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悲しき涙

亀より遅い更新です。

出来たら、感想を下さい。誤字脱字報告でも構いません。

闇夜の森の中で焚き火を囲むいくつかの人影。

その内の1つが横になっており、時折心配そうに覗き込む人影があった。



「う〜ん」

横になっていた人影が、話し声に促されるように軽い唸り声を上げる。

「あっ、起きた?ご飯出来てるけど、食べない?」

(だれ、だっけ?それに、布団こんなに堅かったけ?)

聞き覚えのない声に内心首を傾げ、違和感を感じながらゆっくりと起き上がる。

寝起きで霞む目を擦り、周りを見渡した。

目の前にあるのは、闇を照らす暖かな焚き火。

周りにいるのは、見覚えのない人達に見覚えのない場所。

「ここ、どこぉ?」

今だ寝起きのいくぶんぼんやりとした頭で尋ねる。

「ここは、森の中よ。ねぇ、何があったか、覚えてる?」

自分よりいくつか年上の、凛とした清廉な雰囲気を纏った嫌がおうにも目が惹き付けられる綺麗な少女が尋ねてきた。

みとれながら、何があったけ?と考え出す。

(確か、お祭りだから、母さんとヒナの為に花を、取、りに、行って)

「あっ、街が焼けてた。竜が、街を襲っ、て」

徐々に記憶が戻って来る。

焼け爛れた街。

辺りに漂う人の焼ける臭気。

沸き上がる不安と絶望。

そして、自分を見た、竜の濁った黄色の瞳。

その瞳を目にした途端、体が震え出し動くことが出来なかった。

頭も真っ白になり、ただただ竜の姿に怯えることしか出来なかった。

竜が口を開き、灼熱の炎が迫ってきた時もただ見つめるだけだった。

助かった後も思い出すだけで、知らず知らずの内に体が震えてくる。

震えと共に感じた寒気に思わず、自分の体を抱き締める。

それでも、震えも寒気も治まらなかった。


ただただ震える少年の小さく細い体をセリナは切なげに見つめた。

未だ成長途中の未発達な少年は、本来なら両親に守られて笑っている筈だった。

なのに、ほんの一時町に居なかった、たったそれだけで守ってくれる両親も家族も亡くしたのだ。

それだけではない。

今まで育ってきたであろう町も人々も全て失ったのだ。

それに、深い絶望と決して人が勝つことの出来ない絶対者に遭遇する恐怖も味わったのだ。

恐らく、それは生涯少年を事あるごとに苦しめることになるだろう。

竜を目にした大人がその恐怖に耐えきれず、正気を失うことも折角助かった自らの命を絶つこともあるのだから。

そして、守る者もない少年は、孤独を味わう事になるだろう。

これから先の事を考えるともしかしたら、あの時死んでいた方がたった一人生き残るよりも楽な事だったかもしれない。

そんな思いが一瞬セリナの頭をよぎった。

その考えをしりのぞけるように、一度強く俯きながら首を振る。

そうして、前を見つめた先には自分を強く抱き締め、尚震え涙する少年。

躊躇いがちに、そっと伸ばされたセリナの両腕が少年の体に近づいていく。

伸びた手が少年に触れる事を一度躊躇った後、ゆっくりと少年の体を抱き締めた。


止まらない震えと恐怖に、耐え切れず狂ってしまいそうになったその時、暖かな何かが体に触れ微かに甘い香りが広がった。

その温もりと香りが、冷え切った少年の体と心に心地よく、ふっと安堵のため息を付いた。

「大丈夫よ、大丈夫。ここに、あなたを傷付ける者はいないわ」

優しい声が耳元で響く。

その声の示す内容がが真実であると、なぜか疑いもなく確信できた。

あぁ、ここに竜は居ないんだ。

ようやくそう思うことが出来、今度は安堵の涙が流れ出した。

そうして、ひとしきり涙した後家族や町の人々の事が思い出された。

あの惨状を見た後では、助かってるとは思えなかった。

自分が助かった事さえ、奇跡に近いのだから。

何せ、竜に襲われて助かった者は極僅かしかいないのだ。

ほとんどの場合、生き残るものは居らず、全滅しているのだから。

もし、花を摘みにいてなければ、彼も死んでいたのは間違いない。

それでも、震えるかすかな声で、一縷の希望を込めて尋ねた。

「母さん達、は」

抱きしめる腕に僅かに力が入った。

それだけで、生き残っているのが自分だけだとわかった。

それでも、信じたくなくてただじっと少女の顔を見上げた。

その視線に、少女の綺麗な藍色の瞳が揺らいだ。

揺らいだ瞳は、すぐに静かな水面のように凪いだ。

そうして、静かに紡がれた言葉は少年の希望を打ち砕いた。


「……あの街で生きていたのは、あなた、だけ」


最後の望みが絶たれ、最早溢れ出す涙を止める手立ては少年にもセリナにもなかった。

むせびなく泣き続ける子供を抱きしめることしか、セリナには出来なかった。

それでも、謝ることは出来なかった。

それは、共に旅をしてくれるメノ達の言葉と思いを裏切り、罪のない椿を責めることになるから。

それに何よりもセリナは決めていた。

心の中は謝罪でいっぱいでも、表には出さない。自分の罪は許されるものではないから、と。

謝罪の念を表に出せば、メノ達が否定してくれることは分かりきっている。

それが分かっていて尚、自分の罪悪感を薄めるためにだけ口にはすまい、と。


「ありがとう、生きててくれて」

それだけしか、ささやくことが出来なかった。

少年はセリナの言葉にいっそう声を上げ、泣いた。


泣いて泣いて、目が赤く充血し、瞼が熱を持ち腫れた頃に漸く涙が止まった。

その間ずっと抱きしめてくれたセリナに、恥ずかしいのか少し頬を赤くし、かすれた声で少年は、礼を述べた。

「…ありがとう」

絶望を味わっても尚、礼を忘れない少年の様子にセリナは思わず微笑んだ。

「気にしないで。それより、喉、渇かない?」

腕の中でこくりと少年が頷くのを確かめる。

あれだけ、泣き続けていれば、喉が枯れ声が掠れるのも当然だった。

セリナは顔を上げ、少し後ろを向いた。

そこには、ランが焚き火を背景に座っていた。ランの瞳には、セリナ達を気遣う光が浮かび、心配そうにセリナを見やっていた。

ランの様子にセリナは、全てを慈しむかの様な優しい笑みを浮かべて見せた。

その笑みには、ラン達が心配していたような暗さはなく、釣られるように笑みを見せる。

セリナは、ランの笑顔を見ると明るい声を響かせた。

「ラン、白湯に蜂蜜を溶かしたのと濡らした布をちょうだい」

「了解、っと」

セリナの声にランは予め用意しておいた布を冷たい水で濡らし、セリナに手渡す。

その一方で、セリナを独占する少年を未だ不機嫌に睨むメノとラギをなだめる。

実の所、メノとラギは少年がセリナに抱きついている間、幾度となく引き離そうとしていた。

それを食い止めていたのは、セリナの悲しむ顔は見たくないという思いだった。

最もそれも二人が行動に移そうとする度に、ランが宥めたからこそではあるが。


「はい。これで目を冷やして。痛いでしょう」

「ありがとう」

礼を言って受けとった布は熱を持っていた顔に、ひんやりと冷たく気持ちが良かった。


目覚めた少年に突き付けられるのは、残酷な現実。

過去に罪を犯せし事を忘れた償いは未だ止まることはない。

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