計画始動……したけどこれは予定外!
セレスたんの懸念通りに、教練で私は興奮しまくった。最初は先生に手ほどきを受けて、セレスたんと軽く打ち合ったんだけどね、彼の表情がもう凄くって。徐々に私の勢いに押されていくセレスたんの顔に焦りが浮かび、そして眉根を寄せ苦しげな表情に変わると、私のやる気は俄然増した。
これは殺(や)れる。セレスたんは今私に狩られようとしているのだ。こいつは 私 の 獲 物 だ! ってね。
ノリに乗った結果、私はセレスたんを気絶させてしまった。先生には筋がいいと褒められたけど、相手が良くなかっただけだろうな。だってセレスたん、武よりも知の人だし。遊んでると運動神経あんまりないなーっていうのが良く分かる。
いやー、しかし戦うのって楽しい! 相手を追い詰める時のあの高揚感は病み付きになるよ! おかげで血を見たいという欲求も少しは治まった。うずうずしたらこうやって発散すればいいね。好きなことを我慢するのはよくない。だってそんなことしてたら、ゲームのグリザベラみたくいつかプッツンしちゃうかもしれないし。
それからの私は、剣術や魔法の訓練に寝食忘れるほどに打ち込んだ。楽しいことに熱中するのは苦じゃない。その甲斐あってか、私の剣技と魔法はめきめきと上達。十二歳になる頃には、剣と魔法の複合試合では大人を打ち負かすほどになっていた。
そろそろ頃合だろう。強くなった暁には、私には成し遂げなければならないことがあった。私の壮大なる計画には全く関係のないことだけど、私の心の憂いを晴らす重要なこと。それはゲームのグリザベラが思いを寄せていた、攻略キャラのレオンを完膚なきまでに叩きのめすことだった。
レオンは父方の従兄弟で私と同年代、俺様騎士というキャラクターである。そしてなんと密かにグリザベラを慕っているらしい。何でかはよく知らない。まあ美少女だからだろうな。というか一応両思いだったんだね。どうでもいいけど。レオンのルートはコンプ目的で攻略したけど、会話はすべてスキップしたから奴の詳しい諸事情はさっぱりだ。だって俺様野郎は好みじゃないし。
しかも奴はリアルでも嫌な男だった。初対面の言葉は今でも忘れない。なんとこの私に向って
「ブース!」
と言ったのだ。
はあ!? 目腐ってんじゃないの!? このどこからどう見ても美少女のグリザベラさまに向って、しかも王女さまに向ってこの暴言! 貴様の腐った目玉を 抉 り 取 っ て や ろ う か !?
胸を焼き焦がすほどの怒りに燃えた私だったが、叔父さまの拳骨で殴られるレオンを見てその場は何とか溜飲を下げた。しかし例え五歳児の言った言葉であろうと、照れ隠しの要素があったとしても、私はこの言葉を決して許せなかった。レオンは私の仕返ししてやりたい奴リストNo1に名を連ねたのである。
そしてようやくその日がやってきたのだ。私は今からレオンを立ち直れなくなるほど叩きのめし、奴の騎士人生を潰さなくてはならない。不倶戴天の敵に容赦はいらない。
久々に会ったレオンは、鍛えているだけあって中々いい体つきをしていた。鮮やかな赤毛に、将来は美男になるだろうと予想される顔立ち。まあ攻略キャラだしね。イケメンなのは当然。しかし断言しよう。奴のいいところは顔だけだ。
私は競技用の剣を携え、レオンの前に無表情で立ちはだかった。会いたくないからずっと避け続けて早四年。久々だけど愛想笑いなんてしたくもない。こいつにやる笑顔はないのだ。
「お久しぶりですわね、レオン。準備はよくって?」
「ああ。泣きべそをかくなよ? この俺の剣にひれ伏すがいい」
レオンは傲岸不遜にそう言い放ち、顎を逸らして私を見下ろした。
何なのこの根拠のない自信。しかも無礼すぎやしませんかね? お前、臣下の息子だって自覚してる? いかに従兄弟といえど礼儀は守ってもらいたい。セレスたんならいざ知らず、大して親しくもないレオンに、こんな口の聞き方を許した覚えはないのだ。わかっていたけど、こいつは根性を叩きのめす必要がある。やつのプライドを粉々に、塵も残らないほどに消し去ってしまわなければ……。
しかし不思議でしょうがない。ゲームのグリザベラは何でこんな奴が好きだったのかと。レオンもレオンで、グリザベラを慕っていたなんて嘘だよね。もしかして中身が私だから? まあそんなことはどうでもいいか。今日を限りに、こいつは私の人生に関わることはないだろうから。
お互いに剣を構えて、開始の合図を待つ。そして合図と同時に私は動き出した。
レオンは真っ直ぐで力強い剣が特徴だ。普通に打ち合ったら力でも体力的にも私は不利だ。短期決戦でいかなければ。
真っ直ぐに突き進む私に、レオンの得意技である炎の玉が打ち出される。私は瞬時に水の膜を張り、あることをして炎を消した。あまりこの技はまだ人目につかせたくはなかったが、しかたない。本当は真空状態を作り出して消せればよかったんだけど、生憎と空気を操るのは難しいのだ。層のある水膜を張ったことで、傍目にはそれで相殺したように見えるはず。レオンの火玉は中々のものだったから、本当はそんな膜なんてあっという間に蒸発しちゃったけどね。
「な!?」
まさか懐に飛び込まれるとは思っていなかったであろうレオンは、見事なまでに隙だらけだった。私は驚きに目を見開いている奴の喉めがけて、剣を思い切り叩き込む。それだけでは終わらず、足払いをして転倒させた。そしてレオンの胸めがけて剣を突きつける。そのままブスリといきたいところだけど、衆人環視の中なので我慢我慢。
試合は五分も掛からず、私の勝ちで終わった。一応終了の礼はしたけれど、レオンは未だ喉を押さえて悶絶している。ほほほ、何て無様なの! 虫みたいにジタバタしちゃって! いい気味だわ!! よーし、奴に止めを刺してあげなくっちゃ!
私はのた打ち回るレオンに、意気揚々と歩み寄った。そして顔を近づけて囁く。
「この程度で騎士になると? 文官を目指しているセレスたんだって五分以上は持つわよ。あなたはそれ以下。偉大なる将軍閣下の息子がこれとは、嘆かわしいわね」
「く……」
もがいていたレオンは、ぴたりと大人しくなり私を恨めしそうにねめつけた。やめてよ、そんな顔されたらもっといじめたくなるじゃない……!
私は高ぶる気持ちのままに、口元に笑みを浮かべた。
「口先だけの自信過剰な役立たずなんて、私も父もいらない。あなたは王の剣にも盾にもなりえないの。お家へ帰ってお母さまのお膝元で大人しくしていらしたらいかが?」
何を隠そうこいつはマザコンだ。叔父さまからの話しによると、家では母上母上とうるさくまとわりついているらしい。俺様でマザコンなんて救いようがないな。
「おかあさま……」
その証拠にレオンは涙目になって、母親を呼んだ。呟き声がやけに幼く聞こえる。あらら、ショックと屈辱で精神的退行でもしちゃったのかな。そんな姿をみても、私の胸はまったく痛まない。むしろわくわくはするだけだ。しかしあまり奴をいたぶっても、人前なので私の評判が落ちてしまう。そろそろ引導を渡そうではないか。
私がレオンの頬すれすれに剣を勢いよく突き立てると、奴はヒュッと息を呑みびくりと固まった。
「二度とその見苦しい顔を私たちの前に現さないで」
顎をツンと逸らし、絶対零度の冷たさで見下ろす。そんな私をレオンは凝視している。ふふ、心が凍りつくだろう。鏡の前でこの表情をしたことがあるけど、自分の顔ながら恐ろしいと思ったものだ。整った顔の人が、怒りとか蔑みの表情をすると本当に迫力がある。レオンもこれで、私を恐れ、騎士になろうなどとは思わないはず。
「は、い……」
しかし奴は何故か乙女のように頬を染めて、うっとりと私を見詰めた。何その反応。今のどこに頬を染める要素があったの? 奴はマゾか……?
はっ! そういえばレオンのルートに入るためには、何故か奴をどつく選択肢を選ばなければならないことが多かった。そうか、こいつはマゾだったか……。
謎は多分解けた。つまりはこういうことか。最初から最後までレオンは無礼者である。そしてゲームのグリザベラは、幾度となくこいつに腹を立てて殴ったに違いない。しかしマゾだったレオンは、その痛みと王女の冷たい視線に快楽を覚え次第に彼女に惹かれていったのだろう。対するグリザベラは、奴の被虐趣味を見抜き、甚振りやすそうな男として目星をつけていたに違いない。好きというよりもお気に入りの獲物だったわけね……。
うわー、最悪だ! グリザベラと違って私はマゾが大嫌いだ! いじめても嬲っても頬を染められるなんて冗談じゃない! 私は屈辱に歪む顔とか苦悶の表情が見たいんだ!
「そんな顔で見詰めないで、気色悪い! いつまでも寝転がってないで、さっさと家へ帰りなさい! じゃないとぶちのめすわよ!」
鳥肌を立てた私は、剣を突きつけレオンに怒鳴り散らした。レオンは嬉しそうによろよろと立ち上がり、「はい……!」と期待を込めて私を見詰めてくる。
やめろ! 気 色 悪 い ん だ よ !
私はレオンを気絶させ、自室へと逃げ帰った。
その日以降、レオンは更なる訓練に励んでいるらしい。なんでも、王のお傍に侍ることのできる近衛騎士に絶対なるんだと意気込んでいるそうで……。その上、何かと理由をつけては、レオンは私の周りをうろちょろしだすようになった。気色悪いし目障りだし相変わらず無礼ではあるけれど、私に従順になったからよしとしておこうかな……。