外道王女の行く末は 前
グロ注意
暗闇の中から子供たちの笑い声が聞こえる。
何故? 誰が笑ってるの。確か私は……何をしていたのだろう。思考があやふやで、考えがまとまらない。今何があったのかも思い出せない。でも笑うようなことはなかったはず。どうして……、どうして? そんなの決まってる。楽しいから笑うんだ。
自覚した瞬間に、視界が明るくなる。そして私は自分の部屋で彼らと笑い合っていた。幼い頃の、シャルリーヌとセレスタンと共に。
三人で色々な話をして、遊んで、そんな楽しい日々が目まぐるしく過ぎていく。
物心ついたときからずっと一緒だった、シャルリーヌとセレスタン。従兄妹だったけれど、彼らは私にとってお父さまより近しい存在だった。大好きな大好きな私の従兄妹たち。
特にシャルリーヌといるときには、心から安らいでいられた。危険な衝動だって、彼女といれば感じることもない。でも、それが無くなったのはいつから……?
……そうだ、彼と出会ってからだ。隣国の王子、ラウルさま……。
そう思った途端、場面は変わり、私の視界を赤いバラが埋め尽くす。今度は宮殿のバラ庭園だ。
「シャルリーヌ?」
辺りを見回しても彼女の姿はない。……そういえば、シャルリーヌを誘ったけれど断られたんだった。
今の彼女は、私が教えた新しい遊びに夢中だ。本当は一緒に付いてきて欲しかった。でも夢中になっている時に水を差されるのは私も嫌だし、何より自分が教えたもので楽しんでくれているのは嬉しい。だから一人で来たんだった。この時の私は、何故かどうしてもバラ庭園に行きたかったのだ。
胸がドキドキして、落ち着かない。ここに何かがある。行ってはいけない気がする。でもどうしても惹きつけられる……。
私は走った。原因を知りたかった。好奇心を抑えきれない。
だめよ、そっちに行かないで!
心の中で叫んだけれど、私の足は止まらない。付き従っていた侍女たちは、いつの間にかいなくなっていた。
そして私は見つけてしまった。
「あ……」
私は息をのんで、その場に佇む少年を見つめた。蒼い瞳と紅い瞳をもつ、美しい少年を。
彼も私の出現に驚いたようで、目を丸くさせていた。
「グリザベラ王女殿下ですね」
でもすぐに人当たりの良い笑顔を浮かべた彼に、私の不安と警戒心は綺麗に取り払われた。そして挨拶を交わしあい、他愛ない会話をする私たち。
それから私はふと思い立ち、懐から採集用のナイフを取り出した。先ほどの彼は薔薇に見入っているようだった。もしかしたらバラが好きなのかもしれない。それに外国からのお客様。だから歓迎の意を込めて、お気に入りの薔薇を上げることにしたのだ。
私は苦心して手折った薔薇を、彼に差し出した。けれど、彼は私の手を食い入るように見つめるばかりで、受け取ろうとはしない。ようやく動いたかと思えば、私の手は彼に思い切り引っ張られた。
私の手から薔薇が落ちる。手は彼の口元に引き寄せられた。指先には手折った時にできた傷。そこから滲む血を、彼がぺろりと舐めた。
すると不思議なことに、彼の蒼い片目が紅く染まり――
「……やっと見つけた。お前だったのか」
そう言って彼はぞっとするような笑顔を浮かべ、私に契約を迫って来たのだ……。
全部、思い出し――ぎゃっ! 痛い! 痛いっ! ちょー痛いんですけど!
あまりの痛みに、私は一瞬で覚醒した。目を開けると、私は全裸で罪人のように張り付けられていた。しかもあろうことか、お腹を銛で貫かれている。それをやっているのは、耳のとがった青灰色の肌の人間。どこかの禁書でこの姿をみたことがある。これは……悪魔だ。
悪魔は私が目を覚ましたのを見て、ニッと笑った。
「地獄へようこそ、大罪人のお嬢さん」
そして再び、銛で私の腹をぐりぐりと抉る。
「ぎゃああああああああ!?」
「う、ぐ、おおおおおおお…………!」
私の悲鳴の他にも、野太いおっさんの絶叫が聞こえた。聞いたことがあるけど、痛みで誰かなんて思い出す余裕はない。
悪魔たちによって、皮膚を切り裂かれ、肉を抉られ、骨を折られる。けれど私は気絶もできず、痛みで呻くばかりだ。
傷つけられる傍から、徐々に体が再生していく。しかしそれも壮絶な痛みを伴った。
やめて、やめて……! 私は傷つけられるより、傷つけたい! 体を再生させないで。このまま死んだ方がましだ。頭がおかしくなりそう……!
絶え間ない責め苦の中で、亡者たちの怨声が聞こえてくる。
もっと苦しめ。私たちが味わった苦痛をとくと思い知れ。お前のせいで、皆死んだ。私の家族を返せ。報いを受けろ。死よりもひどい目に遭うがいい。よくも騙したな。よくも、よくも、よくも!
数多の恨みの声。それを聞いて私の心に満ちたのは、壮絶なまでの怒りだった。
やかましいんじゃ! そんなもん私のせいだけじゃないっつーの! あんた達にそれを撥ね退けるだけの力がなかったのが悪い。運が無いのが悪いのよ! そして今こうやって私が責め苦を受けているのも、運がなかったから……? いいや、そんなことはない。私は私としての意識をまだちゃんと保っている。だから地獄に落ちようとも、私は死んだわけではないのだ……!
「……い、……たぞ!」
「……か! ……たら、す……いく!」
ありったけの拷問を受けた私は、磔から降ろされた。顎を取られて、顔を上げさせられる。ボロボロになった私をあざ笑うように、悪魔がニヤニヤ笑って何かを呟いた。でも意識が朦朧としていて、その言葉を理解できない。
悪魔の手が私の顔に伸びる。それから緩慢な動作で左目に指を突き立てられた。
「あ゛、が、あ゛あ゛ぁ」
ぶちゅり、ぐちゅり。ゆっくり、ゆっくりとかき回され、更なる激痛が私を襲う。呻く私に、悪魔が笑い声をあげて、突き立てていた指をなめた。
私の中で、先ほどの怒りが再燃する。狂ってたまるか。こんな奴らに好き放題されてなるものか。しかも、私の美しい顔を、目を……!
怒りの感情が、全身の痛みを上回った瞬間だった。
ほんのりと光る悪魔の喉元。そこ目掛けて、私は食らいついた。ボロボロの体に激痛が走る。でも今は痛みに呻くよりも、とにかくこいつを滅茶苦茶にしてやりたいという思いだけが私の体を動かしていた。
「ば、ばか、な! 人間に、こんな力……!」
悪魔が私を引きはがそうとするけれど、こちらも負けじとありったけの力を込めて齧り付く。右目にも指を突っ込まれたが、私は決して放さない。放すものか!
皮膚が破れて血が口の中に流れ込む。反射的にごくりと嚥下する。血は……、トマト味で以外にも美味しかった。……もっと、もっと、もっと頂戴!
私は悪魔の喉元を無我夢中で食い破った。流れ出る血を思う存分堪能する。充分喉が潤った頃には、悪魔は絶命し、私の体は元通りに回復していた。
……ふふふふふふ、悪魔なんて大したことないわね! 喉を食い破られたくらいで死ぬの? なんて脆弱な生き物なんだろう! 再生する分、人間の方が有利じゃない。そうと分かったら、悪魔など根絶やしにしてくれるわ! そしてあの詐欺師をぎゃふんと言わせてやるのだ!
私は左手の甲に刻まれた紋章を、苦々しい思いで見つめた。
事の発端は、全て我が父にある。
温厚そうに見えて野心家だった父は、禁書の悪魔、ミシャンドラと契約を交わした。グリザべラの命を贄として。何を願ったかはゲーム内ではっきりとは明かされていなかったが、エストラーナ関係だったということは想像に難くない。
だがその契約は成立しなかった。なぜなら契約の最中、敵対していた神により、隙を突かれてうっかり悪魔が封印されてしまったからだ。しかし奴はしぶとくも抗い、グリザベラを鍵として関連付け、自らはラウルとして人の世に生まれ落ちることとなったのだ。だからラウルとグリザベラは否が応でも惹かれ合う。そして奴が満を持した頃、グリザベラの心臓を食らえば、奴は悪魔として復活する、という仕組みになっていた。
神はそれを察知していたが、悪魔の封印は彼にかなりの深手を負わせていた。どうにかしようにも、現在の彼にはそれほどの力は残っていない。しかも大悪魔ともなれば、他に対抗できる者もいない。
そんな中で、一人名乗りを上げる者がいた。鍵の娘に深く同情した、神の娘である。
私の力では彼の悪魔に対抗することは敵いませんが、彼女の友として寄り添い、悪魔からの盾となることはできましょう、と。
神は苦渋の決断で、彼女を人の世に送り出した。それがヒロイン、シャルリーヌだったのだ。
私がラウルと出会ったあの日。一緒にいたシャルリーヌによって、封印の強化が為されるはずだった。だが私が前世の記憶というものを持っていたがために、そしてシャルリーヌが思いのほかアホの子だったが故に、全てが狂ってしまったのだ。
幼い私は奴の甘言にのせられ、契約をしてしまった。しかも私の中にある、奴にとって不都合な記憶を封じられてしまったのだ。そうでなければ、こんな印象深い話を忘れるはずがない。コンプリート特典でやっと見られたエピソードを!
左手に刻まれた紋章は契約の証し。今はまだ薄ぼんやりとしているが、はっきりとした形になってしまえば、私は完全に奴の物となってしまう。そんなのはごめんだ。私は私だけのもの。誰かの所有物なんてありえない。契約が完全に成立してしまう前に、奴を殺してしまわないと。
それにしてもお腹が減ったわ……。空腹だとやる気がでないのよね。
思わずため息をついて俯く。その時、私の視界に入ったのは、悪魔の死骸だった。
…………うーん、背に腹は代えられないか。
「いただきます!」
というわけで、私は悪魔の体を食欲的な意味で頂いた。お味の方は、トマト風味の生肉といった感じである。これは焼いたらもうちょっと美味しいんじゃないだろうか……。
そうとなったら、さっそく実行だ。
肉を適当な大きさに引きちぎり、魔法で作った火で炙る。しばらくすると、ジュージューと脂が滴り、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。こんがりとキツネ色に焼けた肉を口に入れれば、鶏のモモ肉のようなお味。これは……、いける! 私のやる気は、俄然増した。
そういえば、蠅のように群がっていた悪魔の姿が見えない。先ほど慌ただしくどこかへ消えていったような……。運がいいわ。やはり私はどこにいたって勝利を掴む女。もっと悪魔を仕留めて食らってやるわ! ……その前に、全裸を何とかしないとね。
私は亡き悪魔の服をはぎ取り、いそいそと身につけた。
「……い、小娘……」
そんな最中、耳障りな声が耳に届く。声のする方を見れば、磔にされたズタボロの親父がもごもごと呻いていた。こいつは見たことがある。えらそうな顔に、もさもさの髭男。
「あーら、確か貴方メルグの……」
そう、確かエロゲーみたいな名前の皇帝!
「エロゲイ!」
「エルゲイだ……!」
「あ、そう。まあどうでもいいわ。さよなら」
そう言って立ち去ろうとしたが、集まりだした気配に気づいてやっぱりやめた。
銛を手にしてエルゲイに近寄る。すると奴は心なしか怯えた顔をして、びくりと震えた。あら、この光景懐かしいわね。ちょっと悪戯心を擽られる。でも残念ながら、今は遊んでいる場合ではないのだ。
「お、おい!」
「ふふ、助けてあげるわ、感謝しなさい」
「早くしろ、小娘!」
「……」
助けてもらう分際で、この偉そうな物言い。さすが地獄行きの人間なだけあるわ。しかし私は心が広いので、笑顔で彼を磔から降ろしてやり、ついでに銛まであげた。私ってば優しすぎる。
「これで頑張って戦うのよ!」
「い、いや、そんなものを持てる状態じゃ……」
「大丈夫。私はすぐ回復したもの。根性で何とかしなさい。じゃ、今度こそさよなら! あなたに会えてよかった……! 元気でね!」
「待て! わしを一人にするなあああああ……!」
こうして私はエルゲイを放置して、颯爽と駆けだした。ああやっておけば、あの髭親父が自力で抜け出し、私を逃がしたように見えるはず。悪魔の気配が接近していたから、あいつは今頃奴らによって存分に可愛がられていることだろう。しばらくは私のための防波堤として役立ちなさい。
私は走りながら舌なめずりをした。さあ、地獄美食巡りの始まりだ! 悪魔の食べ放題よ!




