【BL】おねだり願望。
【 まえがき 】
■E★エブリスタからの再掲です
■キスシーンあり
2013/2/27
夕方特有の柔らかいオレンジ色が射し込む教室。そこには、ペンを走らせる音とイヤホンから微かに漏れる音楽があった。
「――なぁ、」
「…………」
机を並べて課題に勤しんでいたが、沈黙が重い。声を掛けるが無視をされる。そもそも、音楽を聴いているので聞こえないのかも知れない。
「そこ、違うし」
「え?」
伸びた掌で頬をつねられ、呂律が変わった。
「ろこが?」
「ここから――ここまで」
指が置かれて端から端まで走る。どうやら頁全部が違っているらしい。
「まひで!? ――ホントに?」
頬から手を離されれば呂律は戻り、同時に相手を見据えた。
「マジで。言おうと思ったけど、お前真剣だしやめといたわ」
「なんだよ、それは!」
「怒る暇があるなら、消ゴムで消せば?」
「五月蝿いですー。今やろうと思ったんですー」
転がる消ゴムを手に取れば、ノートに走らせる。ケシカスは黒く染まり散った。
「つか、さっさと教えてくれりゃあ、こんなことにはっ、ならなかったしっ」
「はいはい」
消ゴム往復は一回で終わることはなく、二度、三度と繰り返され、漸く――字がデコボコに残っているが――白さを取り戻した。
「なんだよ?」
「お前、」
イヤホンを外し、じっと見つめる。
「おねだり、したことある?」
その言葉には開いた口が塞がらない。
「おねだり? あるに決まってんだろ。小遣いあげたい時とかー、兄ちゃんにゲーム買ってほしい時とか」
「違う。俺にだよ」
「ん? お前に? あった……ような?」
「ねぇよ、んな事実は」
「そうだったっけ? 判んねぇよ、んなこと」
「しろよ、おねだり」
「なに言ってんだよ。オレは忙しいんだよ」
忘れた課題をこうして写しているのだ。見れば解るだろうに。
「ふぅん。そんなこと言うわけね」
すすっと手がノートに掛かる。
「嘘! 嘘です! すみませんっ」
謝りつつ彼は慌てて手を乗せ、奪われるのを阻止した。
「なら早くしろ」
にやりと笑うその顔はしてやったりだ。
「くそっ……」
奥歯を噛んで視線を逸らす。課題をやり忘れた自分が一番悪いが、足元を見る目の前の男も気に入らない。
――それでも。
「なんて言えばいいわけ?」
「そうだな。キスしてって可愛く言えばいい」
「言えるか!」
「あっそ」
またノートに手が掛かる。
「わーっ! 解った! 解りましたぁっ」
今度は腕を掴み、嫌々と首を振った。ノートを取られてはどうにも出来ないのだ。破壊的にこの教科が苦手だから。
俯くのは一瞬。覚悟を決めて紡ぐ。
「……キス、して?」
誰かに聞かれていたらとか誰かが来たらどうしようとか、そんな思いと羞恥に顔を赤らめながら。
「それ、やばい」
目前の男はかぁと頬を染めて顔を背けた。
「バッ……! お前が言えって言ったんだろ!」
「こんな破壊力があるとは思わねぇだろーがっ」
「そんなこと知らん――」
反論は遮られた。押し当てられた唇によって。
「なっ……!」
「ごちそうさま」
「――っ、バカ野郎」
嬉しそうに笑って言うから、怒る気は失せる。そもそも、端から二人は好き同士なわけだが。
「おねだりまたしろよ」
「恥ずかしいだけだから、もうしない」
課題を届けた廊下では手を繋ぐ二人だった。
end.
2010/11/7
【 あとがき 】
最後までお付き合いありがとうございました。
◆ 執筆時期 ◆
執筆開始 - 2009/10/28[書き溜め作品引っ張り出し・笑] - 執筆終了:2010/11/7