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外道王女の行く末は  作者: 不明
14/20

外道だって恋がしたい!

 ワンコは私が手を下す前に姿を眩ませた。自らの危機を感じたのか、それとも人知れず自害しようと思ったのか。ともあれ目障りな存在が目の前から消えて、めでたしめでたし――などと思うはずがない。私は楽観的な馬鹿ではないのだ。あんな危険人物、野放しにしたら何をされるか分かったもんじゃない。自害したにしても、死体を見なければ安心してはいけない。

 私は念のために追っ手を放った。生きているようであれば、殺し、死体を私の元まで持ってくるようにと。

 そして不安の種であるシャルリーヌはというと、案の定ものすごく落ち込んでしまった。四六時中ボーっとして、会話もろくに成り立たないし、日々の生活でもミスばかりしている。先日などは、うっかり足を滑らせ、私を巻き込みながら階段を転げ落ちた。そんな迷惑極まりない調子だったので、危なっかしくて目が離せない。

 しかし五日もしたら、シャルリーヌは正常に戻った。立ち直りが早いのは結構なことだ。それだけに、ワンコから何か連絡があったのでは、という可能性も考えられる。さりげなく探りを入れてみたところ、シャルリーヌは号泣して、腑抜け状態に逆戻りしてしまった。

 ワンコは彼女にとって初めての男なので、思い入れも深いのかもしれない。まったく、心を通わせた相手なんだからせめて手紙くらい残しておけよ。ヤリ逃げするなんて最低野郎め。



 そして、ワンコの行方をつかめぬまま、七年の月日が流れた。



 有象無象の国は、メルグとランシュテールに吸収された。肥大した両国家の悩みは尽きない。メルグは内部分裂と国家分断の危機に喘ぎ、ランシュテールは頻発する内乱に悩まされていた。

 チキジマではランシュテールの支配を歓迎しているので、これといって問題はない。圧政から解放してやったのだから、当然の結果と言えよう。しかしカナイドとエストラーナではそうもいかなかった。

 エストラーナは元々うちの領土だし、カナイドはチキジマの侵攻から助けてやったのに。それに差別とかないし、重税だって課していない。お前ら何が不満なんだよ! 国を背負うものの苦労も知らないくせに。あんまり調子に乗るなよ。立場を弁えないバカと、恩知らずは消してやる!

 ということで、我慢の限界にきていた私は、心のままに邪魔者のお掃除を開始。内乱は徐々に沈静化していった。というのが七年間の出来事である。 


 現在の私はというと、シャルリーヌに髪を梳かれながら、のんびり読書の真っ最中。束の間の休息ってやつだ。 

 過激な内容の物語を楽しんでいると、微かなため息が聞こえたので、ちらりと鏡を窺った。

 

「相変わらず美しい御髪ですこと……」

「そう? ありがとう」

「お姉さまはまったく年を取りませんね……。二十歳の娘と並んでも、同い年にしかみえませんもの。羨ましいです」


 そう言って鏡越しにシャルリーヌが艶やかに笑う。七年の歳月を経て、愛らしかった彼女の容貌は、妖艶な大人の女性のものへと変化していた。対する私は、昔と変わらないみずみずしい美貌を保っている。そして未だに穢れなき乙女だ。

 別に処女であることにこだわりがあるわけではない。ただ困ったことに、私の持病であったイケメンアレルギーが悪化したのだ。イケメンだけではなく、どんな男に触れられても、蕁麻疹が発生する。これでは処女を捨てたくても捨てられない。

 そして一番の原因はこれだ。好きな人が出来ないのだ。やはり私も一応女。初めては好きな人、と夢見ている。しかし恋をするという感覚が未だによく分からない。前世でも恋をしないまま死んだ気がする。恋とは……乙女ゲームでお気に入りのキャラを落とすような感覚だろうか。いや、ちょっと違う気がする。うーん、そうだ、ここはその手のエキスパートに聞くのが一番だね。


「……ねえ、恋をするってどういう感覚?」


 シャルリーヌは一瞬きょとんとした後、優しげに微笑んだ。大人の余裕を感じさせる微笑である。私よりもお姉さまって感じだわ。


「そうですね……、胸が高鳴るようなときめきを感じたり、この方を独り占めしたい、と思うことでしょうか」

「なるほど」


 思い当たる節がある。胸が高鳴るようなときめきって、つまりあれだ。狩りをするときや、戦争をしているときのような感覚。あれは大いに胸が高鳴るわ。そして独り占めしたい、と思ったこともある。

 あれは確か十一年前の建国祭。沢山の令嬢に狙われていた獲物をみて、私はその感覚を感じたのだ。その獲物とは、セレスたんだ。あれを奪われてなるものかと、私は怒りに燃えたっけ。そしてそれを死守するための戦いを仕掛けようとした時、私の胸は間違いなく高鳴りを感じていた。そうだ、私はセレスたんにずっと恋をしていたのだ……! この熱い想い、恋でなくて一体なんだというのだろう。セレスたんとなら、きっとアレルギーだって乗り越えられる!


「お姉さまは誰かをそういう風に想ったことはないのですか?」

「あるわ。あなたのおかげで、今やっと気付いたの」

「まあ、そうですか! お役に立てて嬉しいです。お姉さまならきっとその想い、遂げられますわ」


 私は決意した。こうなったら彼を落とすしかないと。私の女子力を持ってすれば、セレスたんなどイチコロだろう。

 丁度いいところに、メルグ侵攻を控えている。この絶好の機会を使わない手はないわね!

 征服を目前としたところに、死屍累々に囲まれながらのプロポーズ。そして愛を交し合った二人は、憧れの征服デートをするの。何てロマンチックなの……! このスペシャルプランにくらりと来ない者はいないはず。ふっ、首を洗って待っていろよ、セレスたん!


 そして待ちに待ったメルグ侵攻が始まった。

 メルグの兵士が鬼気迫る勢いで向ってくる。勝てる見込みなどありはしないのに、逃亡する者は誰一人としていない。それもそのはず、後退でもしようものなら、背後に控えている魔導師団に焼き殺されるからだ。

 それもこれもメルグ皇帝エルゲイの作戦である。なんという鬼畜。こんな戦乱の世の中でなければ、いい茶飲み友達になれたかもしれないわね。

 しかしメルグの必死の作戦もむなしく、奴らは敗戦に次ぐ敗戦を重ねた。兵士の数、質、ともに上回っているランシュテールの敵ではないのだ。

 首都陥落は目前である。それからエルゲイを引きずり出せば、晴れてスーコルフ大陸は私のもの。そして今回何より重要なのが、私の恋の成就である。


「セレスたん、いよいよ大陸制覇ね……。私たちの夢にどんどん近づいていってるわ」


 私はイナツゲェ宮殿を見つめたまま、傍らに佇むセレスたんに語りかけた。 


「そうだな、ようやくここまできたな……」


 かみ締めるように、セレスたんが呟く。万感の思いが込められたような呟きに、私の胸は熱くなった。うん、そうだよね。ここまで来るのに十年以上かかったもんね。それもこれもセレスたんが一緒に頑張ってくれたおかげだ。

 私は宮殿から視線を外し、今度はセレスたんを見つめた。

 夕日を背に、血に濡れた彼は最高に格好よく見えた。血には人を美しくさせる威力があると思う。私も血塗れ状態なので、更に美しく輝いていることだろう。プロポーズには最高のシチュエーションである。


「ねえ、セレスたん」

「ん?」


 セレスたんがこちらを振り向き、私たちの視線が交わる。彼の茶色の瞳を見ていると、不思議と昔のことが思い出された。私たち、本当に兄妹みたいに仲良く育ったよね。でも私たちの関係は今からより深いものへと変化するのだ……!

 私は覚悟を決め、セレスたんを射止める言葉を放った。


「この戦いが終わったら、私たち結婚しましょう」

「グリザ……」


 セレスたんの目が驚きに見開かれる。そしてすぐにおかしそうに笑い出した。何々、嬉しすぎて笑っちゃった? 私も嬉しくなって、一緒にふふっと笑った。




「はは、君と結婚したら、重婚になってしまうじゃないか」



 ……は?


「あれ、言っていなかったか? メルグに向う前に、式はあげずに籍だけいれておいたんだ。僕は結婚したんだよ」


 え……? は? ……血痕した? いや、文章として変だ。じゃあケッコンって、…………結婚!?


「ま……あ……、そうなの。ああ、そうだったわね。ほほほほほほほ、勿論知ってるわよ! セレスたんの緊張を解してあげようとおもって、冗談を言ってみたのよ!! 冗談だから!!!」


 おのれえええ! どこのどいつだ! 私のセレスたんを奪ったのは!! 帰ったら、セレスたんにばれないよういびっていびりまくって、こんな家にはいられないと言わせてやる!!


「冗談なのは分かってるさ。僕達は兄妹も同然なんだから、結婚なんてありえないだろ」


 小姑計画を速攻で立てている私に、セレスたんが追い討ちを掛けきた。

 そーかよ! ありえないのかよ!! セレスたんなんて大嫌いだ、バーカ!!


 怒りに我を忘れた私の勢いは凄まじかった。首都陥落まで二日もかからなかっただろう。メルグ勢はなす術も無く敗れ去り、無事エルゲイを捕縛。

 私は腹いせにエルゲイでウィリアム・テルごっこをした。でもまったく気が晴れない。飽きたので穴だらけになった髭皇帝を、さっさと民衆に差し出すことにした。もうどうなろうと知ったこっちゃない。


 こうして圧政と暴虐の限りを尽くした悪の皇帝は消え、私はスーコルフ大陸の覇権を握ったのである。


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