第五回 赤い魔界
ここまでお読みいただいたみなさま、どうもありがとうございます。
物語はいよいよ終盤にさしかかります。
忘れられていた(?)リーナも再登板します。
あと少しこの物語におつきあいください。
のろわれた城
倉沢さんの運転する車は霧の中をのろのろ進んでいる。
「あたりが暗くなってきおった。魔物は夜になると力が増すというでな。いそがねば」
倉沢さんがアクセルをふみこむとエンジンがうなった。そのわりにスピードは出ない。やがて三年坂が近づいてきた。坂のとちゅうより上は霧の中へとけこむようにかくれて見えない。
坂の手前まで来たとき、とつぜんエンジンがとまってしまった。倉沢さんがなんどためしてもエンジンはかからない。
「この車ももはやこれまでか。ここまでようがんばってくれた。しかたない、あとは歩いてまいろう」
二十年いじょう司祭さんの役にたってきた自動車がここで動かなくなっちゃうなんて。ぼくはなんだか不吉な予感におそわれた。
倉沢さんは十字架のつつみをかかえ、こうすけはバッグを持ち、ぼくは聖水のフラスコをあずかっている。倉沢さんがフラスコを取り、ぼくとこうすけの頭や胸に聖水をかけてくれた。水はひやっとするほどつめたかった。
「これで少しはあやつらの攻撃からの防ぎになるかもしれん」
ぼくらは坂道をのぼりはじめた。ところが坂の上まで来ると、黄色いフェンスと通行止めのカンバン、そしておまわりさんがふたり立っていて、ぼくらの行く手をさえぎった。
「この上のマンションにいま凶悪犯がたてこもっていて危険です。事態が収拾するまで一般のかたは通れません。ご協力ねがいます」
倉沢さんは考えこんでいたけど、おまわりさんに言った。
「わたしひとりだけでも通してもらえませんか。だいじな用があるのです」
おまわりさんは首を横にふった。
「いくら神父さんでもそれはむりです」
もうひとりのおまわりさんが近づいてきて、ふたりは小声でなにかしゃべっていた。
「そんなばかなこと、ありえるのか?」
おまわりさんたちはマンションのほうを見上げている。
「なにがあったの?」
ぼくがきくと、おまわりさんはマンションの方角へあごをしゃくった。
「あのマンションのかべをおおぜいの人間がはいまわっているそうだ。ここからだとよく見えないが、そんなこと信じられんな」
メグという女の子がかべをはうすがたを思い出してゾッとした。でも、これでヴァンパイアがいるってことをおまわりさんにわかってもらえるかもしれない。
ぼくはいきおいこんで告げた。
「ね、わかったでしょ。あのマンションにいるのはヴァンパイアなんだ」
おまわりさんは肩をすくめた。
「そんなことはともかく、ここは通せないよ」
倉沢さんはあきらめたようにぼくらに向かい、かるく首をふってみせた。
「引き返すほかないな」
そしておまわりさんたちに告げた。
「あなたがたに主のご加護あらんことを」
ぼくらは坂道を引き返しはじめた。司祭さんはほんとうにあきらめてしまうつもりなのだろうか。
おまわりさんたちのすがたが見えなくなったところで倉沢さんが足をとめた。
「こちらにね、坂の上へぬけられる道があるんだよ」
「司祭さまはこのあたりにくわしんですか」
こうすけがきくと、倉沢さんはうなずいた。
「近くに信徒の家があってね。なんどか来たことがある」
倉沢さんはポツリとつけくわえた。
「その人たちがぶじでいるくれるといいのだが」
家がたちならぶすきまをぬうように細いのぼり道がつづいている。歩行者専用の道らしい。ところどころが〝く〟の字の形にカーブする小道は三年坂のようにゆるやかではなく、のぼるのはけっこうたいへんだった。
倉沢さんは肩を上下させ大きく息をしている。
「いかんな。むかしならこれくらいの坂はらくに上がれたものだが」
ぼくとこうすけは倉沢さんを両わきからささえるようにして坂道をのぼっていった。十字架のつつみはこうすけが、バッグはぼくがかわりに持っていた。ようやく坂をのぼりきると、マンションのうらがわへ出た。霧の中から突き出すように最上階が見えている。きょうのおひるにぼくはそこでリーナたちとごはんを食べていたなんて信じられない。
ぼくらがきょろきょろしていると、とつぜん霧の向こうから人かげが現れた。
ヴァンパイアか! 思わずからだをかたくして見ていると、相手はおまわりさんの制服を着ている。ぼくらから少しはなれたところに立ちどまった。
また足どめされちゃうかもしれないな。そう思ったとき、おまわりさんは意外な言葉を口にした。
「どうぞ、お通りください。司祭さん」
まるで、ぼくらがここへ来るのを知っていたかのような口ぶりだ。
「いいのかね」
倉沢さんの口調はうたがわしそうだった。おまわりさんは帽子をふかくかぶり、表情はよく見えない。
「はい。松本巡査部長どのに無線で問いあわせたところ、あなたがたは通してもよいと許可がおりましたので」
松本刑事! 松本さんはやっぱここへ来てたんだ。よかったって思った。
「松本さんはマンションの中にいるの?」
ぼくがきくと、おまわりさんはからだをピクリとも動かさずに答えた。
「はい。いまごろ、みなさんが来るのを首を長くして待っておられると思います」
このおまわりさんがしゃべってることってなんだかへんだ。
倉沢さんがぼくらの耳もとでささやいた。
「よいか。なにも気づかぬふりをして、早くここを通りすぎるのだ」
もうわかっていた。ぼくらの前にいるおまわりさんはもうあいつらのなかまになってるってことだ。
いつ牙をむいておそいかかってくるかと、ひやひやしながらおまわりさんのそばを通りすぎた。だけど、なにも起きなかった。
しばらくして、ぼくらのうしろからあざ笑うような声だけが追いかけてきた。
「さあ行け。大公のもとへ。おまえたちに勝ち目はない!」
耳をふさぎたくなるほどの高笑い。
倉沢さんが聖水を声のしたほうへふりまくと笑いはおさまり、あたりはしずかになった。
司祭さんは重くるしい声でつぶやいた。
「邪悪な空気を感じる……」
マンションのおもてがわのほうをのぞいてみたら、パトカーの赤い光がいくつも見えた。おまわりさんたちがおおぜい集まっているようだ。
倉沢さんはぼくとこうすけをふり返った。
「建物の中へはわたしひとりで入る。きみたちはおもてにいる警察のかたたちに助けをもとめなさい。おもての人たちはまだ悪霊にはとりつかれてはおらんようなのでな」
ぼくは倉沢さんにバッグを手わたした。ここで司祭さんとおわかれなのか。ぼくはなんだかたいせつなものをここへのこしていくような気になって、胸がちょっぴり痛くなった。
「いやです。ぼくもいっしょに行きます」
こうすけは十字架のつつみを胸にかかえこみ、司祭さんにわたそうとしなかった。
「だめだ。これいじょうきみたちをあぶない場所へつれていくことはできん」
こうすけは十字架の赤いつつみをしっかり自分の胸におしつけた。
「つれていってくれないなら、十字架はわたしません」
こうすけのやつ、意地をはっている。こいつの性格ってそういうところあるんだよな。もし、こうすけがどうしても倉沢さんについていくってことになったら、ぼくはどうしよう……。
やっぱ、こわい。でも、ぼくだけここから帰りますなんて言えないし。それにどこへ帰るっていうんだ? かあさんもとらわれている。町に平和がもどらないかぎり、どこにも帰る場所はないってことなんだ……。
そのとき、ぼくの耳にあの声が聞こえてきた。人の声ではない。白いけだものの声。またオオカミ=リ―ナママが現れるのか。
それは霧の中からやってきた。
「パッチ!」
こうすけがさけんだ。ぼくの予想ははずれた。こんどはオオカミじゃなかった。黒い首輪をつけたこうすけの愛犬パッチだったんだ。パッチは長い舌をハァハァつき出し、つぶらな目でこうすけを見つめている。こうすけが一歩近づくと、パッチはズズッと足で地面をこするようにあとずさりした。
「パッチ、どうしたんだよ。ぼくのことわすれたのか」
パッチはこうすけに向かい、はげしくほえだした。敵に向かうようなほえかただった。
こうすけの表情がゆがんだ。
ぼくはリ―ナママの言ってたことを思い出した。パッチもすでにもとのパッチじゃなくなってるってことだ……。
倉沢さんがなぐさめるように言った。
「その犬はきみではなく、きみにふりかけた聖水をおそれているのだ。あるいはその十字架がこわいのかもしれない」
こうすけはつらそうな声でつぶやいた。
「パッチがヴァンパイアになったってほんとだったんだ……」
倉沢さんはひたいのしわを深めてうなずいた。フラスコを取り出しパッチめがけて水をふりかけると、パッチはひとこえ悲しげに鳴いて、ぼくらにしっぽを向け、霧の向こうへいなくなってしまった。
「のぞみはある。魔物の首領をたおせば、人も犬ももとにもどれるかもしれん」
倉沢さんはこうすけにやさしげな目を向けた。
「こうすけくん。あとはわたしにまかせてくれないか。きみたちのたいせつなものを取り返せるようにわたしはいのちをかけて立ち向かうつもりだ」
とつぜん、かんだかい笑い声がひびいた。女の人の声だった。霧の一部分からぬけ出たように女のすがたが現れる。背の高い黒ずくめの服を着た女の人。リ―ナママだった。
「やっと来てくれたのね、ぼうやたち」
リ―ナママの目もとは暗いかげにいろどられて、よごれたマネキン人形のように見えた。
「この子たちに近づくな、魔物め」
リ―ナママは胸の前で長い腕を組んだ。
「きついごあいさつね、司祭さん」
リ―ナママの目がずるがしこそうに光る。
「あなたたち、わたしと取引しない?」
倉沢さんの顔がけわしくなった。
「悪魔と取引などせぬ!」
リ―ナママはぼくのほうを見た。
「太一くんはママを助けたいでしょ? それと、あなた、こうすけくんだったわよね?」
こんどはこうすけのほうを向いて言った。
「あなたもワンちゃんをもとのかわいいペットにもどしたくない?」
こうすけは相手をにらんだきり返事をしない。
司祭さんは身がまえるような姿勢できき返した。
「なにがのぞみなのだ?」
リ―ナママはあごを高く上げて目をやった。その先には霧の中から突き出すマンションの最上階が見える。それはそびえたつ岩山の切っ先にもにていた。
「大公は今夜リーナのからだになき人のたましいを封じこめる儀式を行おうとしているの。そしてリーナと婚姻のちかいをかわすつもりなの」
ヴァンパイアはたった数時間でおとなに成長することもできる……。ぼくが知ってるリーナはちがうものに変わっていくってことか。
「儀式を完ぺきなものにするため必要なものがふたつあるの。ひとつはそれ」と、十字架の包みを指さした。
「なかみは教会にかくしてあった十字架でしょ?」
リーナママは遠くを見つめるような目をした。
「その十字架はずっとむかし、わたしたちの同族を何人もたおしたものよね。それを大公は手に入れようとしている。それさえあればほかにおそれるべきものはなくなるから」
ヴァンパイアがこの町へやってきたほんとうの目的はこの十字架だったのか? だけど十字架のありかをどうやって知ったんだろう?
倉沢さんが問い返した。
「あとひとつのものとは?」
リ―ナママはくちびるをゆがめて笑った。ひんまがった口はまるで大きなひびわれのように見えた。
「それは教えられないわ。それを大公にあたえるかどうかはあなたたちしだいだから。で、わたしのねがいというのはね、今夜の儀式をこわしてほしいってことなの。リ―ナなんかに妻の座をうばわれたくないのよ」
「で、わたしたちにどうしろと?」
リ―ナママはなにかたくらんでいるかのように目を細めた。
「儀式のじゃまをして、リーナを大公から引きはなしてちょうだい。わたしは大公といっしょにこの町を去るわ」
倉沢さんはしずかに言い返した。
「魔物の言葉など信用できんな」
リ―ナママはいきなり長い腕をのばして司祭さんの肩をつかんだ。ぼくはドキッとした。司祭さんにおそいかかるのかと思ったんだ。だけど、リ―ナママは倉沢さんの肩へしずかに手を置き、だまって目をとじているばかりだ。
倉沢さんはからだをよじってその手からのがれようとしたけど、リ―ナママの手は司祭さんの肩へ吸いついたようにはなれない。
「やめろ。司祭さまから手をはなせ!」
こうすけがさけんだとき、リ―ナママの口から声がもれた。
「……あなた、助けて。わたし……くるしいの」
この声は?……ちがう、これはリーナママの声じゃない。もっとよわよわしくて細い声だ。
リ―ナママが目を開いた。まさか、どういうこと? 目を開けたとき、リ―ナママの顔はまったくちがう人のものに変わっていたんだ。やさしそうで、目の大きな、ちょっぴりさびしげな顔。
「おねがい。早くわたしを助けに来て」
ぼくがもっとおどいたのは倉沢さんの反応だった。目を見開き、ほおがピクピクとけいれんしている。いったいなにが起きたのかぼくにはわからない。だけど、倉沢さんが大きなショックをうけているのはたしかだ。
司祭さんの口からしぼりだすような声がした。
「やめろ、妻の声色をつかうな」
リ―ナママであってもリ―ナママではないべつな顔が悲しそうにゆがめられた。
「声色なんかじゃないわ。わたし、いまここにいるの。この人のからだを借りてもどってきたの。このかたの言うことをきいてあげて。そうすれば、わたしも、そしておなかの赤ちゃんもくるしみから救われるわ」
女の人は自分のおなかをいとおしそうになでまわした。
「赤ちゃん。さぞかしこの世に生まれてきたかったでしょうね。きっと男の子だったわ、わたしにはわかるの。ぶじに生まれてきて、パパやママと元気にあそびたかったことでしょうね」
倉沢さんは息もくるしそうだ。
「やめろ、それいじょうなにも言わんでくれ!」
この女の人って、倉沢さんの死んだ奥さんなの?
こうすけが倉沢さんのそでを引っぱった。リ―ナママの手から引きはなそうとしている。
「司祭さま、だまされないで、これはまぼろしです」
そうだ、これってヴァンパイアが見せているまぼろしなんだ。倉沢さんをまよわせようとしているんだ。ぼくはこうすけに手を貸して、ふたりで司祭さんの腕を引っぱった。でも、倉沢さんのからだは石の像になってしまったようでびくともしない。
女の人は泣くような声を出した。
「おねがい。わたしを助けるためにも、このかたに協力してあげて」
ようやく倉沢さんのからだがリ―ナママの手からはなれた。
倉沢さんはよろけてしりもちをつき、はずみでぼくとこうすけもころんでしまった。
見上げるとリ―ナママの顔はもとにもどっていた。勝ちほこったような笑みをうかべて言う。
「ね、わかったでしょ。わたしたちは死者をこの世へよびもどすことだってできるのよ。わたしに協力してリーナを大公から引きはなしてくれれば、あなたたちのねがいもかなえてあげるわ」
リ―ナママはそう言いのこすと霧の中へ消えた。
倉沢さんの顔は青ざめ、息づかいもあらくなっていた。
「だいじょうぶですか」
こうすけが声をかけると、倉沢さんは小さくうなずいた。
「いいや、へいきだ。わたしも年をとったものだ。よろけてしもうた」
倉沢さんはむりやりといった笑顔をうかべると立ち上がった。たった、それだけの動作で肩を大きく上下させ、くるしそうな息をついている。
司祭さんは胸をおさえながら言った。
「あの魔物はわたしの心を読んだ。こちらの弱みを突いてきおった」
倉沢さんはきびしい目をして〝ドラキュラ城〟を見上げた。そしてぼくとこうすけに視線をうつすと言った。
「これが最後のチャンスだよ。ここで思いとどまって警察の人たちのところへ行くか、それとももっと危険な場所へとびこんでいくか……」
こうすけはきっぱり答えた。
「行きます」
ぼくは……こわいよ、にげだしたいよ、どっかにかくれていたいよ、だけど……あいつらを、ヴァンパィアをたおさないかぎり、にげる場所がないってのもたしかだ。
にげられない。にげるな。でも、にげたい。だけど、にげるな。
「おれも……行きます」
倉沢さんはほほ笑んだ。
「強い少年たちだ。主がきみたちをどこまでも見まもってくださいますように。では、まいろうか」
大公との対決
非常階段を上がる倉沢さんの足どりはひどく重そうで、一段のぼるたびに大きく息をついている。なんだか、リ―ナママにまぼろしを見せられてから、司祭さんのからだは急に弱くなってしまったみたい。
「エレベーターを使ったほうがよくない?」
ぼくが言うと、倉沢さんは首を横にふった。
「いいや。魔物はどんなわなをしかけてくるかわからん。エレベーターに乗ったらとじこめられてしまうかもしれん」
ぼくとこうすけは司祭さんをささえて階段をのぼりつづけた。大公はきっといちばん上の階で待ちうけているにちがいない。そこまでのきょりがはてしなく遠く感じられる。
ぼくはこの階段を必死にかけおりてこのマンションを脱出した。その階段をこんどはぎゃくにのぼっているなんて自分でも信じられない。
五階……六階……。メグやおじいさんにおそわれた場所が近づくにつれ、胸がドキドキし、神経が切れてしまいそうになってくる。
倉沢さんの足がよろけた。
「司祭さま、少し休みましょう」
こうすけが言うと、倉沢さんはエリもとのボタンをゆるめながら、力なく笑った。
「けっきょく、きみらに世話をやかせてしまったな」
ぼくはこうすけの耳もとでささやいた。
「やっぱ、このままだとやばくない? 司祭さん、たおれちゃうかも」
こうすけはちょっと考えてから言った。
「司祭さま、エレベーターを使いませんか。大公がぼくらを待ちかまえているなら、とちゅうでじゃましてくることはないと思います」
倉沢さんはかるくうなずいて答えた。
「だが、それに乗ったらきみたちの逃げ道も完全にたたれてしまうよ」
司祭さんの言葉に、ぼくは心臓がキュッとちぢみあがるような思いがした。
「もういちどだけ言う。きみたちはここから引き返しなさい。いまならまだ間に合う」
ぼくはこうすけの顔を見た。こうすけはいやいやをするようにかすかに首をふった。
ぼくはだまってフロアに出るドアを開けた。こうすけの気もちはわかっていた。もう進むしかないんだ。ヴァンパイアをたおさないかぎり、どこにも逃げ場所はないんだ……。
倉沢さんもそれいじょうなにも言わなかった。
廊下に顔だけつき出してようすをうかがう。あやしいものは見られない。ぼくらは足をふみ出し、つきあたりのエレベーターホールへ向かった。
どうかあいつらがじゃましてきませんように。
倉沢さんがつぶやいた。
「だれかに見られている気がする」
ぼくは廊下の前後を見まわしたけど、だれのすがたもない。司祭さんのかんちがいじゃないのかな。天井の電灯に照らされる長い廊下はしずまりかえっている。
もう日がくれちゃったのか。ヴァンパイアたちが力を増す時間がきた……。
司祭さんはフラスコの水をあたりにまきちらしながらゆっくりした足どりで進んだ。と、すみのほうでキキューッ、キキューッとかすかな鳴き声がした。
ん? ぼくの目にちょろちょろ動きまわる灰色の小さな生き物が映る。
ねずみ。いっぴきのねずみが司祭さんがまいた水におどろいたのか、走りまわっている。かべぎわにちょろっとちんまりしたからだをよせると赤い目でぼくらのほうを見上げてきた。長いひげがピクピクうごめいている。
倉沢さんが言ったのはこのねずみのことだったのかな。
ねずみはこうすけの足もと目がけて走っていった。
「シッ、シッ、あっち行け」
こうすけはスニーカーのつま先をけり出して、ねずみを追いはらおうとした。ねずみはするどい声で鳴くと、こうすけのジーパンのすそに食いついた。こうすけはタップダンスでもおどるように両足をばたばたふみ鳴らし、ねずみをはらいのけようと苦戦している。
倉沢さんがねずみに聖水をふりかけた。そのとたん、ねずみのからだははじかれたようにこうすけの足をはなれ、ぼくらに向かって牙をむいてきた。それは小さなからだに合わないほど長い大きな牙だった。
ねずみって、歯がじょうぶだって聞いたことあるけど、あんなに長い牙があったっけ?
ねずみはかべにそってちょろちょろ動きまわり、ときおりぼくらを見上げてはおどすように牙をむけてくる。しばらくすると、どこかへすがたを消してしまった。
ぼくはこうすけと顔を見あわせた。
「あのねずみ、大公の手先だったのかな」
「ぼくらがにげださないように見はてったんだよ、きっと」
エレベーターが待ちかまえていたようにスーッと着き、とびらが開いた。司祭さんもぼくらも、しばらく空っぽのエレベーターの前に立ちつくしていた。
「行こう」
こうすけが少しふるえる声で言い、まっさきに乗りこんだ。倉沢さんとぼくがつづく。
とびらが閉まった。これでもうどこへもにげられない……。
ぼくらがボタンをおす前にエレベーターは勝手に上昇をはじめた。
七階、八階、九階……。
……十階。
どうか、司祭さんがやつらに勝てますように。かあさんがぶじでありますように。ぼくらがここから帰れますように。言の葉町に平和がもどりますように。あきよ先生がもとのすがたをとりもどせますように……。こんなにたくさんのことをいちどにねがったことは、これまでなかった。
十一……十二階。
ついに最上階に到着した。おひる前にここへ来たときのぼくはこんな目にあうなんて想像もしてなかった。
とびらが開いた。
「待ってたぜ」
えっ? 廊下で待ちかまえていたのはシュウジだった。
シュウジは歯をむきだし、にやっと笑った。
「こいつがおまえらのこと見はってたんだよ」
シュウジの手の上にねずみがいた。
「大公さまはおれににている動物を子分にしてくれたんだ。すばしこくて役に立つ動物にな」
シュウジはうれしそうにそう言った。
ぼくは心の中でつぶやいてやった。
ちがうよ、シュウジ。ねずみににているなんて、それっておまえはバカにされてるってことだよ。自分で気づかないのかよ。
シュウジがわきへ身をひいた。
「通っていいよ」
倉沢さんがきいた。
「きみらの首領はどこにいるのかね」
「シュリョウじゃねえ。大公さまだ!」
そのとき廊下の奥から声がした。空気を切りさくような声だった。
「わたしはここにいる」
ぼくらはいっせいにひとみをこらして声のしたほうを見た。だれのすがたもない。そのとき廊下のうすぐらいすみっこにもやもやしたかげのようなものが立ちあがるのが見えた。かげはぼくらのほうへ向かって進んでくる。それはやがてはっきり人のかたちを取り、リ―ナのパパ=大公になった。黒い服。銀色のふさふさした髪の下に石の彫刻のような顔があった。
「お待ちしておりましたよ、司祭どの」
倉沢さんの表情がひきしまるのがわかった。息をきらして階段をのぼっていたときとはまるで別人のようだ。
倉沢さんは相手にいどみかかるような声を出した。
「なんの目的で、この町のひとびとをくるしめる?」
大公は鼻の先でふんっと軽べつするような声を出し、答えた。
「くるしめる、ですと? それは心外ですな。わたしはひとびとを救うためにこの町へ来たのですから」
「救うだと? 魔物がおこがましいことを申すな。いま、この町でどれほどの人がおそれ、おびえ、くるしんでいると思うのだ?」
大公はとぎすまされたような声をあげた。
「ちがう! わたしは自ら歩くことさえかなわぬ老人を立ちあがらせた。しいたげられた少年に勇気と自信をあたえた。鉄道事故で肉体をうしなった者をもよみがえらせた。かれらにとってわたしは救世主も同然だ」
それってあのヴァンパイアのおじいさんのこと? シュウジのこと? あきよ先生のこと? あの人たちが救われたなんて言えるの?
倉沢さんは痛々しげに首をふった。手に聖水のフラスコがある。司祭さんは指を水にひたした。その指先が少しふるえているのがわかる。もしかして倉沢さんも心の中では大公をおそれているのかもしれない。
大公が一歩進んだ。その顔がはっきり見えた。サングラスをはずしたその目は赤く血の色ににごっていた。
「悪魔よ、去れ!」
倉沢さんが聖水を大公目がけてふりかけた。相手にひるむようすはない。倉沢さんは一歩さがると首にかけていた小さな十字架を高くかざした。
大公はあざ笑う。
「そんな水や十字架がわれに通用するとでも?」
大公が長い腕をのばした。倉沢さんはほとんど無抵抗のまま、胸もとの十字架をうばわれてしまった。大公は大きなクモのあしを思わせるような指で十字架をつかむとあっさりへしおり、足もとへ投げすてた。
「さがりなさい」
倉沢さんは大公に向かったまま背中でぼくらに言った。ぼくらはじりじりあとずさりするほかない。十字架と聖水があればだいじょうぶだと思っていたに……。
「さあ、司祭。そのビロードのつつみをわたしてもらおうか」
大公が手をさしだした。手のひらに赤いすじのようなあとがいくつかできているのが見えた。
倉沢さんは十字架のつつみを胸におしあてると落ち着いた声で言い返した。
「なぜだね。これがそなたに必要なものだとは思えないが」
大公のほうもまるで世間話でもするかのようにおだやかな口調になっていた。
「ほしいのだ。かつてわれらのなかまをたおしたその十字架を。長らくさがしもとめたよ。キュレーターという肩書はべんりだった。ビザンチン美術やカトリック文化の研究をしていると告げさえすれば、どこの古文書館や修道院も史料さがしに協力してくれた」
倉沢さんはまっすぐ大公を見すえている。
大公は長い指で倉沢さんがかかえるつつみをさした。
「そしてようやくつきとめたのだ。その十字架が東洋の島国、この町の教会にかくされていることを」
この町のミステリアスなできごとに興味があったから、なんてのはぜんぶうそだったんだ……。大公ははじめから十字架を手に入れることが目的だったんだ。
倉沢さんはなぜかほほ笑んでいた。
「ほう、つまり、そなたはこの十字架をいまだおそれているからこそ、手に入れて始末してしまいたいというわけだな」
大公はうす笑いをうかべた。
「おそれてなどおらぬ。われら同族の闘いのあかしとして家宝にしたいにすぎぬ。そしてこよいの儀式にそれをささげたいのだ」
「おそれていない、だと? なら、その手のみみずばれはなんだ? さきほど十字架をへしおってみせたその手がなぜ赤くはれている? ほんとうは十字架にふれた手が痛むのではないのか」
大公の表情が少しゆがんだ。
「痛みなどない。われは人間どもとはちがう」
倉沢さんはビロードをはぐと、にぶくかがやく銀の十字架をむきだしにした。大公はまぶしそうに目を細めた。倉沢さんは両手で十字架を目の高さまでかかげた。
「どうだ。これにふれることができるか」
大公は動かない。倉沢さんが前に進んだ。
ぼくも、そしてこうすけも息をとめるようにしてじっと見まもるほかなかった。
十字架が近づくと、大公が口を開いた。
「われ自らがそれにふれる必要などない。司祭。そちがその十字架ををたずさえ、わが儀式に身をつらねるのだ」
倉沢さんがまゆをピクッとうごめかせた。
「わたしが悪魔の儀式に身をつらねるはずがないであろ」
大公が笑った。くちびるが大きくゆがむ。
「いいや。参列させてみせる。儀式に必要な最後のささげもの。それは堕落した聖職者なのだ」
とつぜん大公の手が十字架を持つ倉沢さんの手首をとらえた。倉沢さんはふりほどこうともがいているけど、大公の手はびくともしない。
どうしよう。ぼくは思わず、こうすけのほうを見た。こうすけはくちびるをかんで目の前の光景をにらみすえている。
大公の大きな手と長い指に倉沢さんの手首はうずもれてしまったようにも見える。まっすぐにかざされた十字架だけがぶるぶるとふるえながらふたりのあいだにそびえている。
倉沢さんがくるしそうな声を出した。
「いまいちど告げる。邪悪なるもの、地上より去れ」
大公は目を閉じた。ひとりごとのような声がもれる。
「われにはわかるぞ、司祭。おまえの心の痛みが」
まずい。大公は司祭さんの心を読んでいる……。リ―ナママと同じように。
「さあ、司祭。思い出せ。死に追いやられた妻と生まれることなく死んだわが子を思え。おまえは先ほど妻の顔を見たであろう」
倉沢さんは必死の顔つきで十字架を大公へ突きつけようともがいている。司祭さんのからだは大公の前では、まるでぼくらと同じ子どもになってしまったように小さく見えた。
「わたしからはなれろ、悪魔めが」
「司祭どの、よく考えよ。おまえから愛する者たちをうばったのはほんとうはだれなのかを」
倉沢さんはしぼり出すような声で答えた。
「ほかのだれでもない。このわたしだ」
大公は教えさとすような口調で言った。
「ちがうな。おまえから愛する者をうばい取ったのはほかでもない、おまえが信じる創造主であろ」
倉沢さんはいやいやをするように首をふった。なんだかそのすがたはとてもよわよわしく見えた。
「天がおまえから家族をうばったのだ。おまえをくるしめるためにな」
「ちがう……主はそのようにむごいことはなさらぬ。天を冒とくするな」
大公の声がやさしげにかわった。
「司祭どの。これは冒とくではない。真理だ。天は人に愛するものをあたえ、そしてそれをうばう。つかのまの喜びだけをあじあわせ、そのあとで人がよりいっそうくるしみ、悲しむのを見て、よし、とする。それが天のやりくちだ」
こうすけがさけんだ。
「司祭さま! 耳をふさいで! 聞かないで!」
大公はこうすけの声を無視した。
「だが、われはちがう。われの力をもってすれば、人をもっと強く、痛みにも悲しみにも無縁の存在にまで高めることができる」
大公は演説でもするかのように声のトーンを上げた。
「この館の住人たちもそれぞれ大きな悩みやくるしみをかかえておった。あるものは家族との不和に悩み、あるものは病にくるしみ、あるものは人生に絶望しておった。母の愛にめぐまれぬ幼な子もいた。それがいまや、すべての住人は苦悩からときはなたれたのだ。われならば、司祭どのさえ救うことができるぞ」
倉沢さんはうめくような声を上げた。
「やめろ、はなせ」
「聞け、司祭どの。われもそちと同じ悲しみをかつてあじわったことがある。愛しきものとそのおなかの子をうばわれたのだ、神と称するものの手によってな。だからおまえの悲しみもよくわかる。われの力でおまえの妻をよみがえらせてやろう。愛する妻がおなかの子とともにおまえのもとへ帰ってくるのだ」
倉沢さんのひたいにあせがにじむのがわかった。こうすけは必死の表情で司祭さんと大公の対決を見つめている。ぼくはからだも心もかちかちにかたまってしまったような気分だ。
こんなおそろしいこと、なんでもいいから早くすぎさってほしい。
倉沢さん、早く十字架を……。
「どうだ、司祭どの。われと手を組まぬか。われにみかたすれば、おまえはふたたび愛する者とともに生きることができるのだ。夢でもまぼろしでもなく、妻と手を取り、かわいい赤子をだくこともできるのだぞ。おまえ自身にも若さと永遠のいのちをあたえてやろう。いっさいの悲しみ、くるしみから解放されるのだ」
倉沢さんが目を閉じた。
どうして……? もう、たたかう力をなくしちゃったの?
「われのなかまになれ。われとおまえが組めば、この世を支配することだってかなうぞ。もはや祭壇にぬかずく必要もないのだ。考えてもみよ。このまま神と称するものの前にひざまずいたまま年老い、死んでゆくつもりなのか。おまえはほんとうにそれで満足なのか?」
いままでもがいていた倉沢さんの腕が力をうしなっていくのがわかった。
うそでしょ? 大公の言うことをきくつもりなの? がんばってよ、倉沢さん、おねがい……。
大公の顔に勝利の笑顔ににた色がうかんだ。
「さあ、思い出せ、愛する妻の顔を。思いえがけ、生まれてくるかわいいわが子を」
倉沢さんの口からよわよわしい声がもれた。
「ほんとうに妻が、わが子がもどってくるのだな」
「しかり。約束しよう。思いおこせ、若く活力にあふれていた日々を。おまえはあのころのすがたを取りもどし、家族とともに生きられるのだ」
倉沢さんの手の中でまっすぐ立っていた十字架がクタッとたおれた。倉沢さんの手はもう十字架をにぎりしめる力もないようだ。
こうすけもぼうぜんとしたようすだった。
ここで負けちゃうのか。司祭さんはヴァンパイアの言いなりになるつもりなのか。そうなったら、ぼくも、こうすけも……人間のすがたではここから帰れない。ぼくもヴァンパイアになっちゃうのかな。だれかの血を求めて町をさまよわなくちゃいけなくなるのかな。
こうすけは泣きそうな顔をしていた。ぼくの目にもなみだがにじんできた。もう大公のすがたも倉沢さんの顔もぼやけてよく見えない。
ぼくらは負けたんだ……。
倉沢さんの声がした。
「わかった。まず手をはなしてくれんか」
ぼくは目をこすった。大公の手が倉沢さんからはなれた。
「さあ、その十字架をいだき、われらの儀式に身をつらねよ」
倉沢さんは十字架を両手でにぎりしめたまま、うつむいていた。
もうだめだ。倉沢さんは立ち向かってくれそうにない……。
司祭さんの口から低く声がもれた。
「主は言われた。あざむいてはならない。たがいにいつわってはならない、と。だが……」
顔を上げた倉沢さんの目にはふたたび光がやどっていた。
「悪魔が相手ならば主もうそをおゆるしくださるだろう」
倉沢さんの両腕が十字架を大きくふりかぶった。つぎの瞬間それは大公めがけて突きだされていた。
「気がかわった。悪魔と取引は、せぬ!」
十字架と大公のからだとが激突、そう、ぼくの目にはほんとにそれがぶつかりあったように見えたんだ。十字のするどい切っ先が大公の右胸の下あたりにぶちあたった。
黒いものがとびちり、大公の口からはほえるような声がほとばしった。
さ、刺さったのかな、十字架が?
「父と子と聖霊の名のもとに、いまひとたび告げる。悪魔よしりぞけ! この地上にもはやなんじらの居場所はない!」
倉沢さんはそうさけぶと、床にあったフラスコを取り上げ、聖水をのこらず大公の胸もとめがけてふりかけた。大公はすさまじいうなり声をあげながら十字架を胸から引きぬき、床へ投げ捨てた。
大公の長い指が倉沢さんののどをとらえた。
「老いぼれめが!」
大公の力はまだ完全にはよわまっていないようだった。倉沢さんのからだは大公の手にふりまわされている。つぎに大公がやったことはぼくの背中をふるわせた。大公はがぶっと自分の舌をかむと、口の中にあふれる血を倉沢さんに向かってはきかけたんだ。
「わが血をくらえ、老いぼれ司祭!」
大公の腕が司祭さんをはじきとばした。倉沢さんのからだは背中からかべに激突し、床にぐったりくずれ落ちた。
「司祭さま!」
こうすけとぼくは倉沢さんにかけよった。倉沢さんの顔はヴァンパイアの血でよごれている。ぼくはこうすけといっしょに声をかけつづけた。
「司祭さま、目を開けて」
「司祭さん、しっかり」
倉沢さんはうっすら目を開けた。血まみれのくちびるがかすかに動いた。
「…悪魔の言葉に…一瞬…心が…動いた。…やはり…わしは…道を…説く資格のない…男…で、あった…」
倉沢さんはそれきり動かなくなった。
ぼくは大公のほうをふり返った。刺されたところをくるしげにおさえている。傷を負ったのはたしかだ。床に十字架が落ちている。大公が片手をのばすのが見えた。あれを手に入れさせたらおしまいだ。
ぼくはそのとき、こわいとかそういった感情はどこかへふっとんでいた。とっさにとびだしていた。あの十字架をわたしちゃだめだ! その思いだけで。
だけど、大公の手のほうが早かった。黒く長い腕がのび、指先が十字架にふれるのが見えた。
ああ、もうおしまいだ!
つぎの一瞬、大公の口から苦痛のさけびがもれるのがわかった。十字架が熱く焼けたように光をはなちはじめたんだ。大公は大やけどでもしたように十字架にふれた手をからだに押しつけうめき声をあげている。
いまなら取り返せる……。このとき、ぼくの中でとつぜん臆病の風がふきぬけた。あれに手をふれてだいじょうぶだろうか。ぼくまでやけどしちゃうんじゃないのか。
ぼくはためらっていた。そのとき横からサッと十字架をすくいあげたのはこうすけだった。
こうすけは十字架をかかえてあとずさる。
大公は追いかけようとはせず、かわりにするどい声でさけんだ。
「おい、ねずみ、出てこい!」
廊下の奥からササッと現れたのはシュウジだった。
「ねずみ。あの十字架をうばい取って、われのもとへ持ってまいれ。おのれの身を犠牲にしてもな。よいな」
大公はぼくらに背中を向けると重そうな足どりで歩きだした。それとともにしぼりだすような声がした。
「まもなく……リーナの……たましいが……よみがえる……。いそが……ねば」
大公のうしろすがたは奥の暗がりへとけこむように消えた。
こうすけは十字架を小わきにかかえたまま、司祭さんのそばにかがみこんだ。倉沢さんは糸の切れたあやつり人形のようにぐったりとかべに背中をもたせたきり動かない。
「おまえ、その十字架をよこせ」
シュウジはぎらぎら燃えるような目でぼくらをにらみつけてきた。暗いよろこびみたいな色がその顔にあふれている。大公から仕事を言いつけられたのがうれしくくてしかたないみたいだ。
ぼくは言い返した。
「やめろ。もうあんなやつの言いなりになるな」
シュウジは牙をむきだし、キーッとうなった。そのすがたはこわい、というよりは、なんだか、かわいそうに思えるほどこっけいだった。
まだ、おまえ、そうやって相手をおどせば言うこときくと思ってんのかよ。それじゃあ、おまえをいじめてきたやつらと同じゃねえかよ。
ぼくはしだいにムカムカしてきた。
「シュウジ! おまえはヴァンパイアになったってなんにもかわっちゃいねえんだよっ。大公の命令でパシリさせられてるだけじゃねえか! 強いやつの言いなりになってるだけじゃねえかよっ。おめえはいまでもよわむしで負け犬なんだよっ」
シュウジはガーッとひとこえうなると、ぼくにとびかかってきた。そのいきおいにぼくはシュウジともつれあうようにかべにぶつかってしまった。ぼくより小さなシュウジはそれでも強かった。床に押したおされたぼくは必死にシュウジを突きのけようとしたけど、かないそうにない。
「どうだ、太一。おれいまこんなに強いんだぜ」
「ちきしょう、はなせ、こいつ」
ぼくらは床の上でとっくみあいをつづけた。こぶしでなんどもあいつをたたいてやったけど、びくともしない。シュウジの手がぼくの首にかかった。
くるしい。
あいつの指はぼくののどにぐいぐい食いこんでくる。
酸素が、はっ、入ってこない。頭がボーッとしてきた。こめかみがジンジンと鳴っている。
やばっ、このままじゃ、ぼく、ほんとに死んじゃうかも。
ふと、シュウジの向こうにこうすけの顔が見えた。
急にシュウジのすがたがぼくから遠ざかる。ぼくののどに風のように空気が入りこんできた。しばらくハァハァゼィゼィッと息を吸ったりはいたりをくりかえすうちにやっと目の前のできごとがはっきり見えてきた。
こうすけが十字架をシュウジの背中に押しつけている。
「熱、あつっ、あつっ、熱いっ」
シュウジは背中に火でもつけられたようにはねまわり、それをこうすけは追いかけてはなぐるようないきおいで十字架を押しつけていた。
「来るな、来るな、熱い、熱ーいっ! いやだっ。助けて」
こうすけの顔は怒りに燃えていた。司祭さんのかたきがシュウジであるかのようにしつこく追いまわし、廊下のすみに追いつめていた。なんども十字架でシュウジの肩や背中を打った。そのたびにシュウジは悲鳴をあげてのたうち、にげまわる。見ているうちにあいつがまたむかしのいじめられっこにもどってしまった気がした。
ぼくはとっさにこうすけをとめようとしていた。
「やめろ、こうすけ。もうそれくらいでいいよ」
こうすけは肩ではげしく息をつきながらつぶやいた。
「こいつらが倉沢さんをあんな目にあわせたんだ。ゆるせない。ヴァンパイアどもをのこらずぶちのめしてやりたいっ」
こうすけは、うずくまるシュウジのからだをさらに十字架で力いっぱい打ちのめした。シュウジはほとんど泣き声に近い声をあげ、床をころがり、こうすけの攻撃からのがれようとしている。
ぼくはこうすけをうしろから必死にだきとめた。
「もう、やめろって。こいつはおれと同じ学校のやつなんだ。それくらいでかんべんしてやれよっ」
こうすけの手からようやく力がぬけた。重そうな十字架がクタッと下を向いた。
こいつがこんなにキレるのなんてはじめて見た。
「司祭さま、息をしてないんだ。ぼくのせいだ。ぼくが司祭さまをヴァンパイア退治なんかに引っぱりだしたからだ。ぼくがむりにたのんだからだ。ぜんぶ、ぼくのせいだ」
こうすけのほおをなみだが伝わった。
ぼくは床にうずくまり、まだふるえているシュウジに近づいた。シュウジはまっかな血の色にそまった目でぼくを見た。
「おれに近づくな。で、ないと、おれ、おまえにかみつきたくなっちまう。おれの血をおまえにやりたくなっちまう」
「なんだって?」
シュウジはぶきみな笑いをうかべた。
「おれ、自分がヴァンパイアになってはじめてわかったんだ。おれたち、ほんとは血を吸うのが目的でかみつくわけじゃないって」
血を吸うのが目的じゃない? どういうことだ。
「おれたち、自分の血を相手のからだにそそぎこむためにかみつくんだ。相手の血をまず吸っておいて、自分の血をまぜてからもういちど、相手に送り返すのさ」
「なんのために?」
シュウジは大きくフーッと息をはいた。白い霧のようなものが口からただようのが見えた。ぼくはふっと思った。もしかして町をおおいつくす霧ってヴァンパイアたちのはく息でできているんじゃないかって。
「なかまをふやすためだよ。大公さまはひとりでも多くのしもべを作りたがっているんだ。そのために自分の血をどんどんわけあたえていくんだよ」
ヴァンパイアは血を吸い取るんじゃなくて、ぎゃくに自分たちの血をあたえるために人をおそっていたってことか。
「じゃあ、このままだと……」
シュウジはへへっと笑った。
「もちろん。この町はヴァンパイアだらけになる。ううん、それどころか、地球上すべてヴァンパイアしかいなくなっちまう。そうなれば大公さまはこの星の支配者になれる」
そんな、ばかなことあり? そんなことできるわけない。そんなことさせちゃいけない。
シュウジはふっと口もとをひんまげ、ふてくされたような表情を作った。
「だけど、みんながヴァンパイアになっちまえば、やっぱ、おれってその中でいびられるのかな。おれをいびってきたやつらもヴァンパイアになれば、やっぱ、おれのこといじめるんだろうな。おれって、どんな世界に行っても負け犬になっちまうんだろうな」
ぼくはさっきシュウジを負け犬って言ったことを後悔していた。
シュウジは笑った。でも、それは笑いに見えなかった。ただ、顔がぶきみにゆがんだだけだった。
「太一はおれのことかばってくれた。あのときうはうれしかったよ。おれのみかたしてくれるやつがいる、それがわかっただけですごくうれしかったよ」
「シュウジ。おまえ……」
シュウジはまたほおをゆがめて笑った。
「おれのとうちゃんって、ほんとのとうちゃんじゃないんだ。おれ、家でもとうちゃんにたたかれたり、ごはんを食べさせてもらえなかったりしてた。おれ、どこにもにげる場所なかった。だれもおれを助けてくれる人いないって思ってた」
シュウジはぼくを見た。まぶたがふるえている。
「おれ、いま、ほんとは泣きたいんだ。だけど、泣けないんだ。ヴァンパイアはなみだなんか出ないんだ」
泣くかわりにシュウジは、カーッとほえた。なんども、なんども、心にたまっていたものをはきだすようにほえた。それは悲しい声だった。悲しい声は廊下じゅうにひびきわたった。
こうすけはだまってシュウジを見つめている。
ぼくは倉沢さんのほうに目をやった。司祭さんはかべにもたれたまま目を閉じ、動くようすはまったくない。
早くなんとかしなくちゃいけない。
ぼくはシュウジのほうに向きなおった。
「なあ、シュウジ、やってほしいことがあるんだ」
シュウジの目がぼくをとらえた。ぞわぞわしてくるような邪悪な目。だけど、いま、その目にはよわよわしい光しか見えない。
「外へ行って、おまわりさんたちに救急車を呼んでくれるようたのんでくれないか。この階にけがした人がいるって伝えてくれないかな」
ぼくはシュウジの顔を見つめた。このたのみさえきいてくれれば、シュウジはまた人間にもどれる、ぼくはそう信じていた。
「おまえまで、おれをパシリにつかうつもり?」
ぼくは首を強く横にふった。
「ちがう。これは命令なんかじゃない。おねがいなんだ。シュウジに助けてほしいんだよ。司祭さんを、おれたちみんなを、シュウジの力で助けてほしいんだよ。これはおれの心からのおねがいなんだ」
シュウジはなにも答えない。
ぼくは床にひざをついた。
「シュウジ、たのむ、おれたちを助けて」
シュウジはうっすら笑った。
「おれなんかでもだれかの役に立つのかな。じゃあ、いま太一たちを助けたら、太一もおれのこと助けてくれる?」
「もちろん」
シュウジはうたがわしそうにぼくを見た。
「おれがいじめられてること、太一だってずっと前から知ってたよな。だけど、助けてくれたのはいちどきりだよな。あれってリーナさまの前でいいとこ見せたかったから?」
ぼくはすぐに言い返すことができなかった。思わずうつむいてしまった。たしかにシュウジがいじめにあってることは五年生のころから知っていた。だけど、クラスもちがうし、シュウジとはべつになかよしだったわけじゃないから、助けてやろうなんて考えたことなかった。
シュウジはいつも心の中でだれかに助けをもとめていたのか。ずっとずっと助けをもとめていたのか……。
ぼくは顔を上げ、シュウジを見つめ返した。いま、ぼくの前にいるのはヴァンパイアなんかじゃない。ぼくの学校、となりのクラスのシュウジだ。いじめられっこで気よわのシュウジだ。
ぼくはきっぱりと言った。
「リーナは関係ない。ただ、ぼくの中であいつらのやってることがゆるせなくなったってことさ。たぶん、これからもあいつらがだれかをいじめてるのを見たら、おれ、きっと、ゆるせないって思うよ」
シュウジは立ち上がった。
「救急車を呼べばいいんだね。ここにけが人がいるって言えばいいんだね。おれ、行ってくるよ。いまのおれって、すっごくはやく動けるんだぜ」
ぼくはひとことつけくわえた。
「おまわりさんたちに、おまえがヴァンパイアだってこと見やぶられたらだめだぜ。気をつけろよ」
「わかってる」
シュウジは非常階段めざして、すばしこく走り去っていった。
ぼくはこうすけのほうを見た。こうすけはくしゃくしゃのハンカチで司祭さんの顔についた大公の血をぬぐっている。司祭さんは頭をかかえ起こされているけど、目を開くようすもない。
こうすけは倉沢さんの服のボタンをつぎつぎはずすと、あおむけに寝かせ、胸のあたりをいっしょうけんめいてのひらで押しはじめた。心臓マッサージのつもりなのかもしれない。それでも倉沢さんのからだが反応することはなかった。
こうすけはくやしそうにつぶやいた。
「AEDとかあればいいのに」
「なにそれ?」
「心臓に電気ショックをあたえる装置。大きな駅とかビルにはよくあるんだけど……」
こうすけはいまいましそうによごれたハンカチをまるめてすみっこへほうり投げた。
ぼくはきいてみた。
「大公はもどってくるかな」
こうすけはしばらく考えていたけど、ひとりごとのようにつぶやいた。
「このままここにいるより、どっかの部屋へかくれていたほうがいいかもしれない」
ぼくはこうすけといっしょに倉沢さんのからだを近くのドアから中へ引っぱりこんだ。重くてたいへんだったけど、なんとか部屋の中まで運びこむことができた。
こうすけはいちど廊下へ出て十字架を持ちこんできた。すぐにドアをロックする。
「助けが来るのをここで待つしかない」
ぼくは部屋のあかりをつけた。ここに住んでいる人たちもすでにヴァンパイアになってしまったのだろうか。窓の外はまっくらだ。もう夜になったんだ……。
「司祭さんが言ってたよね。暗くなるとヴァンパイアの力が強まるって」
ぼくの言葉に返事はない。こうすけはしんこくな顔でなにかを考えこんでいる。十字架をかかえたまま室内をうろうろ歩きまわっている。
ふと、あいつは立ちどまり、ぼくを見た。
「太一。司祭さまのそばにいて。助けが来たら、ここにいるよっておしえてあげて」
そう言うなり、こうすけは十字架をかかえたままドアのロックをはずして外へ出ていった。ぼくはあわててあとを追いかけた。
「こうすけ、どうすんだよ」
「大公をたおしに行く」
ぼくはさけんでいた。
「ばか! そんなことおまえにできるわけないだろ」
こうすけはこわい目でぼくを見た。
「いま、ばかって言ったよね。ああ、ぼくはばかかもしれない。だけど、だれかがいまやらないとたいへんなことになる。大公は傷を負って少しは力がよわまっているはずだ。いまが最後のチャンスなんだ」
「ごめん。こうすけはばかじゃないよ。だけど、むりだよ。司祭さんでさえ勝てなかった相手にどうやって勝つつもりなんだよ」
こうすけの目は宙の一点にすわっていた。
「だれかがやらなきゃ。それとも太一がやるかい?」
まさか。ヴァンパイアの胸に十字架を突きさす……そんなこと、いやだ、ぼくにはできっこない。
「もう、ほかにやれる人いないだろ。おまわりさんたちにたのんだって、そんなばかなことって言われるにきまってるし」
こうすけがもういちど言った。
「だから、ぼくがやる」
「やめろ、こうすけ」
大公が反撃してきたら、こうすけはおしまいだ。でも、こいつは言い出したらきかない性格だ。ぼくはこうすけの手から十字架をうばい取ろうと、もみあいになった。
「やめるんだ、こうすけ」
「いやだ。ぼくがやる」
そのときうしろで声がした。
「おれがやる」
えっ? こうすけもぼくもとっさにあらそいを中断して声のほうをふり返った。
うそ! なんだあの人がここに!
非常階段のほうからやってくるのは松本刑事だった。黒っぽいベストを身につけてこっちへ歩いてくる。顔もシャツもよごれていた。だけど、その顔つきには少しのつかれも見えない。
この松本さんはほんものだよね? ヴァンパイアじゃないよね?
松本さんはぼくらの顔を見まわしつぶやいた。
「まさかきみたちがここへやってくるとは思ってなかったよ」
ぼくらは倉沢さんのことを伝えた。松本さんはぼくらといっしょに部屋へもどり、倉沢さんのようすを見てくれた。
「いかん。心肺停止状態だ」
松本さんはこうすけと同じように心臓マッサージをはじめた。もちろん、こうすけよりずっとうまいけど、やはり倉沢さんに息をふき返させるのはむりみたいだった。
「人にたのんで救急車を呼んであるんだ」
ぼくが告げると、松本さんはちょっと意外そうな顔をしてから、よし、といったふうにうなずいた。
ぼくは松本さんにきいた。
「いままでどこにいたの?」
「下の階だ。怪物どもにかこまれてしまい、太一くんのまねをしてバルコニー伝いに脱出しようとしたんだ。でも、下はすでにやつらに占領されていてね。追いつめられてしかたなしにぎゃくに上へあがってきたんだ。いっしょにいた警官はみんなやられてしまった」
警察の人たちでさえ勝てないのか。松本さんに会えてホッとしたのに、また重くるしい気分にもどってしまった。
松本刑事はこうすけの手から十字架を取り上げた。
「これだけいろんなことが起これば、もう吸血鬼の存在をみとめるほかないな」
松本さんはにぶくかがやく十字架に目を落としてつぶやいた。
「われわれの武器が通用しないのは証明ずみだ。あとはこれでたたかうしかないんだろうな」
「司祭さまの一撃でヴァンパイアはいくらか力がよわまっていると思います。でも、ゆだんできません。ヴァンパイアは人の心を読むんです」
こうすけの言葉に松本さんはまゆをひそめた。
「心を読む?」
「はい。ヴァンパイアとからだをふれあうと、心を読み取られてしまうんです」
松本さんはしばらくのあいだじっと考えていたけど、やがてぼくらにこう言った。
「準備したいものがあるんだ。しばらくひとりにしてくれ」
松本刑事はキッチンの中へ消えた。
ヴァンパイアとたたかうのになんでキッチンへ? まさかフォークやナイフを武器にするつもりじゃないだろうし……。なにかうまい方法を思いついたんだろうか。
こうすけがビクッとはじかれたように顔を上げた。
「また聞こえる」
ぼくも耳をすませる。ほんとだ。けもののうなる声。リ―ナママがこのフロアのどこかにいる。しばらくして松本さんが十字架をわきにかかえてキッチンから現れた。
「きみたちはここにいろ。救援が来るまで、ドアを閉じてぜったい外へ出ちゃいけない」
ドアの向こうでまたうなり声がした。それは廊下を行ったり来たり、うろつきまわっているようにも聞こえた。
「なにがいるんだろう」
松本さんのつぶやきにこうすけが答えた。
「ヴァンパイアがすがたを変えたオオカミです」
松本さんはドアをほそめに開けて廊下のようすをうかがっていた。すると、とつぜん声をあげた。
「きみはだれだ。どこから現れたんだ」
刑事の背中ごしにシュウジが見えた。なにも知らない松本さんはシュウジの出現におどろいているみたい。
シュウジは刑事を無視してぼくらのほうをのぞきこみ、言った。
「太一。やくそくはまもったぜ。もうすぐ救急車が来るって。おまわりさんたちもここへ向かっているらしいよ」
松本刑事はくちびりをキッとむすんだ。
「まずいな。いま警官たちが来れば犠牲者をふやすだけだ」
廊下へ出ていく松本刑事のあとをぼくらは追いかけた。
「かくれていろって言っただろ」
ぼくもこうすけも、いやだ、と首をふる。ぼくらと松本さんはしばらくにらみあうような形になった。
そのときシュウジが言った。
「かくれていたって同じことだよ。みんなやられる。どこにかくれたって大公さまに見つかっちまうからな」
松本さんはシュウジを見すえて低い声を出した。
「きみもやつらのなかまなのか?」
ぼくはあわててシュウジと松本刑事のあいだにわりこんだ。
「だいじょうぶだよ。こいつはもうぼくらのみかたなんだ」
「いいや。あいつらのなかまだとしたら信用ならないな」
松本さんの言葉にシュウジは顔をふせてしまう。
ぼくは刑事にこう言っていた。
「こいつはおれの友だちなんだ。信じてやってよ。司祭さんのために救急車まで呼びに行ってくれたんだ」
松本さんはしかたない、といったふうに首をふってみせた。
「じゃあ、みんな、わたしのうしろにいろよ」
松本さんを先頭に廊下へ出たとき、すみっこに目をやって、あれ? と思った。こうすけが倉沢さんの顔をぬぐって捨てたハンカチ。赤くよごれたハンカチ。それがいまもぞもぞ動いた気がしたんだ。だけど、そんなことありえないよな。ぼくは神経がもうくたくたでまぼろしを見たんだ、きっと。
大公がすがたを消した廊下の奥、リーナが家族(と、いってもニセモノの家族だったんだけど)住んでいた部屋のドアが取りはらわれ、中から強烈なあまい香りがただよってきていた。
松本刑事のうしろから、こわごわのぞきこんで、おどろいた。エントランスから、ぼくらがごはんを食べたダイニングにかけて、床一面に赤いバラの花びらがしきつめられていた。イスもテーブルもなにもかもなくなっていて、あちこちに置かれたローソク立てのローソクがはなつぼんやりとした明りが、部屋全体を異次元の世界のように見せていた。そこは赤く暗い別世界だった。
その部屋の奥に白い人形のようなものが見えた。
次回は最終回です。
5月16日(水)ごろの投稿を予定しております。
余談ですが、ジョニー・デップ主演のヴァンパイア映画が今月公開されるようですね。ティム・バートン&デップのヴァンパイアも楽しみです。デップのヴァンパイアってあまりにハマリすぎの気もしますが……。