動乱の時代到来!
国王を暗殺した首謀者は、エガリテである。そしてエストラーナからの支援を受けていたと公表。もちろん支援国家は他にもあったけれど、そちらの方は意図的に隠した。おかげで国民の怒りは、一気にエガリテとエストラーナに向ったよ。やったね!
女王に即位した私は、エガリテを粛清し、エストラーナを必ず滅ぼすと宣言した。
宿敵というだけあって、ランシュテールとエストラーナの仲は悪い。二つの国は、元々一つの国だったのだ。よくあるお家騒動から、国は分裂。正当な跡継ぎである王の国が、我がランシュテール。反旗を翻した弟の国がエストラーナ。曽祖父の代までドンパチが続いていたが、決着がつかず、祖父の代で一旦停戦。そこからは虎視眈々とお互いの様子を探りつつ、平和を維持していた。だがここにきて今回の事件。我が国民を扇動して象徴たる王を殺し、平穏を乱したのだ。これだけの材料があれば、皆に否やはないはず。
新女王陛下万歳! 裏切りの国、エストラーナは滅びよ!
私の予想通り、宣言を聞いた民は咆哮のような歓声を上げ、戦う意思を口にしてくれた。貴族たちも宿敵の暴挙にいきり立ち、兵の訓練に熱を入れている。みんな戦争やる気満々で嬉しいよ。
でも一部には反対する声もあるんだよね。どうかしてるね。だから文句ばかり言うただ飯喰らいには、適当に罪をでっち上げて政権から退いてもらった。私財没収の後、炭鉱へ。無職にしないだけ、私って優しいわ。しかも炭鉱で働いていれば、反対していた戦争に出なくて済むんだもの。感謝して欲しいくらいだね。中にはマジで不正やってる奴もいたから、我が家のテーマパークで一緒に遊んであげた。おかげでいい汗かいたわ!
諸々の憂いは綺麗に片付き、戦争の準備は整った。さあ、我が国が受けた屈辱と無念を晴らし、彼の土地を取り戻そうではないか!
民の歓声を背に受け、私は軍を率いて王都を出立した。
出発から数時間後。私は馬の速度を落として、セレスたんの隣へ移動した。戦い前だからだろうか、セレスたんは珍しくキリっとした顔をしている。
「で、何でセレスたんまで従軍してるの?」
セレスたんが戦争に参加するって聞いてびっくりしたよ。私としては、できれば国でバルニエパパと内政しててほしかったんだけどな。でも準備で忙しくて、話す機会もなかったんだよね。待機命令を出しておけば良かった。
「この計画に関わった以上、自分だけ安穏な場所で日々を過ごすわけにはいかない。君のきつい一言で、ようやく覚悟を決められたよ」
「きつい一言? 私何か言ったっけ……」
全然心当たりがない。セレスたんは苦笑いしているだけで、何も言おうとはしてくれない。言いたくない程ひどいこと言っちゃったのかな。検討もつかない私は首をひねるばかりだ。あ、もしかして無意識に言ってたのかも。
「ヘタレとか豆腐メンタル野郎とか? でもセレスたん、意味分かるの?」
「……分からないが、いい意味ではなさそうだな」
どうやら違ったようだ。セレスたんはムッツリと押し黙ってしまい、速度を緩めて私から下がった。お前とは喋らねえ! ってオーラがにじみ出ているのが背後からひしひしと伝わってくる。
しかし今の私は女王さま。そんなオーラは私の前では無意味なのだ。
「タランス伯爵!」
「何でしょうか、陛下」
女王さまモードで私が呼べば、セレスたんが少し硬い声で答える。やれやれって感じの表情だ。ちょっと怒りはするけど、セレスたん根にもつタイプじゃないもんね。なんだかんだいって、許してくれる懐深い人。この顔が見れなくなるのは嫌だな。だから私が今伝えたいことは、一つだけ。
「生きて帰りましょう。お互いにね」
「ええ、必ず」
セレスたんは微笑んで頷いてくれた。
絶対死なないでね。もし死んじゃったら、死蝋化させて私の部屋に飾ってあげようっと。
国境を越え、平原地帯に差し掛かった頃、最初の戦闘が始まった。
我が国と、エストラーナの戦力はこちらが優勢である。昔は互角だったんだけどね、何でもエストラーナでは最近まで起きていた内乱により打撃をうけているらしい。大変ねえ。まあ、あえて言うとすれば、どこの国も考えることは一緒ですよねーってね。
そんな事情もあって、我が軍は快進撃を続けていた。しかし油断は禁物。主力であるはずの魔導師団の数がやけに少ないのだ。チャラ男情報によると、何でも戦闘用の新しい魔術が開発されたとか。魔法大国ならではだね。しかしそれはこちらも同じこと。ランシュテールの魔術だって負けてはいないのだ。私と私が鍛え上げた精鋭がいれば、エストラーナの魔導師団など恐るるに足らず! 背後からの奇襲だって何のその!
襲い掛かる敵を剣で打ち倒せば、爽快感が身体を駆け巡る。骨の砕ける感触! 怒号と悲鳴! 血飛沫! あっという間に私は興奮の絶頂に達した。戦争ってサイコー!!
「ほほほほ、逃がしはしないわよ!」
逃げ去ろうとする兵を捕まえ、殺戮を楽しむ私。そこへセレスたんが慌しく駆けつけてきた。何かな、いいところなんだけど……。
「グリザ、この奇襲、囮じゃないのか? 軍を分散して、どちらかを……いや、君のいる主力部隊を叩くつもりじゃ……」
そういえば、この奇襲部隊、やけにあちこち駆けずり回ってる。セレスたんの言う通りかもね。快進撃で調子乗っていた我が軍はそれに気付かず、いい気になって敵を追い回すだろう。そして準備が整ったところで、我々を例の魔術で殲滅する気か。
「でもこのまま進むわ。私の部隊を先頭にしてね」
「わかった。何か考えあってのことなんだな」
迷いのない意思を口にすれば、セレスたんはすぐ納得してくれた。戦いに関しては私を信頼してくれているらしい。
「皆、特殊迎撃の用意を!」
迎撃の準備をすませ、私たちは敵の手の内へ飛び込んだ。
奇襲部隊は平原を越え、丘陵地帯に差し掛かった。待ち伏せているとしたら、この丘の背後だろう。私は合図を送り、迎撃の構えを取らせた。
丘を越えると、案の定そこには魔導師団が待ち構えていた。敵部隊を目視したと同時に、肌に刺すように伝わる高濃度の魔力の気配。この気配を射程圏内にまでとどめたのは大したものだ。エストラーナの秘術というだけあるね。しかし私たちに後退の文字はない。訓練済みの軍馬は、怯むことなく突き進んでいく。そろそろ来る。私は声を張り上げ、号令した。
「アブソーブ開始!」
精鋭部隊が文言を唱え始める。次の瞬間、私たちの軍勢は眩しいほどの光と熱気に包まれた。
ものすごい熱だ。この辺り一帯焦土になっても構わないってぐらいの大掛りな魔術だね。しかしそれはランシュテール軍を灰にするどころか、私たちに力を与えた。彼らの放った熱と衝撃を魔力に返還し、吸収したのだ。私と精鋭部隊の身体に描かれた特殊な陣が、それを可能にしている。昔レオンとの戦いで使ったのも実はこれなのだ。
これを開発し、実用にこぎつけるまでどれほどの時間を要したか。今までの涙ぐましい努力が思い出される。淑女教育の時間ををすべて犠牲にしたから、裁縫や詩なんかさっぱりできないし、体中は傷だらけだ。特殊陣の適用耐性の持ち主を見つけるのも苦労したっけ。秘密が漏れないよう、記憶操作は日常茶飯事。おかげで危ない魔法は一通りマスターできたけど、私の身体に負担が掛かりすぎて十円ハゲが沢山できたこともあったっけ……。しかし、その努力が今報われるのだ。私は勝利のためなら、どんな苦労も厭わない!
エストラーナ軍に動揺が走っている。一掃されるはずだった軍勢が、勢いを失わずに自分達目掛けて突撃してくるのだから当然だろう。予定されたように弓矢が飛んできたけれど、今の私たちには何の意味もない。一応これも追い討ちの手段として用意していたんだろうな。そんなものは風の魔術で簡単に吹き飛ばせるのだ。
こうして魔力を使い果たした魔導師団は、なす術もなくランシュテール軍に飲み込まれていった。
エストラーナとの戦いはランシュテールの大勝利で終わった。領土の大半は奪い、エストラーナの残党は北西へ。メルグとエストラーナ(現ランシュテール領)の間にある、有象無象の国々の一部となるのも時間の問題だろう。あちらは世紀末都市か!ってぐらい、泥沼状態らしいからね。
有象無象の国々といえば、様子見として放っていた間者から気になる報告も受けていた。それによると、ランシュテールが戦っている間に、メルグも勢力を広げていたようだ。有象無象の国々の一部を滅ぼし、我が物としている。まあ今すぐにこちらに来ることはないだろうから、今のところはメルグはどうでもいいや。次に攻めるとしたら……、当然あの国だ。
私は地図をじっくり眺めた後、議場に居並ぶ臣下の顔を見渡し、重々しく口を開いた。
「カナイドにクルールの割譲要求を出そうと思います」
そう、次の獲物はカナイド、お前だ。