人の嫌がることを進んでやります!
私の発言によって、臣下たちの間にどよめきが走る。賛成する声はあるけど、友好国に対して何故って声が大半だ。いきなりだもんね。気持ちはわかる。でもアレを出せば、皆賛成の方向に傾くだろう。
「クルールにはランシュテール系の民族がかなりの割合で暮らしています。彼らは悪魔の子孫として、カナイドの民から迫害されているそうです。痛ましいことです」
ランシュテールが超大国だった頃の名残らしい。ランシュテールの圧政を恨み、その子孫に憎しみをぶつけているんだそうで。本音としては、どこにでも憎まれ役は必要だもんね、仕方ないね、って感じだ。でも領土を分捕るための建前として使わせてもらう。
「彼らは我が国民ではありません。ですが、過去の遺恨によるものだとしても、我らに所縁のあるものが悪魔と呼ばれ虐げられるのは我慢なりません。彼らを通して、我々を侮辱しているも同然なのです。カナイドは表面では友好国として振舞っています。ですが、私にはいずれ牙を剥くやもしれぬ獣に思えてならないのです。いえ、既に友好国ではないのかもしれません。その証拠として、カナイドは我が国に対して許しがたい行為をしていました」
議場のざわめきが一気に増す。もー、いちいちうるさいなあ。最後まで静かに聞いてほしいね。
「皆、静粛に。私の話が終わるまで発言を控えて頂けるかしら」
語気を強めて周りを一睨みすれば、辺りは水を打ったように静まり返った。
「魔導協会に、姿と名を変え潜り込んだ者がいます。その者は、なんと我が婚約者、ラウル・ド・カナイドでした。素性を偽り、我が国の深部ともいえる機関に身を置く行為。これが間者でなくて何だというのでしょう。このような信用の置けぬ国は、我が国の友好国として相応しくありません」
カナイドの裏切りに、皆は様々な感情を見せた。沈鬱、怒り、嫌悪。きっとここにいる半数は、カナイドを非難したい心境に違いない。
「ラウル王子が魔導協会に身を置いた期間は、約八年。その間に我々が心血を注ぎ、作り上げてきた数々の技術をどれだけ掠め取られたことでしょう」
まあ、流出なんかしてないけどね。ラウルはカナイドと連絡を取り合うようなことはしていなかったのだ。それどころか、根っからの魔法オタクで技術開発に役立ってくれたこともあった。うちの国、研究機関が充実してるもんね。まったく、学びたいだけだったのなら何で堂々と留学しないんだろう。こそこそしていなければ、こんな風に利用されることもなかったのに。
「ですからそのための賠償として、我々がクルールを要求するのは当然の行為なのです。是が非でもクルールを取り戻し、彼の地に暮らすランシュテール人を救いましょう」
一瞬の静寂の後、議場が拍手と歓声で埋め尽くされる。こうして私の提案は圧倒的な支持を得て、可決されたのだった。
クルールが手に入れば、戦いがやりやすくなる。この地域は魔硝石の宝庫。魔法大国であるランシュテールには、力強い資源なのだ。
けれど、カナイドはきっとこの要求をつっぱねるだろう。三男坊ごときの命で、重要地域を手放すとは思えない。きっと戦争になるだろうな。
しかし戦争になったところで勝つのはランシュテールだ。二年前のエストラーナとの戦いでは、深刻な被害は出ていない。カナイドに勝つくらいの余裕はあるのだ。
さて、カナイドはどうでてくるかな……。
そして要求を突きつけてから二週間が経過した。
特に何もしなくても美しい私だが、今の私はシャルリーヌの手によって、更に美しく磨き上げられている最中である。彼女は私とは違い、女性としてのたしなみをみっちり教え込まれているので、この方面のことはお手の物だ。センスも抜群にいい。シャルリーヌ自身も、自分の魅力を最大限に引き出すような化粧と装いをしている。
しかし今日はここまでめかし込むような特別な用事はない。一体どういうつもりだろう。シャルリーヌの意図が掴めない。
「お姉さま、どうなさったの? お化粧、お気に召しませんでしたか?」
ちらちらとご機嫌な彼女を伺っていると、それを不審に思ったのかシャルリーヌが首をかしげた。
「いいえ、とても素敵だと思うわ。でもね、シャルリーヌ、これから何をしにいくのか分かってる? 囚人に会いに行くのに、ここまで気合を入れる必要はないのよ?」
「囚人といっても、ラウル王子でしょう? だからではないですか!」
鼻息の荒くシャルリーヌはそう言ってのけ、拳を握り締めた。だからって何。意味がわからないよ。
「王子を拝見したのは片手で数えるほどですけど、あの方の美貌は一度見たら忘れられません。私は畏怖すら抱きました……。ですから、あの方にお会いするのでしたら、私たちもそれに見劣りしないような格好をしなくては!」
「侮られないように? そんな必要ないわよ」
私としては激しくどうでもいい理由だ。だってあいつの命は、風前のともし火。侮られたところで、痛くも痒くもない……って、もしかして奴がイケメンだから攻略したいなんて考えてるんじゃないでしょうね!?
「いいえ! 第一印象が「シャルリーヌ!!」
私は反論しようとするシャルリーヌの言葉を遮り、鏡越しに厳しい視線を向けた。
「あのね、いくらイケメンであろうとも、ラウル王子はだめよ」
「……は、はい……」
シャルリーヌの顔から輝きが失せる。そして彼女は悄然と俯いた。やっぱり攻略しようとか思ってたのか……。だから独房についていきたいなんて言ったんだね。ラウルだけは駄目だと言い聞かせてあったのに。
「攻略なんかしたら、情が移ってしまうでしょう。そうなったら後で辛くなるのは貴方よ」
「あ……、そうですね……。ラウル王子があまりにもイケメンで、つい浮き足立ってしまいました。ごめんなさい……」
シャルリーヌは素直に聞き分けられるいい子である。暴走しがちなのが玉に瑕だけどね。どうしてこうなっちゃったのかなあ。
「……シャルリーヌ、大声を出してごめんなさいね。それより、素敵に仕上げてくれてありがとう」
鏡越しに微笑めば、シャルリーヌもはにかんで頷いた。
「では姿見で最終確認を致しましょうね」
シャルリーヌに促され、私は大きな鏡の前に立たされた。そこには軍服を纏った美しくも凛々しい女王が写っている。優雅なシニヨンに結われた銀髪。化粧のおかげできりっとした目元。ランシュテールを象徴する青を基調とした軍服を身に纏う私は、清廉で高潔な雰囲気を漂わせていた。
ああ、我ながらなんて素敵なの……。私が見とれてしまうのは、いつだって私自身なのだ。
己の力作に、シャルリーヌも満足げに頷いている。
「とても麗しいですわ、お姉さま。私としてはドレスをお勧めしたかったのですが……」
「こちらのほうがいざという時動きやすいでしょう。でも着飾るなら貴方一人でよかったのに」
「そんなわけにはいきません。女王陛下より派手な侍女なんて、私が立場を弁えない無礼者になってしまうではありませんか。それにランシュテールの顔であるお姉さまには、いつだって美しくあって欲しいのです」
無邪気な笑顔で言うシャルリーヌに、私は苦笑した。ちゃっかりしてるね、シャルリーヌ……。
ラウルを捕らえたのは今より一ヶ月前。いつものように研究に没頭しているところを、拘束したのだ。奴はまったく抵抗せず、大人しく捕まった。そしてずっと黙秘を続けているそうだ。何を考えているのかわからない。分かったことは、あの長髪がヅラだったことだけだ。だからといって、あいつへの好感度があがることは決してない。
薄暗い独房の中、ラウルはやつれた様子もなく、私を見るなりにっこり微笑んだ。
「これは女王陛下。私に会いに来てくださるとは感激ですね」
ふふ、笑っていられるのも今のうちだ。私が今から告げる言葉によって、奴の顔がどういう風に歪むだろう。恐怖か、怒りか、それとも涙を流して私に助けを請うか。ああ、ぞくぞくする!
「御機嫌よう、ラウルさま。今日はあなたにお別れを言いにきたのよ」
頭がいいやつなら、この言葉で全てを察することができるはず。しかし奴は、一瞬きょとんとしたかと思うと、合点がいったように「ああ」と納得して頷いたのだ。何だよ、その反応。
「要求を蹴られたのですね。そうでしょうとも。私では取引材料になりませんからね。いい厄介払いができて、父も喜んでいることでしょう」
のんびりと言ってのけるラウルに、私は呆れた。こいつはバカなんだろうか。自分の状況を理解しているの?
ラウルの言うとおりに、カナイドは領土要求を拒否してきた。しかしそうなれば奴に待ち構えているものは、見せしめのための死。理解していれば冷静でいられるはずがない。
「あなたの行為は、両国の友好にひびを入れ、カナイドに弱みを作った。厄介払いができたことより、損失のほうが深刻よ。あなたの父上は喜ぶどころか怒り狂ってるんじゃなくって?」
「確かにそうですね。しかし私はカナイドのことなどどうでもいいんですよ。貴女の役には立ったでしょう?」
紅い目を細めて、ラウルが薄っすらと笑う。その酷薄ともいえる笑顔に、私の背筋は粟立った。つまり何なの、私のためにこの国に来たって事? こいつ、本当に何がしたいんだ。ラウルの不可解さに、嫌な予感と不安が腹の底からこみあげてくる。
「……ええ。でも、これであなたの役目は終わったわ。今からあなたの処刑を執行します」
私の死刑宣告に、ラウルは陶然とした笑みを浮かべた。こいつはもしや、レオンと同じような嗜好の持ち主なのだろうか。それとも死を前にして、おかしくなってしまったか。
「そうですか。では是非とも、処刑はグリザベラ、貴女の手でお願いします」
「処刑は執行人の手で行います」
私はラウルのお願いを無視した。ラウルが泣き叫んだり怒り狂えば私の手でやっただろう。でも嬉しそうにお願いされると、何が何でもやるもんかって気になってしまうのだ。私は人の嫌がることをしたい。それが気に食わない奴なら尚更だ。
「グリザベラ……」
ラウルは俯き、悲しげな声呟いた。そうそう、そういうのが私好みなんだよ。表情を見れないのが残念ね。
「お姉さま、ラウル王子にとっては最後のお願いなのです。聞いてあげたらいかがですか?」
落胆する奴に同情したのか、シャルリーヌが仏心をだしてしまった。ちっ、面倒な。やはりこういう場面に連れてくるべきではなかったわね。
「私はやりたくないのよ。曲がりなりにも、ラウルさまは婚約者だったお方。楽しくお話しさせてもらったことだってあるの。それだけに、辛くて……」
私はさも悲しそうに顔を逸らした。情に訴えればシャルリーヌもわかってくれるだろう。
「お姉さま……」
「ゲホッ! ゴホッ! ……ぐ、う………」
などと小芝居を打っていたら、ラウルが苦しそうに咳き込み悶えはじめた。何だ急に。このまま死ぬなら手間が省けていいけど……
「ラウルさま! 大丈夫ですか!?」
ってシャルリーヌ、囚人に近づくんじゃない!!
「シャルリーヌ!!」
「きゃっ!?」
ラウルを気遣い、格子に近寄ったシャルリーヌはあっという間に、奴によって捕らえられてしまった。シャルリーヌの手や身体に蔦が絡みつき、格子に貼り付けられてしまっている。そして喉元には、ラウルの手が……。
「おっと、動かない方がいいんじゃないか? この娘が死ぬぞ」
傍に控えていた騎士たちが振りかざそうとしていたけれど、シャルリーヌの喉元に添えられた青白く光る手によって牽制された。
どういうこと……。格子の一本一本に魔封じの仕掛けが刻み込んであったのに!