攻略キャラを攻略せよ!
近日行われる、ランシュテール建国百年を記念した三日三晩の祭り。これが『宣託の乙女』のプロローグ場面である。
何が起こるかというと、我が父ランシュテール国王とグリザベラの暗殺事件だ。未遂に終わるものの、祭りは騒ぎでそれどころではなくなり中止。各国の大使を招いていることもあり、疑わしき者は沢山居る。刺客は三人。そして放たれた魔法、武器、刺客の落とし物から、メルグ、チキジマ、エストラーナの三カ国に絞られた。結果、各国は一気に険悪ムードに突入。しかしその数日後、ヒロインであるシャルリーヌは誕生日に神の啓示を受け、平和の使者となることを決意し、各国と和平を結びに行くのだ。
暗殺騒ぎは祭りの最終日である三日後。私はこの機会を利用するつもりでいる。どうするかといえば、まずは刺客。これを一人だけにして、すべての疑惑をエストラーナに押し付けるのだ。いきなり全部を相手にしたくはないからね。
とまあこんなことを考えているけれど、刺客は断じて私の差し金ではない。セレスたん情報によると、なんとこいつら、エガリテのメンバーだそうな。何なのお前たち。実はランシュテールの破滅を望んでるんだろ。戦争引き起こしたいんだろ、と言いたくなる所業である。でもね、最近掴んだ情報でそれも納得しちゃったよ。エガリテを密かに支援している中の一人に、ラウル・イグレシアがいたんだよね。まったく、とんでもない婚約者さまだ。まあ他にも支援者は疑惑国の中にもいるんだけどね。ほほほ、いい度胸じゃない。みんな滅ぼしてやるわよ。ハイエナどもめ、待ってろよ!
そして迎えた建国祭当日。
初日は退屈な式典から始まり、各国からの祝辞とかその他諸々の面倒な行事が盛りだくさんだ。それが終わればあとは無礼講。私は格式ばったドレスから、自分のイメージに合った、空色を基調とする清楚なドレスに着替えた。うーん、完璧。鏡に映る私は、さながら水の妖精のようである。傍には私が育て上げた超ヒロイン”シャルリーヌ”を置き、出陣した。今日は攻略キャラが一斉に我が国に集う、チャンスの日でもあるのだ。
まずはメルグの眼鏡。こいつは速攻で陥落した。元々シャルリーヌは奴の好みだしね。二人きりにさせたらあっという間でした。貴女のためなら国だって捨てる覚悟だ! とまで言わせていた。流石シャルリーヌ、私が見込んだ女! というかこんなのが国の重鎮なんてヤバイくない? ま、うちの国じゃないからどうでもいいけど。
次はエストラーナのチャラ男。奴の周りには女が群がっていたけれど、王女さまが来たとあれば蜘蛛の子を散らすように誰もいなくなったわ。
「御機嫌よう。ランシュテールによく来てくださいましたね。エストラーナの……」
やばい。チャラ男の名前が出てこない! ……まーいっか。
私は微笑み「大使殿」と付け加えて誤魔化した。
「テオバルド・デ・アルムニアと申します。王女殿下からお声を掛けていただくとは、このテオバルド、感激の至りでございます」
そつなく挨拶をしたチャラ男は、優雅に礼をして色気のある笑みを浮かべた。そして私の手を取り、美辞麗句を並べ始める。
げっ、あんまり触らないで欲しいな。私はイケメンに触られると、どうしてだか蕁麻疹が出てしまうのだ。手袋越しなら平気だけど、それでもあんまりいい気分じゃない。
それにさ、チャラ男のキラキラした言葉とか王女だし聞きなれてるんだよね。感激とか特にしないから。あー、早く終わってくんないかな、って思うだけだ。校長先生の長話みたいなもんだね。「俺と一緒に拷問しようぜ!」とか言ってくれれば、私は間違いなくときめくんだけど。
「殿下のこの白魚のような美しい御手を取ることができた幸運、決して忘れはしません……」
お前が勝手に手を取ったんじゃん。というか私の手、剣ダコでぼっこぼこなんですけど。
「その美しい唇から零れ出るお声の甘やかなる響きに△×※■$#▽○Ξ@ペラペラペラペラ」
もー、何言ってるのかわかんない! これいつまでやる気なの? いや、それより肝心のシャルリーヌはどうした!?
すぐ横に視線を走らると、そこにシャルリーヌの姿はなかった。慌てて辺りを見渡せば、彼女はどうでもいいモブイケメンに粉を掛けている……。さっきからまったく気配がないと思っていたら、いつの間に!
「△×※■$#▽○Ξで△×※■$#▽ですから、私は」
「ゴホン!! 麗しいお言葉の数々ありがとうございます。私、あなたに是非とも紹介したい者がおりますの。少々お待ちいただける?」
「え、ええ、もちろんです」
私はチャラ男の長話を強引に区切り、モブイケメンを張り倒してシャルリーヌを人気のないところに引っ張っていった。そして二人きりなのを確認してから、彼女を憤怒の形相で見下ろした。
「あの、お姉さま……えーと、ふふっ?」
多少気まずそうな顔をしたものの、シャルリーヌはすぐに態度を変え、小首を傾げて誤魔化すように笑う。てへぺろってやつ? かわいいね。
何て思うか!! このバカリーヌ!!
「シャああルぅぅリィィィヌぅぅぅぅぅ!」
「痛いっ! 痛いわお姉さまっ! おやめになって!」
激怒した私は、両拳で力の限り、シャルリーヌの米神をぐりぐりぐりぐりした。
「いたあああい! お姉さまのバカ力じゃ私の頭が壊れてしまいます! やめてえええ!」
「お黙りっ! 既に壊れてるわよ! このおバカ! 目当てを落とすまでは駄目って言ってあったでしょ! 言うことを聞かない子はこうなるのよ!!」
「だって、だって! イケメンをみたらつい、体が……!」
「こらえなさい! 目的達成するまでイケメン断ちするのよ! 成功すれば、あなたの好きなお菓子作ってあげるから!」
「うっ、ううっ……。は、はい、ごめんなさい……。お姉さまのお煎餅、食べたいです……」
煎餅に釣られたシャルリーヌは、やっと素直に言うことを聞いた。
何を隠そう、前世は煎餅屋の娘だったこの私。昔の味が懐かしくなって、うるち米に似たような米を取り寄せ、煎餅を作ったことがあるのだ。それをシャルリーヌに振舞ってたところ、彼女は煎餅の虜となった。以来、煎餅を出せばシャルリーヌは私の言うがままに動いてくれる。彼女を超ヒロインとして育てあげられたのは、煎餅の力といっても過言ではない。
悄然としたシャルリーヌを連れて、私はチャラ男のもとに戻った。しかしチャラ男、大人しく待ってるかと思いきや、どこぞの女を口説いている最中だった。何だか既視感が……。ていうかね、王女さまが待っててってお願いしたんだから大人しく待ってろよ! 何なの、お前、女口説いてないと死んじゃう生き物なの?
殺気を込めて彼らを睨むと、それに気付いた女は慌てて逃げていった。チャラ男は「つれないお方だ……」と呟いてる。
こいつ、確か軍の上層部に属していたはず。軍人じゃない女でさえ私の殺気に気付いたのに、気付かないチャラ男。こういった場だし、あえて知らない振りをしてるのか……? そうじゃなければエストラーナ恐るるに足らずなんだけどな。
チャラ男がフリーになったところで、常識人な私は一応遅くなった侘びを入れ、シャルリーヌを紹介して二人きりにさせた。私は先ほどと同様、遠くからことの成り行きを見守る。
こいつはちょっとツンとしていて、すぐに自分になびかない女の子が好みである。そういう子を見るとね、落としてやろうって躍起になるんだそうで。
シャルリーヌは私が教えた通りに振る舞い、チャラ男を着実に惹きつけている。奴は手が早いから、もし危ない雰囲気になりそうだったら私が割って入る手はずになっていた。
しかしそんな心配もなく、チャラ男も陥落。ついでに軍の情報まで教えてくれたよ。感謝するわ、売国奴!
最後はチキジマのワンコだ。しかしワンコといっても、こいつのガードはなかなか固い。巫女姫に忠誠を誓っていて、他人には中々心を開かないのだ。打ち解ければ一気なんだけどね。
歓迎ムードだった前の二人と違って、ワンコは私たちを警戒しているようだった。ゲームでは結構な日数を共にしないと落とせないこのワンコ。これは少々てこずるかもしれないね。しかし私のシャルリーヌならきっとできる。
計画通りに二人きりになったシャルリーヌは、彼女が知りえないはずのワンコの情報を次々と言い当てて見せた。生年月日、好きなもの、生い立ち、その他諸々。普通の人ならば気味悪がって、引きまくるところだけどワンコは違う。怪しげな宗教に傾倒したキチガイ国家の人間なのだ。シャルリーヌの中に神聖性を見出し、ころりといってしまうこと間違いなしのはず。ゲーム中でも神の啓示に興味津々で、シャルリーヌに聞きまくってたもんね。
だがワンコの元から戻ってきたシャルリーヌは、泣きそうな顔をしていた。
「お姉さま、エーレンフリートさまには嫌いだって言われちゃいました……」
「そう……」
うーん、手ごわいな。しかし、ワンコはちらちらとこちらを伺っている。シャルリーヌが気になってしょうがないみたい。あの様子だと、意地張ってつい言っちゃったって感じだね。もう少し時間を掛ければ、堕ちそうな雰囲気ではある。
「大丈夫よ、時間はまだあるから。でもしばらくは彼とは距離をおきましょう」
「でも……」
「押して駄目なら引いてみろ、よ。とりあえずは良くやったわ、シャルリーヌ。疲れたでしょう、休みましょうか」
私が微笑むと、シャルリーヌもホッとして笑顔になった。うんうん、やっぱり君には笑顔が似合うよ。
「はい! では、お煎餅とイケメンを……」
「煎餅だけよ!」
「はい……」
休憩するのにイケメンはいらないから!