地獄に突き落としてやんよ!
「驚いた? でも今のが私の本心。そして私は自分の意志を決して曲げない。やりたいことは絶対やる。さて、この事実を知ったあなたは、一体どういう行動にでるのかしら?」
「お姉さま、そんな……私、私は……」
シャルリーヌはがたがたと震え、信じられないという風に首を振っている。怖いの? でもあなたがいけないのよ。あの時あなたが私に付いてきてくれたら、こんなことにはならなかったのに……。
「あなたには私のやることが耐えられない? 公然の場で私を糾弾する? そうなるとあなたには少しばかり影響力があるから、騒がれると困るのよね。しかもあなたの取り巻きには、私に反感を持つ者もいるそうじゃない?」
私がそう言うと、彼女ははっとして息をのんだ。なんてわかりやすい反応なの。
「知っているのよ。彼らからよからぬ声が上がっていることを。あなたこそが女帝に相応しい。あなたが女帝になればいいとね……」
私にとって、彼女の逆ハー隊は無視できない存在となっていた。彼女を取り巻くイケメンどもは、有力者やその子息が多い。そしていくら彼女が私に忠実であろうとも、周りもそうとは限らない。奴らに徒党を組まれて何かことを起こされたら、かなり厄介なことになるのは必至。だから念のためを思って、シャルリーヌを監視させておいたのだ。
シャルリーヌをよく思わない人間(主に女)は多い。私が付けた監視以外にも、そういった輩が彼女や彼女の取り巻きのよからぬ行動を、頼まずとも逐一報告してくれるのだ。嫉妬というものは実に素晴らしい。
それにしても、監視をつけておいて正解だったわ。しかも肝心のシャルリーヌが私を裏切るなんてね。人の心なんて、いつ変わるものか気がしれない。いくら身内であろうとも、完全に信用してはいけないわね。
「彼らはただの冗談で言っていただけです! 決して本心からでは……!」
「私はそうは思わない。ほんの少しでもそういった気持ちがなければ、そのような不届きな発言、出るはずがないでしょう? 不穏な発言をするような人間を傍に置いておくのは恐ろしくてたまらないわ……」
「どうするおつもりなのですか……」
「もちろん、処刑よ。危険な思想を持つ者を野放しにしておけると思って?」
「彼らは何もしていません! 私にお怒りなのでしょう!? わ、私だけを罰すればいいではありませんか……!」
「あら、私の話をちゃんと聞いていなかったの? 危険な思想を持つ者を野放しにはしない。それにね、シャルリーヌ、私は裏切り者を決して許さないわ。つまり、あなたにも当然それ相応の刑があるのよ?」
「お、お姉さま、本気で……?」
威勢良く自らが罰を受けると言ったくせに、どうしてそんなに驚くんだろう。自分だけは何もされないとでも思っていたのだろうか。まったく、とんだ甘ったれだ。
「ええ、もちろん。でもね、私にも従兄妹としての情はあるのよ。それに今までの功績を考えたら、処刑なんて出来ないわ。だからあなたの刑はごくごく軽いもの。安心なさい。あなたの刑はね……」
「今後一切煎餅に触れることができない、というだけのものだから」
「え……?」
「見るのは許してあげる。でも見る以外、何もしてはならないわ。ね、笑ってしまうぐらい簡単でしょう?」
「そんな……、そんな! 残酷すぎます!!」
シャルリーヌの顔が、はっきりと絶望の色に染まる。
「お姉さま、それだけは……、それだけはおやめください!! あれを見るだけなんて耐えられない! 私は、私は……、狂ってしまいます!!」
涙をはらはらと流しながら、髪を振り乱して懇願するシャルリーヌ。その嘆きは、逆ハー隊を殺すと言った時の比ではない。ほほほ、それもそうよね。イケメンではお腹は膨れないもの! 本能と欲望に忠実な人間って大好きよ!
「シャルリーヌ……、君がそこまでに嘆くセンベイとは一体……何、なんだ……」
私が楽しくシャルリーヌを甚振っていると、絨毯の簀巻きから汚らしい声が聞こえた。どうやらワンコが意識を取り戻したようだ。
「お煎餅は私の人生になくてはならない存在なのです……! 私、あれのためなら何だってします! ですから、どうかそれだけはお許し下さい……!」
「まさか、人質を取られているのか……!? だから君はあんなにもこいつを庇っていたんだな……。貴様、どこまでも卑怯な奴め!」
「ふふ、人質なんて、そんな……あはは、ふふ、あーっはっははははははは!」
やめてよ、私を笑い死にさせる気!? 煎餅はただのお菓子だっつーの! ふっ、こいつが煎餅の存在を知らなくてよかったわね。煎餅が何たるかを知っていたら、シャルリーヌ、あんた殺されてるわよ!
「ああ、なんて面白いのあなた達! ふふふ、そうね、捨て身のお笑い劇場に免じて、シャルリーヌだけは助けてあげるわ。それどころか毎日だって、煎餅をあげてもいいくらいよ!」
「ほ、本当ですか……!? 本当に!?」
「ええ、もちろん。約束するわ」
「ああ、お姉さま……ありがとうございます! 私、もう決してお姉さまの意に沿わない行動は致しません!」
私はほくそえんだ。これもある意味ストーリー通りね。だって私はシャルリーヌを地獄に突き落とすんだもの!
私は裏切り者を決して許したりはしない。手塩に掛けて育てただけに、許せない気持ちが倍増だ。
彼女には毎日煎餅や高カロリーな美食を与えて、太らせてやる。そして鏡を見て自らの変貌した姿に愕然とするがいい。もちろんそれで終わりじゃない。晴れて豚となったデブリーヌには、厳しいダイエット計画が待ち受けている。痩せさせることが目的ではない。リバウンド狙いである。泣いても嫌がっても延々と繰り返すよ。女にとっての地獄、デブスパイラルに突き落としてやるわ!
「もしかしてセンベイとは麻薬か!? くそっ、シャルリーヌ、目を覚ましてくれ……!」
ワンコのまたも見当違いな発言に、私は哄笑した。お腹が痛い。辛い! でも笑いが止められない! やばい、このままでは本当に笑い死にしてしまうわ!
「ううっ……、ああ……、やめて、やめて……!」
などと笑死の危機に陥っていたが、シャルリーヌのうめき声で私は事なきを得た。何事かと思って見れば、彼女は頭を押さえて蹲り、うめき声をあげている。
「シャルリーヌ……?」
「……お姉さまは、やはり、わ、私を利用していたのですね……」
シャルリーヌは顔も上げずに、ぼそぼそと呟く。がらりと変わった彼女の様子に、私は不安を覚えた。
「そうだけど。それが何か?」
「ああ、やはり……。ラウルさまの言われた通りですね……」
「は……?」
私の記憶によれば、彼女はラウルと個人的な言葉を交わしたことは一切ないはずだ。しかしシャルリーヌのことだ、私の眼を盗んで奴と会話をしていた、ということもあり得る。いったい何を吹き込まれた?
「ラウルさまが死んだ直後、私の頭にお声が届いたのです。私は利用されているだけ。用が済めばいずれは私は捨てられるだろうと……」
シャルリーヌの言葉は、まるで私の思考を読んだかのようだった。そして彼女は相変わらずうつむいたままで、顔をあげようとはしない。ちょっと不気味だからやめてもらいたい。心なしか悪寒で背筋がぞくぞくするわ……。
「あなただって煎餅のために私を利用していたでしょう? でもね、私たちはお互いに無いものを補い合っていただけ。それの何がいけないのかしら? それより、シャルリーヌ、顔を上げてごらんなさい。一体どうしたというの?」
「そう、私たちは利用し合っていた。そうして取り繕わないお前が心から愛しい……。だから待ちきれずに、迎えに来たんだ……」
顔をあげたシャルリーヌは、口調を変えてうっすら微笑んだ。ほほ笑む彼女の眼は紅い。
「あなた、まさか」
「ちがう、やめて! 私は心からお姉さまのことを……! お煎餅だけではなく……、ちがう、やめて……!」
シャルリーヌは頭を掻き毟って再び蹲ってしまった。彼女と目といい、口調といい、突然のラウル発言。もしや、死んだはずのラウルが彼女に取憑いているのだろうか。彼女のおかしな様子からして、きっとそうに違いない。死して尚、私の傍にいたというのか! 嬉しくない! なんというストーカー!
「シャルリーヌ、しっかりして! そんな亡霊、気合いで振り払いなさい! 悪霊退散!!」
私は彼女の肩を抱いて、必死に励ました。あなたはヒロインでしょ! ラウルのチンケな亡霊ごとき、あなたのヒロイン力で浄化して頂戴! あなたをねじ伏せることができるのは、世界の覇王であるこの私だけよ!
しかしシャルリーヌの様子は一向に好転しない。しかも今度は喉を押さえて喘ぎ始めた。私を驚愕の表情で見つめて、口をパクパクとさせている。息ができないのだろうか。呼吸を奪うなんて、とんでもない悪霊ね! シャルリーヌ、今すぐにふいごで空気を送ってあげるわ! たしかあれは暖炉のそばにあったはず……。
そして私は立ち上がって、ふいごを取るべくシャルリーヌに背を向けた。
「あたっ!?」
するとあるはずのない障害物にぶつかり、私の心臓はかつてないほど飛び上がった。何なんだ!? この私を驚かせるとは!
「え、セレスたん?」
障害物は無表情のセレスたんだった。いつの間に!? 気配なんて全然感じなかったぞ! ……?
……あれ、何だか、お腹のあたりが変……。
違和感を感じて、視線を下げる。私の目に入ったのは、私の腹に深々と突き刺さる短剣だった。え、何で……。
「話は全部聞いたよ、グリザ。君は、やはり幼い頃のままだったんだな……」
「ぐ、あ、せ、セレス……」
あろうことか、セレスたんは刺さった短剣を握り、さらにぐいぐいと私の腹に押し込もうとしている。すごい力だ。この私が押し返せないほどの力って、どういうこと……。
ぽたり、と私の手に滴が落ちる。思わず見れば、セレスたんは涙を流していた。
アホか! 泣きたいのはこっちだ! 泣きながら短剣を突き刺すのはやめて! そう言いたいけれど、言葉が出てこない。呼吸が苦しい。まさか短剣に毒? でも私に毒は効かないはず……。
「加護はなくなった。だから君はもう……」
その言葉が引き金になったように、全身から力が抜け、私の体はくずおれた。
セレスたんが私の前に屈みこみ、頬をそっと撫でる。
「幸いにもまだ君は、賢帝として讃えられている。だからグリザ、名を貶める前に幕を下ろそう。後のことは僕に全部まかせて、君は彼の元へと行くがいい……」
そう言って、私を見つめるセレスたんの眼は、紅かった。
かの有名な言葉が私の脳裏をよぎる。
セレスたんよ、お前もか――。
それを最後に、私の意識は闇へと落ちた。
次回、最終回。




