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外道王女の行く末は  作者: 不明
13/20

こっちを見るんじゃない!

 三時間ほど経過した頃だろうか、シャルリーヌがワンコを伴って私の前に現れた。彼女は頬を紅く上気させて、こう告げた。


「お姉さま、エーレンフリートさまは説得に応じてくださいました……!」


 上ずった声と輝くような笑顔が、彼女の喜びの大きさを物語っている。ワンコも表情はないけれど、先ほどまでの刺々しい雰囲気はなくなり、心なしか血色もいいように見受けられた。二人の間に漂う雰囲気が、明らかに前とは違う。ピンクのオーラが漂ってる気がするんだよね。奴は完全にシャルリーヌに堕ちたとみていいだろう。けれど私はそれを手放しで喜べなかった。


「そう。ありがとう、シャルリーヌ。それで……エーレンフリート殿、我が軍に協力してくださる、という風にとってよろしいのね?」


 私はなんとか笑顔を貼り付けて、ワンコを窺う。彼はぎゅっと唇をかみ締め、跪いて頭を垂れた。


「はい。そして図々しくもお願い申し上げます。どうか……、チキジマの民をお救いください……」


 ワンコのきつく握り締めた拳がぶるぶると震えている。嫌いな奴に頭を下げて、助力を願うことに屈辱でも感じているのだろうか。だとしたらこれほど愉快なことはない。ワンコの悲惨な顔がもっとみたいから、お願いなんて一蹴してやりたいところである。しかし残念なことに、こいつからは情報を聞き出さなければならないのだ。だから今は私のささやかな欲求を満たしている場合ではない。


「既に我が国の現状はご存知かと思います。民は限度を越えた抑圧と重罰に喘ぎ、国内は惨憺たる有様。この戦争にもほとんどの者が反対しておりました。ですが、親兄弟を人質にとられては……。神はお変わりになられました……」


 変わった? 本性を現したんじゃないの。神だって必ずしも人の味方とは言えないでしょうに。


「お姉さま、エーレンフリートさまも脅されて前線に駆り出されたのです」


 まあそうでしょうね。巫女姫に忠実なワンコだったけれど、それは先代の話。苛烈ではあったけれど、民を思いやる先代の意思を継いで、巫女姫を諌めたのだろう。しかし神の傀儡となった巫女姫は、民を人質にしてワンコを脅した。容易に想像できる光景だった。

 でもそんなことはどうでもいいよ。私は私にとって有害なものを排除したいだけ。現在巫女姫は神殿に引き篭もって、祈祷の最中だそうな。その所為か定かではないが、原因不明の症状で倒れる兵士が続出している。何とか首都制圧は出来たものの、このまま放置していたら、とんでもないことになりそうなので捨て置けない。さっさと神殿に行って、神界とこちらを中継する神像を破壊しなくては。

 しかし地下にある神殿にたどり着くには、関係者の案内なしには困難を極めるだろう。部外者が入り込めないよう迷路のようになっており、罠も仕掛けられている。少し前に斥候に放った兵などは、神殿にたどり着くことが出来ず、半分が死亡し生還した者はいずれも大怪我をして戻ってきた程だ。

 それを考えるとシャルリーヌの行動は、不本意ではあるが私にとって大きな助けとなったのかもしれない。ワンコも神殿への道を知る一人である。ゲーム本編でも神殿に行く場面があるが、案内役はワンコなのだ。そして悲しいかな、それ以外に道を知る者は捕らえられなかった。


「大変でしたね、心中お察しします。……請願は受け入れましょう。必ずやチキジマの民を悪神から解放すること約束します。ですが、パウリーネ殿の助命はできません。それは承知の上で?」

「…………はい」

「ではルーテツルク神殿への案内を頼みます」

「お任せください」


 素直に従う様子を見せたワンコだけれど、裏切ることも想定しておかなければならない。私はどうしてもこいつが信用できなかった。だってワンコは身体全体で私を嫌っている。そして本能で拒絶してしまうようなものを、受け入れることはできないはず。断言してもいい。ワンコと私は絶対に相容れない存在だ。和解などありえないと、私の本能が告げている。今はこちらについているとしても、将来必ずや牙を剥くだろう。……まあいいわ。こいつは、この戦いが終わったら人知れずに処理すればいい。

 私は神経を尖らせながら、ワンコの案内に従って目的地へと進んだ。しかし待ち伏せのようなこともなく、神殿へと無事到着。奥深くの小部屋に、パウリーネはいた。

 年の頃は十七、八といったところだろうか。私にはかなり劣るが、まずまずの美少女である。彼女の周りには、侍女の干からびた亡骸がごろごろと転がっていた。祭壇があるところを見ると、侍女達は生贄として捧げられたのだろう。チキジマ神を模ったイケメン神像を背に、おぞましいミイラに囲まれたまあまあの美少女。醜さと美しさの絶妙なアンバランスを感じられる刺激的な画である。


「……ふむ、新しい贄か? 我の好みが良く分かっているではないか。エーレンフリートよ、良くやった……!」


 虚ろな目をしたパウリーネは、下品な笑いを浮かべて舌なめずりをした。うわ、このキモイ反応! この子、件の神に乗っ取られてるよ。

 巫女姫の可哀相な姿に、ワンコが見るに耐えないといった感じで顔を背ける。しかしすぐに顔を上げて、果敢にも神に向って抗議を始めた。


「神よ、どうかこれ以上民を虐げること、そしてみだりに世をかき乱すことはおやめください……!」

「何をおかしなことを。今までわずかな代償で我が力の恩恵を受けてきたのだ。我は不足分の対価を求めているだけ。さあ、女子のみ我の部屋に入るが良い」


 厭らしい笑みを浮かべて手招きする仕草は、美少女だというのにスケベ親父を髣髴とさせた。相変わらず神聖性をまったく感じさせない神である。しかも私たちが敵国の者だと見破れないダメっぷり。勝利を確信した私は、薄っすらと笑みを浮かべた。

 現在の私は、チキジマの護衛官の制服を纏っている。一緒に連れてきたシャルリーヌと女性兵士達が着ているものは、侍女のお仕着せ。これは神に私たちが生贄であると思わせるための作戦である。そして、神に近づいたシャルリーヌが奴を誑しこみ、その隙をついて兵士達が神像を破壊するという手はずになっているのだ。ゲームでも神はシャルリーヌにデレデレしていたから楽勝だろう。肝心の私はというと、部屋外で待機。別に楽したいからって訳じゃない。止むに止まれぬ事情があるのだ。

 静々とシャルリーヌたちが小部屋に向って進み出る。すると神はニヤニヤ笑いを消し、近づくシャルリーヌをじっと見据えた。大方磨き上げられたシャルリーヌに見とれているのだろう。神をも虜にするこのヒロイン力、流石私が育てたシャルリーヌだわ。

 しかし私の予想は裏切られた。小部屋に入ることが出来たのは兵士のみで、何故かシャルリーヌだけが手前で微動だにしないのだ。

 彼女は戸惑った表情を浮かべ、私を振り返った。


「あの、何故か分からないのですけど、これ以上進めないんです……」

「シャルリーヌ、あなた、まさか……」


 小部屋に入ることが出来るのは、特定の条件を持つ女のみ。そして彼女が入れないと言うことはつまり……


「やはり、そなた穢れておるな! 汚らわしい、寄るでない!」


 嫌悪の形相で、神がピシッとシャルリーヌに向って指を差す。ワンコも含め、回りの皆は何がなにやら分からないといった様子だ。神殿の秘密を知っている私は、計画破綻の予感に青ざめ、シャルリーヌを問い詰めた。


「あなた、あいつと寝たの!?」

「え!? やだ、お姉さま、そんな大声で!」


 林檎のように真っ赤になったシャルリーヌは、慌てて私を柱の影に引っ張った。


「チキジマ攻略までは清い体のままでいなさいと言ってあったでしょう!!」

「ええ、それは覚えておりますけど、エーレンフリートさまはとても頑固で……。最終手段を使ってしまいました。それに私もいい年ですし、この年齢で経験が何もないと言うのもちょっと……。でも、結果的にはお役に立ちましたでしょう?」


 そう言って、シャルリーヌは可愛らしく、そして色気を含ませた笑顔を私に向ける。普段は絆されるであろう笑顔も、このときばかりは憎たらしいものにしか感じられなかった。ええい、私にまで魅力を振りまくんじゃない!

 ブチギレた私は、シャルリーヌの頬を両手でバチーンと思い切り挟みこんだ。


「たったけど! ここで進めないんじゃ意味無いのよ!」


 そうなのだ。神像のある部屋は処女でないと入れない結界が張ってあるのだ。なんとも厭らしい仕組みである。

 そしていくら好みであろうとも、奴は処女以外のものにはなびかない。シャルリーヌ抜きでは、無骨な兵士だけで神を篭絡することはできないだろう。私の計画は破綻してしまったのだ。


「なにふぉしゅるのでふか!? やめふぇくだはい!!」


 タコのように唇を尖らせ、意味不明な言葉を口走るシャルリーヌ。こんな醜態を晒しても可愛らしい彼女に、私は脱力して肩をがっくり落とした。

 落ち着け、私。ここで言い合っても何もならない。何か策を考えなければ……。


「彼女は穢れてなどおりません。悪魔の手を取るような娘ではないと、私が保証します!」


 私たちが揉めている横でも、ワンコたちがなにやら言い合っているようだ。私は柱の影から彼らの成り行きを見守った。


「何をたわけたことを言っておるのだ。穢れた女とは処女ではないということだ! 巫女に仕えてきたくせに理解しておらぬとは、なんというボンクラ!」

「な……」


 処女ではない、という言葉で、ワンコは途端に真っ赤になった。思い当たるふしは大いにあるだろう。ワンコの慌てっぷりは見ものだった。

 それにしても、敵とは見抜けなくても処女でないものを見抜くとは。流石処女厨と言われるだけあるね。あんたも十分ボンクラ臭を放っているよ。


「……まあいい、そこな娘、そなたもこちらに来るが良い」


 神はそう言うと、私たちのいる方向へと視線を投げかけ、手招きをしてきた。

 え、もしかして、好みだからこの際処女じゃなくても構わないって言うんだろうか。それなら万々歳とばかりに、私はシャルリーヌを柱の影から押し出した。


「そなたを呼ぶわけがなかろう! 銀の髪の娘、そなただ!」


 再び彼女を見た神は怒り出し、こちらに向って怒鳴っている。ここに銀髪の女は私だけだ。つまり奴は私を呼んでいる。おい、やめろ……。


「え」

「え?」


 不思議そうな視線が、一斉に私に注がれる。


「ふっ、男のような格好をしていても、我の目は誤魔化せぬ。我が穢れなき乙女を見抜けないわけが無かろう」


 その言葉に、その場にいる皆の目が点になっていた。シャルリーヌとレオンに至っては、「えー、うっそー! 信じらんなーい!」とでも言いたそうな顔だ。レオンの癖に生意気な……!

 だから嫌だったんだ、この神は! 世界の覇権を握る(予定の)女王さまが、二十三にもなって処女なんて知られたら私の沽券に関わるじゃない! おのれええええ!


「そなた、飛びぬけて美しいが内面は毒々しい色に染まっておるな。だがそこがいい。ゲテモノを味わうのもまた一興。この楽しみを教えてくれた友人に感謝せねばならぬな! ただ残念なのが……」


 と言った後、奴はシャルリーヌの胸と私の胸を見比べ、少し残念そうな顔をした。


 私の怒りは大気圏を突破した。


 無言でつかつかと神の前に歩み寄り、にっこりと笑う。そして奴の手を掴んで、思い切り神像に向ってブン投げた。


「ぐぇっ!?」


 何かが砕けるような音が聞こえたけど、巫女姫の身体には傷一つついていない。流石腐っても神、とても頑丈である。どうやら砕けたのは神像のようだ。

 それでもそれなりにダメージは受けているらしい。奴は頭を押さえて、ふらふらと立ち上がった。


「き、貴様……下賎な人間の分際で、この神にたてつくとは……!」

「うるさいわね。あんたは神なんかじゃない。ただのセクハラ親父よ。この世から消してやる!」


 チキジマ神と私の魔力がぶつかり合う。しかし力の差は歴然だった。


「なんだ、この力は……。これは人間の力では……!」


 私の放つ魔力に、奴が驚愕の表情を浮かべている。この力比べ、圧倒的に私が優勢である。ふん、初めからこうしていればよかったわ! 進化した私にとって、こんなチンケな神はとるに足らない相手なのだ。


「本当にあんたってどうしようもない処女厨ね! あんたを無事消した暁には、この場所を娼館にしてやるわ!」


 私は怒りを力に換えて、ありったけの魔力を神に向けて放った。奴の魔力は掻き消され、身体が紅い光に包まれる。


「ぎゃあああああ!!」


 そして奴は醜い悲鳴を上げて灰となり、神像は跡形も無く崩れ去った。

 全力で魔力を使えば、流石の私も疲れる。呼吸も全力疾走した後のような乱れ具合だ。私はその場に膝をついて、息を整えた。

 そうして休んでいると、投げ出していた手が柔らかい手のひらにそっと包まれた。


「お姉さま……、お疲れ様でございました」


 シャルリーヌの笑顔と、手のひらの温かさに、私の心が段々と落ち着きを取り戻していく。呼吸が整った頃、私は力ない笑いを漏らした。


「今までで一番ろくでもない相手だったわ……」

「ええ、私も心からそう思います……」


 周りにいた女性兵士達もそう思ったようで、深く頷いている。そして女の子らしく、チキジマ神の駄目な点についての語り合いが始まった。

 そんな最中さなか、ふらふらと瓦礫に近寄るワンコの姿を、視界の端に捉えた。彼はそこに腰を下ろすと、瓦礫の中の灰を一掴み握り締め、ぎゅっと胸元に寄せた。ワンコの唇が何かを呟き、目から一筋の涙が零れ落ちる。彼が呟いていたのは、唇の動きから察するに、あの哀れな巫女姫の名だろう。

 敵国の愛しい女と結ばれても、主人への想いは忘れないか。部下の鑑だね。あの分なら放っておけば、奴は自害するかもしれない。勝手に死んでくれれば楽でいい。


「お姉さま、あの……」


 ワンコの一部始終をシャルリーヌもみていたのか、気まずそうに私を窺う。おそらく彼の傍に行って慰めたいのだろう。

 うーん、ここで立ち直られても困るけど……、一時の慰めなんて効果は無いか。だって今のワンコは失意のどん底って感じだし。よって、今回は寄り添うことを許してあげようじゃないか。


「行ってあげなさい」

「はい!」


 シャルリーヌは顔を輝かせて、ワンコの元へと掛けていった。

 でもね、許すのは今だけだよ。帰ったら何かと理由をつけて、ワンコと引き離すからね。


 小休憩を終えた私は、外の兵士と連絡を取るべく小部屋を出ようとした。


「何なの……?」


 しかし期待に目を煌かせ、頬を高潮させたレオンという邪魔者によって、私の進路が塞がれている。


「お前、処女だったのか……!」

「それ以上何か言ったら、股の間にぶら下がっている粗末なものを切り刻むわよ!」


 素早く剣を抜き、奴の股間目掛けて突きつける。奴は情けない悲鳴を上げて飛びのいた。仮面を外している時は、本当にろくなことを言わないんだから!


 こうして私はチキジマを無事攻略し、領土を我が物とすることができたのだった。



 そして数日後、ワンコは私たちの目の前から忽然と姿を消した。

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