竜鎮め
久しぶりの投稿です。待ってて下さる方がいらっしゃったら嬉しいです。出来たら、感想をお願いします。
「駄目よ、竜。やめなさい」
優しい凛とした声が辺りに響いた。
紺色の長い髪と純白の膝まで被う上着が熱風にあおられ、なびく。
巨大で残酷な竜を臆することなく、深みのある藍色の瞳が見据える。
「竜、竜。私の愛しい竜」
少女は少年を振り返る事なく、愛しげに悲しげに落ち着かせるように繰り返し何度も竜に囁き続ける。
ぺたり。
死ななかったことにぷつりと緊張の糸が切れ、少年の足から力が抜け、座り込んでしまった。
同時に目の前の光景が信じられず、目を見張る。
人など塵としか思わないはずの竜が、たった一人の少女に頭を下げているのだ。
有り得ない光景に、少年はたたただほうけたように逃げる事すら思いつかずに見続ける。
ふと真っ白な頭の中に幼い妹の声が響いた。
「あのね、お兄ちゃん、竜を従えし少女って知ってる?その人さえいたら、どんな竜もおとなしくなるんだって」
あの時、自分はそんなの嘘だと笑った。
そんな自分にぽつりと妹は呟いた。
本当だったら、いいのにね。
ヒナ、笑ってごめん。あの噂は本当だったよ。
そう、呟いたのを最後に少年の意識は遠ざかっていった。
少女は細く白い腕を伸ばし、臆する事なくたやすく自分を丸呑みに出来る巨大な竜の顎に触れた。
「竜、私の竜。あなたに名を。邪なるものからあなたを守る名を。あなたの名は」
ゆっくりと藍色の瞳を閉じ、竜の顎に口付ける。
「あなたの名は、椿」
高らかに名を告げた少女の声に名を与えられた竜は、歓喜の声を上げた。
辺りに響き渡る歓喜の声は地を揺らし、炎に焼かれるも未だ残っていた建物を全て崩壊させた。
気を失った少年の元にもいくつか大きな建物の破片が降り注いだが、いつの間にか現れた、二十歳程の青年に助けられ、無事だった。
少女が静かにけれど嬉しさと優しさに満ちた穏やかな笑みを浮かべながら向けられた視線の先では、椿の姿に変化が訪れていた。
歓喜の声を上げ続ける椿の体から、黒く濁った煙の様な物がゆらゆらと沸き上がる。
けれど、沸き上がる端から真っ白な焔が飲み込む様に煙りを焼き消していく。
黒く濁った煙の様な物が椿の体から沸き上がる事に、濁った深紅の鱗が深みを増した美しい深紅に変わっていく。
濁っていた黄色の瞳も澄んだ金色に変わった。
金色の瞳に浮かぶのは、さっきまで浮かんでいた殺意ではなく、穏やかで豊かな知性を示す光。
濁った黒い煙りが消え、次いで白い焔が消え後には、先程までの狂暴で残酷な竜の姿はなく、そこに残されたのは神々しいまでの威厳と清らかさすら感じさせる偉大なる竜の姿のみであった。
何故に竜は狂うのか?