無駄無駄無駄!
この色ボケどもめ! 部屋の主を眠らせて、堂々といちゃつくなんて信じられないわ! 何て破廉恥なの……。私だってしたことないのに! こいつら、絶対楽には死なさんぞ!!
…………いや、落ち着け、私。こんな奴らに心を乱される必要はない。だって私は女帝。常に冷静かつ、理知的でいなければ。だから下劣で卑怯な外道どもが醜悪な痴態を演じていようとも、動じてはならないのだ。それに、こいつらはどうせ破局する。私がさせてやる。泣き叫ぶがいい!
「……離して下さい」
……っと、危ない、つい高笑いが出るところだったわ。奴らに視線を戻すと、どうやらいちゃつく気分ではなかったのか、シャルリーヌはワンコの腕から逃れていた。
「それより、陛下の話を聞いていらしたのでしょう?」
「ああ。しかしあの女は本心を語っていない。純粋な君にはわからないだろうが……」
私は笑い出しそうになるのを必死で堪えた。ハッ、純粋? 笑っちゃうわ! 純粋な人間なら逆ハーレムなど築こうとするわけがない。チキジマ戦で逆ハー隊に囲まれたシャルリーヌを見たはずなのにね。ワンコの目には、聖女をあがめる崇拝者のように見えていたのかもしれない。恋は盲目。脳内はお花畑。そして相変わらず思い込みの激しい奴め。
「君だって、カナイドの民達の嘆きをみただろう?」
「それは、確かに哀れだとは思いましたけど……。でも、彼らは乱を起こしたのですよ……? それまでは、決して不平等な扱いはなかったと聞いています」
ふふ、先ほどの私の説得で意見を変えたな。それまで甘ったれなこの女は、反逆者たちの悲惨な生活っぷりに衝撃を受け、大いに同情していたのだ。彼女には監視をつけていたので、様子はすべて聞いていた。誰と連絡を取り合っているかまではつかめなかったが……。
ワンコは衝撃を受けたシャルリーヌの心に付け込み、私に眠り薬を盛らせた。シャルリーヌはシャルリーヌで、自分の言うことなら聞き入れてくれると思っていたのだろう。そしてその話をワンコに聞かせて、納得させるつもりだった。と、こんなところか。
どちらにしろ、私に内緒でワンコと連絡を取り合い、私のテリトリーに引き入れた時点でシャルリーヌは裏切り者だ。絶対に許すつもりはない。
「彼らには反乱を起こす十分な理由があったんだ。何故だと思う? この女が不当に彼らの土地を奪ったからだ! ラウル王子は情報を流したり悪用したりなどしていない。こいつの側近から聞いた話だから間違いないんだ。身分を偽っていただけで、あの処分は重すぎる。王子は彼女に利用されたんだ……」
誰だ、情報を流した奴は! 草の根分けても探し出して処刑してやる!
くっ、いつの間にか私の周りには裏切り者ばかりが息を潜めていたのね。大掛りな掃除をする必要があるようだわ……。
「それは、お話ししたでしょう!? ラウル王子は狂っていたのです。私にはあの方こそ諸悪の根源に思えます。陛下を目の敵にしている貴方は、何もかもを陛下の所為にしたいのでしょうけれど……」
「シャルリーヌ、それは違う!」
「戦争はもちろん私だって嫌です。だけど陛下の目指す道も応援して差し上げたいと思うの。それにね、陛下がなされたことで救われた人々もいるのですよ? 現にチキジマの方々だって救われたでしょう!? 悪戯に争いを起こしていたわけではありません!」
ほほほ、私ってば救世主みたいな言われようね。それほどに効果絶大な私の説得の力! 気分いいわ! 私をもっと褒め称えなさい!
「確かに救われた者もいる。それは否定しない。しかしそれは一時のこと。剣を交えあった時のことを思い出すと、この女をそのままにしておいては決していけないんだ! こいつは戦いを心から愉しんでいた。争いごとが好きなんだ。僕には分かる。こいつはいずれ世界を混沌とさせる元凶になるだろう。それが悪魔の加護を受けた者の宿命……」
とキチガイ発言をした後、ワンコが懐からナイフを取り出し私への元へと近寄った。しかしシャルリーヌがそうはさせまいと、奴の腕に噛り付く。
「やめてください!」
「シャルリーヌ……、すまない」
「きゃっ!?」
非力なシャルリーヌは、あっさりワンコに振り払われてしまった。しかし彼女はへたり込みながらも、やめてと叫び、涙をこぼしている。
「やめて! お姉さまが死んでしまったら、私、私……!」
お煎餅が食べられなくなってしまいます!
と言いたいのだろう。彼女は私の煎餅に心酔している。煎餅がなければ私の命乞いなどするはずがないのだから。
「くっ……」
さすがのワンコも、彼女の涙には弱いようだ。奴は躊躇し、振り上げた手を止めていた。馬鹿め、隙だらけよ、この駄犬!
「ぐはっ!?」
私は奴の鳩尾に拳を叩き込み、腕をとってうつ伏せに組み伏せた。あれ、こいつこんなに弱かったかしら……。簡単すぎるわ。
「ば、ばかな……。あの睡眠薬は竜を一日中眠らせると言う代物なのに……」
「あら、そう? 偽物だったのではなくて?」
「化け物め……ぐ、う、あ、あああああああ!」
失礼な! イラついた私は、ワンコの腕をへし折った。ついでに奴のナイフをむしりとり、両脚の腱を切る。次に服を破き、皮膚の表面を浅く切り裂く。切って切って切り刻む。耳に届くのは壮絶な悲鳴。その甘美な響きに私はうっとりと酔いしれた。
「やめて! もうやめて……! 酷すぎます! どうか、もうおやめください!」
シャルリーヌの泣き叫ぶ声に、私の怒りが更に煽られる。裏切り者はやはり裏切り者でしかないのね。
「何故? 私は命を狙われたのよ? あなた、一体誰の味方なの……?」
「それは、も、もちろん、お姉さま……でも……」
彼女は脅え、泣きながら、意味の分からないことを言っている。
私は彼女の脅えた顔に、ぞくぞくした。ここでシャルリーヌを追い詰めるのも面白いかもしれない。
「か……、彼女に、手を、出すな……」
あら、まだそんな元気があったのね。それにしても、こいつの顔! なんて見物なんでしょう。脂汗の滲む苦しげなワンコの表情は、私の心を愉悦で満たしてくれる。更に、こいつはこれから無力な自分を嘆くことになるのだ。それを思うと、私はたまらなく愉快な気分になった。
「ふふ。守りたいのだったら、口だけでなく行動で示したらどう?」
とは言っても、本当に根性で向ってこられても面倒くさい。だから私は傷だらけのワンコを絨毯で簀巻きにした。そしてワンコチェアーに優雅に腰をおろして、シャルリーヌに優しく微笑む。
「ねえ、シャルリーヌ、知っているかしら? これは民を扇動し乱を起こした重罪人。カナイドの民をそそのかしたのはこいつなのよ?」
カナイドで起きた反乱の首謀者は、捕えられずじまいだった。だが残党から聞き出した情報によると、首謀者の特徴は、名前は違えど今のワンコと一致する点が多い。こいつで間違いないとみていいだろう。
「悪を倒すのが神のご意思。そして人々のためだ……! そもそも彼らに反感がなければ、乱など起こるはずもない。貴様の悪辣な所業が招いた結果だ……!」
「ふうん。それで、あなたは皆を見捨てて一人生き延びたのに、敵の手にあっさりと落ちてしまったのね。なんて無駄な犠牲! 無駄な努力! あなたを信じて発起した民が浮かばれないわね」
途端、ワンコは沈黙してしまった。返す言葉もないようだ。大方無力な自分を痛感して、鼻水垂らしながら泣いているのだろう。少々間抜けなポーズを我慢して、私はワンコの顔を覗き込んだ。
奴の目は充血し、うっすらと涙が盛り上がっている。予想とは違っていたが、それだけでも胸がすく思いである。ふふん、もっと苛めてやるわよ! 溜飲が下がるわー!!
「ああ、なんてかわいそうな皆……。お前の醜い欲望のために、皆は犬死し辛い状況に追いやられてしまったのね。なんて外道なの」
「醜い欲望だと……!? 貴様と一緒にするな!」
「何が違うの? 神の意志を実行したい。民衆のため。私という悪を滅ぼしたい。それってただの自己満足じゃない。これが欲でなくて一体なんだというの? やりたいのだったら、お前一人でやるべきだったのよ。しかもお前は罪なき人々を巻き込み、乱を起こした。その挙句責任もとらずに、一人だけのうのうと逃げ回っているなんて、最低ね。最後まで一人で戦う勇気もないの?」
「それは貴様にも言えることだ……! 戦いが好きなんだろう!? お前こそ一人で戦うべきだ!」
「あら、なぜ私が一人で戦わなければならないの? 私のものを私がどう扱おうが勝手でしょう? この大陸は、今やすべて私のもの。あなたに口出しされるいわれはなくってよ。私はやりたいようにやる。お前の言う通り、私は戦うのが大好き。いずれは世界を血を血で洗う世の中に変えてあげるわ!」
シャルリーヌの前だが、私は取り繕うのをやめた。だって彼女は裏切り者。そしてもう彼女の力などなくても、私は世界を征服できる自信があるからだ。
「この外道……! 醜悪さを全身からまき散らす汚物め!」
私はバカ犬の顔面に正拳突きをお見舞いした。この美しい私をうんこのように言うなんて、許せない……。弱っていても、こいつは私を苛立たせるろくでなしの天才ね!
「ま、ここでお前がどんなに喚いても、こんな状態じゃあどうにもならないわねえ……?」
「……」
ワンコからの返事はない。よく見ると白目をむいて気絶していた。軟弱者めが。まあいいわ、獲物はまだいるもの。
私はへたり込んだままのシャルリーヌに目を向けた。彼女は呆然とした顔でこちらを見つめている。何が何だか訳がわからないって感じなのだろう。安心しなさい。私が今、現実をわからせてあげるから……。
「さて、シャルリーヌ、今の話は聞いていたでしょう?」
一瞬びくりと震えた後、シャルリーヌの顔色は面白いように青ざめていった。




