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外道王女の行く末は  作者: 不明
19/20

外道王女の行く末は 後

グロ、嘔吐注意

 などと息巻いていたがとんでもなかった。奴らはしぶとい。どうやらほんのりと光る箇所は奴らの急所で、特定の条件下でしか現れないのだ。急所以外を傷つけても瞬時に再生してしまうし、しかも急所の部位は悪魔によって違う。なんて面倒な!

 念のために一匹ずつ仕留めるという戦法をとっていたが、それでも仕留めた頃には私の体はボロボロになってしまうという有様である。

 しかし奴らを味わうごとに、その苦労は割に合ったものであると実感できた。悪魔をその身に取り込むことで、私の力が段々と増しているのだ。

 でもね、さすがの私も連戦は辛い。その上大勢に囲まれたとあっては……。くっ、やる気を出すのよ、グリザベラ! こいつらはご馳走。極上の肉。憧れのマンガ肉。美味しそう――ぎゃっ、肩を刺された!

 やる気を出すための暗示が、逆に油断を招いてしまったようだ。私は次々と攻撃を食らい、挙句の果てには両足の甲を串刺しにされ、身動きが取れなくなってしまった。絶対絶命である。


「手こずらせやがって……。こいつ、本当に人間か?」

「見るからにやばい奴だぜ。魂もありえねえ程どす黒いし、狂人の顔してらあ……」

「ぞっとするぜ、あの目つき……」

「また暴れる前に、さっさと処理するぞ」


 悪魔たちがうんざり顔で、処刑道具を片手に私の頭上目掛けて振りかぶる。だが――


「ぎゃっ!?」


 私を取り囲んでいた悪魔が、一斉に吹き飛とんだのだ。そして私の前に一匹の肉――ではなく、イケメン悪魔が降り立った。今までの悪魔とは雰囲気が随分違う。もしや上級悪魔だろうか。だって今まではとは違って、とても美味しそうなんだもの……。

 彼は手も触れずに、私の足に突き刺さっていた武器を抜き取った。


「ここは俺に任せて、逃げろ」

「え、ええ……」

「さっさと行けよ!」


 さっさと行きたいのは山々であるが、私の傷ついた足では生まれたての小鹿のような足取りになってしまう。逃げたくとも、さっさと逃げることは不可能なのだ。足が完全に再生するまでには、数十分ほどかかるだろう。ここが人間の辛いところね……。そして極上の肉、惜しかったわ……。

 力を振り絞って老人のようによたよたと歩く。そんな私に二つの手が差し伸べられた。


「さあ、こちらです」

「あなたたち……」

「積もる話もありますが、今はとにかくこの場から避難いたしましょう」


 そう言って彼らは私の手を握り、ずるずると引っ張っていってくれた。ものすごく間抜けな格好だし、とても痛いけれど、大人しく彼らに身を任せる。信用できるかできないかはともかく、弱っている今は四の五の言ってられないのだ。



 彼らによって、私は岩陰に連れてこられた。岩場の陰からは、イケメン悪魔が戦っている様子が見られる。ああ、あの倒した悪魔、あとで私に引き渡してくれないかな。


「あの方は一般の悪魔よりお強いらしいので、そのうち彼らを追い払ってくれるでしょう」

「そう……」


 私はあの悪魔の心配なんかしちゃいない。食事のことを考えていただけよ。それにしても、地獄に来てまでイケメンを魅了するとはね。私は何とも言えない気持ちで、彼らを眺めた。


「まさかあなた達も地獄に来ていたなんてね」

「ええ、本当にびっくりしました。ねえ、お兄さま?」


 軽い調子のシャルリーヌとは対照的に、セレスたんは死んだような眼で呆然と頷いた。


「一体あの後何があったの?」

「それが……、お兄さまがお姉さまを刺した後、騒ぎを聞きつけたレオンさまがお部屋に入って来たんです。そしてお兄さまはレオンさまの手によって斬り殺されてしまいました」


 レオン……、来るならもっと早く来いよ! ……まあ、簒奪者を野放しにしなかっただけ、良しとするか……。


「その後、私は拘束されていたエーレンフリートさまをお助けしました。そして彼にお煎餅のことを聞かれたので、お話ししたのです。そうしたら、気がついたらここに……」


 素直に話しちゃったのかい。私は呆れて二の句が継げなかった。

 おそらく彼女はワンコによって殺されたに違いない。まさか本当にやっちゃうとはね。煎餅の正体を告げられたら脱力するのは間違いないだろうが、何も殺さなくても。……気真面目で融通の利かなそうなワンコには、無理な話か。


「で、私を助けてどういうつもり? 何を企んでいるの?」


 こいつらは一度私を裏切ったのだ。信用してはならない。じろりと睨むと、シャルリーヌは困ったような顔で小首を傾げた。


「何を……、と言われましても、窮地に陥っているお姉さまをお見かけしたものですから、お助けしなくてはと思ったまでです」

「ふーん」

「全く信用していませんね……。きっとエーレンフリートさまの件でお怒りなのですね。でも、お姉さまも信用に値しないお方。だって皆を騙し続けていたのですから」


 非難めいた口調ではなく、穏やかに微笑みながら言う彼女の真意が見えない。ちょっと不気味だ。


「だからこう考えたら如何でしょう? お姉さまもおっしゃっていたでしょう? 私たちはお互いに利用しあう関係。私はここでひどい扱いをうけたくない。だからお姉さまには私を守っていただきたいの。代わりに私が提供できるのは、悪魔の協力者や情報。どうですか?」

「悪くない話ね。でもあなたなら私の助けがなくても一人で生きていけそう」


 現に上級悪魔を手懐けているのだ。はたして私が必要なのだろうか。


「そうかもしれません。でも念には念を、です。それに私はお姉さまがこれからなさることを、傍でみていたのです。人の世にあった頃、私はお姉さまの雄姿に胸をときめかせていたのですよ」


 ふっ、まあね。私は美しくて強いので、気持ちはわかる。私だって見とれてしまうほどなのだから!


「それからもう一つ、お姉さまにお願いがあります。私、お亡くなりになる前のお姉さまのお話で気づいたのです。他人が眉を顰めるようなものでも、好きなものは好きと恥もせず、憶することもなく、はっきり言えることの素晴らしさに! 私はイケメンが好きです。でもお姉さまの作るお煎餅はもっと好き! だからお姉さま、また私にお煎餅をくださいませ。ね?」


 可愛らしく笑っておねだりするシャルリーヌに、私はこらえきれずに噴き出した。何だ、結局そういうことか。それなら私も納得できる。

 私は早速懐から新作の煎餅を取り出し、シャルリーヌにつきつけた。


「じゃあシャルリーヌ、これを上げるわ」

「これは……?」

「新作、悪魔の皮煎餅よ!」


 彼女はぎょっとして身を引きかけたが、煎餅と名のつくものには弱いのか、眉を顰めつつも受け取った。そして恐々と煎餅を口にする。


「まあ、美味しい!」


 彼女の顔はぱっと輝き、新作煎餅を至福の表情で味わい始めた。

 私はシャルリーヌから視線を外し、先ほどから岩のように押し黙る男に向き直った。真に糾弾すべきはこの私にとどめを刺した張本人、セレスたんである。


「セレスたん、助けてくれてありがとう」


 礼儀正しく挨拶したにもかかわらず、セレスたんは死んだ魚のような眼をしたまま適当に頷くだけだった。ええい! 人が話しているのにこの態度、イライラするわ!! 


「そしてよくも私を殺してくれたわね……。一蓮托生の誓いを交わしたのに! 裏切り者!」


 心のままにくってかかると、奴はむっとして私を睨みつけた。


「君だって僕を騙していたじゃないか!!」

「小さい頃からずっと一緒にいたんだから、私のことくらい見破りなさいよ! この節穴!」

「……薄々はどこかおかしいと……、君は異常だと思ってたんだ。でも、信じたくなかった……」


 そう言って頭を抱えて俯くセレスたん。その姿が私の苛立ちに拍車をかけた。こんな男に、私は殺されたというのか……!!


「なんでセレスたんってばそんなにチョロイの!? しかもあのうっかり悪魔なんぞにやすやすと乗っ取られて! シャルリーヌはそれでも少しは抗ったわよ! 意志薄弱の軟弱男めがああああ!」


 色々思い出して私はとうとう爆発した。目の前のヘタレの顔を引き裂くべく、鼻の穴と口に手を突っ込み左右に広げる。愉快な顔になったが、私の心はそんなもので慰められやしないのだ!


「はふぇふぉ!!」


 これはたまらんと思ったのか、セレスたんが両手で私の顔を押し返そうとする。馬鹿め! セレスたんごときの力で、私の攻撃を止められると思ったら大間違いだ!


「じゅんでじまえええええ!!」

「まあ! お兄さまもお姉さまも、醜い争いはおやめになってくださいませ!」


 シャルリーヌから制止の声が上がったが、私たちの取っ組み合いは終わらない。そんな私たちに呆れてか、彼女の深いため息が聞こえた。


「もう、お二人とも子どもみたいなんだから……」


 まるで小さな子供を叱るように、腰に手を当て頬を膨らませるシャルリーヌ(二九才)。

 それを見た私とセレスたんの心はシンクロした。


「あんたに言われたくない!」

「お前に言われたくない!」


「まあ、息がぴったり! 喧嘩するほど仲がいいって言いますものね」


 シャルリーヌは対して気にした風もなく、あっけらかんと笑った。

 何だかばかばかしくなった私は、ため息をついて肩を落とした。セレスたんも隣で同じような仕草をしている。きっと私と同じ心境なのだろう。


「まあいいわ。みんな地獄に来てしまったことだし、ごちゃごちゃ言っていてもしょうがないわね」

「全くだな」


 半眼で私に視線を送るセレスたん。思いきり含みのある視線だが、大人な私は無視してやりすごした。第一このヘタレと言い争っていても不毛だし、疲れるだけだものね。

 そういえば現在の地獄の状況はどうなっているんだろう……。ふと思い出した私は、シャルリーヌに尋ねた。


「ねえ、シャルリーヌ。拷問していた悪魔の数が急に減ったのだけど、今ここで何かが起こってるの?」

「ああ、確か大公爵様が復活なさったらしいのですが、またどこかへ行ってしまわれたそうですよ。下級悪魔はその捜索に当たっているとかで……」

「ふーん。大公爵ね……」


 多分タイミングからしてミシャンドラのことだろう。大公爵か……。それほど位が高いのなら、きっと最上級の肉に違いない。しかもそれを取り込めば、私は神をも凌ぐ力を手に入れられるはず……。絶対やってやる!


「シャルリーヌ、セレスたん、やるわよ、地獄制覇!」

「え……!? は、はい! やりましょう、お姉さま!」

「いいさもう。こうなったら落ちるところまで落ちてやるさ……」

「馬鹿ね、セレスたん。これ以上最低なんてないわよ。だから私たちはこれから浮上するのよ!」


 と言った瞬間、セレスたんの目玉が飛び出た。文字通り、ポンっと間抜けな音を立てて。


「うわっ!?」

「ひっ!?」


 当然私は驚いた。シャルリーヌはもっと驚いて腰を抜かしている。

 異変はまだまだ続いた。辺りでは、潰れるような音、破裂音が鳴り響き、悪魔たちが次々と血飛沫を上げて絶命していく。あのイケメン悪魔も、頭が膨れ上がって破裂し、四肢が千切れて滅茶苦茶な姿になっていた。


「何なの……、いっ!?」


 辺りの惨状と呼応するように、私の左手が疼いた。紋章がうっすらと光を放ち、熱を持ち始める。まさか、ミシャンドラが来たというのか――!?

 慌てて周りを見渡すと、空洞になったセレスたんの目から、もくもくと黒い霧が発生していた。きっとこれに違いない。そしてこれを放置すると確実にやばい!

 私は急いで暴れるセレスたんを抑え込み、彼の両目を塞いだ。すると今度は口からもくもく。こちらも負けじと口を塞いで転がっていた石を拾い、セレスたんの空洞に詰めて詰めて詰めまくった。しかし今度は鼻から――キーッ! しつこいんじゃあ!!


「シャルリーヌ! セレスたんの穴という穴をすべて塞ぐのよ!」

「えっ? ええっ……!?」


 シャルリーヌは青ざめ、パニくり手をあわあわと動かすだけだった。もう、これだから地獄初心者は!


「早く!! 煎餅が食べられなくなってもいいの!? よくないでしょ!」

「は、はい!」


 彼女は泣きそうな顔で、セレスたんの鼻の穴に石を詰め耳を塞いだ。セレスたんは、陸に打ち上げられた魚のようにびくびくとのたうっている。暴れるな。暴れたら石がとれちゃうでしょ!


「セレスたんじっとしてて! 死にはしないわ! 痛いだけだから我慢しなさい!」


 そうして大混乱の末、私たちは穴を塞ぎきった。……はずだったのだが、安心したのも束の間、セレスたんの下半身から勢いよく黒い霧が噴出されたのである……。げーっ……。

 黒い霧は人型を取り、予想通りの姿が私たちの前に現れた。煌びやかな服に身を包んだ、美貌の青年ラウル――もといミシャンドラが。


「ああ、グリザベラ、やはりお前は私が見込んだ人間! 責め苦に耐え、悪魔をも取り込むとは……。化け物のような精神力に、狂った思考! 我が伴侶にふさわしい!」


 奴は笑顔を浮かべて、舞台俳優のように大げさな仕草でこちらに近寄ってきた。寄るな、気持ち悪い!


「やかましい! 私たちを地上に戻しなさい! 私は世界征服を願ったの! 果たされていないじゃない。契約不履行よ!」

「契約は成立している。一つは中途半端ではあるが、もう一つは完璧にやり遂げた。二つも望みをかなえることなど普段ならばあり得ないのだぞ。でもそれもすべて愛しいお前のため。だから私に非はありはしないし、お前は私のものだ」 

「え、二つ……? って、ちょっと!!」


 記憶を探ろうとするも、奴に抱き込まれて私はそれどころではなくなった。おい、やめろ! 汚い手で私に触るんじゃあない!

 力の限り抗ったけれど、やはりミシャンドラの腕はびくともしない。いやだ、こんなのと結婚なんて絶対いやだ! だって暗黒の未来しか見えない!


「グリザベラ、周りをよく見てみろ……」


 ミシャンドラの囁きに鳥肌を立てつつ、私は周りを見回した。

 何を見ろっていうんだ。こんな殺風景な場所! 滅茶苦茶になった死体が彩りを与えてくれてはいるけど……。あ……! この状況は、もしや……!? 血で彩られた景色の中で死屍累々に囲まれながらのプロポーズ……!?

 気づいた途端、私の胸は異常なほど高なった。この悪魔なら、私の憧れを叶えられる……!


「そして愛を交わしあった二人は……」

「そう、征服デートだ……。私の伴侶となるな?」

「ええ、もちろん……」


 私はうっとりとミシャンドラに身を委ねて、口付けを交わした。左手がじわじわと熱を放ち、紋章が完成していくのが感じられる。これで、私は彼の伴侶となったのだ……。そしてこれから彼と共に、血が迸る熱い征服デートに出かけるのよ!

 めくるめく血色の未来に夢を馳せていた私だったが、ミシャンドラから漂う異臭にふと気付いて眉を潜めた。

 ……なんだか、こいつ、臭いわ……。そういえば、こいつはどこから出てきた?


 確か、セレスたんの、尻……!!


 私は吐いた。


「うっ、ごほっ、おぇぇ……!」

「ははははは! グリザベラ、楽しいな! お前のそういった顔を毎日見られるかと思うと、私は嬉しくてたまらないぞ!」


 吐きまくる新妻を心配するどころか、面白がって高らかに笑うミシャンドラ。こいつ、絶対に許さない。絶対離婚する。というか殺す!


 こうして旦那殺害の決意を胸に秘め、私の地獄生活が幕を開けたのだった……。




これにて本編は完結となります。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!お疲れ様です!


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