……今度は何をするつもりだい?」

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」

 最後の悪あがきとばかりに旗野は必死にお経を唱えた。しかし、

「へえ、お経かぁ、考えたね。でも、僕は悪魔の使い魔。仮にお経が通じたとしても悪魔ほどの効果はないよ。そもそも、こういうのは結界の中とかじゃないと効かないんだ」

「そ、そんな……」

「じゃあ、いただくね? バイバイ、おにーさん」

「や、やめてく……れ……」

 最後にそんな使い魔の声を聞いたところで、旗野は気を失った。



 次に気づいたとき、旗野がいたのは病院だった。

「あれ、ここは病院……か?」

 ゆっくりと旗野はそれまでのことを思い出してみる。確か、あの訳の分からない悪魔の使いと名乗ったウサギに記憶を盗まれたはずである。しかし、旗野には昔の記憶もあったし、自分が何者であるかもきちんと分かっていた。

「あら、気が付いたんですね。運んできた方の話によると、道端で倒れてたそうですよ? お酒でも飲みすぎたんですか?」

 看護婦さんは冗談交じりに言うが、旗野としては状況がいまだに飲み込めていなかった。そもそも、この看護婦の声、どこかで聞いたような……。

「はい、とりあえずお水です。何かあったら何でもおっしゃってくださいね」

 しかし、その看護婦さんが旗野の前に来たとき、旗野はそれが誰であるのか悟った。

「香奈、香奈じゃないか!」

 それは、自分の彼女だった。そういえば彼女は看護婦の仕事をしていたんだった。全く知らないふりをするなんて人が悪いな、と旗野は思った。ところが、

「……どうして私の名前を知ってるんですか?」

看護婦は怪訝そうな顔で旗野を見つめてきた。

「えっ、だってお前は俺の彼女じゃないか!」

「冗談はやめてくださいよ、私は生まれてこの方恋人なんてできたことはないんですから。まったく、面白いご冗談をおっしゃる方ですね」

「そ、んな、嘘だろ、嘘だと言ってくれよ、香奈!」

「フフフ、では、失礼しますね、患者さん」

 看護婦はそのまま出て行ってしまった。どうやらあの様子だと本当に何も覚えていないらしい。

「一体、どうなってるんだよ……?」

 旗野は首を傾げるばかりだった。



「使い魔番号4637、ラビッテです。ただいま戻りました」

 その頃、あの使い魔ウサギは悪魔界へと帰り、上司への報告をしていた。

「ご苦労だった。これでお前も千人を騙したことで晴れて悪魔昇格な訳だが、何で今回に限ってあの男の記憶を奪わなかったんだ?」

 使い魔の上司は使い魔にこう聞いた。

「いえ、逃げられたので、ちょっとイラッと来てしまいまして。だから普段とは違う方法で記憶を奪ったのです」

「彼を知る者すべての記憶の消去、か……」

 そう、あの時使い魔が記憶を奪おうとする前、旗野は勝手に意識を失ってしまったのだ。あのまま記憶を奪っても良かったのだが、それでは使い魔の気が済まなかったのだ。そこで、使い魔は自分が考える一番最悪の方法を取ったのである。旗野朋也という人間を彼の知人全てから消し去るということを。

「ええ、ある意味一番残酷な方法でしょう?」

「社会的な抹殺だからな。しかし、お前も最後の最後でずいぶんと悪魔らしくなったもんだ。昔は人を傷つけることすら嫌がっていたのに」

 上司は感慨深そうに言う。

「それだけ僕も成長したってことですよ」

 そう言って使い魔は笑った。



 しかし、使い魔が出て行った後、上司が手元にある黒い水晶玉で行った悪魔の親玉への報告による判断は、『悪魔昇格試験不合格』という非情なものだった。

「やはり……ですか」

 ラビッテの上司はさして意外そうな顔もせず、親玉にそう言う。

「ほう、お前もそう思ったというのか、レイビー」

「……はい、感情で動くような奴は悪魔には向いていませんから。どうやらもう一度あいつには昇格試験を受けさせることになりそうですね。まったく、あれほど楽しみにしていたのに、あいつの合格報告はまだまだ先になりそうだ」

 上司はやや残念そうに言った。

「仕方あるまい。このところ使い魔の能力低下が目立っているからな。我々のように記憶が徐々に消えていく悪魔とは違って、使い魔にはまだ時間がある。今から能力の低い使い魔をすぐに悪魔に昇格させてしまったのでは、この先の悪魔界がどうなってしまうか分かったものではないからな」

「そうですね。では、本日の報告は以上ですので、失礼いたします」

 そう言って上司は黒い水晶玉の通信機能を切った。

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