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外道王女の行く末は  作者: 不明
15/20

冬の大我慢大会!

 紅いバラが咲き誇る美しい庭で、私は恐怖に震えていた。目の前にいる美しい少年はとても優しげに微笑んでいるのに、温かみがまったく感じられない。でもそんなものが怖いんじゃない。


 何も怖がることはない。大丈夫だよ。


 少年の優しく宥める言葉は、私の恐怖を鎮めるどころかより煽った。彼の言う通りにしたら、きっと素晴らしい世界を見ることができるのだろう。でも受け入れてはいけない。だって私の心が壊れてしまう。

 血の滲む私の指先に、少年が口付けをした。そして彼は顔を上げて、真っ赤な唇をおもむろに開く。



「時間だ」




「わーっ!?」


 私はうつ伏せていた顔を勢いよく上げた。どうやら書き物の最中に、居眠りをしてしまったらしい。私が垂らしたよだれのせいで、書面が汚れている。まあ重要な書類じゃないから別にいいけど……。

 それにしても恐ろしい夢だった。内容がさっぱり思い出せないけど、とにかく気持ち悪くて怖い夢。

未だに心臓がバクバク暴れている。夢の癖にこの私に恐怖を与えるなんて、生意気な。まあきっと逆夢だろうね。女帝にもなったことだし、幸先いいわ。

 私は鼻歌を歌いながら、中断していた作業に取り掛かった。


 名実ともに、私は女帝となり、ランシュテール王国は帝国となった。しかし一大陸の覇権を握ったからといって、満足するには程遠い。未だかつて誰も成し得ていない世界征服、それが私の目指す最終地点なのだ。絶対に成し遂げてみせる。

 さて、世界進出だ! と行きたい所だけれど、その前に問題やらやらなければならないことが山積みだった。

 髭皇帝の暴政おかげで、メルグ領では餓死者が後を絶たない。そうなると取るものも取れないのだ。略奪も考えたけれど、世界を目指す今それは得策ではない。ちっ、陸続きでなければ、植民地扱いで搾取しまくるのに。

 国内が安定するまでにはそこそこの時間を要するだろう。こればかりは時間の経過を待つしかない。というわけで、今やれることをさっさと済ませることにした。年末大掃除の始まりである。以前にもやってはいるが、今度は内部のお掃除だ。不穏な噂を聞いちゃったからね、疑わしき者は罰しないと。

 そんなわけで、現在は拷問計画を楽しく組み立てている最中だ。楽しく仕事が出来るって最高だね。

 そうしてノリノリで書き物をしていると、扉からノックの音が聞こえた。


「入りなさい」


 扉から顔を覗かせたのはシャルリーヌだった。

 何だか久々に会った気がするわ。私は忙しいし、最近のシャルリーヌは何かと理由をつけて頻繁に外出していた。


「どうしたの?」

「お姉さま、少々お時間頂けませんか? お話ししたいことがあるのです。いつでも構いませんので……」


 歯切れの悪い口調で、憂鬱そうな顔をしたシャルリーヌが言う。彼女の話とやらに大体見当のついている私は、怒りを押し隠してにっこり笑った。


「では今聞くわ。何かしら?」

「あ、ありがとうございます……。あの、できればお姉さまだけに聞いていただきたいのですけど……」

「女同士の話しというわけね。わかったわ。皆、外に出ていて。レオン、あなたもね」



 現在のランシュテールは冬を迎えたばかりだ。ばかり、と言っても今日は雪も降っているので、それなりに寒い。尤も私は鍛えているので、このくらいの寒さはどうということはない。むしろ冷たい風が気持ちいいので、窓を全開にしていた。気分がしゃきっとして、仕事がはかどるんだよね。

 しかしシャルリーヌにこの寒さはきついだろう。今も吹き込んだ風に、身を震わせている。


「窓を閉めるわね」

「いえ! そ、そのままで構いません。そのほうがお姉さまは気持ちいいのでしょう?」

「でもあなたぶるぶる震えてるじゃない」

「大丈夫です! き、気合で乗り越えてみせます!」


 握りこぶしを作って言い張る彼女に、何の我慢大会だよ、と突っ込みたくなる。そして普段の甘えたで、我慢の効かないちゃっかりっぷりを知っているだけに、怪しさ大爆発だ。


「……そう。お腹は冷やさないようにね」


 私は執務机から離れ、シャルリーヌと向かい合わせになって長椅子に腰掛けた。


「それで、話したいことってなあに?」

「あの……」


 彼女はもじもじと俯き、口を噤んだ。ふん、迷うくらいならやめればいいのに。それに私はこういうはっきりしない態度が大嫌いだ。イライラする。


「シャルリーヌ、はっきり言いなさい。私はそんなに暇ではないのよ」

「ご、ごめんなさい……。あの、でも、お話しする前に、お茶をお飲みになりませんか? 今用意いたしますね!」


 シャルリーヌは私の返事も聞かずに立ち上がり、そそくさとティーワゴンのもとに走った。

 背後から聞こえてくる音は、いつもと変わりない茶器の音。でもシャルリーヌの抱えている迷いや不安、恐れがひしひしと背後から伝わってくる。これで私がじーっと見つめていたら、きっとあの子はヘマやらかしてるだろうね。所詮彼女も迷いを捨てきれない半端者なのだ。

 やがてこちらへと戻ったシャルリーヌが、私の前にお茶を差し出した。カップに添えられている手は、ものすごくぶるぶる震えている。寒さと緊張のせいかな。お茶が零れそうで怖いわ。


「どうぞ、お召し上がり下さい」

「ありがとう。いつもより時間がかかったのね」


 何気ない風を装って言えば、シャルリーヌは笑えるくらいに動揺した。


「え、ええ! 美味しいお茶を頂きましたので、お姉さまにも飲んでいただきたくって……」

「そうなの。では頂くわね」


 私はカップを持ち上げ、口をつけた。目瞑って、お茶の香りを堪能する。うーん、いい匂いだ。それにしてもじっと見られてるのって落ち着かないね。目を瞑っていても、痛いほどの視線を感じるわ。

 

「うん、美味しいわ」


 お茶を飲み終えて微笑むと、シャルリーヌはぎこちない微笑を浮かべた。


「で、話しとは?」

「ええ、その……お姉さまはこの国を今後、どうなさるおつもりなのですか?」


 きたよ、やっぱりこういう話か。前にも話したことがあるのに、考え直せとでもいいたいのだろうか。


「メルグはご覧の通りの有り様だから、しばらくは建て直しに専念するわよ」

「ではそれが終わったら、以前お話しされていたように、戦争をするのですね……」

「極力話し合いで解決したいとは思っているけれど、話して分からない国には、そうなるわね」

「もういいではありませんか。民衆は戦争などしたくはないのです。それに、これ以上大切な人が死ぬのは見たくありません……」


 瞳を潤ませ、訴えるシャルリーヌに、私はこれ以上ないほどの苛立ちを覚えた。何だ今更、善人ぶって。民衆(イケメンに限る)で大切な人(イケメン)だろ!


「つまりイケメンを失いたくないということね?」

「は……い、いいえ、それだけではなく! 普通の方々のことも、もちろん……」


 シャルリーヌはしどろもどろになって、目を泳がせた。私の前で取り付くろわなくったっていいのに。


「シャルリーヌ、あなた、私の意思に賛同してくれていたのではなかったの? 今頃になって手のひらを返すようなことを言うなんて……」

「お姉さまのお考えは素晴らしいと思います。でも、でも……民は、民は……」


 民は民はって、まるであいつのようなことを言うのね。ふーん、そうなの。大体分かったわよ。

 シャルリーヌは気持ちが大分揺らいでいるようだ。しかし彼女を言いくるめることなど、私にかかれば容易いこと。

 私はキッと厳しい顔を作って、シャルリーヌを見据えた。


「改革に犠牲はつきもの。民には申し訳ないけど、頑張ってもらうわ。それにね、戦争を嫌がる者ばかりではないのよ。兵士になりたくて志願する者も多いし、私の意思を理解してくれる者もいるわ。基礎を築き上げれば、後世に生きる人々のためにもなる。今だけでなく、未来へとつながっていくのよ」

「未来へと……」

「考えても見なさい。私のように確固たる意志を持って理想の世界を作り上げようとする輩が、そしてそれを実行できるだけの力を持つ者がこの先現れると思う? 私ならできる。自信を持って言えるわ。私は世界を統一し、幸福で平等な世界を絶対に作り上げてみせる」


 そう、私にとっての幸せな世界を作るのだ!


「でも……」


 シャルリーヌ苦しみを堪えるような顔をして、胸元でぎゅっと手を握り締めている。年齢を重ねたせいか、小娘の頃のような素直な返事が返ってこない。多分色々なことを吹き込まれた所為もあるのだろう。この様子なら後もう一押しすれば落ちそうだけどね。


「あなたの気持ちはよく分かるわ、シャルリーヌ。大切な人を沢山失ったものね。辛かったでしょう。でもね、死んでいった者たちのためにも、私は信念を曲げてはいけないと思うの。彼らの死を、決して無駄にはしたくないもの」


 私は席を立ち、シャルリーヌの隣に腰を下ろした。そして彼女の手を取り、握り締めて瞳を真っ直ぐ見つめる。


「そろそろ貴女を解放してあげなくてはいけないわね。今までありがとう、シャルリーヌ。貴女の働きがなかったら、私はここまでこれなかった。本当に感謝してるのよ」

「お姉さま……」

「……ふぁー……」


 せっかく格好よくキメたのに、最後に特大のあくびが出てしまった。そしてものすごく眠い。この姿勢のまま、熟睡できそうなぐらいの眠気である。


「ごめんなさいね、話の途中だというのに……。どうしてかしら、突然ものすごく眠くなってしまって……」

「あ……、いえ、お姉さまはお仕事ばかりなさっていたから、お疲れなのでしょう。どうぞ、横になって下さいませ。掛けるものをお持ちしますね」


 私は勧められるままに横になり目を閉じた。ほんの五秒くらいだろうか。眠気はあっというまに吹き飛び、私は覚醒した。

 おそらくあのお茶には眠り薬が入れてあったのだろう。そうでなければ、あんなに急には眠くならない。しかし生憎と私はあらゆる薬が効きにくい身体。致死毒を飲んでも、腹痛程度で治まるのだ。睡眠薬もご覧の通りの結果である。ふふふ、これも進化の賜物ね。

 それにしても、私を眠らせて一体何をしようって魂胆なのだろうか。私は薄目を開けて裏切り者を観察することにした。


 シャルリーヌは私に毛布を掛けた後、その場を動かず辛そうな顔をして、ぎゅっと唇をかみ締めている。しばらくそうしていたが、やがて彼女は立ち上がって窓辺へと移動した。


「お眠りになりました……」


 彼女がそう呟くと、窓の外から薄汚い男が現れた。

 薄々そんな気はしてたけどね。誰かいるんだろうな、って程度だけれど。ここまで気配を殺すことができるなんて中々の手練。だとすると、あの男は……。


「ありがとう、シャルリーヌ。僕に協力してくれて」

「エーレンフリートさま……」


 やっぱり貴様か! こいつは本当にろくでもないことしかしないな!

 今すぐにでもくびり殺してやりたい衝動を、私は必死で抑えた。あいつは楽には殺さないと決めているのだ。我慢して観察を続けなければ。


 ワンコはシャルリーヌと見つめあった後、彼女の頬に手を寄せ、親指でそっと唇に触れた。


「唇がこんなに真っ青になってしまって……。すまない」


 そして奴はシャルリーヌを固く抱きしめた。


 ……寒い。何だかとっても心が寒いわ。それに付け加えて、はらわたが煮えくり返るほどの怒りに苛まれる。


 私は忍耐を試されているのだろうか。

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